国のためと言われても。私が守りたい人は、ここにいません。
「何をしている、クソ聖女! 早く結界を補強して、負傷者を癒せ! 敵が! ユラン国の軍が、王都まで攻め込んできたんだぞ」
余裕のない怒鳴り声が、私の耳を通り過ぎる。
ふふっ、ふふふ。
クソ聖女?
どうしてそれで、私が従うと思うの?
無理よ。
心の中で笑いながら、私はそっと指を組み合わせ、膝をついて祈りを捧げる。
大切な相手を守るため、奇跡を届ける"聖女の祈り"。
私の仕草に、オズル将軍は鼻を鳴らした。
「やっとか、ノロマめ。お前のせいで、被害が甚大だ。戦争に勝った暁には、怠惰の責を問わせてもらうからな!」
おかしなこと。怠惰はどちらかしら。
国の護りは将軍たちの仕事では?
奇跡に頼って、訓練もそこそこ。血筋だけで就任した将軍職。日頃遊んでいるから、有事に対応出来てないのに。
「っつ、おい、シャンテ! 効果が出てないじゃないか! 何をしている! ちゃんとやれ!」
私が祈ると常ならば。鉄壁の防護結界が張られ、自軍の力が上昇するはずが。
敵国の兵は以前変わらず優勢で、自国の兵が次々に倒されていく。
変わらない状況に、オズル将軍が憤る。
「真剣に祈っております。ただ……」
私は相手を仰ぎ見た。
「ただ私の祈りは、感謝や愛があって初めて発動するもの。ですが今この国に、私が守りたい方も、感謝を捧げたい方もいらっしゃらないので、力が顕現しないのです」
「な……っ、貴様……! 何を言っているのか、わかっているのか?!」
震える怒号と同時に、オズル将軍は私を殴り飛ばした。
盛大に、身体が地面に打ちつけられる。
目には火花が散り、血の味が口中に広がって、ついた両手は傷ついた。
「邪神の生まれ変わりである貴様を! 我が国で養ってやったというに! 感謝もないとはどういう了見か!」
──聖女は"邪神"の生まれ変わり──
いつの間にか、そう伝えられてきた。
聖女が亡くなると、新しく、"聖女の証"と"力"を持った娘が誕生する。
その理由は遥か昔。愛を知らない禍つ神が最高神に諫められ、感謝を覚えるよう、人間の身に堕とされたからだと言われている。
だから聖女は"人"でありながら、国を守護する巨大な結界を維持し、傷病人を救い、神のような力をふるうことが出来るのだと。
神の力を使えるが、神とは認められないため、呼び名は聖女。
いつか聖女の内なる邪神が心を覚え、過去の罪を贖うその時まで、聖女の贖罪は続く。
──罪の女、いたぶって良い女、国に奉仕して当然の女──
物心ついた頃には、私はそう扱われていた。
王宮の片隅に繋がれている、聖女という名の罪人。
そこに尊厳があろうはずもない。
食事は残飯。与えられれば良い方で、パンの一欠さえない日もあった。優しくされたことなんてない。
それでも私は祈り続けた。
この境遇は全部、私が悪いのだから。
赦されるまで。認められるまで。
ひたすら日々に感謝して、皆のために尽くすのだと。
◇
「でも、シャンテ自身は何も悪いことしてないんだろ? なら、こんなのは、おかしいんじゃないか」
十年前。私にそう言ったのは、同い年の男の子。
私と同じくみすぼらしい衣服に、ボサボサの黒髪。
けれども瞳は強い意志を感じさせる、品格ある少年だった。
王宮の奥庭で、私が押し付けられた掃除をしている時に出会った。
彼の名はルタ。いまは失われた、私の大切な人。
声変わり前だった彼の声も、まだ鮮明に覚えてる。
「え……、だけど……。皆がそう言うよ?」
「ずっとずっと大昔の神様の話だって聞く。聖女は何代も代替わりをした。そんな大昔から生きてて、見た人間が言ってるならともかく、憶測や作り話かもしれない」
私はとてもびっくりした。
疑問なんて持ったことが、なかったから。
さらに続けて、ルタは言う。
「それにもし、目撃した人がいたとして。そいつが嘘をついてる可能性だってある」
「そんな……」
私は言葉を失った。そして次の瞬間、尋ね返していた。
「私の罪が作り話なら。どうして私はこんな目に遭ってるの?!」
重なる日々が、すでに限界だったのだろう。
目から涙があふれだす。
気がついたら王宮預かりだった私に、両親の記憶はない。
"聖女の証"と呼ばれる紋様があったから引き離されたのか、捨てられたのか、それさえもわからない。
それでも。
今まで生かして貰えていることに感謝して、祈っていた。
愛して貰いたくて、愛してた。
私の感謝と愛は、これからどこに向かえば良いの?
急に取り乱した私に、ルタはとても慌てたようだった。
「ご、ごめん。僕の話だって、推測でしかないんだ。僕の勘は"シャンテは悪くない"と告げている。けど、もしも」
寄り添って、背中を撫でてくれる。
「過去に何か罪があったとしても、シャンテはとても良い子だから、きっとすぐに解放されるよ」
あたたかな笑顔を私に向けて、優しい声でそう言った。
気休めだったとしても、私が一番欲しい言葉と温もりだった。
「その後は、楽しい毎日がやって来る」
そう言ってから、ルタは下を向く。
「僕よりも、確かな未来が続いてるはずだよ」
「ルタの未来? ルタはどうして王宮にいるの?」
召使いでも従僕でもない。貴族でも王族でもないルタが、王宮の奥深くに暮らしている不思議。
彼は労役に就いていない。
けれど傅かれているわけでもない。
一角に閉じ込められて、放置されてる様だった。
「僕は、人質だから」
「え?」
「隣国ユラン。僕はそこの王の息子だ」
「ええっ」
私はまじまじとルタを見た。
確かに顔は格好良く整ってるけど、服は大きさの合ってない着古しで。
「王様の息子なら王子様でしょ? どうしてこのラギアの国で、貧しい暮らしをしてるの?」
「いま言ったじゃないか、"人質"だって」
ルタは困ったような顔で私に話す。
「属国であるユランが裏切らないよう、約束の証として僕が要求されたんだ。ラギア国とユラン国が戦争になれば、僕は真っ先に殺される」
「……こ……? え?」
「でもラギア国の横暴さは酷いものだ。国力の弱いユランは、理不尽に使われてばかり。僕はこの関係が続いて欲しくない。いずれユランが立ち上がるなら、僕は殺されても良いと思っている」
その眼差しは真剣で、声には覚悟があった。
私はとっさにルタを止める。
「そんなこと言っちゃダメ。口に出した言葉は未来を呼んじゃう。ルタにも素敵な幸せが待ってるよ!」
私が言って貰ったように、ルタを力づけたい。
「私はルタに、生きてて貰いたいよ……?」
「シャンテ……? っつ。有難う」
ルタの目に涙が光ったけど、気づかなかったフリをした。
(そうだよね。ルタだって心細いよ。敵の国で、孤独で、自分がいつどうなるか、わからなくて)
その日以来私たちは、頻繁に会って、たくさん話をするようになった。他愛のない内容だけど、蔑みの含まれない声は、とてもとても心地良かった。
ルタは私のために、自分の食事も分けてくれた。彼だって、満足にはほど遠い量だろうに。
私はいつしか、ルタのために祈るようになっていた。
七歳でルタに出会ってから十年間、毎朝毎晩。
寄り添い、励ましてくれる彼に感謝を捧げ、彼の無事と日々の平安を願った。
ラギアの結界は、揺らぐことなく維持されてきた。
なのに。
「ユランを滅ぼす。人質はもはや不要! ルタ王子を殺して、首を送り付けてやれ。開戦だ!」
ラギアの王は、何かと反抗的なユラン国を疎ましく思ったらしい。昔は肥沃だったユランも、度重なる搾取で収穫量は激落ち、かつての魅力を失っている。
王は隣国の殲滅を思い立ち、戦を仕掛けた。そのほうが"気が晴れる"という理由で。
私がそれを知ったのは、もう何週間もルタに会えず、案じていた時だった。
「ルタは?! ルタはどうなったの?」
「は? 当然、殺されたよ。事態に気づいて逃げ出したらしいが、追手が仕留めたと国王陛下に報告されたさ」
聖女に仕事を課しに来た兵士に問うと、絶望という名の答えをくれた。
「ころ……された……? なんで? どうして、ルタが何をしたというの?」
「うるっさいなぁ。人質なんだから、当然だろう? それよりお前、さっさと働けよ。戦争だ、聖女の仕事は山とあるぞ」
"怪我人の治癒に、結界の強化。兵の体力の底上げに、武器に祝福の付与"。
指折り数える兵の言葉を、私はもう、聞いていなかった。
(あんなに毎日祈ったのに! ルタを助けることが出来なかった──)
私の消沈に反応した結界は脆くなり、そこを突いて、逆襲に燃えるユラン軍が攻め込んだ。
兵力差から楽な侵略戦争とタカを括り、いたぶり遊ぼうとしていたラギア軍は、思わぬ猛反撃を受けたのだ。
あっという間に陣が崩れ、追われて対処にもたつくうちに。ユランの旗が、王都を囲む。
「この穀潰しめ。何をやっている!」
髪を掴んで引きずり出され、城壁で指揮をとるオズル将軍の元に、引き出されたのが先のこと。
そしていま、殴られ横たわる私に、オズル将軍は言う。
「心を改めて、さっさと祈れ! でなくばその首、この場で刎ねてくれる」
(煽った甲斐があった!)
振り上げられた剣を、私は静かに見つめる。
あと一言。こいつを逆上させることが出来れば。
(ここで終わらせる。私が殺されて、次代の聖女として生まれるまでに。ラギアの国は滅びるが良い!)
やはり私は、邪神だったのだろうか。
育った国の滅亡を願うなんて。
だけど大切にしてもらった記憶なんてないし、何より。
(──ルタを殺した国に、未練なんてない)
その時だった。
どよめきが城を揺らし、ひときわ大きな声が響く。
「ラギアの王は討ち取った! ユランの勝ちだ!」
(えっ……?)
今の、声は。
いいえ、多分聞き間違い。願望が招いた幻聴。
それか、彼の、親か兄弟で──。
「ルタっっっ!!!」
城壁から見下ろす土煙の中に見えたのは。死んだと聞かされた青年、ルタだった。
(生きていてくれた!!)
「ルタっ、ルタぁぁぁっ」
無我夢中で立ち上がり、城壁の端に駆け寄る。
呼び掛ける私に気づいたのか、ルタが視線をこちらに向け、途端に叫んだ。
「シャンテ! 後ろっ!」
「!」
「すべて貴様のせいだ、邪神めェェェェ!!」
オズル将軍の刃が、私の首めがけて迫っていた。
「!!」
結界が。
発動した。
私を包む白い光が、オズル将軍を剣ごと吹き飛ばす。
彼は勢いを殺しきれず、城壁の逆側に転がり落ちた。
息をするのも忘れて固まっていると。
「シャンテっっ。大丈夫か?」
ものすごい勢いで階段を駆け上って、ルタが来る。
(すごい、飛んでるみたい)
彼が無事で嬉しくて、私の視界が涙で滲む。
逃げ延びていた。
ユラン国に戻れたようで、彼の鎧には王子の身分を示す意匠が刻まれている。
手には先ほどラギア王の血を吸ったであろう、鋭利な剣が握られていた。
人質として過ごしたこの王宮で、ルタは木に登って、練兵の様子を真剣に見ていた。
隠れて武芸を訓練し、兵の配置、手薄なところ、抜け道、仕掛け、可能な範囲で探っていた。
その努力が今日、実を結んだのねと感極まる。
だってラギア王は、隠れてたみたいだから。彼が探し当てたと、直感した。
兵士が言った、"ルタを仕留めた"という話は誤報だったのだろう。もしくは、罰を恐れた兵士の虚言。
"そいつが嘘をついてる可能性だってある"
ふいに過去、ルタから聞いた言葉が耳に蘇る。
都合にあわせて、人は嘘をつく。
真実を捻じ曲げて。
オズル将軍の戦闘不能を確認したルタが、改めて私の前に……。立ったと思うと膝を折る。
「ど、どうしたのルタ。どこか怪我を──?」
それなら治してあげなくちゃ。
ルタのために治癒を発動しようとした私に、畏まって彼は言った。
「シャンテ。いいえ、ユランの女神シャンティ様。やっと御身を取り戻せます。長くお待たせしましたこと、お許しください」
そのまま頭を下げられてしまったけど。
ユランの女神?
ラギアの邪神や聖女ではなく?
ユランは、ルタの国。私がそこの女神というのは一体──?
◇
ルタから聞いた話によると、私は遠い昔、ユラン国の女神だったという。
豊穣を司る、大地母神。
侵略された国の神が、支配国によって歪められるのは、ままあること。
数百年前、戦に負けたユランは、ラギアに多くの土地を割かれ、残った国土はラギアの属国とされた。
そのため、ユランの大地母神シャンティの力は、大きく削られてしまう。
ラギアに連れ去られた女神こと私は、彼らの神の属神とされ、聖女として使役されることになった。
本来私が守るべきユランの人々と遠く離され、徐々に力を失っていくと同時に、記憶もかすれ、曖昧に。
人として転生を繰り返すと、さらに女神としての記憶は消えた。
そのため言われるがままに、ユランに隷属する存在となっていたけれど。
(ルタからの食べ物と気持ちで、力が戻っていったなんて)
ルタ自身も私が、自国の"奪われた女神"だったとは知らなかったらしい。気づかず、友達として親切にしてくれていた。
けれど彼が分けてくれた食事は、"祭司である王族からの供物"として、私に大きく影響したようだ。私の神力は無意識に増し、離れていても彼を守護していたという。
「命を狙われ逃げた時に、何度もシャンテの力が護ってくれた。ユランに辿りつく間も、ラギアとの戦闘中もずっと、シャンテが傍にいてくれているような気がしてたんだよ」
不思議な感覚に包まれたまま、国元で王家秘蔵の歴史書を確認した時。
女神シャンティの紋章と、"聖女の証"が同じ形状だと気づいたらしい。
「それでほぼ確信した」
女神の記録は、ラギアによって大部分が消し去られていたから、隠された文献でしか確認出来なかったと言う。
それでもユランの民たちは、口伝で女神の存在を伝え続けてきたようだ。
"我らの女神シャンティが、ラギアで酷い扱いを受けている!"
ルタの言葉は、ユランの国民を奮い立たせた。
"女神を取り戻そう"と沸き立つ最中、開戦の報せ。
ユランは一丸となって応戦し、勢いのまま逆にラギアに攻め入った。
「あとは、知っての通りだよ」
慌ただしい周りをよそに、ひとまずはと時間を設けて、ルタが私に状況を話してくれている。
武装してて、いつも以上に凛々しいルタの隣に座るのは、何故だか落ち着かない。
七歳だった少年も、今は十七歳。
ぐっと背が伸びて、声も低くて、思慮深い眼差しが、誰よりも優しくて……。でもそれ以上に。
良かった! 生きててくれて!
「私、あなたが殺されたと聞いて……。もう決して、ラギアのためになんか祈ってやらないと思ってたの。自分が育った国なのに、こんな風に考える冷たい私は、やっぱり邪神なんだって……」
「邪神だと言うのは、ラギア側の方便だよ。その方が奴らにとって都合が良かったから。やっぱりシャンテに罪なんてなかった。僕たちの女神を、あいつらは不当に貶めたんだ」
悔しそうに言ったルタは、それから少し止まって。珍しく、歯切れ悪そうに眼を逸らした。
「その……。もしかして僕のことを、心配、してくれてた?」
「もちろんよ! 会えない間、どんなに気を揉んだか! 二度と会えないと聞いて、胸が潰れそうだった!」
「でも僕は、ずっとシャンテを感じていた。キミが片時も離れず護ってくれていて、嬉しかったんだ」
「ええっ」
私の気持ちは、いつもルタに向けていた。
だからだろうけど、それはちょっと恥ずかしすぎる、気がする。
「っ。あ、あの。嫌じゃなかった? 私がずっと横にいる感じなんて──」
「嫌なものか! 女神の力だって気づくまでは、キミが恋しいあまり、錯覚や幻覚が出たんだとばかり──、あっ!」
急にルタが真っ赤になって口を噤んだけど。
(い、いま"恋しい"って言った? もしかして、ルタも私のこと、想ってくれてるの?)
私なんて、湯気が出るほど赤く染まってしまっている。
とても聞いてみる勇気なんてない。
どぎまぎしてると、ルタが言った。
「シャンテのことが、ずっと好きだった。これからもキミと一緒にいたい。僕のことをそういう対象として、考えてみてくれないか」
「そういう対象?」
「恋人兼夫候補、からの、将来は結ばれたい」
「~~!!」
「今までは、明日もわからないような人質の身だったから、告白出来なかっただけで……。僕が恋心を隠すのに必死だったの、気づいてた?」
私はぶんぶんと首を横に振って否定する。
(そんな、確かにルタはいつも大事に気遣ってくれてたけど……。あれはそういう意味だったの? その、好き、っていう意味で──……)
どうしよう。ルタの顔がまともに見れない。
こんなに鼓動が早くなったのなんて、きっと初めてだわ。心臓が騒いで、口から飛び出ちゃいそう。抑えとかなきゃ。
私がうつむいていると、ルタが焦った様子で言葉を重ねた。
「女神様には釣り合わないと思うけど、相応しくなれるよう、頑張るから」
「そんな! 頑張るだなんて、ルタは十分素敵だわ。それに女神様だなんて。私もいまは、人間だし。それに……。いまのあなたと私では、王子様とラギア国の平民だもの。そっちが釣り合わないわ」
そうなのだ。思いがけない嬉しさが体内を駆け巡った後、私が気づいたのは身分の差。
彼は戦勝国の王子で、私はその敵国の娘。周りに認められるわけがない。
いくら女神だと言ってくれても──。
長く国を空けていた女神だ。
「シャンテが妃になってくれたら、国中で大喜びだよ。皆キミに怪我を治して貰って、女神の力に感激してたじゃないか。それに調べたんだけど、ラギアの"聖女"は、ユラン人からしか生まれないんだ。代々そうだったみたいで、つまりキミの両親も、ユラン人だ」
「え?」
ルタの言葉に思考が止まる。私が、ユラン人?
「だからシャンテも僕と同じ、黒髪だろう? ラギア人は黒髪じゃないのに」
「で、も、これは……、邪神だから闇に染まったと言われてて……」
「違うよ。ラギアの奴ら、女神の代替わりの度に赤子を攫っていたらしい。帰国した時、シャンテによく似た貴族夫人がいて驚いたんだ。尋ねてみると十七年前、生まれたばかりの子どもを取られたって」
「もしかして、その人は私の……?」
声が震える。こんなこと、思って良いのかと。ぬか喜びになるのではないかと。
もしくは、これは夢で、ルタも夢で……。
力強く握られた手に、現実だと実感する。
「うん。家族である可能性が高い。シャンテのことを話したら、キミを迎え入れたいと言ってたよ」
「!! ──私、邪神だから。親に捨てられたのだとばかり……」
(家族かもしれない。私に家族がいた。それに捨てられたんじゃなかった!)
長く傷ついていた心の穴が、じんわりと埋められていく気がする。
そしてあたたかな思いが希望とともに、全身に広がる。
「ラギア人め……。シャンテをこんなに苦しめて、許せない。どうしてやろうか」
ルタは憤慨する面差しも整っている。
彼のすべてが愛しい。
もうこの気持ちを、止めなくていい。
「ルタ……。じゃあ私も、ルタを好きでいて良いの? あなたを想ってて、許される?」
「もちろんだよ、シャンテ! 僕を好き? 本当に? ああ! 嬉しい! 今日は僕にとって最高の日だ!」
眩しい笑顔を向けられて、私も心から喜びを返す。
「私も。私にとっても人生で一番素敵な日よ!」
「人生で素敵な日は、これからももっと、何度もあるよ。ふたりで作っていこう。幸せな思い出が積み上げるように」
「ええ。ありがとう、ルタ。大好き……!!」
話しに夢中ですっかり周りを見てなかったけど。
聞き耳を立てていたユランの兵たちが、私とルタ以上に盛り上がって、盛大な拍手が鳴り響いたから。
私はルタの腕の中に逃げ込んで、隠して貰った。
一層、大きな歓声となったことは、言うまでもない。
こうして。元ラギアの聖女は、ユランの女神としてユランの地に戻り、王家に嫁いだ。
枯れていた大地は、再び隆盛を取り戻し、豊かな実りと輝く生命力に満ち溢れ、国は長く栄えることとなる。
一方、ラギアは急激に衰退し、ユランに併呑されたのち、完全に地図から消えた。
彼らの神は。
とっくにいなかったのだ。
おごり高ぶって傲慢に暮らしていたラギア人の元から、神が去っていたからこそ。
他国の女神に奇跡を頼むことになっていたのに。
"聖女"と呼んで飼い殺して、なおも反省することなく過ごしたため、この結末を招いた。
本当に感謝と愛が必要だったのは、自分たちだったのだと。
気づくことなく歴史から消えた国を少し、憐れに思う。
お読みいただき有難うございました!
追放聖女モノを書きたい、と思って書き始めて、「あれ? 追放されてない? それにどうしてこんな流れに?」と一番首をかしげたのは私です。
時々あるよねー。あるあるだよねー。たまにこういうの書きたくなるしねー。
そんなわけで少し異色な展開となりましたが、楽しんでいただけましたら嬉しいですヾ(*´∀`*)ノ
特に国を想定せずに、ヨーロッパ圏でもオリエント圏にもある単語選びをしました。どんな文化でご想像されたかなぁ♪(´艸`*)
「良かった」と思っていただけましたら、下の☆を★に塗り替えて応援くださると大喜びします(/*>▽<)/
よろしくお願いします♪ そして早速の誤字報告ありがとうございました!