表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界恋愛+α

国のためと言われても。私が守りたい人は、ここにいません。

「何をしている、クソ聖女! 早く結界を補強して、負傷者を癒せ! 敵が! ユラン国の軍が、王都まで攻め込んできたんだぞ」


 余裕のない怒鳴り声が、私の耳を通り過ぎる。



 ふふっ、ふふふ。

 クソ聖女?

 どうしてそれで、私が従うと思うの?


 無理よ。



 心の中で笑いながら、私はそっと指を組み合わせ、膝をついて祈りを捧げる。

 大切な相手を守るため、奇跡を届ける"聖女の祈り"。



 私の仕草に、オズル将軍は鼻を鳴らした。


「やっとか、ノロマめ。お前のせいで、被害が甚大だ。戦争に勝った(あかつき)には、怠惰の責を問わせてもらうからな!」



 おかしなこと。怠惰はどちらかしら。

 国の護りは将軍たちの仕事では?

 奇跡に頼って、訓練もそこそこ。血筋だけで就任した将軍職。日頃遊んでいるから、有事に対応出来てないのに。


  

「っつ、おい、シャンテ! 効果が出てないじゃないか! 何をしている! ちゃんとやれ!」


 私が祈ると常ならば。鉄壁の防護結界が張られ、自軍の力が上昇するはずが。


 敵国の兵は以前変わらず優勢で、自国の兵が次々に倒されていく。

 変わらない状況に、オズル将軍が(いきどお)る。


「真剣に祈っております。ただ……」


 私は相手を仰ぎ見た。


「ただ私の祈りは、感謝や愛があって初めて発動するもの。ですが今この国に、私が守りたい方も、感謝を捧げたい方もいらっしゃらないので、力が顕現しないのです」


「な……っ、貴様……! 何を言っているのか、わかっているのか?!」 


 震える怒号と同時に、オズル将軍は私を殴り飛ばした。


 盛大に、身体が地面に打ちつけられる。

 目には火花が散り、血の味が口中に広がって、ついた両手は傷ついた。


「邪神の生まれ変わりである貴様を! 我が国で養ってやったというに! 感謝もないとはどういう了見か!」 



 ──聖女は"邪神"の生まれ変わり──


 いつの間にか、そう伝えられてきた。

 

 聖女が亡くなると、新しく、"聖女の証"と"力"を持った娘が誕生する。


 その理由は遥か昔。愛を知らない(まが)つ神が最高神に諫められ、感謝を覚えるよう、人間(ひと)の身に()とされたからだと言われている。


 だから聖女は"人"でありながら、国を守護する巨大な結界を維持し、傷病人を救い、神のような力をふるうことが出来るのだと。

 神の力を使えるが、神とは認められないため、呼び名は聖女。


 いつか聖女の内なる邪神が心を覚え、過去の罪を(あがな)うその時まで、聖女の贖罪は続く。



 ──罪の女、いたぶって良い女、国に奉仕して当然の女──



 物心ついた頃には、私はそう扱われていた。


 王宮の片隅に(つな)がれている、聖女という名の罪人。

 そこに尊厳があろうはずもない。


 食事は残飯。与えられれば良い方で、パンの一欠(ひとかけ)さえない日もあった。優しくされたことなんてない。



 それでも私は祈り続けた。


 この境遇は全部、私が悪いのだから。


 (ゆる)されるまで。認められるまで。

 ひたすら日々に感謝して、皆のために尽くすのだと。




 ◇




「でも、シャンテ自身は何も悪いことしてないんだろ? なら、こんなのは、おかしいんじゃないか」


 十年前。私にそう言ったのは、同い年の男の子。


 私と同じくみすぼらしい衣服に、ボサボサの黒髪。

 けれども瞳は強い意志を感じさせる、品格ある少年だった。

 王宮の奥庭で、私が押し付けられた掃除をしている時に出会った。


 彼の名はルタ。いまは失われた、私の大切な人。

 声変わり前だった彼の声も、まだ鮮明に覚えてる。



「え……、だけど……。皆がそう言うよ?」


「ずっとずっと大昔の神様の話だって聞く。聖女は何代も代替わりをした。そんな大昔から生きてて、見た人間が言ってるならともかく、憶測や作り話かもしれない」


 私はとてもびっくりした。

 疑問なんて持ったことが、なかったから。


 さらに続けて、ルタは言う。


「それにもし、目撃した人がいたとして。そいつが嘘をついてる可能性だってある」

「そんな……」


 私は言葉を失った。そして次の瞬間、(たず)ね返していた。


「私の罪が作り話なら。どうして私はこんな目に()ってるの?!」


 重なる日々が、すでに限界だったのだろう。

 目から涙があふれだす。


 気がついたら王宮預かりだった私に、両親の記憶はない。

 "聖女の証"と呼ばれる紋様があったから引き離されたのか、捨てられたのか、それさえもわからない。

 それでも。


 今まで生かして貰えていることに感謝して、祈っていた。

 愛して貰いたくて、愛してた。


 私の感謝と愛は、これからどこに向かえば良いの?


 急に取り乱した私に、ルタはとても慌てたようだった。


「ご、ごめん。僕の話だって、推測でしかないんだ。僕の(カン)は"シャンテは悪くない"と告げている。けど、もしも」


 寄り添って、背中を()でてくれる。


「過去に何か罪があったとしても、シャンテはとても良い子だから、きっとすぐに解放されるよ」


 あたたかな笑顔を私に向けて、優しい声でそう言った。

 気休めだったとしても、私が一番欲しい言葉と温もりだった。


「その後は、楽しい毎日がやって来る」


 そう言ってから、ルタは下を向く。


「僕よりも、確かな未来が続いてるはずだよ」

「ルタの未来? ルタはどうして王宮にいるの?」


 召使いでも従僕でもない。貴族でも王族でもないルタが、王宮の奥深くに暮らしている不思議。


 彼は労役に()いていない。

 けれど(かしず)かれているわけでもない。


 一角に閉じ込められて、放置されてる(よう)だった。


「僕は、人質だから」

「え?」

「隣国ユラン。僕はそこの王の息子だ」

「ええっ」


 私はまじまじとルタを見た。

 確かに顔は格好良く整ってるけど、服は大きさの合ってない着古(きふる)しで。


「王様の息子なら王子様でしょ? どうしてこのラギアの国で、貧しい暮らしをしてるの?」

「いま言ったじゃないか、"人質"だって」


 ルタは困ったような顔で私に話す。


「属国であるユランが裏切らないよう、約束の証として僕が要求されたんだ。ラギア国とユラン国が戦争になれば、僕は真っ先に殺される」


「……こ……? え?」


「でもラギア国の横暴さは酷いものだ。国力の弱いユランは、理不尽に使われてばかり。僕はこの関係が続いて欲しくない。いずれユランが立ち上がるなら、僕は殺されても良いと思っている」


 その眼差しは真剣で、声には覚悟があった。

 私はとっさにルタを止める。

 

「そんなこと言っちゃダメ。口に出した言葉は未来を呼んじゃう。ルタにも素敵な幸せが待ってるよ!」


 私が言って貰ったように、ルタを力づけたい。


「私はルタに、生きてて貰いたいよ……?」

「シャンテ……? っつ。有難う」


 ルタの目に涙が光ったけど、気づかなかったフリをした。


(そうだよね。ルタだって心細いよ。敵の国で、孤独で、自分がいつどうなるか、わからなくて)


 その日以来私たちは、頻繁に会って、たくさん話をするようになった。他愛のない内容だけど、(さげす)みの含まれない声は、とてもとても心地良かった。


 ルタは私のために、自分の食事も分けてくれた。彼だって、満足にはほど遠い量だろうに。

 


 私はいつしか、ルタのために祈るようになっていた。


 七歳でルタに出会ってから十年間、毎朝毎晩。

 寄り添い、励ましてくれる彼に感謝を(ささ)げ、彼の無事と日々の平安を願った。


 ラギアの結界は、揺らぐことなく維持されてきた。




 なのに。


「ユランを滅ぼす。人質はもはや不要! ルタ王子を殺して、首を送り付けてやれ。開戦だ!」


 ラギアの王は、何かと反抗的なユラン国を疎ましく思ったらしい。昔は肥沃だったユランも、度重なる搾取で収穫量は激落ち、かつての魅力を失っている。

 王は隣国の殲滅(せんめつ)を思い立ち、戦を仕掛けた。そのほうが"気が晴れる"という理由で。


 私がそれを知ったのは、もう何週間もルタに会えず、案じていた時だった。


「ルタは?! ルタはどうなったの?」

「は? 当然、殺されたよ。事態に気づいて逃げ出したらしいが、追手が仕留めたと国王陛下に報告されたさ」


 聖女(わたし)に仕事を課しに来た兵士に問うと、絶望という名の答えをくれた。


「ころ……された……? なんで? どうして、ルタが何をしたというの?」

「うるっさいなぁ。人質なんだから、当然だろう? それよりお前、さっさと働けよ。戦争だ、聖女の仕事は山とあるぞ」


 "怪我人の治癒に、結界の強化。兵の体力の底上げに、武器に祝福の付与"。


 指折り数える兵の言葉を、私はもう、聞いていなかった。


(あんなに毎日祈ったのに! ルタを助けることが出来なかった──)


 私の消沈に反応した結界は(もろ)くなり、そこを突いて、逆襲に燃えるユラン軍が攻め込んだ。


 兵力差から楽な侵略戦争とタカを(くく)り、いたぶり遊ぼうとしていたラギア軍は、思わぬ猛反撃を受けたのだ。

 あっという間に陣が崩れ、追われて対処にもたつくうちに。ユランの旗が、王都を囲む。


「この穀潰(ごくつぶ)しめ。何をやっている!」


 髪を掴んで引きずり出され、城壁で指揮をとるオズル将軍の元に、引き出されたのが先のこと。

 そしていま、殴られ横たわる私に、オズル将軍は言う。


「心を改めて、さっさと祈れ! でなくばその首、この場で()ねてくれる」 


(あお)った甲斐があった!)


 振り上げられた剣を、私は静かに見つめる。


 あと一言。こいつを逆上させることが出来れば。


(ここで終わらせる。私が殺されて、次代の聖女として生まれるまでに。ラギアの国は滅びるが良い!)


 やはり私は、邪神だったのだろうか。

 育った国の滅亡を願うなんて。


 だけど大切にしてもらった記憶なんてないし、何より。


(──ルタを殺した国に、未練なんてない)



 その時だった。

 どよめきが城を揺らし、ひときわ大きな声が響く。


「ラギアの王は討ち取った! ユランの勝ちだ!」


(えっ……?)


 今の、声は。


 いいえ、多分聞き間違い。願望が招いた幻聴。

 それか、彼の、親か兄弟で──。


「ルタっっっ!!!」


 城壁から見下ろす土煙の中に見えたのは。死んだと聞かされた青年、ルタだった。


(生きていてくれた!!)


「ルタっ、ルタぁぁぁっ」


 無我夢中で立ち上がり、城壁の端に駆け寄る。

 呼び掛ける私に気づいたのか、ルタが視線をこちらに向け、途端に叫んだ。


「シャンテ! 後ろっ!」

「!」


「すべて貴様のせいだ、邪神めェェェェ!!」


 オズル将軍の刃が、私の首めがけて迫っていた。


「!!」


 結界が。

 発動した。


 私を包む白い光が、オズル将軍を剣ごと吹き飛ばす。

 彼は勢いを殺しきれず、城壁の逆側に転がり落ちた。


 息をするのも忘れて固まっていると。

「シャンテっっ。大丈夫か?」

 ものすごい勢いで階段を駆け上って、ルタが来る。


(すごい、飛んでるみたい)


 彼が無事で嬉しくて、私の視界が涙で(にじ)む。


 逃げ延びていた。


 ユラン国に戻れたようで、彼の鎧には王子の身分を示す意匠が刻まれている。

 手には先ほどラギア王の血を吸ったであろう、鋭利な剣が握られていた。


 人質として過ごしたこの王宮で、ルタは木に登って、練兵の様子を真剣に見ていた。

 隠れて武芸を訓練し、兵の配置、手薄なところ、抜け道、仕掛け、可能な範囲で探っていた。

 その努力が今日、実を結んだのねと感極まる。

 だってラギア王は、隠れてたみたいだから。彼が探し当てたと、直感した。


 兵士が言った、"ルタを仕留めた"という話は誤報だったのだろう。もしくは、罰を恐れた兵士の虚言。


 "そいつが嘘をついてる可能性だってある"

 ふいに過去、ルタから聞いた言葉が耳に蘇る。


 都合にあわせて、人は嘘をつく。

 真実を捻じ曲げて。



 オズル将軍の戦闘不能を確認したルタが、改めて私の前に……。立ったと思うと膝を折る。

「ど、どうしたのルタ。どこか怪我を──?」


 それなら治してあげなくちゃ。

 ルタのために治癒を発動しようとした私に、(かしこ)まって彼は言った。


「シャンテ。いいえ、ユランの女神()()()()()様。やっと御身を取り戻せます。長くお待たせしましたこと、お許しください」


 そのまま頭を下げられてしまったけど。

  

 ユランの女神?

 ラギアの邪神や聖女ではなく?


 ユランは、ルタの国。私がそこの女神というのは一体──?




 ◇


 


 ルタから聞いた話によると、私は遠い昔、ユラン国の女神だったという。

 豊穣を司る、大地母神。


 侵略された国の神が、支配国によって歪められるのは、ままあること。


 数百年前、戦に負けたユランは、ラギアに多くの土地を割かれ、残った国土はラギアの属国とされた。

 そのため、ユランの大地母神シャンティの力は、大きく削られてしまう。


 ラギアに連れ去られた女神こと私は、彼らの神の属神とされ、聖女として使役されることになった。


 本来私が守るべきユランの人々と遠く離され、徐々に力を失っていくと同時に、記憶もかすれ、曖昧(あいまい)に。

 人として転生を繰り返すと、さらに女神としての記憶は消えた。


 そのため言われるがままに、ユランに隷属する存在となっていたけれど。


(ルタからの食べ物と気持ちで、力が戻っていったなんて)


 ルタ自身も私が、自国の"奪われた女神"だったとは知らなかったらしい。気づかず、友達として親切にしてくれていた。


 けれど彼が分けてくれた食事は、"祭司である王族からの供物"として、私に大きく影響したようだ。私の神力は無意識に増し、離れていても彼を守護していたという。


「命を狙われ逃げた時に、何度もシャンテの力が(まも)ってくれた。ユランに辿(たど)りつく間も、ラギアとの戦闘中もずっと、シャンテが(そば)にいてくれているような気がしてたんだよ」


 不思議な感覚に包まれたまま、国元で王家秘蔵の歴史書を確認した時。

 女神シャンティの紋章と、"聖女の証"が同じ形状だと気づいたらしい。


「それでほぼ確信した」


 女神の記録は、ラギアによって大部分が消し去られていたから、隠された文献でしか確認出来なかったと言う。



 それでもユランの民たちは、口伝で女神の存在を伝え続けてきたようだ。


 "我らの女神シャンティが、ラギアで酷い扱いを受けている!"


 ルタの言葉は、ユランの国民を奮い立たせた。


 "女神を取り戻そう"と沸き立つ最中(さなか)、開戦の(しら)せ。

 ユランは一丸となって応戦し、勢いのまま逆にラギアに攻め入った。


「あとは、知っての通りだよ」


 慌ただしい周りをよそに、ひとまずはと時間を設けて、ルタが私に状況を話してくれている。


 武装してて、いつも以上に凛々しいルタの隣に座るのは、何故だか落ち着かない。

 七歳だった少年も、今は十七歳。

 ぐっと背が伸びて、声も低くて、思慮深い眼差しが、誰よりも優しくて……。でもそれ以上に。

 良かった! 生きててくれて!


「私、あなたが殺されたと聞いて……。もう決して、ラギアのためになんか祈ってやらないと思ってたの。自分が育った国なのに、こんな風に考える冷たい私は、やっぱり邪神なんだって……」


「邪神だと言うのは、ラギア側の方便だよ。その方が奴らにとって都合が良かったから。やっぱりシャンテに罪なんてなかった。僕たちの女神を、あいつらは不当に(おとし)めたんだ」


 悔しそうに言ったルタは、それから少し止まって。珍しく、歯切れ悪そうに眼を逸らした。


「その……。もしかして僕のことを、心配、してくれてた?」


「もちろんよ! 会えない間、どんなに気を揉んだか! 二度と会えないと聞いて、胸が潰れそうだった!」


「でも僕は、ずっとシャンテを感じていた。キミが片時も離れず護ってくれていて、嬉しかったんだ」

「ええっ」


 私の気持ちは、いつもルタに向けていた。

 だからだろうけど、それはちょっと恥ずかしすぎる、気がする。


「っ。あ、あの。(イヤ)じゃなかった? 私がずっと横にいる感じなんて──」


(イヤ)なものか! 女神の力だって気づくまでは、キミが恋しいあまり、錯覚や幻覚が出たんだとばかり──、あっ!」


 急にルタが真っ赤になって口を(つぐ)んだけど。


(い、いま"恋しい"って言った? もしかして、ルタも私のこと、想ってくれてるの?)

 私なんて、湯気(ゆげ)が出るほど赤く染まってしまっている。


 とても聞いてみる勇気なんてない。

 どぎまぎしてると、ルタが言った。


「シャンテのことが、ずっと好きだった。これからもキミと一緒にいたい。僕のことをそういう対象として、考えてみてくれないか」

「そういう対象?」

「恋人兼夫候補、からの、将来は結ばれたい」

「~~!!」

「今までは、明日もわからないような人質の身だったから、告白出来なかっただけで……。僕が恋心を隠すのに必死だったの、気づいてた?」


 私はぶんぶんと首を横に振って否定する。


(そんな、確かにルタはいつも大事に気遣ってくれてたけど……。あれはそういう意味だったの? その、好き、っていう意味で──……)


 どうしよう。ルタの顔がまともに見れない。

 こんなに鼓動が早くなったのなんて、きっと初めてだわ。心臓が騒いで、口から飛び出ちゃいそう。抑えとかなきゃ。


 私がうつむいていると、ルタが焦った様子で言葉を重ねた。


「女神様には釣り合わないと思うけど、相応しくなれるよう、頑張るから」


「そんな! 頑張るだなんて、ルタは十分素敵だわ。それに女神様だなんて。私もいまは、人間(ひと)だし。それに……。いまのあなたと私では、王子様とラギア国の平民だもの。そっちが釣り合わないわ」


 そうなのだ。思いがけない嬉しさが体内を駆け巡った後、私が気づいたのは身分の差。

 彼は戦勝国の王子で、私はその敵国の娘。周りに認められるわけがない。


 いくら女神だと言ってくれても──。

 長く国を()けていた女神だ。


「シャンテが妃になってくれたら、国中で大喜びだよ。皆キミに怪我を治して貰って、女神の力に感激してたじゃないか。それに調べたんだけど、ラギアの"聖女"は、ユラン人からしか生まれないんだ。代々そうだったみたいで、つまりキミの両親も、ユラン人だ」

「え?」


 ルタの言葉に思考が止まる。私が、ユラン人?


「だからシャンテも僕と同じ、黒髪だろう? ラギア人は黒髪じゃないのに」

「で、も、これは……、邪神だから闇に染まったと言われてて……」

「違うよ。ラギアの奴ら、女神の代替わりの(たび)に赤子を(さら)っていたらしい。帰国した時、シャンテによく似た貴族夫人がいて驚いたんだ。尋ねてみると十七年前、生まれたばかりの子どもを取られたって」

「もしかして、その人は私の……?」


 声が震える。こんなこと、思って良いのかと。ぬか喜びになるのではないかと。

 もしくは、これは夢で、ルタも夢で……。


 力強く握られた手に、現実だと実感する。


「うん。家族である可能性が高い。シャンテのことを話したら、キミを迎え入れたいと言ってたよ」


「!! ──私、邪神だから。親に捨てられたのだとばかり……」


(家族かもしれない。私に家族がいた。それに捨てられたんじゃなかった!)


 長く傷ついていた心の穴が、じんわりと埋められていく気がする。

 そしてあたたかな思いが希望とともに、全身に広がる。


「ラギア人め……。シャンテをこんなに苦しめて、許せない。どうしてやろうか」


 ルタは憤慨する面差(おもざ)しも整っている。

 彼のすべてが愛しい。

 もうこの気持ちを、止めなくていい。


「ルタ……。じゃあ私も、ルタを好きでいて良いの? あなたを想ってて、許される?」


「もちろんだよ、シャンテ! 僕を好き? 本当に? ああ! 嬉しい! 今日は僕にとって最高の日だ!」


 眩しい笑顔を向けられて、私も心から喜びを返す。


「私も。私にとっても人生で一番素敵な日よ!」

「人生で素敵な日は、これからももっと、何度もあるよ。ふたりで作っていこう。幸せな思い出が積み上げるように」

「ええ。ありがとう、ルタ。大好き……!!」


 話しに夢中ですっかり周りを見てなかったけど。

 聞き耳を立てていたユランの兵たちが、私とルタ以上に盛り上がって、盛大な拍手が鳴り響いたから。


 私はルタの腕の中に逃げ込んで、隠して貰った。

 一層、大きな歓声となったことは、言うまでもない。





 こうして。元ラギアの聖女は、ユランの女神としてユランの地に戻り、王家に嫁いだ。


 枯れていた大地は、再び隆盛を取り戻し、豊かな実りと輝く生命力に満ち溢れ、国は長く栄えることとなる。


 一方、ラギアは急激に衰退し、ユランに併呑されたのち、完全に地図から消えた。


 彼らの神は。

 とっくにいなかったのだ。


 おごり高ぶって傲慢に暮らしていたラギア人の元から、神が去っていたからこそ。

 他国の女神に奇跡を頼むことになっていたのに。


 "聖女"と呼んで飼い殺して、なおも反省することなく過ごしたため、この結末を招いた。


 本当に感謝と愛が必要だったのは、自分たちだったのだと。

 気づくことなく歴史から消えた国を少し、憐れに思う。



 お読みいただき有難うございました!

 追放聖女モノを書きたい、と思って書き始めて、「あれ? 追放されてない? それにどうしてこんな流れに?」と一番首をかしげたのは私です。

 時々あるよねー。あるあるだよねー。たまにこういうの書きたくなるしねー。


 そんなわけで少し異色な展開となりましたが、楽しんでいただけましたら嬉しいですヾ(*´∀`*)ノ


 特に国を想定せずに、ヨーロッパ圏でもオリエント圏にもある単語選びをしました。どんな文化でご想像されたかなぁ♪(´艸`*)

 挿絵(By みてみん)

「良かった」と思っていただけましたら、下の☆を★に塗り替えて応援くださると大喜びします(/*>▽<)/

 よろしくお願いします♪ そして早速の誤字報告ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
良かったらコチラもよろしくお願いします!
短編が多いです!

・▼・▼・▼・▼・▼・
【総合ポイント順】
・▲・▲・▲・▲・▲・

・▼・▼・▼・▼・▼・
【新しい作品順】
・▲・▲・▲・▲・▲・

・▼・▼・▼・▼・▼・
【異世界恋愛+α】
・▲・▲・▲・▲・▲・

【最近の作品】
『メリッサは悠然としている』

『だって夢の中の話でしょ?』
― 新着の感想 ―
座敷わらしを想像した私はきっと少数派… 良き人達が幸せになって良かった! 欲を言えば、両親との再会シーンが見たかった〜
いつもながらの爽快な作品、後半は二人の掛け合いにドキドキ! 恋愛作品っていいですね☆  ルタがかっこいいけど、時折可愛く見えるところが良かったです(#^^#) みこと。さんのショタの影?(^^) いろ…
歴史的な物事の捉え方やハッピーエンドな結末などは素晴らしいです。 3点だけ気になる所があって、 「黒髪の人が多く住んでいる国の中から女神の生まれ変わりをどうやって特定して、そしてどうやってさらってい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ