第七章:静かなる初依頼
郊外の小丘へと続く道は、街の喧騒を抜けてすぐに静かになった。
ナゴミは、地図と依頼書を確認しながら、ゆっくりと歩いていた。
(草を集めるだけなら、特に準備もいらないか)
風が穏やかに吹いていた。空は曇っていたが、雨の気配はまだない。
「……天気がもてばいいな。」
誰に聞かせるでもなく、ナゴミはそう呟いた。
道はなだらかで、途中には牧草地のような広場が広がっている。
ときどき、農民らしき人が荷車を押して通り過ぎる。
ナゴミは軽く頭を下げると、相手も静かに会釈を返してくれた。
(殺伐とした世界じゃないのかもしれないな)
◇ ◇ ◇
依頼書に書かれていた丘が見えてきた。
草が生い茂る小さな丘陵地帯で、いくつかの樹が立っている。
「たしか、赤紫の葉の植物……」
周囲をゆっくりと歩きながら、ナゴミは地面を見つめた。
色の似た草も多く、区別がつきづらい。
(似てるけど、茎の形が違う……これはたぶん違うやつだ)
ひとつひとつ確かめながら、慎重に袋へ詰めていく。
◇ ◇ ◇
1時間ほど経ったころ。
遠くの木陰に、何かが動くのが見えた。
ナゴミは立ち止まり、目を細めた。
獣ではない。明らかに、どこか異様な形をしている。
背中に棘のようなものがあり、二足で立っている。
(……あれ、魔物じゃないか?)
ナゴミは少しだけ目を伏せて、小さく息を吐いた。
(おかしいな……)
頭の中に、ある言葉が浮かんだ。
「……あの時、あの小屋の老婆……」
“この辺りには魔物なんていないよ。動物しかいないから。”
その記憶を反芻しながら、彼は小さく呟く。
「……魔物はいないって言ってたけど……あれが動物ってこと?」
そして、口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「それとも……あの人にとっては、魔物も動物ってことなのか。」
しばらく沈黙のまま立ち尽くしたあと、さらに小さく呟いた。
「……何者だったんだろうな、あの老婆。」
その“何気ない違和感”は、ナゴミの中に静かに残ったまま消えなかった。
◇ ◇ ◇
魔物はナゴミには気づかなかったようで、そのまま森の奥へ去っていった。
ナゴミは再び作業に戻り、必要な分の薬草を揃え終える。
「……よし。」
袋の重さを確認し、帰路につく。
途中、小川のほとりに座って、水をすくって飲んだ。
その静けさが、不思議と心地よかった。
(戦わない依頼も、悪くない)
◇ ◇ ◇
夕方、街の門が見えてきた。
門番に軽く頭を下げ、中へ入る。
ギルドに戻り、依頼完了の報告を済ませると、受付の女性が淡々と応じた。
「確認できました。初依頼、完了です。お疲れさまでした。」
銀貨3枚が手渡される。
ナゴミは一礼し、少し考えたあと訊いた。
「この街の図書館……ありますか?」
受付嬢は少し驚いたように瞬きをした。
「はい。中央通りの奥にありますよ。」
「ありがとうございます。」
◇ ◇ ◇
ギルドを出たあと、ナゴミは空を見上げた。
まだ曇っているが、雨は降っていない。
(世界の仕組みを知るには、本が一番かもしれない)
誰かの話よりも、自分の目と、読んだことを信じたい――
そんな気持ちが、ナゴミの中に少しずつ根を張っていた。
彼は静かに街の中を歩き出した。