第99話 ろくでなしの詩
聖女を讃える厳かな大聖堂が、紫がかったドス黒い炎に包まれ、妖精ティターニアがアイアンが脱いだローブをキャッチして炎から身を守るためにマント代わりにする。
黒い霧のようなアンデッド、アルフレッドをまとったイフリートの炎と臭気を感じ取ったアイアンは、この炎の現象を咄嗟に思い出す。
ーーコレは!? やべぇ!!
「魔法使いアイアン? よくわからぬ名を名乗りおって魔王! 死ね!!」
「相棒、俺から離れるな! パンドラ、アイアンゴーレムを! 疾風防壁!!」
ダークイフリートが漆黒の炎のブレスを吐き、アイアンは漆黒の炎と黒煙の正体を看破して、肩に乗る二人を守るために風の防護魔法を作り出した。
風のバリア越しでも、アイアンの露出した皮膚に低温火傷が生じ、パンドラとティターニアを抱き寄せて炎をしのぐ。
「アイアン! あたしも一緒に戦う! テリーズの仇を取る! あいつこそ魔王よ!!」
アイアンは炎に耐えながら、首を横に振った。
「ダメだパンドラ。お前のゴーレムでも、あの炎の前に焼き尽くされる。ゴーレム呼んで避難の準備を。俺は仲間を失いたくないから、今は俺から離れるな」
説き伏せるアイアンに、パンドラは小さくあごを引くように頷く。
「……わかったわ」
妖精ティターニアは、マントのように身につけたアイアンのローブでパンドラを守るように覆う。
「アトムよ! 貴様を今度こそ抹殺し、バロル様を通じてレムリアを従え、ワシが世界を統べる聖王として君臨する!!」
ジェームズの魔王抹殺宣言に、アイアンはぷっと吹き出して笑う。
「ぷっ、くくく、ハーハッハッハァ!」
「おかしいか?」
笑うアイアンに、闇の波動を纏うイフリートが爆炎を放出するも、アイアンはまた風のバリアで凌いだ。
「ウケるぜ、てめえみてえなカスが聖王とか。てめえの話を聞いた時、笑い堪えるのに腹筋ふっ壊れそうになったぜ」
「貴様!」
アイアンは感情を昂らせながら、湧き上がる激情を押し殺し、イフリートと同化したジェームズを見据える。
ーー俺が習った学院の戦闘の基本。周囲の状況を見て冷静に、相手を見る、視る、観る、五体全ての感覚で感じとる。今のジェームズがどれほどのものなのかを観察しながら、学院で得た知識を思い出す。
「はい、今日の実習は引き続き四属性魔法について。生まれつき使える子もいるけど、今日は火属性魔法の知識を深めてもらいます」
戦闘用の黄金鎧姿になった金髪の美少女風教師が、グラウンドに集合した耐熱服を装備したアイアン含む生徒達の前で、手のひらに炎魔法を具現化した。
「予習した子は知ってると思うけど、この火属性魔法の基本は、魔素の力で燃焼効果を利用します。燃焼の三要素、わかる人は手を挙げてください」
「はい!!」
アイアン以外のクラス全員が手を挙げた。
キョロキョロと周りを見回したあと、自信無さげなアイアンも、遅れて手を挙げる。
「じゃあアイアン君、みんなに説明してくれるかしら?」
「うっす、えーと……熱、可燃物、支燃物。特に熱を魔力で操作すれば強力な魔法が使えます」
「はいその通り。これは魔法エネルギーとも言いますが、光と熱を用いて高温の炎を使用するのが火属性です。まず生み出した炎を、あそこの的に当ててみましょうか」
美少女教師は、手のひらに生み出した炎を火球にして雑に放り投げると、数秒後18メートル先の金属の的に当たり火花が散る。
「今のが火球。基本中の基本ですが、少し熱の出力と速度を上げてみましょう」
美少女教師乃手のひらに、バスケットボール大の火球が生み出された。
「振りかぶってー……よっと」
教師が野球のピッチングのように投げた火球は、時速320キロの新幹線ばりの猛スピードで金属の的に着弾し、溶解して爆ぜる。
「はい、熱をコントロールするのと、繰り出す速度をコントロールすることで、こんな感じで威力が変わってきます」
ーー軽く200マイル出てただろ……あの火球。あのセンコー、メスの形したゴリラ・ゴリラ・ゴリラだ。
アイアンが教師のパワーにドン引きする中、話は続く。
「熱と光を生み出すのは、通常の属性魔法の他に、精霊の力を使用した精霊魔法なんかもあります。それと組み合わせる属性によっても効果がまた違ってきます。例えば……」
美少女教師は手のひらに生み出した炎に、何かの粒子のような魔力を加えると、高さ5メートルの火柱が瞬間的に生じる。
「はい、水と土の魔力で可燃性物質を生み出すと、このように爆発的な燃焼が生じるわけです。さらに……」
教師は手のひらの火柱を、グラウンドに放り投げる。
同時に、火柱に酸素を含む突風が吹き込み、天まで届きそうな炎の竜巻が瞬間的に発生した。
「ワッタヘック!?」
「先生の得意な風の魔力を使うと、こんな感じで火災扇風が発生します。こういう原理をわかっていれば、魔法消費を抑えて、自由自在に強力な炎魔法を放つことが可能というわけです」
ーー炎の竜巻きとか、やっぱ頭おかしいだろ……この学院の先公。
興味津々なクラスメイトを尻目に、アイアンは女教師の魔法にドン引きする。
「次に炎の出力について説明しましょう」
すると美少女教師は、手のひらにまた炎を灯す。
「はい注目! 先生がこれから炎の出力を上げていきます。今の炎の色は、真っ赤ですが……」
炎がゆっくりと緋色から黄色、白、青に変化してゆく。
「はい、青白く燃えました。これは高温になって波長の短い光が目立つことで完全燃焼して、こんな色にかわります。だいたい1500度オーバーでこうなります」
ーーバケモンかよ……手のひらでガスバーナー作りやがったこのメスゴリラ。
「他にも、土魔法で生み出した金属粉を使用すると……」
今度は炎の色が緑色に変化する。
「微量の銅素を混ぜるとこんな色になります。綺麗ですね、花火も同じような原理を使ってて、これを炎色反応といいます」
するとヤスコが手を挙げた。
「なんでしょうヤスコちゃん」
「先生が見て一番すごかった炎はどのような?」
「ええ、先生が見てこれはやばいなって思った炎の特性は、一つは神様が使用する神界魔法と、使い手が限られる天界魔法が合わさった光。私にも一部使用可能だけど、こんな感じね」
女教師が右手を掲げると眩い光を放ち、エネルギー波のようなビームが空に消える。
「ホーリーシッ!」
あまりにも眩い光の熱線に、アイアンは腰を抜かしそうになった。
「この魔法は、あんまり惑星上じゃ使いたくないんだけど、悪を滅ぼす神の光と炎って感じかしら。どう? すごいでしょ」
ーーそんなクソやべえ魔法、気軽に放つんじゃねえよ! やっぱイカれてやがんぜこのメスゴリラ!!
アイアンは心の中でまた悪態つく。
「それと同等レベルでやばいのが、冥界魔法で生み出した闇の炎です。闇の属性魔法って感じで、紫が混じったような黒光りしてます。一度燃えたら二度と消えないと言われるくらい、この世の物理法則無視した感じの燃焼です」
ーー知ってんよ……それ地獄で亡者が焼かれてたやつだべ。
冥界の炎について、アイアンは一時的に収容された地獄でも目撃していたが、具体的な冥界魔法についても、教師や上級生から実際に見聞きしたことを思い出す。
「ジェームズのヤロー、ガイさんのイフリートを乗っ取って使ってるのは冥界の炎だ。この世の物理法則無視した爆炎。それにこの黒煙は高温の炭素に混じった有毒ガス! 成分は一酸化炭素と硫化水素にくわえ地獄の塩素混じった瘴気か。例のアルフレッドとかいうヤロー、地獄から呼び出されたアンデッドの魂で、リチャードのおっさんを取り込んで……」
ダークイフリートから、燃え盛る極炎に包まれたドクロが次々に吹き出して、アイアンに向かってくる。
「チッ!」
舌打ちしながら、アイアンはひらりとドクロのようなエネルギー波をかわすが、ダークイフリートが腕を振りかぶって猛毒の炎を飛ばす。
「ハッハッハ! どうだアトムよ、お前の得意な魔法とやらも、我が配下アルフレッドが身につけた地獄の闇と同化した精霊の前には無力よ!」
「なめんじゃねえジェームズ! 行くぜ電光石火!!」
アイアンは電子と炎で作った残像の分身を次々に生み出し、ジェームズを幻惑させ、電子と熱の分身に攻撃が当たって対消滅した。
「小癪な!!」
「アイアン、そこから離れて!!」
パンドラの呼びかけに応えたアイアンは、大聖堂の天井まで跳躍した瞬間、ゴーレムによって大聖堂の壁が吹き飛ばされ、外の空気が流れ込んだ時だった。
「アイアン、待機させてたアイアンゴーレムをこっちに寄越したわ!!」
「ナイスパンドラ、アイアンゴーレムを防御だ。ぶちこんでやるぜ言霊、疾風吸引!」
アイアンはこの状況を利用して、外部の新鮮な空気を入れ込んだことによる、猛毒の火災ガスとダークイフリートの炎が反応。
気圧と酸素濃度が急上昇したことによる、燃焼爆発を起こすバックドラフト現象が発生した。
「ぬう!?」
この爆発がダークイフリートの視界を覆う。
「オーライパンドラ! 相棒も退避だ!」
「わかったわ! アイアンは? 戦うのこいつと?」
「yeah! No problem こいつは俺が相手する」
鋼鉄のゴーレムの胸部にパンドラとティターニアが収納され、アイアンは大聖堂天井の梁に置かれた聖女像の頬にキスをする。
「見ててシャーロット、俺がこの世界を救う。君の大好きな世界は、俺が守る」
すぐにアイアンは、ダークイフリートの顔に気迫を込めた眼差しを向ける。
「小僧、聞こえてるな」
その時、携帯水晶から勇者の声がしたので、アイアンは通信を聞かれないためにイヤホン通話に切り替えた。
「はい」
「無理に返事しなくていい、喧嘩の最中だろ? 今の状況、お前の独り言と娘からの報告で聞いた。ここは我慢が必要な場面だぞ?」
前世の少年期と青年期、我慢などほとんどしてこなかったアイアンだったが、今の彼は我慢を身につけている。
どんなに泣こうが、悔しかろうが、自分が課題をこなして強くならなければ、どうにもならない環境に身を置いた結果、彼は我慢を覚えたのだ。
「まずよく聞け、卒業生への俺からの特別講義だ。この喧嘩の勝ち筋を見出すには、取り込まれたヤローらを解き放つ必要がある。アンデッドが精霊の力を使ってるってことは、多分あのおまわりはアンデッドの中で生きてるだろう。ガイもな」
「ふっ、しぶてえおっさんだぜ」
リチャードが死んでないという、勇者からの話に、アイアンはほんの少しだが安堵した。
「でよ、囚われた奴らを救う方法は、娘とコンビ組んでるフューリーがやってくれるはずだ。まずは娘の到着を待て、時間を稼げ。おめえの専用武器もまもなく届くだろう」
「……了解っす」
「冥界魔法への対処だが、お前は一度地獄に行ってるから、ある程度の耐性はあるはず。あとはヤロー揺さぶってメンタルボロボロにすりゃあ、おめえが風上に立てるはずだ。できるだろ? 歌と魔法、それが誰にも真似できねえおめえの力だ!!」
今の爆発でアイアンの姿を見失ったジェームズ操るダークイフリートが、キョロキョロと見渡す。
「チッ、アトムめ! こざかしい真似を!」
アイアンは天井で宙返りし、天井の梁を蹴飛ばして鋼鉄の右拳をダークイフリートの頭部に叩きつけようとした。
「鋼乃拳オラァ!!」
しかし、確かに当たったはずなのに打撃の感触がなく、アイアンは床に両手をついてダークイフリートに振り返る。
ーークソ、多分ショーンが予知で見たアルフレッドとかいうやつの能力だ。物理攻撃が効かねえか。
「見つけたぞ!!」
ダークイフリートが息を吸い込んだ瞬間、漆黒の炎のブレスが吐き出され、これをアイアンが上に飛んでかわす。
「どうした! ワシに臆したかアトム!」
イフリートの背から、ドクロ状の燃え盛る地獄の魂が一斉に噴出し、アイアン目掛けて放たれるも、魔法で作った分身に攻撃が当たって相殺された。
「相棒、君の曲を! 俺が曲に合わせて歌う!!」
外のゴーレムのスピーカーが起動して、操縦席の中に退避したティターニアが、バイオリンにも似た精霊の加護がある弦楽器を奏でる。
「な、なんじゃ。操る動きが鈍って……この曲は?」
「hey yo 俺とてめえに相応しい詩を歌うぜ!」
「歌だと!?」
「Oh yeah これはろくでなしの話♪ 聖女の夢見た世界で♪ 歌うは魔王と呼ばれし、ろくでなし!」
アイアンの魔力が暴風のように体から吹き荒び、極炎の炎と黒煙を吹き飛ばす。
「別のろくでなしが、夢見て歌う♪ 世界の全てを、この手に♪ 魔王が去ったこの地に、取り残された悪党♪ 世界の征服を目論む、ただのろくでなし!」
「貴様ぁ! ワシを愚弄しおって!!」
今度は大聖堂天井まで達したドス黒い炎が逆巻き、炎の波に地獄の亡者たちが乗り移ってアイアンを取り込もうとする。
「ろくでなし共を倒したのはso 伝説のgangsta.今の俺を導くは、勇者達の教え♪ ろくでなしの自分を変えるために学んだ努力♪ 学びの先で上がった知力♪ 耐える心を学んだ精神力♪ 俺が強くなれたのは、彼女との約束!」
アイアンは水のバリアを形成して、炎の波を防御し、指鉄砲を構える。
「俺の魔力を一点に、水の魔法を風で圧縮、圧縮するぜ♪ 歌う言霊は、ダイヤモンド両断する”水禍噴流“」
水の魔力を指先に圧縮したアイアンは、ダークイフリートの頭部に狙いを定めた。
「BANG」
レーザービームのようなダイヤモンドカッターが、ダークイフリートの頭部を貫通した瞬間、水蒸気爆発を起こして巨体が吹っ飛ぶ。
「おのれ……っっ!?」
水蒸気が晴れるとアイアンの姿がなく、対するアイアンはステップを踏んで、バランスを崩したダークイフリートの背後から指鉄砲を両手で構えた。
「魔法水弾の粒子を圧縮、圧壊! ろくでなしの火遊びに、浴びせる言霊、“圧壊水砲”」
アイアンはマシンガンのように、指先から圧縮空気の水塊を発射し、水蒸気爆発で発生した衝撃波と爆発波がダークイフリートを襲う。
ーー燃焼を抑えるには消火。燃焼の要素を、熱を奪い、操ってるジェームズの心を揺さぶる!
炎魔法への対策を学んでいたアイアンは、歌いながらダークイフリートの熱を奪うため、水の魔法を繰り出したのだ。
「ぬうううおおおおおおおおおお! アトムゥ!」
「同じろくでなしだった、はずなのに♪ こうも生き方でこうも差が出るのは♪ それは身につけた経験と意識の差♪ 今より強い自分を目指して♪ 明日を目指して♪ 誰にも負けない自分目指して♪ 誰かを守れる強さ目指して♪」
「ぐうううう、殺してやるぞアトム!」
ダークイフリートは吹き飛ばされながら、大聖堂に運ばれていた全長20メートルのクリスタル製オベリスクを右手で掴む。
「二人のろくでなしの記憶♪ 一人は美しい思いの記憶♪ 一人は思い出したくもない記憶♪ 思い出してみようぜ、二人の…ろくでなしの追憶♪」
起き上がったダークイフリートは、巨大なホールでオベリスクを野球のバッターのような、剣道の八相にも似た構えを見せる。
「貴様! ワシの剣技で叩き切ってくれる!!」
だがアイアンは嗤う。
「はっ、ろくでなしのSwordplay 最強のソードマンを自称♪ 伝説の勇者から、笑われたダセエplaying♪ 」
「黙れええええええ!!」
巨大なオベリスクにドス黒い炎を纏わせて、ダークイフリートが、アイアンに振り下ろす。
しかしダークイフリートを操るジェームズの悪意の視線と、体の起こりを見通し、燃え盛る大聖堂で繰り出される巨大な剣撃をアイアンは次々にかわす。
「きえええええええええい!」
かすれば骨も残さないほどのダークイフリートの渾身の突きを、アイアンはバク宙でかわしながら、空中で逆さになり指鉄砲の狙いを定める。
「BANG」
再びダイヤモンドカッターの魔法を放つと、イフリートの胸部に命中して貫通し、水蒸気爆発を起こして巨体がよろめく。
ーーくっ、なぜアトムに当たらん。このワシの剣技が通じぬ……化物め!
100年前の聖王ことジェームズは、大陸最強の聖騎士としての伝説が残り、彼の剣技が卓越した技術を持つのは確かである。
いうならば多くの騎士を一騎討ちで破り、人外のモンスターでも相手にならないほどの腕前。
しかしその剣技がまったく通じず、焦るジェームズを、アイアンは蔑みながら歌う。
「自慢の技は空を切り♪ それでもがむしゃらに剣を振るう! いきがりながら、戸惑いながらも、どうしても切れない剣♪ 喧嘩のレベルが違うと、あるあるな件!」
今のアイアンの、反射神経と戦闘センスと戦闘経験値は、ジェームズのはるか上を行く。
それもそのはず、彼は一流の勇者や戦士といった学院講師の妙技を身をもって体験しているからだ。
ーーうぅ、まるで当たらん。思い出すぞあの恐ろしい男、恐怖の勇者!! まるでやつのような身のこなし。
当時世界最強だった聖剣士の剣技を、今のアイアン同様、鼻で笑うように軽くあしらった恐怖の男をジェームズは思い出す。
「蘇る、情けない記憶♪ 利き手、落とした記憶!自慢の剣も通じず、訴えてもけんもほろろ♪ 命乞いするも許してもらえず、無様に泣き叫んだ記憶!」
かつての戦いを、アイアンから歌われたジェームズは思い出したくもない記憶が蘇り、恐怖した。
「こ、このおおおおおおおおお!!」
ーーおうクサレ外道この野郎、それでおしまいか? てめえの意地はその程度か外道コラ? 勇者の俺様に全力を示せこの野郎!!!
ふいにジェームズは思い出す。
利き手を切断され、絶望の恐怖の中で恫喝されながら蹴られ、踏まれ、甲冑越しでも内臓が破裂して泣き叫ぶ記憶を。
恐怖の記憶を思い出したジェームズは、徐々に怯えの感情が湧き上がる。
「はあ、はあ……この! 俺の剣技が当たれば、貴様なんかああああああああああ!!」
「HA、じゃ当ててみろやジェームズ」
ドス黒い炎をまとい、オベリスクを上段に構えるダークイフリートが、巨体を踏み込んでアイアンを一刀両断にしようとした。
「やった!」
だが距離感を完全に読んだアイアンは、風の魔力で加速したサイドステップでかわす。
空を切ったオベリスクは、虚しく床に爆炎の炎を燃え上がらせる。
「わ、ワシの渾身の……」
狼狽えるダークイフリートに対し、アイアンは指鉄砲を構えた。
「ろくでなしが歌う♪ 涙濡らして、よだれ垂らして、悲鳴漏らして、クソも漏らして♪ もう一人は歌う♪ 憐れみ込めて弾込めて、ぶっ放す言霊、機関水砲!」
マシンガンのように圧縮した水塊を、アイアンが発射するたびに、精神的に追い込まれたジェームズの心がさらに揺さぶられる。
熱を徐々に奪われたことで、ダークイフリートの炎の力が弱まり、操るジェームズはアイアンに恐怖する。
「同じろくでなしだった、はずなのに♪ こうも生き方でこうも差が出るのは♪ それは身につけた経験と意識の差♪ 今より強い自分を目指して♪ 明日を目指して♪ 誰にも負けない自分目指して♪ 誰かを守れる強さ目指して♪」
アイアンは歌いながら、耳のワイヤレスイヤホンをカチカチといじると、恐怖で動揺するジェームズに語りかけた。
「Ayo、最初から知ってたんだろジェームズ? 聖女と呼ばれるシャーロットの中に、邪神バロールのクソ野郎がいたことを。それで魔王とロンデンの連中を生贄にすることで、邪神復活を目論みやがった。そんな輩が聖王だ? どんなジョークだよ?」
「……ぐう、アトムゥ」
「てめえや邪神の誤算だったのが、彼女の心の強さだ。彼女の心に奇跡の水晶が作動して、邪神野郎を封印し、俺と世界を救った。そして伝説の勇者が、残った悪を滅ぼした!! これが真実だ!! クソヤロー!!!」
ジェームズは完全に心が、いや魂が動転して、アイアンの気迫と、魔王と呼ばれた存在の恐怖と暴力を思い出して硬直してしまう。
「なあジェームズ! てめえが、のうのうと100年間、惰眠を貪っている間に俺はもがいてた。自分を高めるために、もう二度と大事な人を失わないために、本当の俺自身の意思を取り戻すためによ」
アイアンは右の指鉄砲を自分のこめかみに当てて、ぼりぼりと掻きむしる。
「そしたらよ、強さを身につけたのと引き換えに……いつの間にか彼女が、シャーロットがそばにいねえことも、離れ離れになっちまったことも、慣れちまってた」
掻きむしる頭部に血が滲み始め、アイアンの目に涙が浮かぶ。
「シャーロットがいないことに慣れちまった自分が、時々嫌になってよ。もう会いたくても会えねえって、思うと切なくて。そんな俺に色々ものを教えてくれる人らや、学院の仲間もできて……だから前に進まなきゃって思って……」
一筋の涙が溢れた瞬間、アイアンの魔力が上昇して体から形容し難い力が溢れ出た。
「次第に彼女の最後の声も笑顔も色褪せて、記憶の一部になっちまった。てめえにそれがわかるかよ? ジェームズ」
「うっ!!」
強烈な情念をアイアンから感じたジェームズは、思わずたじろいだ。
「わかるかって聞いてんだクズヤロー!!!」
アイアンが発する怒気と共に発した魔力の昂りで、恐怖に怯えたジェームズの戦意が消失しかかる。
「おう、ジェームズ!! あの時のことも思い出したらよ、我慢を重ねて精神を鍛えて強くなったはずの俺が! 激情に駆られて、てめえをギタギタにぶっ殺してやりたくて、たまらねえんだよ!!!」
これに、もう一人ダークイフリートを操るアルフレッドがジェームズに呼びかけた。
ーー猊下……いえ聖王陛下、このアルフレッド、精霊の記憶を読みました。この精霊、いえ、正確にいうと依代のドワーフは歴戦の猛者。読みとった力を陛下に!
ーーおお、アルフレッド! 褒めてつかわす。
ダークイフリートが持つオベリスクに、ドス黒い炎が宿り、まるで恒星の光のような放射線を放つ。
「くらえい! 地獄の炎!」
一度燃え移ったら消えない地獄の炎をアイアンに浴びせる。
その瞬間、大聖堂は大爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ハーッハッハッハ! どうだアトム!」
爆炎と毒煙が徐々に晴れると、アイアンを庇うように男がイフリートの魔法を相殺する。
「あんたは!?」
「……見つけたぜ魔王軍大幹部」
東方のG級冒険者にして、青龍の力を身に宿すリュウだった。
「小僧、聞いたぜ今の話を。貴様が魔王かどうかはどうでもいい。俺はこのクソ野郎を、ガイの兄貴を乗っ取ったこの野郎、ぶちのめす!!」
第二章ラスボス戦は次回に続きます
(年の瀬で色々と多忙のため、少し更新頻度が落ちます。ご覧になった方々にはまことに申し訳ございません)




