第71話 東部の街
王都ダブリンス。
古くは妖精の島と呼ばれたこのアイランド島は、現代ではハイランド聖王国領であり、ナーロピアンの一大宗教である聖女教会の中心とも言える。
王都東側メイトロン広場では、背の高い帽子を目深に被り、口元に白薔薇の刺繍が入った黒のスカーフを巻く、浅黒い肌の吟遊詩人が王都ダブリンスの歴史をうたう。
今は昔
伝説の冒険王ローランの歌の一つ
かつて精霊の島とうたわれたアイランド島
人々は妖精達を崇め争いごとも無く
長きに渡り平和な時を過ごしていた
しかし精霊と人々の関係は突如終わりを告げる
400年前
伝説の冒険王ローランはアイランドに伝わる
妖精が作りし伝説の剣を求めて
島を領有する中つ国ミッドランドに出征した
このローランは火山の爆発で国を失った
古代ラティウム王室の末裔とも言われるが
出生と出身についていまだ定かではない
ローランは多くの未踏の地を踏破し
太古のレムリア文明の遺跡を発掘
これによりクリスタル技術を確立した彼は
ゲルマニア諸国を治めた最初の王になり
冒険者の祖の一人とも言われている
ミッドランドもこの冒険王には歯が立たず
北のハイランドに王家が逃亡して戦は終わる
ミッドランドを手にしたローランは
アイランド島を目指して
ノース海峡を渡り西に向かう
だが島の沿岸部に上陸する時だった
軍艦は未曾有の大嵐に見舞われたのだ
アイランド島を守護する風の精霊は言った
ここは妖精達の国
招かれざる者は立ち去るべしと
冒険王ローランは笑う
これは妖精からの自分への試練であると
ならば受けて立ってみせよう
そう言うと彼は大嵐の船から単身海に飛び込む
軍艦は沈没しローランは浜辺に打ちあげられる
彼を救ったのは美しい海女の乙女だった
彼女の献身的な介護でローランは息を吹き返し
自分を助けた海女と恋に落ちたという
必ず君を迎えに行く
そう言い残したローランは本格的な治療のため
占領地ミッドランドへ帰還する
だがしかし悲劇が起きた
アイランドのエルフと妖精達は
侵略者ローランを迎え入れた漁村を許さなかった
エルフ達は海女の村に火矢と嵐の魔法を唱え
そのことごとくを焼き尽くしたと言われる
ミッドランドからローランが駆けつけた時には
海女達の村は黒焦げた廃墟になり
見るも無惨な有様になってしまった
ローランは愛する海女を失い嘆き悲しみ
妖精とエルフ達に復讐を誓ったという
彼はアイランドの森という森に火を放ち
村を襲ったエルフ達を成敗したといわれ
妖精達もローランの怒りに怯えて姿を消した
後世で言うローランの火祭り伝説である
こうして焼けた森の中でローランは
クリスタルに刺さった妖精の剣を引き抜き
念願だった伝説の剣を手にした
だが彼はこの冒険に虚しさを覚え
剣を海女が愛した海に捧げて島を去ったという
彼女は名をダブリンといい
それがこの王都の名前の所以である
ローランにより海に捧げられた妖精の剣は
主人を求めて現在はゲルマニア・レオン伯領
ブリューストの海辺の岩壁亀裂に
突き刺さったままだという
今まで誰もその剣を引き抜くことあたわず
ローラン伝説の一つとしてうたわれている
吟遊詩人は冒険王ローランの悲恋の歌を終え、投げ銭箱に貴族達や町人達がコインを投げ入れる。
すると広場にいた聡明そうな貴族の子供は、吟遊詩人の前に立つ。
「詩人さん、今度は聖王様の歌が聞きたいです」
「ごめんな、まだ聖王陛下に捧げられる、満足な歌詞ができてないんだよ」
すると親の貴族夫人が、子供の手を引っ張る。
「あらあら、うちの子が無理を言って申し訳ございませんわね旅の詩人。でも悲しくも素敵な歌だったわ、ごめん遊ばせ」
吟遊詩人は申し訳なさそうに貴族の母子に頭を下げて、ダブリンスにある王宮に振り向く。
「まだ歌えねえんだわ、それはよ」
顔をスカーフで隠した吟遊詩人は、とびっきり悪そうな笑みを浮かべた。
王都宮中離れにある王都防衛騎士団営舎の会議室では、副団長直属の部下4人が集まる。
警ら中隊長ブラウン伯爵
保安部長ランバート伯爵
異端審問官次席トッテナム侯爵
特殊作戦中隊長ウォード子爵
いずれもリチャードから各部門を任された幹部達が、今後の方針について議論する。
「議題は他でもありません。我らが副団長が侍従長を殺害したという件、正味どう思いますか?」
「ありえんだろウォード卿! 副団長が侍従長を殺害などと! 第一に動機が思い浮かばんし、保安部門でも調査してるが、あんな雑な現場検証もありえんぞ!」
「すまないランバート卿、団長がすでに現場に駆けつけてて、審問官達が現場検証ができなかったんだ。団長は副団長がクロだと信じ切ってる。物証が彼のペンだけどとは、いくらなんでも根拠に乏しい」
「左様、有り得んことだ諸君。これは何かの陰謀で、団長も誰かに担がれているのではないか?」
「ブラウン卿の意見、もっとも」
「然り然り」
「何かの陰謀だこれは」
部隊長はうんうんと頷く。
彼らは長年の付き合いであるリチャードが、殺人犯であるはずがないと、現時点で結論づけていた。
「だから世間知らずの女なんか団長に据えるなと、私も副団長も王国議会にも提言したのに! そもそも彼が下手人だとして、誰が捕まえられる!?」
ランバート部長に、他の3人は首を横に振る。
「無理だ。彼は我が国、いや大陸最強の騎士だ」
「騎士団全員でかかっても勝ち目があるかどうか」
「左様、絶対に敵に回したくありませんね」
彼らは騎士団創設期から、当時少年だったリチャードに、この世には絶対に勝てない者がいると恐怖を植え付けられ、絶対に勝てないと服従している。
「しかし、宮中の陰謀であると仮定して、ここは慎重に動かねば、我らも副団長のように……」
「然り、それにあのギルバート副団長のことだ。もし彼が無実ならば、今頃単独で王都に潜伏し、下手人探しをしているだろうな」
「うむ。だが問題はこの件、早々に解決せんと、騎士団全体の士気にも影響する。それに副団長は我が団の要だ。早急に無実を立証しないと、我らは解散の憂き目に遭うだろう」
重苦しい雰囲気の中、この件が陰謀であると仮定し、誰が一番この件で得するかの議題にうつる。
「我ら騎士団を羨む者達は多い。このたび亡くなったドニコール侯の侍従長ポストと、長年騎士団を率いた副団長がいなくなれば……」
「ああ、陛下側近のポストに加えて、王都の防衛利権が一気に手に入る。あの小娘……失敬、団長のポストをすげ替えるなど、いかようにでもできるからな」
「それに副団長は、極秘裏にベルンファーストに赴いていたとの情報も入ってる。であるなら、最近陞爵したあの若造、マクドネルも怪しいな」
「ふん、冒険者気取りのあの若造か。我が保安部からの情報だが、彼の地で魔王軍が復活したと周辺貴族と教会から情報を得た」
「魔王軍だと!?」
ランバート保安部長の話に、一同絶句する。
「教会からの情報によれば、魔王軍の将が現れてモンスターの大軍団の襲撃を受けたが、これを撃退したそうだ」
「あり得んぞ! 100年前の魔王軍を撃退など、それこそ聖女様のご加護と、伝説の勇者様の力がなければ不可能だ!!」
「左様。それと教会側からの情報だが、あのマクドネル侯爵が、魔王の軍門に降った可能性があるとも不確定情報も入ってる。冒険者になりすました魔王の陰謀という話も……」
マクドネルことショーンに疑いの容疑がかかる中、営舎内の会議室の扉が突然開かれた。
「何用だ!!」
武装した近衛騎士団と、教会の司祭達が突如として中に雪崩れ込んでくる。
「拘束せよ」
近衛達の指揮を取るのは、王家外戚の一人にして、武断派として名高いハワード家当主。
聖王国陸海軍を率いる通称戦争卿。
軍務尚書ノースフォート公爵である。
「貴様らは副団長ギルバートと共謀の上、宮中侍従長を殺害した共犯の疑いが王室からかかっておる。軍法により神妙に縄につけい!!」
ーーはめられた。
リチャードの部下達は、この一連の出来事が自分たち騎士団を潰すための陰謀であることに気付くも、時すでに遅しと項垂れながら拘束された。
同時刻、ダブリンス東部。
上級貴族夫人が集まる高級サロン、イーストベリーでは侍従長殺害事件の話題で持ちきりだった。
「王都防衛騎士団が侍従長を殺害したんですって」
「まあ!? なんて恐ろしいことを」
「犯人はまだ捕まってないらしいですわ。なんでも王国最強の騎士だとか」
「数々のお手柄をあげた王都騎士団も、今回の件で解体されるかもしれませんわね」
王都防衛の要であり、最強の騎士団として恐れられたギルバートの騎士団の評判は地に堕ちてしまう。
「そういえば教会の僧たちからも聞きましたが、伝説の魔王軍が復活したとか」
「あらやだ怖いわ〜」
「これからどうなってしまうんでしょう」
夫人達は、カフェテラスにも似たサロンで、美少年の従者達にネイルやヘアメイクされながら噂話に興じているのを、通りすがりの道化が笑う。
「んふふ、呑気だねぇ人間どもは。さあて、お手並み拝見といこうかな、魔教主と魔騎士の。クックック、ねえライカン」
通行人に擬態した魔猟師ライカンは、魔道化師ピエンに振り向いた。
「うむ、テング殿も入れて魔将が5人もいれば、万一アトム様が来ても対処できるだろう。だが、謹慎前のワイド殿が思いついた此度の作戦、ニンゲン共の醜い部分を見せて失望させ、我々側に引き入れる件、うまくいくかどうか」
「んー、うまくいかさないと、僕ら女王様と魔貴族に殺されるからね。がんばろう♡」
魔将達が陰謀を企てる中、宮中の隠し部屋では男二人が密会する。
一人は40歳になる、聖王直属の臣下、王璽尚書大蔵卿にしてランスター公爵家長男ウィリアム。
もう一人は、外交と都市建設に定評がある商務尚書外務卿ベングルッグ伯である。
「大蔵卿、例のレムリア……いえ魔王軍復活の噂はまことですか?」
「うむ、出家した父上の情報網によると間違いないという」
「であるならば、由々しき事態。これを表沙汰にするなど陛下や教会も想定外では?」
するとウィリアムは、心配ないと言わんばかりに笑う。
「はは、案ずるな。父ジェラルド曰く、このダブリンスは安全だ。根拠については卿には言えぬ」
なんの根拠があってこの王都が安全なのか、ベングルッグはわからなかったが、とりあえず相槌を打つ。
「ははあ、そうですか……ならば良いのですが。それと例のドニゴール卿の件、本当に大丈夫ですか?」
「心配いらん、事後処理も問題ない。中途半端な正義感とやらで、例の件を阻もうと王室に背いたあのドニゴールが悪いのだ。それに、あやつの代役はすでに用意しておる」
「でも子飼いだったあのギルバートは、下級貴族といえ王国最強の男ですよ? いくら我々でも油断せぬ方が良いかと思いますが」
ウィリアムは笑い、話題を変える。
「そんなことより外務卿、周辺国家への例の働きかけは?」
「ええ、順調です。あの忌々しいメディアニートのエラームも、シーナジアのチーヌも我らの謀に気付いてません。卿の話がまことなら、この欲に抗える者などいないでしょう。成功すれば世界がひっくり返りまするぞ」
「うむ、そして我らは聖女教会を背景にナーロピアンを統一し、世界を手にする。ずっと待っていたのだ。伝説の勇者の影響力がなくなるであろう、この時を」
「ええ、我らが聖王国が世界の支配者に!!」
聖王や一部の上級貴族が、長い年月をかけて待ち望んでいた野望、世界征服。
100年もの年月は、伝説の勇者の影響力を薄れさせ、関係者もいなくなったことで、彼らはその野望を実行に移そうとしていた。
だがしかし、彼らが誤算だったのは、その伝説の勇者はいまだ健在で、それどころか再びこの世界へ影響を及ぼそうとしていることに、まったく気付いてない点が挙げられる。
そしてこの密談も、リチャードの協力者になった古龍に全て見られていたことも、致命的な誤算と言える。
「そのためには、アレの完成が不可欠。例のアレの計画の進捗状況はどうだ?」
「ええ、例の新大聖堂建立ですな。クリスタル技術を駆使したオベリスクと大聖堂の設計は完成しております。組立構造も完成して、あとは運河を利用して運搬すれば、いつでも」
「上出来だ。あとは建立予定地に……」
「ええ、古の王ローランがしたような火祭りで、王都西側にいる汚物全てを焼き払いましょう」
彼らは大聖堂の建立に邪魔な旧市街、ウェストタウンを焼き払う陰謀を計画していた。
この大聖堂は聖王国クリスタル技術の粋を集めたもので、聖女教会が妖精として崇めるバロルの力を呼び起こす。
具体的には、クリスタルで建造されたオベリスクが、大気中の魔素を吸収して、さまざまな魔法効果を放つことのできる戦略兵器である。
「歴史は繰り返すというが、あの旧市街地、大昔のローランに焼かれたという、エルフ共の森があったところだったか。因果な話です。して決行は?」
「早い方がいい。例のあやつに、キルメイナムの罪人共、ウェスティーズをすでに用意させた」
ウィリアムが出した名前に、ベングルッグは恐れのあまり唾をゴクリと飲み込む。
「あの……聖王国最悪の犯罪集団とも言われたウェスティーズを?」
「うむ、王都防衛騎士団さえ無ければ、奴らの凶行を止めることあたわんだろう」
「怖いお方だ大蔵卿は。全ての罪は、脱獄したウェスティーズと、下級貴族のギルバートにというわけですか」
「うむ、これは父上と陛下の側近たる我らと、あやつしか知らんこと。他言無用だ」
二人の会話を探知した古龍トリノは、一言一句違わず、リチャードに告げる。
「だそうだニンゲンのオスよ」
「……クソ野郎共がっ!」
リチャードは上級貴族達の陰謀に怒りながらも冷静に、トリノの口述を文章に記す。
「こいつら、大聖堂建設のためにこの街を焼く気なんだ! ドニゴール候はおそらく、それに反対してたから殺された! しかもウィスティーズだと!? あいつら死刑になったんじゃなかったのか!」
「クズヤローのジェームズめ!! やっぱりあの野郎、世界征服を諦めてなかったんだ!!」
「許せねえ外道。ギブソン、今すぐこの野郎共の居場所教えろ。俺の拳でわからせる!」
アイアンとゴメスは内容を聞き憤慨する。
「それに、なんだそのウェハースみてえなふざけた名前はよお! おっさん、何者だそいつら!!」
「うるせえ、喚き立てんな黒人この野郎! ギブソン、俺はお前の仲間だ!! そいつらぶっ潰してやる!」
「あ? 誰が猿野郎だこの野郎! お前もうるせえ、殺すぞメキ公この野郎」
周囲が騒ぎ立てる中、リチャードは集中力を切らさず、筆を進める。
ウィスティーズとは、10年以上前に国境紛争地帯エジンバルに派遣されたという、凶悪な罪人や素行不良の騎士達を集めた懲罰部隊で、正式名称を国土防衛騎士団ウィスティーズ大隊。
軍紀が劣悪なため、捕虜にしたデンランド戦士に苛烈なまでの残虐行為を行い、デンランド兵に扮してエジンバル地方の村々で略奪、婦女暴行、殺人行為を働いたという。
だがしかし、一定の戦果を挙げたことで聖王から恩赦が与えられるも、王都で部隊出身者が徒党を組み、上級貴族とも癒着した犯罪組織と化した。
暴虐の限りを尽くしたウィスティーズは、王都防衛騎士団リチャードにより一人残らず捕縛され、全員死刑判決が出たはずだった。
「こいつら、10年前に俺が捕まえた兵隊崩れのギャング共だ。全員絞首刑になったと思ったら、生かされてやがったか」
「あ? ギャングだと?」
「ああ、そしてこいつらの首謀者は……もうこの世にいねえはず」
ウィスティーズと繋がり、犯罪収益を得てきたのは、アルフレッド・チェーター・サクソン・ドニゴール。
殺害された侍従長の実子でもあり、現王都防衛騎士団長マーガレットの実父で、すでに故人だった。
「リチャードって言ったわね。魔王軍の宰相は、死者をアンデッドにできる力を持ってるわ」
アイアンの肩に乗るパンドラの情報提供に、リチャードは思わず目を剥く。
「ああ、ベルンファーストでもルテティアでも起きた状況の可能性があるぜおっさん。あの魔王軍のジジイ、死者を操ったり蘇らせる力がある」
「ああ、ギブソン。ラティウムのエルド山でも大量の骸骨共が襲って来やがった」
「それが本当なら……謎が解けたかもしれん。ドニゴールの親父を殺す動機や、俺をはめる動機がやつにある」
リチャードは、羊皮紙にウィスティーズ首領アルフレッドの名前と当時の顔立ち、そして家族構成について記し、古龍トリノに手渡す。
「うむ、わからん。アンデッドや霊的存在など生体反応のないものなどは、我は感知できん」
「チッ、なら彼女は?」
リチャードは続けて、現騎士団長のマーガレット・チェーター・サクソン・ドニゴールを記した羊皮紙を手渡した。
「よかろう、見てみよう」
同時刻。
王都防壁北門から、王宮に戻った団長のマーガレットは、自身の父の殺害容疑に団の主要幹部までもが軍に逮捕拘束された一報を聞き、愕然とした。
「団長、このままでは騎士団が壊滅します!」
「団長ご指示を!」
「何がどうなってるかご説明を!!」
王宮中庭で、小隊長や分隊長達から詰め寄られたが、彼女自体もパニックを引き起こしてしまう。
「うるさい、うるさい、うるさい!! そんなこと私が知るものか!!」
彼女は自室に閉じこもり、鍵をかけると、金属に似せた鎧を外して床に叩きつけ、鞘だけ豪勢な木剣も放り投げた。
そして下着姿になって机に突っ伏すると涙を流して嗚咽する。
所詮騎士団長というポストも、上級貴族達や祖父が用意したお飾りの役職で、助けてくれるはずの祖父も死に、母も10年前他界し、頼りにしていた副団長へ祖父の殺害容疑がかかる現状に絶望していた。
「うぅ……わたくしの騎士団が、ギルバートも行方不明に。この先わたくしはどうすればいいのですか? お父様」
すると誰もいないはずの部屋から、黒いモヤのような何かが漂い、人型になる。
「大丈夫だマーガレット。わたしがお前を助けてやるから。全てはあの男、ギルバートのせいなのだ」
「しかしお父様、ギルバートが祖父を殺したなど信じられません。10年前のあの火事で、お父様が生きていたことも、いまだ信じられないのです」
「……お前は何も心配することはない。ここはお父様に全て任せておきなさい」
彼女から父と呼ばれた黒いモヤのような人型は、優しげに告げると、彼女の部屋からいなくなる。
「……10年前、8歳のわたくしを屋敷の火事から助けてくれたのはギルバートだった。あの時……両親とギルバートに何が……」
彼女の様子を覗き見た古龍トリノが、その様子をアイアン達に伝えた。
「……やはり、アルフレッドのやつ……」
「よー、ギブソン。そのアルフレッドとかいうやつとお前の関係は?」
「……この世界に転生した俺の親友だった。やつはデンランドとの紛争で手柄を挙げて、騎士団長になったんだ。だが10年前の俺に悪事を見破られ、追い詰められたあいつは、家族を道連れに無理心中しようとした」
今から10年前、逮捕拘束したギャング団ウィスティーズからの証言で、リチャードは彼らの首魁を突き止めた。
この事実を騎士団の創設者のドニゴール侯爵にリチャードが告げ、息子が犯罪者集団の頭目と知った侯爵は、家名と地位を守るために非情な判断を迫られた。
結果侯爵は、この件を秘密裏に解決せよとリチャードに告げ、一方では息子のアルフレッドに自死を迫ったのだ。
悪事を見破られたアルフレッドは、屋敷に火を放ち、妻と少なくない侍従達と共に焼死したのが10年前の出来事。
「おっさん、俺らがこれからマトにかける奴らは絞れた。アルフレッド率いるウィスティーズと、総理大臣みてえな貴族野郎共、そして大主教だ」
「ああ、ジェファーソンの言う通りだ。早い方がいい、やっちまおうぜ」
「ダメだ、まだ情報が足りねえ! ドラゴン、次は大主教ジェラルドの動向を頼む」
「うむ、こやつか。わかったぞ」
トリノは、リチャードが渡した大主教の羊皮紙に龍術を使用した。
聖アイランド大教会の聖堂で、僧侶が両手を組んで祈りを唱える。
「我らが精霊バロルよ、あなたの輝きで我らを照らしたまえ。あなたの加護を与えたまえ。あなたを崇拝しあなたを奉る信心深い者共に、救いを与えたまえ」
祈りの祝詞を唱えるは聖女教会の最高位、大教主。
齢80歳になると言われるが、見た目はおおよそ60代ほどに見える若々しさを保つ、ジェラルド公アルバートである。
祈りを唱えたあと、彼は大聖堂から自室に戻り、大鏡の魔法通信を起動した。
「父上、例の大聖堂建立の準備が整いました」
「ウィリアムよ、大儀じゃ。大精霊バロル様も大層お喜びである。例の大聖堂の力を持ってすれば、世界は我らハイランドのものになろう。それこそが我が一族が長年夢見たこと」
「ええ、我ら一族の悲願でもありますね。この時をどれほど待ち侘びたか」
感慨深そうなウィリアムの呟きにも似た言葉に、大教主ジェラルドは深く頷く。
「それより父上、レムリアの者達ですが……」
「うむ、奴らによるとあのアトムが復活したらしい」
「アトム……レムリアの王にして魔王とも呼ばれし、伝説の怪物ですか」
すると大主教ジェラルドは鼻で笑う。
「ふん、あんなもの今のワシならどうとでもなる。問題は、絶対的な強さを持つ恐怖の化身。異世界より現れし勇者……誰じゃ? ワシを覗き見る愚か者は!? 目障りだ!!!」
大主教は気合いを発すると、邪悪な波動を発して古龍の視線を遮った。
「うっ!」
まるで目眩しにあったかのように、トリノの手が羊皮紙から弾き飛ばされる。
「ぐぬぬ、小癪な。我の思念波を拒むとは!」
「何があった? トリノ」
「阻まれたのだ我が龍術が。我の力を拒むなど並のニンゲンには不可能なはず!! こやつ、ニンゲンにしては得体の知れぬ力を持っておる」
「なんだと?」
アイアンは学院時代、龍人族の同級生から龍術についての話を聞いたことがあった。
「龍術は属性魔法とも違う魔術系統ばい。体ば龍に変えたり、空ば飛べたり色々できると」
「すげえ便利だな。つまりはドラゴンの特殊能力が使用できるわけか?」
「ばってん気ば付けなならんのは、透視や念聴、引き寄しぇとかん龍術は、相手が自分とおんなじか、もっと強かと無効化しゃれるけぇ。まあ、ママん龍術無効化でくるんな神でも無理や。パパや学院の一部の先生達くらいやろ」
ーーつまり、この古龍ボーントリノと同格か、それ以上の強さを持つのが、聖女教会の大主教か。レムリアとも繋がってそうな厄介なヤローだぜ。しかも俺のこともナメてやがった。
「よう、おっさん。俺の見立てだと、この大主教はドラゴンよりツエーかもだ。もしかしたら人間やめてるかもしれねえぜ?」
リチャードは舌打ちし、羊皮紙にトリノが見た映像をもとにした口述を調書化する。
「チッ、次だ。大主教の次は、聖王を頼む」
「へっ、クズのジェームズの野郎か」
アイアンは、リチャード達が思わずゾッとするような表情で、笑みを浮かべる。
「なんだ魔導師よ、知ってるやつか?」
「ああ、よーく知ってる。クズ野郎め、100年以上もどうやって生きてるかは知らねえが、お前にも挨拶しに行かなきゃよ。トリノ頼む」
トリノが羊皮紙に向かって念じると、何か不都合があったのか、小首を傾げた。
「どうした?」
「うむ、該当のニンゲンの王は見当たらん。情報に間違いないか?」
「え? どういうことだ?」
「そのままの意味だ。該当するニンゲンの王はおらんぞ」
トリノの答えに、アイアン達は困惑する。
「どういうこった。おっさん、あんたジェームズの情報、ミスってねえのか?」
「いや、間違いないはずだ。あの王の長ったらしい名前も、スペルミスしてねえはず」
「ヘーイ、意味わからねえ状態だ。これじゃあ、聖王ジェームズとかいうヤローは存在してねえってことだぜ?」
するとアイアン達のドアが開き、飲み物を持ってきたクリスタ達が入ってきた。
「アイアン、建物の女の人達が飲み物のお茶プレゼントしてくれたんだ。みんなもこれ……あれ見たことない人もいるけど、彼は誰……っと」
ゴメスを初めて見たハロルドがつまずき、水が入ったコップが置かれたトレーを羊皮紙にこぼしてしまう。
「お、おい、お前何やって……」
リチャードが思わず呟いた時、トリノの脳裏に映像が浮かぶ。
「うむ、読めたぞ!」
「え?」
よく見ると聖王の顔と情報が書かれたインクが滲み、判別できない状態だったが、トリノは玉座に座る老人を見つけ出した。
「でかしたぜ、ジェームズの野郎の今の状況はどうだ? あいつのことだ。ぜってえクソうぜえこと考えてやがるからよ」
「……隻腕のこやつ呆けておって空っぽだ」
「あ?」
「こやつ何も考えておらんし、意思薄弱。典型的な年老いた老齢のニンゲン。まるで生ける抜け殻のようだぞ」
「どういうことだトリノ」
「どうもこうもない。おそらく、この玉座に座るニンゲンの老人は、ジェームズという男ではない」
「なん……だと?」
アイアンが困惑する中、大鏡が点滅して魔力周波を受信した。
「すまねえ、俺だ、ショーンだ。俺の力でそっちの状況見たが、お前らやべえぞ! 今から俺もそっちに行く!」
次回は世界情勢の話を挟みます




