第二章:森の中で
足元の草が、しゃり、と音を立てる。
ナゴミは、無言で歩いていた。
森は静かだった。風が木々を揺らすたび、葉の音が重なって流れていく。
彼はその音を聞きながら、何も考えずにただ前へ進んだ。
「ああ……鳥の声、意外と普通だな。」
少し顔を上げて、木々の間から空を見た。
光が差し込んでいる。雨は降っていない。
「この感じ……春か、初夏くらい?」
空気は涼しいけれど、どこか温かい。湿った土の匂いが、鼻に残る。
ナゴミは深く息を吸った。
着ている服が、いつの間にか見慣れないものに変わっていることに気づく。
柔らかい布地のシャツに、軽いズボン。ジャンプスーツではない。
ポケットを探ってみても、スマホも財布もなかった。
「……何も、持ってないな。」
そう呟き、ほんの少しだけ首をかしげた。
「……呼吸できるし、重力もある。酸素は問題なさそうだ。」
そんなことを呟きながら、腰を軽く伸ばす。
特に不安があるわけじゃない。
理由も分からないけど、「そういうこともあるかもしれない」と思っていた。
「異世界に行くとしたら、どんな匂いがするんだろうな、って。意外と普通。」
近くに小さな川を見つけた。水は透き通っていて、底の石が見えるほどだった。
彼はしゃがみ込み、水を手ですくって口に運ぶ。
冷たくて、少し甘い。
「うん。いける。」
川の横に平たい岩があった。ナゴミはそこに腰を下ろし、靴を脱いだ。
川に足を入れて、しばらく黙って流れを感じる。
「……転生って、こういう感じなのか。」
そう言って、ふっと笑った。
彼は足を抜いて、もう一度靴を履いた。立ち上がって、森の奥へ歩き出す。
◇ ◇ ◇
陽はまだ高い。影は短く、進行方向が合っているかどうかも分からない。
でもナゴミは、方角よりも「歩き続けること」の方が大事に思えた。
「アニメだったら、そろそろ獣に襲われる展開かな。」
何も起きない。
代わりに、木の間から見えた空が、少しだけ開けていた。
その先には、草原。そして――煙。
「煙突?」
彼は目を細めた。
確かに建物がある。木造の小屋のように見える。屋根から細く煙が立ちのぼっていた。
「……人、いるか。」
少し考えたあと、ナゴミは歩き出した。
急ぐでもなく、警戒するでもなく。ただ、向かってみることにした。
「もし誰かいたら、何から話せばいいんだろうな……」
その声も、森に吸い込まれて消えていった。