6-7 王都へ向けて
ガラガラガラガラ……
青空の下、
騎士団の荷馬車に揺られながら、サフィニアはぼんやりと外の景色を眺めていた。
今、彼らが向かっている国は大陸の一番南にある国「ミレナ王国」。
サフィニアが住んでいた「ノルディア王国」からは3つの国を隔てた先にある国だ。
(ミレナ王国……どんな国なのかしら? でも……)
サフィニアは馬に乗って進む騎士たちの様子を伺った。
任務を終えた騎士たちは談笑しながら進んでいる。時折、楽しそうな話し声や笑い声が風に乗って聞こえてくる。
その様子を見つめていると、ひとりの若い騎士がサフィニアの視線に気づき、バッと明るい笑顔を見せて手を振った。サフィニアも思わず微笑み、軽く会釈した。すると騎士たちは顔を見合わせ、さらに楽しそうに会話をしている。
(騎士の人たちは皆気さくに見えるわ。この人たちは皆随分と仲が良いのね。きっと隊長のアドニスさんの人柄が良いからだわ。この様子ならミレナ王国は素晴らしい国かもしれない……)
ふと、サフィニアは冷たいエストマン家のことを思い出した。
公爵である父はメイドの血を引くサフィニアを徹底的に冷遇した。セイラは嫉妬と憎しみをぶつけ、ラファエルは全くサフィニアに関心は無い。義弟に関しては初対面から一度も顔を見てもいない。
(やっぱり、上に立つ人次第で周囲は変わるものなのね……お父様が私を家族として迎え入れてくれていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないわ……今になって、あの家の人たちのことを思い出すなんて……)
そしてサフィニアは気づいた。
自分の中では旅を楽しんでいたつもりでも、心のどこかでずっと緊張していたのだろうと。
だからこそ思い出す余裕すらなかったのかもしれない。
(きっと今は心にゆとりが出来たからなのかもしれないわ……)
そのとき馬に乗ったアドニスが近づき、話しかけてきた。
「どうかしましたか? ひょっとして疲れたのではありませんか?」
「いえ。景色がとても綺麗なので、見惚れていただけです」
馬車は緑の丘陵を流れる小川のほとりを進んでいた。水面は陽光を受けてきらめき、草花が風に揺れるとても穏やかな場所だった。
するとアドニスは少し考え込み、騎士たちに声をかけた。
「皆、王都まではまだ少しある。ここで休憩を取ろう」
その言葉に騎士たちは歓声を上げ、馬を降りて小川の水を飲ませたり、木陰でくつろいだりと、思い思いに過ごし始めた。
サフィニアも馬車を降りて身体を伸ばしたいと思っていたところ、アドニスが手を差し伸べてきた。
「ソフィアさんも降りますか?」
「はい、降りたいです」
少しためらいながらも、その手を借りて馬車を降りるとサフィニアは礼を述べた。
「御親切にありがとうございます。休憩を取っていただいたこと、感謝申し上げます」
するとアドニスはぽかんとした表情でサフィニアを見つめていた。
「……あの、何か?」
「いえ。何でもありません。そうだ、先ほどリンゴがなっている木を見つけて取っておいたのです。食べますか?」
アドニスは真っ赤なリンゴを差し出してきた。
「まぁ、リンゴ……美味しそうですね。いただきます」
ちょうど喉が渇いていたサフィニアにとって、嬉しい差し入れだった。
周囲を見渡すと、騎士たちもリンゴを頬張りながら談笑している。その様子に、サフィニアは再び微笑む。
(本当に仲が良いのね……)
「あと10分ほどで出発するので、それまでは自由に過ごしてください。あまり遠くには行かないようにしてください」
「はい、ありがとうございます」
アドニスは去って行き、サフィニアは荷馬車の近くに残された。
(もしかして私がリンゴを食べにくいと思って遠慮してくれたのかもしれないわ)
気遣いに気づきながら、サフィニアはポケットから清潔なハンカチを取り出し、リンゴを丁寧に拭いてから、一口かじってみた。途端にみずみずしい味が口の中に広がる。
「フフ……美味しい」
鳥のさえずりと小川のせせらぎを聞きながらサフィニアはリンゴを食べて、美しい自然を楽しんだ。
やがてアドニスが再び現れた。
「ソフィアさん、そろそろ出発しましょう」
「はい」
「どうぞ」
再び荷馬車に乗り込むサフィニアに手を差し伸べるアドニス。
サフィニアはロングスカートの裾を持ち上げながら、礼を述べた。
「御親切にありがとうございます」
アドニスはその姿をじっと見つめている。
「……あの、どうかしましたか?」
美しいアドニスに見つめられて何となく居心地が悪くなる。
「ソフィアさん、あなたはまるで……」
「え?」
「……いえ、何でもありません」
アドニスは笑みを浮かべると、騎士たちに声をかけた。
「皆、出発だ!」
『はい!』
こうして騎士団たちは再び出発した。『ミレナ王国』へ向けて――