第六章:静かなギルド
ギルドの建物は、石と木でできた大きな二階建てだった。
扉の前で一度立ち止まり、ナゴミは深呼吸をした。
(特に理由はないけど……ここが、次の始まりかもしれない)
扉を押すと、中には酒の匂いと、かすかな金属音が広がっていた。
天井は高く、奥に受付カウンターがあり、周囲にはテーブルが並んでいた。
数人の冒険者らしき人々が酒を飲みながら談笑している。中には傷だらけの者もいた。
ナゴミは静かに歩き、カウンターに向かった。
「ようこそ、ギルドへ。ご用件は?」
対応したのは、やや眠そうな表情の女性職員だった。
髪をまとめ、制服のような衣装を身につけている。
ナゴミは丁寧に頭を下げた。
「冒険者登録をしたいのですが。」
「初めての方ですね。少々お待ちください。」
彼女は奥から用紙と羽ペンを持ってきた。
「名前、生年月日、武器の種類、得意なことがあれば、それも記入してください。」
ナゴミはペンを持ち、少しだけ紙を眺めた。
得意なこと……特に思い浮かばなかった。
(深呼吸……落ち着け。どうせ、書いたところで大差はない)
彼は静かに記入し、用紙を返した。
「ナゴミさんですね。ありがとうございます。」
受付嬢は小さな金属のプレートを差し出した。
それは銅色に輝く、名前の刻まれた冒険者プレートだった。
「これで、正式に冒険者です。登録は完了ですので、依頼掲示板からお好きなものをどうぞ。」
ナゴミは礼を言って掲示板の方へ向かった。
◇ ◇ ◇
依頼掲示板には、様々な紙が貼られていた。
魔物討伐、護衛依頼、荷物運び、素材集め……種類も報酬もバラバラだった。
ナゴミは一枚の紙に目を留めた。
『薬草採取(郊外の小丘)』
報酬:銀貨3枚
危険度:低
(……また薬草か。でも、今の自分にはちょうどいい)
彼はその紙を取り、受付に戻った。
「こちらの依頼を受けたいです。」
「はい、確認しました。特にパーティ登録はありませんか?」
「ええ、一人で。」
「分かりました。お気をつけて。」
プレートに刻印を押され、手続きが完了する。
ナゴミは小さくうなずき、建物を出た。
◇ ◇ ◇
外は静かだった。
街の喧騒が背中に遠のき、空は少し曇っていた。
(最初の一歩って、こんなものか)
特別なことはなかった。誰も歓迎してくれないし、ドラマもない。
けれど――それが、かえって心地よかった。
ナゴミは静かに歩き出す。
薬草を探す旅。何の派手さもない、ただの一日。
でも、それは確かに、ここでの「始まり」だった。