第20話 公開処刑
「えっ? ワシ伯爵なんだが? ワシこの街で一番偉いんだけど。こ、公開処刑?」
パリ伯を無視して、アイアンがマイク片手に両手を広げた。
「まず冒険達は手ぇ叩け!!」
アイアンが手拍子すると、血が上って義憤に駆られた冒険者達も手拍子する。
「この街育ちのヤツぁ手叩け!!」
野次馬で集まった元冒険者の町人達や、若者達も手拍子する。
「ダセェwack嫌いな奴ぁ手叩け!!」
ノリでこの場に集まった者達が手を叩く。
「ワ、ワシに手を出して他の諸侯達が黙ってないぞ!!」
「その調子だバシッと手ぇ叩け!!」
群衆達が、アイアンの歌う公開処刑と称する歌の雰囲気に完全に飲み込まれた。
ーーどうせハッタリだ。ワシを殺したらゲルマニア中の諸侯達が、黙っているわけがない。
伯爵は、金主の自分を公開処刑なんかできるはずないと内心たかを括る。
それもそのはずで、連合国内の”伯爵”身分は隣国ハイランドとは違い、最高爵位。
これは大帝家縁戚の公爵と、伯爵諸侯の中でも最も有力で力を持つ侯爵を出さないように、ハイランドからの圧力と諸侯達の意向が一致しているためだ。
またこの伯爵身分は、騎士連合内における自身の領地内では、裁判権、警察権、立法権、徴税権を持つ、絶対王朝的かつ国家元首のような権限を持つ。
パリ伯爵も、元は善良で街の発展に情熱を燃やした好漢だったが、いつしかそれを忘れて発展したルテティアにもたらされる富が生み出す欲望に塗れた。
放蕩と淫蕩に耽り、妻はそれに耐えられず教会に出家し、街の発展を願った彼は、モラルをなくした富に溺れた性根が歪んだ権力者になる。
ーーワシに支配されるだけの、街の愚民共め。この狼藉、ただでは済まさんぞ。あの女組合長もワシをなめおって、ワシが国内のみならず国外の貴族諸侯とも関係良好なのだ! 絞りとってやる、愚民共から税金を搾り取って屋敷の再建だ!
屋敷の再建と伯爵家存続のため、無礼な街の冒険者達から、多額の税金をとってやろうと内心ほくそ笑んだ。
するとアイアンが右手にマイクを持ちながら、伯爵が腰のレイピアを左手の人差し指で指差す。
ーーん? まさかこの小僧めは……そうか、そういうことか。
伯爵がレイピアを抜き、アイアンに向ける。
ーーよく考えれば、冒険者がワシを殺すことなんかないからなあ。この勢いがついた暴徒共を抑えるには、ある程度ワシがこいつから殴られることが必要。そうだろ? 名も知らん冒険者の小僧!
伯爵がレイピアを構えて、目で訴えるとアイアンもこくりと頷く。
ーーやはりそうか! なかなか使えるではないかこの小僧! 頃合いを見計らって剣の腕に覚えのあるワシが、反撃してお前が引くと。そういうシナリオなんだろ小僧?
伯爵が余裕を取り戻して、レイピアを見栄を張って優雅に構えると、アイアンが口元に笑みを浮かべた。
ーーうははは、褒めてつかわすぞ小僧! あとで褒美を与えてやろう。息子達は残念だったが、教会に出家させた娘を戻せばワシの家は安泰じゃ!
「星の数ほどいる、ワルのwack共! これ聴いてビビッて泣くお前!!」
領主の自分を、本当に処刑することなんかないだろうと思ったパリ伯のみぞおちに、アイアンのボディブローが入る。
強烈なパンチでパリ伯が吐瀉物を撒き散らしながら、両膝を石畳に付くと広場で歓声が沸く。
「ぐっ、うげえええええええ!!」
激痛と吐き気の中、伯爵はアイアンを見上げた。
ーーえ? ちょ。死、死ぬ! 話が違う!!
あまりの威力で伯爵は死をイメージして、アイアンを見る。
アイアンの瞳は完全に怒りに燃えて、今のやり取りは伯爵自身の勘違い。
丸腰の相手を痛ぶるのを良しとしなかったアイアンが、魔法を使用しないものの殺意を全開に本気で殺しにかかってきたのだ。
「オラ、かかって来いよカスヤロー!!」
伯爵は胸ぐらを掴まれて、無理やり立たされると肘打ちが顔面に入った。
「ウボァ!」
左肘が入って奥歯と頬骨が砕け、伯爵がジタバタと広場の石畳を転がり回る。
「ぎゃ、ぎゃああああああああ! 助けて、金ならやる!! 助けてくれええええええ!!」
「何が金だバッキャロウ! 俺をなめんじゃねえ! この場でお前を裁いてやるぜ!!」
本気で殺されると思った伯爵が、四つん這いで逃れようとしたが、周りを取り囲んで殺気立った冒険者達に掴まれて、広場に投げ出された。
「覚悟決めろや、貴族野郎!! 他の奴ら、用はねえ! お前の取り巻き、もういねえ!」
オリハルコン合金が入ったブーツの先で、アイアンが伯爵を蹴り上げる。
「ぎゃあ!」
伯爵が、砕かれたアゴを両手で押さえて口から蛇口のように血が溢れる。
「こ、殺されてたまるか……こんな小僧に! ワシを誰だと思ってる!!」
伯爵が立ち上がり、レイピアをアイアンの喉目掛けて突きに行くが、あっさり左手で掴まれた。
「オラァ!」
掴んだ伯爵の右腕を引っ張りながら、腕に鋭い膝蹴りをアイアンが放つ。
あまりの威力で伯爵の腕の骨がへし折れて開放骨折した。
「ぎゃあああああああああ!!」
レイピアを落として、骨が飛び出した右腕を押さえて伯爵が広場に転がって悶絶する。
「お前の貴族身分も、俺に意味はねえ! おめえのやりたい放題も今日まで!!」
「や、やめて。死、死、死いいいいいいいい」
「お前は許さねえぜ貴族野郎! この俺が自ら手ぇ下そう。オラァ!!」
アイアンがうずくまるパリ伯の右膝を踏みつけると、鈍い音と共に足があらぬ方向に捻じ曲がった。
「うぎゃあああああああああ!!」
その壮絶な暴力に、冒険者達も若干引き気味になりはじめる。
「仲間の人生を弄びやがって、二度とそんな真似できねえようぶっ殺してやる! 俺をなめんじゃねえぞfuck you!! 」
これはまずいと思ったルテティア冒険者組合長のクロエと、バーベンフルトが顔を見合わせる。
「まずいわね、あの子……義憤に駆られてパリ伯をなぶり殺しにしかねないわ」
組合長のクロエは、伯爵を脅して多額の賠償金を取ることで、冒険者組合の利益にしようと考えていた。
だが、伯爵を殺してしまったら、この街の冒険者組合が諸侯達に睨まれてしまうリスクを考える。
「気持ちはわからんでもない。あの伯爵は我らの仲間を、ベルトランを……だが彼は我々冒険者の希望だ。伯爵を殺す前に止めなければ。それと私にも考えがある」
公開処刑の歌は続き、伯爵は身体中のあちこちを蹴られながらアイアンに恐怖を植え付けられた。
「魔王軍に、口実与えやがって! ちょっとボコればペコペコしやがって! こっちはシカトだ! お前の腐った性根! 謝ったくれえで許せるか!」
脇腹に蹴りが入ると、肋骨が何本もへし折れた伯爵がその場を力なく転がる。
「声に誠意がねえし、自分のことばかり! 豚のような悲鳴をあげてばかり!! マジ神経疑うぜ? まるでカスの代表格みてえだな、このカスヤロー!」
すると伯爵を足蹴にするアイアンに、師匠の意を汲んだハロルドが立ち塞がる。
「hey ! ハロルド!! まだこいつへの制裁は終わってねえぞ!!」
「もういいよアイアン、やめようよ。これ以上やったらアイアン、殺人者になっちゃうよ。それに、あの子達も、怖がってる」
ハロルドの視線の先には、アイアンの振るう暴力に怯え切ったティターニアと寄り添うパンドラの姿をアイアンは見た。
ーー完全にブチ切れちまってた。俺は……また間違っちまうところだった。やっぱこいつ、すげえ。いいやつだしすげえな。
アイアンが視線を落とすと、のたうちまわった伯爵が消える声で呟く。
「……どうして、ワシの人生、順風満帆だったのに。息子達を失い、屋敷を失い……ワシ、ワシ……」
この期に及んで、謝罪の一つもなく自分の心配しかしないパリ伯に怒りが収まらないアイアンが、ハロルドを押し除けて伯爵の両襟を掴み上げる。
「俺がどうしてだとカスヤロー!! お前は……それだけのことしたんだ!! 行いは全て自分に返ってくるのがこの世の業!!」
アイアンは襟首を掴みながら怯え切った伯爵の顔面に、頭突きをくらわして鼻骨を粉砕する。
「どうして俺が!? お前はそれだけのことをやっちまったんだ!! 失われた命はもう戻ってこねえ! この野郎代償を支払わせてやろうか!!」
「もういい……」
死後デュラハンに改造されたベルトランの生首が、アイアンに告げる。
「……もういい。仲間達や君が、私を思ってくれて伯爵に罰を与えてるんだろうが、もういい。君がこの男や私のような過ちに堕ちることはない」
アイアンは、顔中の骨が砕かれた伯爵を離すと、ベルトランの生首まで歩み寄り、腰を下ろす。
「私はこの男の家族を奪ってしまった。私も咎を受けるべきだ」
「あんた……仲間思いだな。わかったよ、だがこれから堕ちる地獄はハンパじゃあねえぞ? 覚悟は決めたか?」
「……君は伝承にある死後の地獄の経験があるか。君は、一体……」
アイアンは、このベルトランと似た感じの眼差しと瞳をどこかで見たことがあった。
それを思い出すと、ベルトランの精気を失った目を見ながら微笑む。
「俺のベルンファーストの仲間に、あんたに少し似てる子がいてよ。教会の僧侶やってて、モンスターに囚われた子供達を命懸けで守ろうとした冒険者だ。クリスタ……そんな名前だったよ。あんたに少し似てた女の子さ」
ベルトランは、娘が死ぬ前に産んだ自身の孫の話であると気が付き、精気のない生首の彼が一筋の涙を流す。
「なんとも……因果な話だ。私と同じ冒険者の道を選ぶとはな。そうか、クリスタというのか……その子は、そうか」
「あの子は俺の仲間だ。仲間の俺が命懸けで守る。だからあんたはもう心配しなくていい」
アイアンが告げると、ベルトランの生首はこの世の未練が無くなったのか、静かに目を閉じた。
「ああ……頼んだよ次世代の冒険者。俺は君に未来を託す。クリスタを頼んだ」
「ああ任せろ」
伯爵は激痛に耐えられず泡を吹いて失神し、アンデッドになったベルトランの生首は、光を放って消滅した。
アイアンは周りを見渡してマイクを握る。
「you should be grateful for everything! 殺さなかった俺に感謝しろ! you should be grateful for everything! 許した彼に感謝しろ! you should be grateful for everything! お前を哀れんだ仲間に感謝しろ! you should be grateful for everything! この街の奴らに感謝しろfuck you!!」
アイアンが歌い切ると、自分たちの言い分を代弁してくれたと歓声がわいた。
それと同時に、場合によっては貴族すらもなぶり殺しにしていまうような力に、恐怖すら覚える者もいた。
「hey yo! 冒険達は手ぇ叩け!!」
冒険者達がアイアンに同調して手拍子する。
「この街育ちのヤツぁ手叩け!!」
ルテティアの市民達が拍手する。
「ダセェwack嫌いな奴ぁ手叩け!!」
泡を吹いて失神した伯爵に、ダセェ奴だと言わんばかりに全員が手拍子を叩いてアイアンに同調した。
「満足した奴ら手を叩け!!」
集まった人々が万雷の拍手を送った。
街の教会の僧侶達が集まると、伯爵に回復魔法を施すようアイアンがアゴで指図した。
その頃、バーベンフルトは冒険者組合のクロエの自室に戻って通信用の水晶鏡を起動させた。
「諸君、ベルンファーストとルテティアが魔王軍に襲われた。かろうじて撃退したが諸君らは各々の領地の防御を固めてほしい」
通信先は、49人いると言われるゲルマニアの伯爵諸侯達で、ウインドボナ冒険者組合長のアプスブルグ伯も多画面に映し出された諸侯達に呼びかける。
「諸君、これは我らゲルマニアの危機である。バーベンフルト……いえ、真名ハンス・フォン・ジークムンド・バーベルフルト候、我らゲルマニア伯爵諸侯に御下知を」
「うむ、アプスブルグ伯。諸君、魔王軍は世界の危機だ。そして愚かにもパリ伯は、敵の魔王軍に攻め入る大義名分を作り、ルテティアの街は滅ぼされる寸前だった」
バーベンフルトことゲルマニアの影の侯爵家当主の話で、一斉にパリ伯へ憤る。
「魔王軍に攻め入る口実を作るとは愚か者が」
「口を開けば金のことばかりの俗物」
「此度の責任、確実に取らすべきですな」
「然り、爵位の降格を考えるべき」
「いっそ廃爵すべき。街は我らが支えましょう」
憤る諸侯達に、バーベンフルトは右手で制して沈黙を促す。
「だがしかし、我らゲルマニアのみならず、世界の希望とも言える勇者の再来のような冒険者が現れた。名をアイアン、自身をレムリアの生き残りと称する魔法使い。彼は我らゲルマニア諸侯が待ち望んだ世界の救世主かもしれん」
バーベンフルトの話に、ゲルマニア諸侯達が一斉にどよめいて表情が明るくなった。
「彼についての情報は少ないが、おそらく魔王アトムの子孫の可能性がある。だが彼の目に私は正義を見た。悪を憎み、正しい心を持っていると私は確信した。私は彼を導きたいが異論は?」
「ございません侯爵閣下!!」
ゲルマニア騎士連合の騎士達が、バーベンフルトの意見に恭順をしめす。
「で、あるならば諸君達はまずは防備を整えよ。いずれ時が来たならば我らが大帝がご即位なさる準備を。それと我らが殿下は聡明で力をつけつつある。ローランの皇子殿下に栄光あれ」
「我らが大帝ローランに栄光あれ!!」
通信を終えたバーベンフルトは、ため息を吐く。
「……ローランか。我が弟子よ、いや亡き皇室が遺された皇子殿下。本来臣下である私が教え導くなどと不敬極まりないが、きっと殿下の運命もあのアイアンが導いてくださるはず」
バーベンフルトが独り言ちたその頃、いつの間にか広場から姿をくらませた魔女ファーティーマが、街の路地で通信用小型水晶を手にして本国とやりとりする。
「ええ、素晴らしい力を持っていますわ。例のアイアンと名乗る少年です。私が見て魔王軍の将すらをも凌駕する魔法の波動。ええ、おっしゃる通り、エラームと世界をお救いになった勇者様の再来かも」
ファーティーマは、通信が聞かれていないか周囲を警戒しながら通信を続ける。
「ええ、我らエラーム皇国の国益を考えれば、彼を利用する手はありませんね。え? あの領主ですか?」
ファーティーマは、組合長のショーンに関して通信先のエラーム皇国皇帝に端的に説明する。
「あの坊やは、なかなかのやり手ですわ。だけど若い、熟れきってない青い果実のようで美味しそう。あ、いえ、領主の彼には我が国と私の意向を隠しながら、引き続き良好な関係を」
通信先は、ファーティーマに何かを告げながら彼女に極秘指令を申し伝える。
「……ああ、無頼の盗賊ギルドがあの子を標的に? 配下の面子を潰されたから? くだらない盗賊風情め。ええ、では私は彼の国に潜りながら当面はアイアンと名乗るあの子を守るとしましょう。ええ、え? 皇太子があの子、アイアンに興味を?」
ファーティーマの通信先が深いため息を吐く。
「しょうがない子ね、アリーフも。どこからあの子の情報を聞いたか知らないけど、昔からあの子は負けず嫌い。ええ、それでは一旦話はこれで。ええ、エラームに栄光を皇帝陛下……愛してますわお父様」
各国の思惑を受けたトップ冒険者達が、アイアンを巡って世界情勢が動き出そうとする中、ルテティアの街を夕陽が照らす。
ビートを奏でていた吟遊詩人は姿を消して、組合長クロエは、魔王軍侵攻を食い止めたアイアンとハロルドに頭を下げた。
「街を守ってくれてありがとう、ベルンファーストの冒険者。けど、報酬の件はそれでよかったの?」
「かまわねえさ、俺の報酬はあの貴族野郎への慰謝料って形でくれてやれ。それに」
伯爵の屋敷に墜落したミスリルゴーレムへ、アイアンは視線を向ける。
「あのミスリルの塊、貴族野郎に掛け合って、そっちの組合で」
「ええ、あれだけのミスリル、かなりの高値がつくわね。何から何までありがとう、アイアン。それと……」
組合長クロエは、縄で縛られて苦悶の表情を浮かべたハーフエルフのセシールに視線を向ける。
「彼女は組合規定違反で、うちを破門にした。うちには居場所なくなったけど、ベルンファーストの組合長が彼女の身柄を引き受けるみたい。そういうわけで、彼女を頼んだわ……色々アレだけど腕は立つはず」
「ああ、任せてくれ。お? ハロルド、お前のお師匠さんと魔女の姉ちゃんが戻ってきたぜ」
「うん、お師匠様おかえり! 何してたんですか? ファーティーマさんも」
バーベンフルトとファーティーマは、互いに顔を見合わせて、無邪気なハロルドに向く。
「事後処理というやつだ。クロエ組合長、諸侯より君の組合への支援を取り付けておいた。伯爵の件もなんとかなるはず」
「わたしは、遠く離れた家族と色々とね。心配かけてるから。さ、帰りましょう私達の街に」
「ありがとう、ベルンファーストの冒険者。また困ったクエストがあったらお願いね。さあ、大鏡の転移を起動して、あなた達は自分の組合に」
アイアンの肩に乗った妖精ティターニアは、同じく肩に腰掛けた新たな仲間パンドラに微笑む。
「始めてわかった。人間って色々いてみんながみんな違って面白い。それに……」
パンドラもティターニアに微笑み返す。
「あなたとこの子と一緒にいたら、もっと人間のこと色々わかりそう! テレーズ、あたし……もっと人間を信じてみるわ。あなたがくれた優しさを、忘れないために……私も人を信じる」
こうしてアイアンの冒険に新たな仲間達が加わり、激動の1日が終わろうとしていた。
次回は組合長ショーンの一人称でお送りします




