第96話 Aトム伝説(魔王編) 中編
ある日のこと。
アイアンは自室で退屈そうに天井を呆けながら眺めていると、側近のワイドが自室に現れる。
「坊っちゃま、地上制圧は順調ですじゃ。ラティウムという国は我が軍に恐れをなして、坊っちゃまを皇帝に即位させると議員団が恭順を示しております。エラームも同様です。ただシーヌという東の国が我らに抵抗するようなので、軍の派遣命令をこのワイドにお願いしますじゃ」
「あー、よくわかんねえけど適当にやっとけや。他に話は?」
「かっかっか、例の魔将の一人、ナーロピアンの王子の件です。このたびゲルマニア全土を統べましたことを、坊っちゃまにご報告をしたいそうですじゃ」
ワイドから使えるやつと報告を受けていたナーロピアンという地域の王子の話だった。
「うし、じゃあそいつに会うか暇だし。その野郎に、なにを言ってやればいい?」
「はい、適当にお褒めの言葉をかけてやればよろしいかと」
「ああ、わかった。ちなみに移動手段は?」
ワイドはアイアンの自室に、大型の鏡を黒のローブ姿の魔導士達に用意させた。
「なんだこれ? 鏡?」
「はい、魔法の鏡ですじゃ。これは古代レムリア時代に広く使用された技術で、転移魔法のクリスタルを鏡面に磨き上げた逸品。これに魔力を発動させれば遠く離れた地と映像と声で交信できて、どこにでも移動可能ですじゃ」
ーーマジかよ、テレビ電話付きワープゲートなんかあるのか。まるでどこでもドアだぜ。
アイアンは鏡に触れると、腕が飲み込まれて思わず引っ込める。
「ホーリーシッ 腕が!」
「はい、鏡の向こう側に行けますじゃ。ささ、坊っちゃま。身支度を整えてハイランド属州へ」
ワイドに言われるまま、アイアンはワイドと魔法の大鏡を潜り抜けると、そこは別の王宮のロビーになっていた。
「ようこそ、アトム様! ワイド様!」
ロビーには白人種に見える召使い達が頭を下げて、地球のヨーロッパ中世世界のような印象を受けた。
ーーマジでどっかに瞬間移動しちまったぜ。すげーな魔法の鏡。
アイアンは思いながら周りを見渡す。
ーーまるでゲームみてえな城だぜ。属国とか言っても、普通に大国っぽいのな。
ワイドを先頭に、アイアンはその後ろをついて歩くと、召使い達が王の間の扉を開ける。
「レムリアのアトム様の御成!」
中では、大臣と思われる貴族が花道のように整列して、一番奥の、若くハンサムなアッシュブロンドの髪色の騎士が号令を発した。
「ようこそアトム様、玉座にどうぞ!」
アイアンは、この世界の言葉がわからずチラリとワイドの方を向く。
「ささ、下僕共のいうとおりに玉座に」
真っ赤なカーペットを、アイアンは面倒くさそうに歩くと、本来は王が座るだろう玉座に腰掛け、ワイドがその側につく。
「ゲルマニア平定ご苦労! ナーロピアン方面の魔将を任せた王太子よ」
「はは! ありがとうございますワイド宰相。お初にお目に掛けますアトム様! わたくしジェームズ・ピクタニヤ・マルカム・アルピオ・ダンケルトン・シュチュアートと申します! 王である父上は病で寝たきりですので、わたくしめが歓待いたします!」
年若い騎士が跪くと、大臣達も一斉に跪いて場に緊張感が漂う。
「Good job! ご苦労だった」
「?」
アイアンは英語と日本語で話すが、王子ジェームズは言葉の意味がわからない。
ーー今のは多分名前か? もしそうならクソ長い名前だなこの白人野郎、それに。
アイアンは、跪いて顔を上げるジェームズをジッと見つめる。
ーー顔の造りはいいがよくねえ顔だ。この手のツラは、普段は調子いいこと言って、土壇場で人を売りやがるクズの顔してやがる。
アイアンは、転生前に半グレともトクリュウとも呼ばれた裏社会の経験から、ジェームズの本性を見抜く。
一方のジェームズはというと。
ーー魔王アトム……想像していた化物と違って、まだ成人前のエラーム人にも似た子供ではないか。
人智を超えた圧倒的な軍団を誇るレムリアの頂点、魔王と呼ばれる存在が、こんな子供だとは彼も思ってもみなかったが、一瞬だけ目が合うと恐怖で凍りつく。
ーーこの目は俺と同じだ。自分以外を全く信じていない帝王の覇気を感じさせる。こんな子供のくせに、俺に威厳を感じさせて……やはり魔王なのか。
「アトム様はいい仕事だ。ご苦労とおっしゃられている」
ワイドが通訳をしていた時、アイアンは立ち上がると、跪くジェームズの顔面に蹴りを入れる。
「ぐぁ!」
子供とは思えない威力の一撃に、ジェームズはひっくり返って後ろ回りに転がって、うつ伏せになった。
「おう、褒めてやったのにシカトか! ディスリスペクトだ!!」
何度も足蹴にされたジェームズと、それを呆然と見つめる大臣達や近衛達がアイアンの凶暴性に恐怖する。
ーーこういうクズヤローは、初対面で恐怖を植え付けねえと図に乗りやがる。徹底的にカマすぜ。
ジェームズを蹴り終えたあと、跪く面々をアイアンは見渡す。
「あ? なんか文句あっか? お前らも俺をなめてやがると殺すぞ」
「アトム様は、お褒めの言葉をかけたのに無視されたとお怒りだ。敬意を感じられないお前達を殺すと言ってる」
ーーま、魔王が我らに怒ってる。
ーーこ、殺される。
ーー怒りを鎮めなければ。
ワイドが意訳すると、集まった面々が恭順を示すために、その場で土下座する。
「ひっ! お許し」
「どうかお許しを!」
「我らが王子の非礼をお詫びします」
「敬意を払いますアトム様!」
言ってる言葉はわからないが、命乞いをして服従していることをアイアンは理解する。
「坊っちゃま、いかがしましょう? なんならこのワシがこやつらを見せしめにバラバラに処してやってもよいですが」
「あー、そうだなあ」
亀のようにうずくまっているジェームズを、アイアンが見下ろす。
「俺に服従を誓えマヌケめ。俺に逆らったら、体中に風穴空けまくって、文字通り蜂の巣みてえにしてお前を殺すぞ」
「アトム様は、服従を誓えと申しておる。逆らえばお前の体を穴だらけにして殺してやると。よいか?」
「は! ははー!! このジェームズ、アトム様に絶対の忠誠を誓いまする!! 我が臣民共も!!」
ジェームズは額を床にこすりつけて服従を誓わされ、彼の家臣達もこれに倣う。
「お許しを魔王様!!」
アイアンは当時を思い出しながら、大主教ことジェームズに歪んだ笑みを浮かべる。
「最初にお前に会った時、顔見て俺は思ったんだ。お前みてえなクズは、絶対信用できねえってよ。徹底的に体に恐怖を植え付けて従わせようとしたっけか」
「……」
「けど俺の勘は結果的に当たってよなあ? 初めて会った時から多分、お前は俺をいずれ出し抜いて、機会があればぶっ殺そうとずっと企んでたもんな?」
「……」
「ま、いいんだわ。そんなことはもうどうでも。そして俺はその日、お前の妹に会った。後に聖女って言われることになったシャーロットによ」
アイアンにやられてボコボコに顔を腫らしたジェームズは、そのまま王宮中庭で歓迎式典を催す。
「アトム様ばんざあああああああい!」
式典をアイアンはあくびを噛み殺しながら、適当に集まった群衆に手を振る。
ーーめんどくせえ、さっさと終わらねえかな。王様ってのは、いちいち仲間でもねえやつに、成功したラッパーみたくフレックスして……パリピぶってこんなことまでしなきゃなんねえのかよ。
その時、ある男の記憶が呼び覚まされる。
「うるせえOBや、会ったことねえやつにおべっか使ってよ。まるで俺の心が死にそうだった。たまらなく嫌だったんだよ……そういう集まりがよ」
ーーそういやロンザン……あいつも、なんかこういう集まりみてえなの苦手だって言ってたっけな。
かつての日本裏社会、自分の同年代でライバルだった男、怒羅魂を率いた半グレ、榊原龍三こと王龍三のことをアイアンはふいに思い出す。
アイアンとは散々喧嘩しあって、時に命のやり取りをした相手でもあったが、今思うと彼のことを、本心では嫌いではなかったためだ。
ーー警視庁渋谷警察署・地下1階留置所
ある日の夜、渋谷区円山町周辺のナイトクラブ発生の暴行事件で、警察官10人がかりで逮捕されたアイアンは、深夜に渋谷警察署へ身柄を移さる。
所持品を押収されて逮捕手続きと取り調べを受けた後、朝方に腰縄姿で留置所に入れられた。
こうなると48時間以内に検察官送致が行われることになり、送致後24時間以内に担当検事が勾留請求または被疑者の釈放を選択する。
だがアイアンは取調べで、完全黙秘かつ弁護士を選定しており、被害届も取り下げさせて、3日以内に釈放される気満々だった。
「92番、3号房だ! 先客の53番がいるがここのルールはさっき説明した通り、問題起こすなよ。入れ」
「Fuck you polis! ん?」
「あ?」
房の中で、髪の毛がボサボサに伸びた龍三とアイアンは目が合う。
「お前、チャイナ野郎」
「……黒人ヤローのAトム」
「おい92番、静かにしろ! 早く入れ、閉めるぞ」
房が警察官に閉められ、アイアンと龍三は二人きりになる。
「最近見ねえと思ったが、なんでお前がいんだよ」
「……うるせえな。これから警視庁本部行って日課の取り調べだ。お前の相手は後だアホ」
「あ? お前ビビってんのかよ俺に」
「へっ、うるせえ」
睨みを効かすアイアンを鼻で笑った龍三は、立ち上がると自分の布団をテキパキ片付けて、入り口の前に立つ。
「うるさいぞ92番! 53番、準備できたか? いつもの日課だぞ」
「はいはい、わかってますって」
留置管理係の警察官と、ジャンパー姿の若い刑事が現れ、龍三は手錠と腰縄を付けられた。
「おい、逃げんのかチャイナ野郎」
「うるせえ黒人ヤローのアホ。昼過ぎにはまた嫌でも顔合わすからよ、ちょっと待っとけ」
「……」
その後、アイアンは弁護士と面会して簡単な差し入れを受け取る。
弁護士の算段では、おそらく不起訴になる可能性が高いと言われ、刑事課で取り調べ後、ダルそうに留置所で寝転がる。
「あいつ帰って来ねえとつまんね。呼び出されるまで寝るか」
そのあと、昼に冷めた官弁を残さず食べ終わり、差し入れの現金で用意させた漫画雑誌を、寝転んで読みながら時間を潰してると、疲れ果てた表情の龍三が帰ってきた。
手錠を外され中に入ると、アイアンから離れたところで、龍三はあぐらをかく。
気まずい沈黙の中、アイアンは雑誌を放り投げて体を起こす。
「お前さ、ここ入って何日目?」
「……3か月近くだ」
「ホワッツ!? 長くね!?」
勾留は起訴前、通常10日、最大20日と決められている。
仮に起訴されても、だいたい2か月程度で勾留期間は終了するはずで、通常は身柄を拘置所に移送されるはずである。
「ふん、再逮捕、再逮捕の無限ループよ。暴行、傷害、恐喝が何件かめくれちまって、ついでに身に覚えのねえオレオレだとか、強盗やらの容疑でこの有様だ。おまわり共は怒羅魂を潰したくてしょうがねえのよ」
「そうか、やべーじゃん。俺が言うのもなんだけど、弁護士紹介してやろうか?」
「いらねえよ、噂のテンマがらみだろ? お前のバックがやべえかもって、ヤー公達や中国でも噂になってんぞ」
「……」
アイアン達が遊び半分のノリで作ったトクリュウシステム。
テンマの噂が一人歩きして、その犯罪ネットワークは、もはや首謀者のアイアンですら制御がきかなくなっている。
そして今更実態のない組織だなんて、ライバルの龍三には言えなかった。
「お前、このままだと、どれくれー刑期くらうんだ?」
「前の執行猶予と合わせて、ヘタすりゃ10年だ。シャバに戻るとき30超えてるかもわかんねえ。そう考えるとよ、馬鹿らしくなって来たのさ」
「あ? 考えだ? 俺と同じで馬鹿のくせに考えても無駄だろうが。どうせ人生は一回きりだぜ? ギャングスタらしく生きりゃいいじゃねえか」
龍三はアイアンに、特大のため息を吐く。
「……やりたくてやってんじゃねえよ。親が裏社会で有名だからと、親父の代からの付き合いがあるから。そんで中国のハルピンに親戚筋がいて、その繋がりが都合よく俺を持ち上げんだ。怒羅魂の王だってよ」
「いいじゃねえかよ。何が不満だよ、その環境に。金だって楽に稼げんだろ?」
「けっ、金なんざどうでもいい。ぶっちゃけいくら稼いでも犯罪収益なんざ、将来の貯蓄ってやつで口座も作れねえし、結局は買い物や飲み食いに使うだけじゃねえか。馬鹿馬鹿しい」
「難しいこと言ってんじゃねえよ! 稼いで使うの何が悪いんだよ」
近年、龍三の怒羅魂も準暴力団として警察から認定された結果、既存の極道組織と同様、金融機関から口座開設を拒否されたり、既存の口座を解約されたりするおそれがあった。
こうなると、真っ当な企業にも就職できず、携帯電話すら登録できなくなる。
「それによ、どうせ今のまま刑務所行って出てきたら、俺の周りが見栄はってホテルで出所祝いだのなんだの、大陸のマフィア連中とか馬鹿集めて、馬鹿騒ぎするんだぜ? そんでまたおまわりに目をつけられんだ。うんざりなんだよ、いい加減そういうのによ。もう……疲れちまったよ」
度重なる再逮捕と留置生活に、龍三の精神は限界を迎え、将来の不安で押し潰され、散々敵対したアイアンにすら弱音を吐くほど追い詰められていた。
「俺の担当の刑事が言ってたよ。最近じゃよお、60過ぎたヤー公が鉄砲玉やったりするのが流行ってるらしい。ジギリってやつらしいが、そいつら極道の名誉だ最後の徒花だって、喜んで残りの人生を刑務所行って過ごすんだと」
「かっこいいじゃねえか、ギャングスタらしくて。ジジイになってもヤクザで殺し屋とか、マジでサグくてイケてんじゃねえか」
「……どこがだよ。お前も俺の二個下ならわかんだろ? 周りで……ガキの時からツルんでた奴らの半分が、子供できて結婚したり、自分の店持ったり、手に職持った親方になったりして」
「はっ! ギャングスタライフについて来れなかった負け犬共の話か?」
「ちげえよ!!」
龍三の目に涙がうっすら浮かぶ。
彼は世間一般では中卒だが、頭が良かった。
だからこそ、先のない今の自分の人生を頭の中で想像して、考えた末の行き着く先の未来に絶望していた。
「何がギャングスタライフだ! 馬鹿じゃねえかよてめえの言ってることは! 今の俺もてめえも、無責任にテキトーなことやって、てめえでケツ拭けねえで!」
興奮した龍三はアイアンに捲し立てる。
「結局は親父や、親父の知り合いの誰かがケツ持ってくれて、俺は馬鹿やって……捕まって。でもあいつら見てみろ! てめえの責任持たされて、毎日を真面目にやってるあいつらの方が、人生の勝ち組で大人じゃねえか!!」
そして龍三の持つ気迫。
アイアンをして腕っぷし以外では内心勝てないと思わせる気迫が彼にあった。
「人は、生まれながらに幸せになる権利がある! どっかのヤローの受け入りだが、先に大人になったあいつらの幸せが羨ましいんだマジで!! けど俺だけガキみてえに、悪さしてパクられてよ。このまま一生不良のまま、周りにいいように扱われてって考えたら、刑務所で余生過ごすなんざ嫌だ! ゼッテー!!」
涙を浮かべて、アイアンを否定する龍三の言い分に、呆れたアイアンは鼻で笑った。
「へっ、ギャングやめんのかよお前。日和ってんじゃねえよ、お前ほどのヤローがよ」
アイアンは強がるが、テンマのシステムを共有する昔ながらの仲間は、半数が不幸な最期を遂げており、内心アイアンも将来に不安だった。
「担当の刑事、丸山って奴も言ってたんだ。ヤクザじゃねえお前には、まだ人生やり直す、若さと未来があるって。その気になればなんだってなれるって」
「あ? 丸山? あの鬼丸か?」
警視庁組織犯罪対策特別捜査隊の丸山警部補。
元警視庁特殊部隊員にして、警視庁最強の刑事。
かつて立て籠もり事件を起こしたアイアンを、圧倒して取り押さえた警察官でもあった。
「情けねえ、空気入れられて。おまわりなんかに、吹き込まれてよお」
「うるせえよ、もう決めたんだ。本当にやりてえことを。だから俺は……全部終わったら料理人になりてえんだよ」
「ワッツ!?」
何言い出すんだこいつと、アイアンは目を剥く。
「好きなんだよ、作るのも食うのも。そのためには今の繋がり全部断ち切らなきゃダメだが。そんで小さくてもいいからよ、自分の店持って料理屋やりてえんだ」
「……マジで言ってんのかよお前」
「ああマジだ。つうか……お前と散々喧嘩してきたけど、こんなに話したの初めてだったな」
しばらく間があって二人は笑い合う。
散々敵対視してた二人だったが、話してみれば自分と同世代の若く不器用な悩める不良同士。
日本に染まって日本人の思考をしているのに、ガイジンだと言われて気持ちを病んでしまった意味で、二人は同じだった。
「もしも、もしもよ、俺が店屋やったら、お前……何が食いたい?」
「あ? からあげ定食」
「けっ、もっと高そうなもん頼まさせてやるよ。俺の常連にしてやんぜ」
翌日アイアンは相手が被害届を取り下げたことで釈放。
榊原龍三こと王龍三とは、それ以来二度と会わなかった。
その話を、外に出たアイアンは半グレ仲間に面白おかしく茶化す。
龍三はおまわりに屈して日和った。
あいつはもう終わりだと。
だが、今にして思えばアイアンは龍三に共感していればよかったと。
そうしてれば、自分は惨めな最期を迎えていなかったとも今にして思う。
ーーあいつ俺が死んだあと、どうしてんだろう。あいつもいろんなしがらみに囚われてて、今思うと、本当にやりてえこともできねえで可哀想だったなあ。
歓迎式典が終わると、アイアンはワイドに連れられて王宮の晩餐会に出席する。
「これより宮中晩餐会を開催する! ジェームズ王太子殿下、お願いいたします!」
「うむ、我が重臣ベルンファースト伯ありがとう。まずはレムリアのアトム様にお越しいただき……」
ジェームズのスピーチに見向きもせず、アイアンは玉座に腰掛けたまま、侍従や女中が忙しなく動いているのを見やり、集まった貴族達を眺める。
ーー女はともかく、こいつら男も化粧してカツラ被ってやがる。オカマの集団かよ、キメエ奴らだぜ。
この世界でも、地球の中世同様に貴族は公の場では、男女問わずお白いを顔に厚く塗りたくり、カツラを被る風習があるのをアイアンは気味悪がる。
だがそれは、個人の好む好まざる関係なく、そういう風習と文化なのをアイアンは理解できなかっただけである。
ーーてかよお、俺の歓迎会なのに飯冷めちまうだろ。話長えんだよマヌケ野郎め。
「さっさと終われや。飯冷めちまうだろうがよお、ぶっ殺すぞ」
ボソリと呟いたアイアンの言葉を、ワイドは聞き逃さなかった。
「話が長いのう? アトム様はせっかくの食事が冷めてしまうと、皆の者に気を使ってらっしゃる」
ーーうぅ、初対面なのに、この魔王……理不尽極まりない! 俺はハイランド、アイランド、ミッドランドを統一し、広大なゲルマニアをも征服した暁には帝王になる予定のはずなのに……。
自身の面子と自尊心が潰されたと、王太子ジェームズの不満が頂点に達っする。
「あ? んだコラ」
だがアイアンと目が合うと、生まれて初めて自分自身が受けた暴力の恐怖で、目を逸らしてしまう。
「気遣いできぬ輩は殺すとも仰っておるのう? 王太子よ。この晩餐会を貴様の血祭りに変えてやってもよいのだぞ?」
「うっ」
ジェームズは、レムリアの魔宰相にして大神官ワイドにも恐怖する。
そもそもこの野心家にして、ジェームズは由緒正しい王族ではない。
伝説の大帝にして、冒険王と名高いローランが支配した大陸のゲルマニア帝国の属州。
ミッドランド諸島北部の、ハイランド辺境候から成り上がった王家外戚の公爵出身。
正確に言うとローラン以前はミッドランド諸島王家だったが、伝説の大帝に恐れをなしてハイランドに逃れたことで、ミッドランド王位を失った一族である。
この一族の伝説では、かつて伝説の地ガイアを統べた偉大なる王家ポセイドニスの末裔と、不確かな伝承が残る地方領主に過ぎなかったが、世界征服を目指す伝説のレムリアと関係を持つ。
野心家のジェームズの負の意思が、レムリアで信仰されるバロールを通じて、宰相ワイドと繋がりができたためだ。
こうしてレムリアの軍事力と自身の策略を背景に、ミッドランド諸島を統一し、ゲルマニア帝国の皇室と大貴族を粛清し、ナーロピアンほぼ全域を支配地域にした。
「そもそもお前が王太子に成り上がり、ナーロピアンを制覇したのは、我らがレムリアが力を貸したからに他ならぬ。それをわきまえておらぬと、魔王様の名の下に、ワシが貴様を殺すぞ若造」
「はっ! ははー!! このジェームズ、も、申し訳ありません! では乾杯の音頭をどうぞアトム様!!」
ジェームズに促され、ワインを注がれたグラスをアイアンが手に取る。
「おう、じゃ飯にすんぞ。Cheers!」
「乾杯!!」
食事が振る舞われ、アイアンはワインに口をつける。
「マジい……しかも苦え。飲めたもんじゃねえなこの酒。どれ、パンは……硬ッ、パッサパサで食えたもんじゃねえ」
思わず呟いたアイアンの傍で、ワイドは揉み手でご機嫌を伺う。
「坊っちゃま、どうですか? あの王太子めは」
「ああ、あれな。お前は利用価値を見出してるっぽいけど、あれは信用ならねえぜ。わかるだろ? 利用価値が無くなったら消した方がいい」
アイアンの回答に、ワイドも満足気にうなずく。
さすがは自分の主君、人をよく見ていると。
「その意見、じいも賛同いたします。そろそろ利用価値も無くなってきたので、ええ。このワイド、近日中に処分いたしますじゃ」
「おう、ていうか飽きたから帰ろうぜジジイ。飯もマジいし、つまんねえよここ。次はお前の言うエラームってところにでも行こうや」
「はは! 御意!! ん?」
その時ワインボトルを右に抱え、白手をした左手が不自由なのか、姿勢と体勢が悪いまま歩み寄る、小柄で銀髪、年齢にして12歳くらいのドレス姿の少女がアイアンの目に留まる。
「あん?」
アイアンが視線を向けると、少女は緊張とワインボトルの重さで転げ、ボトルが音を立てて割れる。
「ああ、なんということでしょう」
「ささ、お部屋にお戻りを!」
「シャーロット様、どうぞこちらへ!」
侍従達や女中が駆け寄る中、ジェームズは舌打ちした。
ーー出来損ないめ、部屋で待つよう伝えたのに。あの魔王に難癖でも付けられたらどうする気だ。
化粧が崩れて涙目で俯く少女を、なんとなくかわいそうに思ったアイアンは、席を立って少女に駆け寄った。
「おい、大丈夫かよ。それ、俺に持ってこうとしたんだろ? だよなジジイ」
「はい、ジイにもそのように見えましたじゃ」
アイアンは、シャーロットと呼ばれた王女を、安心させようとしゃがみ込む。
「ガラスとかでどっか切って怪我とかしてねえよな? 痛めたところはねえか?」
「……」
「ヘーイ、黙ってちゃわかんねえよ。怪我はねえかって聞いてんだ」
「……」
唇が動かず、右手で身振り手振り何かを伝えようとする少女に、アイアンはあることに気付く。
ーー口がきけねえのか……。
「早く部屋に戻せクズ共が!! あいつのせいでアトム様から叱責されたらどうするんだ!! せっかくアイランドの女王に即位してやったのに、足手まといにも程がある!!」
「はいジェームズ様!」
「申し訳ございません!!」
「どうぞお部屋に」
蔑んだ表情でジェームズが少女を指差して、何かを捲し立てたのをアイアンは目にし、視線を少女に戻す。
すると少女はジェームズに怯えた表情で、視線を向ける。
それは肉親から虐待を受けた恐れと絶望の混じった表情。
ーーこれは俺が施設……教護院で見た表情だ。オサムもそうだった。親から虐待された子供の、オサム……。
その時、ふいにアイアンの脳裏にかつての記憶が、フラッシュバックのように呼び起こされる。
「……君を仲間だと思ってたのに、都合が悪くなると僕を……お父さんみたいに僕を……信じてたのに……アキカネ君」
「があああああああ! ぶっ殺すこの野郎!!」
思い出したくない記憶が蘇ったその瞬間、アイアンは瞬間的に血が上り、気付いた時にはジェームズの顔面を殴り飛ばしていた。
頬骨と鼻骨を砕かれたジェームズは、わけもわからず吹っ飛ばされてその場を転がる。
「ジジイ! あいつ今殺していいか!!」
「いえいえ、坊っちゃまの手を煩わせるまでもございません。あやつは、このじいめが処分いたしますゆえ……」
すると、シャーロットと呼ばれた少女は、怯えながらも自分の兄の前に立って、アイアンを見つめる。
「どけよ、お前をイジメてたやつぶっ殺してやんよ」
だが少女は、涙目で首を横に振る。
ーーなんで自分をイジメてた奴を庇うんだよ。理由、知りてえな。
アイアンはこの時、シャーロットと呼ばれる少女に、かわいそうだと同情して興味を持って、興味本位で近づいただけにすぎなかった。
その場でジェームズと呼ばれる王太子を殺すか悩んだが、彼女を見るうちに殺意が消えて、なぜか興味を持ち、自分の元に連れ帰ろうと思う。
しかしこの選択が、のちに自分の生き方に多大な影響を及ぼすとは、夢にも思わなかった。
アイアンはワイドに振り向く。
「おう、この子と一緒に帰るぜ。ジジイ、この子に着替え用意しろや」
「はい! このワイド、わかりましたじゃ」
こうして、アイアンはシャーロットと呼ばれる少女をレムリアに連れ帰った。
アイアンは、その時のことを思い出して、大主教ことジェームズを笑う。
「あの時、彼女の優しさをシカトしてぶっ殺してやれば良かったか。いや、でも……彼女と一緒にいなきゃ、俺は魔王とか呼ばれたクズのままだった。なあ? ジェームズ、彼女が俺を変えてくれたんだ。彼女が俺を、今の俺によ……それを都合よく利用してたのがお前だったな? なあ? なあ!? クソヤロー! 何か言えよ!!!!」
「アトム……シャーロット……」
アイアンは、気迫を込めて大主教ことジェームズを睨みつけ、一方のジェームズは、魔王動乱後、自身の贖罪の意味を込めて、聖女の位を授けた妹を思いだす。
後編に続きます




