第47話 Aトム伝説(中学編)前編
アイアンは、初めて日本の地に降り立ったことを思い出す。
「空港からバス使って、それから電車を乗り継いで俺は東京にある家に連れてこられた。東京の街はカルフォルニアと違って少し肌寒かった。高台みてえな街には、ゴミなんかほとんど落ちてなくて、漆喰で出来た小さな家々があって、高級住宅街って感じだったな。電柱の多さと道幅が狭いが、舗装状態のいい道路の神楽坂の街並みは、家の小ささ以外は、カルフォルニアの高級住宅地よりもある意味洗練されていた」
「トーキョー、カグラザカ?」
「ああ、東京は平野にあるでかい街だ。東京だけでも人口が1千万人いる。首都圏とか呼ばれる一帯は、確か4千万人くらい人が住んでて、地球世界一か二の規模だ。この世界のイスタミルよりもでかい」
クリスタは、ベルンファーストも大きな街だと思ったが、世界一の都市イスタミルを超えた4千万人規模の都市圏など想像も及ばない。
「おふくろの実家、じいちゃんは日本の政治家に顔が効く占い師だった。日本の家は他の家よりもでかくて広くてじいちゃんの信者もいて、俺やおふくろの世話をしてくれた」
アイアンの母の実家は、霊能力を持つという代々神職の家系で、祖父は大正時代初期に発足した神道系新興宗教の教祖で占い師でもあった。
この宗教は政治とも繋がり、国会議員にも顔が効くと言われており、占い料という名の寄付が莫大な金額が支払われる。
一方、信者達が政治家の選挙支援のボランティアをしたり、多額の政治献金等、双方にとっても利害が一致した協力関係にあった。
「占い師?」
「ああ、じいちゃんのそのまたじいちゃんが、自分の宗教団体作ったんだよ。日本の神様を崇め奉り、健全な日本精神を育むってやつさ。あの時の俺にしてみれば、クソどうでもよかったが」
「教会みたいな感じなのかな……あなたのお母さんは?」
「おふくろは、先祖代々とかに備わる力はなかったようだ。じいちゃんの弟子の宗教家とも結婚させられそうになって、それが嫌で家出してたらしい」
アイアンの母親は実家から離れるために、大学卒業後に沖縄でツアーアルバイトをしていたとき、アイアンの父と結ばれたという。
その後は離婚して、息子のアイアンと離れ離れになったことで、実家と復縁。
日本政界のフィクサーだった祖父の力で、アイアンを探し出して日本に連れ帰ったのだ。
「あなたに、その力はあったの?」
クリスタの問いかけに、アイアンは苦笑いする。
「……本当の意味で使えこなせるようになったのは、つい最近かな? 話を続けるぜ。俺は日本の中学に入るために、おふくろに連れられて銀座ってとこに行った。そこで学校の制服を買ってもらったんだ」
アイアンは中学入学の時の話に話題を変えた。
13歳になろうとするアイアンは、母親に連れられて都内銀座の洋服店で、これから通うことになる学校の学ランに袖を通す。
アイアンの学力では絶対に入ることはできない、名門私立男子中高一貫校だったが、金とコネで特待生として入学したのだ。
「ねえ、見てみて。これがあなたの通う学校の制服。とっても似合ってるわよ」
「……うん、ありがとうママ」
「ママね、あんな怖い街で生きるより、普通の学校に行って普通に生活して欲しいって望んでる。だから日本の学校で、いっぱい友達作ってね」
「……がんばるよ」
ーー色はいいが、帽子がダセエなバックも。それに日本の学校か……学校、懐かしいな。もう戻れねえと思ってた。
アイアンはこれから着る学ランに、そんなことを思いながら翌朝、中学初日を迎える。
指定の学ランに着替えて、学帽をかぶりスポーツバックを肩に担ぎ、彼は母親と一緒に地下鉄に乗る。
ーー静かだ。ロスの地下鉄とは大違いだ。騒いでる薬中やホームレスもいねえし臭くねえ。
そんなことを思いながら、学校の最寄駅に降りて通学路を歩く。
「おい、あいつガイジンじゃね?」
「ハーフってやつだよ多分」
「スポーツ推薦?」
口々に、道行く生徒達がガイジンと呟き、在学生達の好奇な視線にアイアンは舌打ちする。
ーー人を見るなりガイジン呼ばわりしやがって。俺も日本人になったのに、クソムカつくなこいつら……ぶっ殺すぞ。
生徒達や学校の教師達も、このアイアンがついこの間まで、超がつくほど凶悪なギャングにいたことを知らない。
1年1組になったアイアンは、体育館で開かれた入学式に出席すると、大人とほぼ変わらない168センチのアイアンを見て、好奇の視線を向けてくる。
ーージロジロ見やがってムカつくぜ。
アイアンは、視線を向けてきたクラスメイトや担任に、ジロリと睨み返す。
ーーガイジンだ。
ーー大人と同じくらいでけえ。
ーー怖そう。
入学式を終えたアイアンは、自分を好奇の目で見てくる教師や、生徒達に内心腹が立って仕方がなかった。
翌朝、アイアンは通学路近くの公園で、学帽を脱いでバックに入れていたComptonとプリントされた青のキャップをかぶり直す。
留めていた学ランのボタンを全部外すと、学校指定の白シャツではなく、青シャツを着用。
首にペイズリー柄の青のバンダナをスカーフのように巻き、サングラスをかけた姿は、学ランを羽織ったギャングそのものだった。
「おい!! お前!!」
そんな格好をしているため、校門の前で体育教師に呼び止められるも、これを無視。
アイアンは、下駄箱に母が用意したローファーを入れ、上履きの代わりにナイキのシューズに履き替えて校内を闊歩する。
アイアンの姿は注目の的そのもので、都内の名門私立とはいえ、数少ないが不良もいたため、外人の新入生が来たと話題になった。
1年1組の教室に着くと、アイアンの格好を見たクラスメイト達は唖然とするが、目が合うと睨まれるので何も言えない。
窓際の最後列の席に腰掛けたアイアンはポケットからガムを取り出すと、クチャクチャと噛み、クラスメイト達を威圧し始める。
担任教師も、大人でも恐怖する威圧感を放つアイアンに注意しようにも何も言えなかった。
「えーと、改めましておはようございます」
「おはようございます」
「名前を呼ぶんで、みんな自己紹介してください。出身の小学校と挨拶をお願いします」
担任の教師は生徒達に言いながら、ふりがなを振ったアイアンの名前と、出身校を見る。
ーー読めない……振り仮名ないと。すごい古風で難しい名前。それに出身が山口県岩国市のマシューペリー小学校? しかもあの格好なんなの一体
クラスメイトは次々自己紹介を終えていき、最後にアイアンが指名された。
「龍君、自己紹介お願いします」
アイアンが立ち上がると、中学1年生なのに大人と同じくらいある身長と威圧感で、クラスメイト達は気圧される。
「前の名はリョウって言うの?」
話を聞いているクリスタが、今まで生きてて聞いたこともない発音を口にすると、アイアンは頷く。
「ああ、おふくろ側のファミリーネームだ。親父の方はジェファーソンだったが。当時の俺は、日本側の名前が発音しづらくてさ」
教室でアイアンは、未来の世界の猫型ロボットという奇妙なキャラクターが出てくる、登場人物の日本語のセリフを思い出す。
基地で母親に見せられていた日本のアニメのそのキャラクターは、自分をガキ大将と自称する。
彼は野球が上手くて、歌を歌うのが好きで、子供達のリーダーのジャイアン。
乱暴ないじめっ子でもあるが、映画では時に友達を庇う勇気を持つジャイアンに、アイアンはファンになっていた。
これに加え、日本語で鉄を意味するミドルネームは、当時のアイアンにとって発音が極めてしにくい日本語。
彼にとっては日本名より、コンプトンにいた時のギャングネーム、アイアンの方がしっくりきたのだ。
「オレはロサンゼルスのアイアン! オマエのモノはオレのモノ! オレのモノもオレのモノ! オレのメイレイはゼッタイだ!」
これを言えば、自分をガイジンだと下に見てくることはないだろうと、当時のアイアンは思った。
一方で自己紹介を終えたアイアンに、クラスメイト達がドン引きする。
ーーうわぁ、リアルジャイアンだ。
ーーアメリカからジャイアン来たよ。
ーーうぅ……いじめっ子だ。
ーーこいつと同じクラスとか嫌すぎる。
ーー助けてドラえもん。
アイアンの容姿も相まり、アメリカ版ジャイアンが来たとクラスメイト達は怯えながら思う。
ホームルームが終わると、廊下側から高等部も混じった上級生達がアイアンに声をかけてくる。
「おい新入生、高等部の山谷君が呼んでるからちょっと放課後に来てくれね?」
アイアンは日本語が不自由だったが、上級生達が自分を呼んでいるのに気がつくも、一瞥したあとこれを無視する。
「おい呼んでんだよ! シカトかガイジン!」
ガイジンという言葉に反応したアイアンは、左手で中指を立てる。
「な、なめんじゃねーぞガイジン!」
「Fuck off! motherfuckers!!」
「てめー!!」
クラスメイトも緊張する中、授業が始まる予礼が鳴り、不良達は引き下がって自分たちのクラスに戻っていく。
入学二日目でギャングの格好したアイアンは、問題児として教師間で取り沙汰され、母親に話をして態度を改めさせることとなったが、事件が起きた。
昼休みになると、教室に2年生どころか高等部の上級生達が押し入り、アイアンの席を取り囲む。
「調子乗ってんじゃねーよガイジン!」
「山谷君が呼んでんのシカトしやがって」
「東京連合と仲良い山谷君だぞ」
「イジメちゃうぞ黒人!」
クラスメイト達は、上級生達がきて恐怖で震え上がるが、アイアンは集まってきた上級生達を睨むと立ち上がる。
「Shut up, asshole」
呟くと同時に、腰掛けた椅子の足を手にして、両手で頭上に高々と持ち上げた。
「え?」
「なんてこいつ?」
取り囲む上級生達の頭目掛けて、アイアンはおもいっきり椅子を振りかざした。
「うぎゃっ」
立て続けに、今度は別の上級生の頭にアイアンは椅子を振り下ろす。
「ギタギタにシテヤル」
「うぎゃああああああああああ!!」
打撃音が何度も響き渡り、教室から悲鳴が湧き起こった。
「何言ってるかわかんねんだよ! 俺をなめやがって!! 殺すぞwackが!!」
今度は別の上級生に椅子を投げつけたアイアンは、勢いをつけて飛び蹴りを繰り出す。
「ぎゃ!」
胸を蹴られて吹っ飛ばされた上級生は、頭から窓ガラスに突っ込む。
「やめろって!」
喧嘩を止めようと間に入った柔道部の大柄な上級生が、アイアンの腰目掛けてタックルして、投げようとしてもビクともしない。
「Fuck you!!」
逆に柔道部の上級生が、アイアンに持ち上げられてパイルドライバーされた。
さらに何人も上級生が抱きつくが、一瞬で振り払われて、パンチ1発か2発で倒されてしまう。
凄まじい喧嘩の強さに、クラスメイト達の恐怖はピークに達っする。
ーージャイアンだ。
ーーリアルジャイアンだよ。
ーー上級生達ボコられてる。
ーーやばい、強い、喧嘩超強い。
ーー助けてドラえもん。
騒ぎで駆けつけた教師達は、上級生10数人が血まみれに倒されて泣き叫んでる光景に絶句し、救急車を手配。
学校始まって以来の大事件となった。
「いえ、違うんです。あの中等部の1年生がすごい不良みたいな格好してて、僕ら高等部にも威圧してきたんで。それで昼休みに注意したら暴れ出して」
唯一無傷だったリーダー格の少年は、表面上は優等生だったため、教師達もこの証言を一旦信じることにした。
学校の教頭は、救急隊から通報が行った警察に事情を説明する。
「で? 教頭先生。被害にあった子達、病院で聴取中だけど。親御さんに連絡して届出とか出すの? おたくら?」
「あ、いえ。この件はとりあえず保護者会とも相談して、加害生徒と親御さんにもよく話を聞いてから」
「大きな事件とか起きる前に、児童相談所に連絡した方がいいんじゃない?」
「それも検討しますが……当校も双方よく言って聞かせますので」
事態を大ごとにしたくない学校側は、なんとか警察に事件化させないようにする一方、母親を呼び出してアイアンの起こした暴行事件を説明する。
一方アイアンは、通訳交えて警察署で事情を聞かれていた。
「喋らねえよ。ていうか弁護士呼びたいんだけど」
通訳された刑事は、現場の状況と救急隊からの証言で、上級生達が意図的にアイアンを取り囲んで、なんらかのトラブルが起きたのはわかっていた。
そして取調べ室でプレッシャーをかけているにも関わらず、その歳にしては、警察慣れしたアイアンの態度にも異様さを感じさせられる。
「その前に、上級生達からなんて言われたんだ? 事件前の状況について教えてくれないか?」
「黙秘だって言ってるだろ? 弁護士以外には喋らねえ」
警察は結局、事件の発端の証言が得られず、現行犯逮捕でもないため、結局は弁護士が間に入って事情を聞くこととなった。
「いささか過剰ではあるが、正当防衛じゃないですか? 彼はまだ1年生ですよ? それを上級生や高校生達も集団で威圧して、そっちが問題では? それに相手方の親御さんは被害届出さないって言ってるし、今のところ事件化は無理でしょ?」
「ああ、まあ……ね」
「依頼人のお母さんも来てるんで、警察さんも今日は帰してあげたらどうです?」
弁護士から事情を聞き、事件の真相を知った母親は、学校側に抗議する。
「聞きましたよ息子から!! よってたかってガイジンって息子を差別して、取り囲んで暴力を振るおうとしたと!!」
「あ、いやその」
「おまわりさんも納得してくれましたし、なんでしたら弁護士呼んで徹底的に争ってもいいんですよ!!」
「申し訳ありません! ただ息子さんの格好は目立つので、それはあらためてもらわないと……」
こうして入学3日目。
アイアンの暴力事件は、クラスどころか高等部まで噂が広まり、恐怖の存在になる。
母親の言いつけを守って、普通に学ランを着たアイアンが最後部の座席に腰掛けた。
だがクラスメイト達は、彼が怖すぎて目も合わせようとしない。
「へっ、根性なし共が」
アイアンは完全にクラスで浮いた存在になり、中学時代の彼は、母親が願う同世代の友達は結局できなかった。
クリスタはアイアンの話を聞くと、なぜこんなことが起きたか色々と疑問が生じる。
「話し合いでなんとかできなかったの?」
「へっ、バカは下手に出ればつけあがる。それにさ、あいつら、いいとこの坊ちゃん達ばかりで、喧嘩なんかやったことねえワナビー共だから。わからしてやるって思ったのさ」
「でも……」
食い下がるクリスタに、アイアンは短くため息をついた。
「そうだね、君の言うことは正しいよ。だけどあの時の俺は、完全にギャングに染まってた。やられる前にやる、やられたらやり返す。名前通ったやつヤって名前上げてやるって。結局ロサンゼルスで、ヤク売って、殺し合いの生活してた俺が、平和な日本の学校に馴染めるわけなかったんだ」
当時のアイアンに必要だったのは、母親が言う普通の生活もそうだが、それと並行して行うはずの心的外傷を癒す適切な精神治療、矯正教育、教え導く心ある大人が最も必要だった。
「それに……」
「それに?」
「当時の俺は、俺を利用する下心を持った年上の奴や、大人共を見抜けなかった。つまり、どうしょうもなく子供だったんだ」
放課後、不良グループのリーダー山谷が、愛想笑いを浮かべてアイアンの前に現れる。
「Who the Fuck are you?」
誰だお前とアイアンは物怖じせずに、現れた高校生に睨みを効かす。
「Hi My name is Syota.Yamatani Nice to meet you!」
「You too. can you speak english?」
「Yes」
不良のリーダー、高校3年生の山谷翔太は英語を話すことができたので、アイアンと意思疎通をはかろうとする。
「ちょっと来てくれないか? いいガンジャあるんだよ」
「あ?」
連れられるまま、アイアンは差し出された紙巻き大麻を公園で手渡され、口に咥える」
「あ、ごめん。火、持ってないんだね」
ライターを渡され、上質な大麻を久しぶりに吸ったアイアンは、懐かしさでうっすら笑みを浮かべる。
「なんだよお前、使えるじゃんえーと……」
「ショータでいいよ。君の名前は、確か龍? えーとなんて読むの?」
「Aトムかアイアンでいいよショータ。で、これどこで手に入るの?」
ーーこいつ全然ビビってねえよ。喧嘩の強さといい、やっぱただの新入生じゃねえ。
翔太は思い、とりあえずどこの出身か聞こうと思った。
「その話の前にさ、君どこ出身? もしかしてアメリカ?」
「イェア、ロサンゼルスのコンプトンにいたよ」
アイアンは、突然目の前に現れた山谷翔太に警戒しながら、前はロサンゼルスに住んでいたことを明かした。
「すげえ! ロス出身とか超カッケェ!! もしかしてギャングとか、そんな感じ?」
「んだよ、だから何?」
「パネエ! やべえよ本場のギャングとか超イケてんじゃん!! これからまたガンジャ仕入れに行くけど来る?」
「いいよ、暇だし」
不良グループリーダーの山谷翔太は、凶暴なアイアンを大麻で手懐けられると思い、地下鉄に乗って渋谷駅まで行く。
「知り合いのその人も、ロスのギャングとも知り合いっぽいんだわ」
「ふーん、あっそう。赤のヴィルスのパイルーかフーヴァーやチカーノだったら敵だな」
「え? 何それ?」
ショータは、一昔前の不良の間で流行った赤や青といったカラーギャングを連想する。
そのカラーギャングも、もとはアメリカから入ってきた文化というのも聞いたことがあった。
「やっぱ、向こうって赤と青に別れて抗争とかしてんの?」
「ああ、しょっちゅうだった」
「マジか! そ、そのピストルとか持ってたの?」
「ピストル以外にもAK47よく使ったな」
ーーAK? まるでアイドルグループみてえな名前だけど、なにそれ?
銃器の知識がない翔太が首を捻る。
「まあいいじゃねえか、今度話すよ。そろそろシブヤだな」
渋谷駅を降りると井の頭通りから路地に入り、行きつけのバーまでアイアンを連れて行った。
バーにはカウンターでコップを拭く、身体中刺青だらけの男が小さい声でいらっしゃいと呟く。
「田宮君、今日は後輩連れて来たよ。Aトムっていうんだ。ロス出身のギャングなんだって。そうだよね」
アイアンは、カウンターの刺青の男にギャングチームを示すハンドサインを両手で示す。
「田宮君も、ロスに留学してて、ギャングとも仲良くしてたって言うから話が合うかなって思って」
「あ、ん、おう」
ハンドサイン示したのに、返してこないのを不審に思い、アイアンは翔太に振り向く。
「こいつがそうなの?」
「そうだよ。この人、東京連合や宇田川警ら隊とも仲良くて、マジ超すげえ人だから。それに今やったサイン、かっこいいね。ギャング的な挨拶なの?」
「ああ、ところでトウキョウレンゴウとかケイラタイって何?」
「ああ半グレの人らだよ」
「何それ?」
名前が出た組織は、東京で有名な半グレと呼ばれるグループで、半グレとはヤクザと呼ばれる暴力団構成員ではないが、組織的な犯罪活動をする集団と言われる。
東京連合とは、かつて70年代に前身が発足したとされ、80年代に最盛期を迎えた巨大暴走族で、現在は指定暴力団大日本赤坂一家と関係する半グレグループをいう。
一方の宇田川警ら隊とは、かつて渋谷一帯で活動していたチーマー集団で、現在は神奈川県に活動拠点を移した半グレグループである。
アイアンは店内を見渡すと、ビーチとディズニーランドがあるオレンジカウンティの写真や、ハリウッドやビバリーヒルズあたりの写真ばかり。
そのほとんどが、白人らしき若い男と一緒に撮った田宮の写真だった。
ーーこいつワナビーくせえな。写ってるの観光地ばっかじゃん。
一方、刺青男の田宮は内心気が気ではなかった。
彼は金持ちの学生相手に大麻を売買する、半グレの中でも末端のプッシャーであり、ロサンゼルス留学やギャングと仲良かったというのは嘘で、ただ旅行で何度か行っただけである。
「まあいいや、ガンジャちょうだい田宮君」
「あ、ああ1万円な」
田宮は万札を受け取ると、パケに入った乾燥大麻を渡す。
「なあ、ショータ。1万円だとドルでいくら?」
「えーと、だいたい90ドルくらい」
「……高くね? こんなもん、ロサンゼルスだと15ドルくれえだよ。お前ボラれてんじゃね?」
日本のブラックマーケットの大麻は、世界一高額とされており、相場はグラム4千円から1万円にもなるのだが、当時のアイアンは知る由がない。
ーーこいつ難癖つけてきやがった。
田宮も簡単な英会話はできたので、こんな中学生みたいなガキがギャングなわけないと思い、睨みを利かせた。
「ナメんじゃねえぞガキ。俺はあの恐ろしい、ロスのスキッドロウのギャングと仲良しなんだ。黙って言い値で金出せよ」
スキッドロウのギャングと聞いて、アイアンは鼻で笑う。
確かにロサンゼルスには、スキッドロウと呼ばれる危険地帯がある。
このリトルトーキョーに近いエリアは、薬物中毒者やホームレス達で溢れかえっており、誤って足を踏み入れた観光客に対する強盗事件が多発するという。
だがギャングにとっては、カツアゲ対象のホームレスや、迷い込んだ哀れな観光客がいるエリアにすぎない。
「スキッドロウのギャング? 聞いたことねえな。どこのチームだよ?」
「いや、あの……グリップス! グリップスだよ確か」
苦し紛れに田宮が知ってるギャングの名前を言うが、アイアンはますます疑念がわく。
「は? どこのグリップスだよ。お前、適当なこと言ってるだろ。嘘つくとお前殺すぞ」
「お、おい!」
翔太はアイアンを止めようとしたが、中学生が生意気に英語で殺すと言ってきたのに腹を立てる。
「このッッ! てめえをぶっ殺すぞ!」
田宮はアイスピックを手にとり、アイアンに向けた。
ーーふん、中坊がなめやがって。こうすれば、その辺の中坊共なんざおとなしく……え?
アイアンが距離を一瞬で詰めながら、カウンターを飛び越えて右ストレートパンチを繰り出す。
「ぎゃ!」
田宮は後頭部を酒棚に強打し、ウイスキーやテキーラの瓶が割れて脳震盪を起こして尻餅をつく。
「お、おい何やってんだよ」
翔太の声を無視し、アイアンはカウンター内でアイスピックを奪い、へたり込んだ田宮を見下ろす。
「なめやがって。俺はサウスサイド・コンプトングリップスだ」
「うぅ……このガキ」
「おいワナビー、草寄越せ。持ってる分全部だ。オマエのモノはオレのモノだ」
「んだとガキ!!」
日本語だが、田宮が悪態をついたとわかったアイアンは、持ってるアイスピックで太ももを突き刺す。
「うぎゃああああああああ!!」
ーーこいつ、さ、刺したああああああ!
アイアンの凶暴さに翔太は恐怖で顔がひきつる。
今度は痛みで悲鳴を上げる田宮の頬に、アイスピックを突き刺す。
「〜〜〜〜ッッ!!」
「何度も言わせんな。出せよファッキュー! じゃねえと次は首いくぞ」
田宮は痛みで涙目になりながら、カウンターに手を入れて、ラップに包んだ乾燥大麻の全てを両手で差し出した。
「ふん、2ポンド(1キロ)あるか、ねえくれえか? シケてやがる。yo ショータ、とりあえず帰ろうぜ」
「いやまずいって。この人、有名な半グレと繋がってて……」
「大丈夫だよ、こいつフカシばっかのワナビーだ。ギャングと仲良かったなんて嘘だぜ」
翔太は田宮の方に視線を向けると、カウンターに隠れて怯えきった姿を見て、今まで慕っていたのがアホくさくなった。
「それでそのガンジャどうすんの? すげえ量だけど」
「あ? 俺達で売ればいいだろ? 金になる」
「えぇ……」
大麻の力でアイアンを支配下に置こうとした翔太だったが、逆にアイアンが暴力と大麻と金で学校の不良全てを支配してしまった。
次回も中学時代の回想が続きます。




