6-8 ミレナ王国
空が茜色に染まる頃――
サフィニアを連れて騎士団達は『ミレナ王国」の王都に到着した。
大きな港がある城下町は潮の香りで満ちており、風に乗ってサフィニアが乗る荷馬車の中まで届いてきた。
「潮の香……初めて訪れた町を思い出すわ」
窓の外に目を向けると、石畳の通りには人々の笑顔が溢れ、遠くには白い帆を張った船が風に揺れていた。
町はとても活気に満ちており、行き交う人々は騎士団の姿を見つけると次々に声をかけてくる。
「こんにちは!」
「任務ですか?」
「お勤めご苦労様です!」
騎士たちはそれに応えるように、軽く手を振ったり、笑顔を返したりしていた。
その様子は、まるで長年の友人同士のような親しさに満ちていて、サフィニアは思わず目を見張った。
(こんなにも、騎士団が人々に慕われているなんて……)
ノルディア王国では、騎士は威厳に満ちており、距離を保つ存在だった。
横柄な態度をとる騎士たちは人々から恐れられ、笑顔で挨拶を交わすなど、想像もできなかった。
(ミレナ王国って……こんなにも温かい国だったのね)
サフィニアは不思議な気持ちでその様子を見つめていた。
やがて馬車は城門を潜り抜けて広場に到着した。
石造りの建物に囲まれた広場はオレンジ色に照らされ、騎士たちの足音が良くひびく。
するとアドニスが騎士たちに呼びかけた。
「皆、ご苦労だった。捕らえた奴隷商人たちを牢屋に連れていったら任務終了。今日はもう休んでいいぞ」
その声に、騎士たちは歓声を上げた。
「やった!」
「風呂だ、風呂!」
「よし! 後で飲みに行こうぜ!」
笑い声と足音が広場に広がり、彼らは捕らえた男たちを連れて建物の奥へと去っていく。
やがて広場には荷馬車に乗ったサフィニアとアドニスだけが残された。
広場に風が静かに吹き抜け、城の旗が揺れている。
(私はどうすればいいのかしら。でも、皆気さくで良い人達ばかりだし、とても居心地が良さそうな国だから、ここで暮らすことにしましょう)
そこでサフィニアは荷馬車を降りると、アドニスに声をかけた。
「……あの、アドニス様」
「あ、お待たせして失礼しました」
アドニスが振り返ると、サフィニアはスカートの裾を持ち上げ、見事なカーテシーをで挨拶した。
「危ないところを助けていただいただけでなく、ここまで連れてきていただき、本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。騎士の方たちにもどうぞよろしくお伝えください。それでは私はこちらで失礼いたします」
するとアドニスの顔に戸惑うような表情が浮かぶ。
(何かしら? 私……変なことを言ってしまったかしら?)
不思議に思いつつ、背を向けようとした瞬間、背後から呼び止められた。
「え? あの、ソフィアさん。どこか行く当てでもあるのですか?」
その声に足を止めて振り返ると、じっとこちらを見つめているアドニスと目が合う。
驚いたような、戸惑っているような――そんな表情だった。
「そうですね……。とりあえず今夜はどこか宿を探して一泊します。そして明日から仕事を探そうと思います。私、この国が気に入ったので、ここで暮らそうかと思って」
サフィニアがそう告げると、アドニスは目を瞬かせた。
「え? 働く? あなたがですか? だって、ソフィアさんはどう見ても……」
「私がどうかしましたか?」
サフィニアは笑顔でアドニスを見つめた。
その視線に、アドニスは一瞬言葉を失ったように口を閉じる。
「これでも私、ずっとメイドとして働いてきたのです。一通りの家事はこなせます。なので住み込みのメイドの仕事を探そうと思っています」
「え……? メイド……?」
「はい、そうです」
(アドニス様、なんだか驚いているみたい……私が働くと言ったから? それとも、メイドだったことに?)
一瞬アドニスは目を伏せ、顔をあげた。
「メイド……だったら、この城で住み込みのメイドの仕事をやりませんか?」
サフィニアは思わず目を見開いた。
「え……この城でですか?」
「はい。王宮付きではなく、騎士団の施設内になりますが、住み込みで働けます。
ちょうどメイドを探していて、信頼できる方にお願いしたいと思っていたところなんです。ソフィアさんは適任だと思うのですが、いかがでしょう?」
(この城で……住み込みで……)
それはまさに願ってもいない申し出だった。
「……よろしいのですか? 私のような者でも」
「あなたのような方だからこそ、お願いしたいのです」
その言葉に、サフィニアは深く一礼した。
「ありがとうございます。是非働かせていただきます」
「良かった、そう言っていただけて」
笑顔を向けるアドニスを見てサフィニアは思った。
この国でなら……平穏に生きていけるかもしれない――と。