音楽の町、ミュージャン
「近づいてみるとかなり大きな町だなぁ」
テオさんと町を目指してから30分後、目標としていた町の入り口にたどり着いた。戦闘に関してもテオさんが大体何とかしてくれたため、改めてこの人の強さが分かった。
「まぁ、そうだな。ここはミュージャンという名前の町で、通称音楽の町なんて呼ばれてるんだ。9月ごろになると歌楽祭って言う祭りが開かれるくらいだからな。町自体は普通の町なんだけどな」
歌楽祭…歌と音楽の祭りかな?音楽かぁ…楽器はギターがちょっと弾けるくらいで、管楽器を吹いたりは出来ないけど歌うのは好きだったから、よく1人でカラオケに行っていたなぁ。それにしてもこの大きさで普通の町なんだ。という事はもっと大きな町は東京くらいの広さがあったりするのだろうか…?
「なるほど…私も歌ったりしてみたいなぁ。楽しそう」
「あはは、確かにアリアの声は聞いてて癒されるからな。私もアリアの歌は聴いてみたいかもしれないな。でも残念ながら今は4月だから祭りまでは5か月もあるな。アリアがここに滞在するなら祭りに参加できるかもな。私は1週間もしたら目的地に向かうためにここを離れるけど」
今は4月なのか…。そう言えばなのだが、この世界の時間ってどうなっているんだろうか?1日は24時間なのだろうかとか、月はあるけど1か月は何日あるのかとか、そりゃこの世界に転移してきてから1日も経っていないのだから知らなくて当然ちゃ当然なんだけども。
「そうなんですね…。正直私は知識が浅いので…出来ればテオさんに着いていきたいなぁ…なんて…」
「私に?そりゃあもちろん大歓迎だ!1人で旅するより2人で旅した方が絶対楽しいからな!金に関しても気にするな、冒険者とはいえ子供に金は払わせないからよ。ほら、とりあえずさっさと町に入って休もうぜ」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
よかった、ここまでは手伝ってやったんだからあとは頑張れとか、お金をよこせとか言われたらどうしようかと思った。レーテさんのサポートがあるとはいえ、今の私の戦闘力だとすぐにモンスターにやられてしまう未来が見えていたからすごく安心した…。
「そういえば、テオさんは旅の目標とかってあるんですか?」
「んー?そう言われると困るなぁ…そうだなぁ…」
ミュージャンに入って宿に向かう途中、ふと気になってしまいテオさんに聞いてしまった。もとより自分の目標自体がかなりあやふやなものなのもあるが、自分の気持ち的に一緒についていく身としても聞いておきたかったのかもしれない。
「今は特にないかもなぁ…だからとりあえず王都って呼ばれている町を目指そうと思ってるくらいかなぁ。それもまだまだ先が長いのだけどさ」
「王都…?」
「お前…本当に知識が浅いんだな…。どんな環境で育てられたんだ…?」
あ、つい声に出てしまった…。そうか、そりゃそんなこと言われるわな。まだこの体に慣れていないからか直ぐに自分の体の幼さを忘れてしまう…。そうじゃなくてもこの異世界は自分の暮らしていた世界とは180度違う世界なのだから、すこし気をつけた方がいいのかもしれない。
「あはは…えっと…実は部屋から出たことがなくて…朝起きたらあの森?にいたって感じですかね…杖を置いといてくれたのは私にもよく分からないですけど…。魔法は夜に部屋を抜け出してこっそりって感じです」
「はぁ、いや悪いお前にそんな過去があったなんて…そりゃ知識が浅くて当然だわな」
『へぇー、アドリブにしてはいいね。状況的にもその説明が一番しっくりくるかも。ナイスアリアちゃん』
どっかの小説だか漫画だかは忘れたけどその設定を丸ごとパクっただけだけどね…。この世界なら通じるだろうと思ったがここまでとは…。レーテさんの言う通り完全にアドリブだったけど正解だったようだ。
「王都ってのはこの大陸の中心に存在しているすごいでかい町のことだ。正式にはアウルダム城下町って言う場所だな。ここが音楽の町って言われているようにアウルダム城下町は冒険者の町って言われてるな。それくらいに冒険者にとっては欠かせない拠点って事さ」
「大陸の中心…ここがどこにあるか分からないですけど…聞くだけで遠そうですね…」
「そうだな、ここがデイトレナ地方って言うんだがそれが王都から南に位置する地方で、この町がこの地方の大体北西の場所にあるから…ざっと考えても1か月から2か月くらいはかかる想定だな」
はい…!?1か月から2か月!?え、その距離を歩こうとしてるの!?テオさんに出会えたのはラッキーだったけどだいぶ転移失敗してないか!?人との関係で本が生まれるなら王都のような人がたくさんいる場所の方がいいのに…。
『あー…それに関しては私にはどうしようもできないんだよねぇ…。今まで転移した経験から推測するに人に見られなくて安全な場所が条件ぽい?んだよね。あ、あとアウルダム城下町の正確な距離はおそらく300km。その途中森とか山とかもあるからレーテの言う通り1か月から2か月はかかるだろうね』
「さんびゃ…!いえ、なんでもないです…そんなかかるんですか…うへぇ大変そう…」
というか今さらっと私の考えに反応してきたよなこの人…もしかして声に発さなくても脳内会話でレーテさんと会話できるんじゃないか…?これに関しては後で問いかけるとして、300kmか…休まずに行ったら半月かかるかどうかなんだろうけど、戦闘もあるだろうからそんなことは言ってられないだろうからそれくらいかかるのかなぁ…。如何せん長距離を歩いた経験がないからわからない…。
「なにもない平坦な道だったらよかったんだが、あいにくそうはいかないのが冒険ってやつなんだろうな。だからこの町でしっかり休んで次の町を目指すって感じだな。どこの町を目指すかはまだ決めてないんだけどさ」
えっと…デイトレナ…だったかな?この地方がどれだけ広くて、そしてアウルダム城下町…テオさんは王都って言ってたっけ?その王都がある地方がどれだけ広いか分からないな…。ここら辺は町の人に聞いてみようかな?最悪レーテさんに聞けばわかるんだろうけども…。
「でも、今までとは違って今日からアリアが居るからな!退屈はしなくなりそうでよかったよ。ほんと、1人だと退屈で退屈で仕方なかったんだよ」
「私もテオさんに会えてよかったです。いま気づきましたけど私お金も知識もないのに気が付きました…テオさんに会えなかったら今頃どうなっていたか…」
武器は持っていたものの、お金を持っていないため宿に泊まったり物を買ったりは出来ないだろう。しかも見た目が子供だからもしお金があったとしても宿に止めてくれるのだろうか…?そう考えるとちょっとゾッとした…。
「あー、確かに!お前私に会えなかったらどうするつもりだったんだ…?そもそも、あの野盗団にさらわれてたか…ほんと運がよかったな」
「その節は本当に助かりました…簡単に人を信用してはいけないなと…」
「そうそう、もちろんいいやつもいるんだけどな。町の中でも気をつけた方がいいよ」
あれは、流石にびっくりした。でもいい経験にもなったような気がする。正直あれは一回経験するか、誰かから教えてもらわないと対処なんて出来ないだろうから、今後の異世界探査でも役に立つだろう。
「ま、この世界の事はゆっくり覚えていきな。これからは私も一緒にいてやるからさ。お、そうだアリア。宿に向かう前にちょっくら飯でも食わないか?」
「いいですね!私もお腹が空きました!」
ご飯が食べられそうなお店を通りかかった際にテオさんが思い出したかのように誘ってきた。ここまで約1時間半歩いてきて不思議とあまり疲れてはいないのだが、その分お腹が空いていた。普段ならこんだけ歩いたならもっと疲れていたような気がするんだけど…。
『それはアリアちゃんの体は今この世界に馴染んでいるからだろうね。図書館内とその世界では身体能力にかなり差があるから多分そのせいだと思う。だから結構動かないと疲れを感じないと思うよ。それと、アリアちゃんの言う通り頭の中だけで私と会話できるよ』
『そういうことは先に言いなさいよ!なんでそんな大事なことをちゃんと言わないんですか!』
『いや、ごめん。そういえば言ってなかったなぁって思ったよ。まぁ、脳内で会話できるとはいえ基本的には誰かが一緒にいる時はあまり話しかけないけどね。独り言に見たいに話しかけることはあるかもだけどね』
それはそれで迷惑なんだけど…ってこれも聞こえてるんだっけ?なんか厄介過ぎない?この人。すごいやりにくいんだけども…。考えてること全部レーテさんに共有されるって事でしょ?レーテさんじゃなくても普通に嫌なんですけど…。
『ん?いや、全部を聞いてる訳ではないよ?というか普通は聞けないよ?これも言い忘れてたけど、今のアリアちゃんは私に全部の情報を駄々洩れにしてる状態なんだよね。それを一部シャットアウトすればいいよ。やり方自体は簡単、思考を共有するな!って祈るだけ簡単でしょ?』
だからなんでそれを早く言わないんだよ!?今はまだ止めてないからこれも聞こえてるんでしょ!?ほんとになんでそんな大事なことを直ぐ言わないかなぁ!?はぁ…もういいや念じとこ…。
「おーい、アリア~?置いてくぞ?」
『お、共有されなくなったね、ほら行っといで。君の初めての仲間の所にさ』
「誰が止めてたと思ってるんですか…。あ、ごめんなさい今行きます!」
いつの間にかテオさんは飲食店と思われる場所の前まで言っており、私が遠くにいることに気が付くと割と大きな声で私の事を呼んできた。
「大丈夫かアリア?さっきからぼーっとしてることが多いけど…?」
「だ、大丈夫です。外に出ること自体が初めてだったのでちょっと舞い上がってるのかもしれないです」
「あはは!そりゃそうだ!アリアって喋り方は子供っぽくないのに中身はちゃんと子供なんだな!」
むぅ…確かに中身は子供ではないけども。なんか改めてこう言われるとやっぱり違和感がすごいな。これも慣れていくしかないのかなぁ。頑張ろ。とりあえずテオさんには私が親に監禁されてた挙句捨てられたかわいそうな子供って認識になっているようでよかった。
「ほら、早く入るぞ。ここの店は私のお気に入りなんだ」
「そうなんですか?それは楽しみです!」
店に入ったあとテオさんのおすすめの料理をごちそうになった後宿に向かうことになった。おすすめされた料理はどれも本当においしく、いままで食べたどんなご飯よりもおいしく感じた。
自分では気づいてなかったのだが途中レーテさんが『アリアちゃん女の子みたいな反応してて可愛い』とか言っていたから自分の言動に気づかないくらいには食事を楽しめたのだと思う。
「はぁ…ちょっと食べすぎました…」
「いい食べっぷりだったぞ。育ち盛りの子供はいっぱい食べなきゃな。よし明日からは次の目的地に向けての準備とか、ちょっとこの町の周りを探索したりとかするから、今日はしっかり休んで明日に備えないとな!」
「はい!」
宿に着いたとたん今までの疲れが一気に来たのか急に眠くなってしまった。テオさんは日々の鍛錬があるからと出て行ってしまったため先にベットに横になることにした。
『1日お疲れさん。少しは異世界に慣れれたかな?』
「うん、ほんとにちょっとねー。テオさんがいてよかったけどいつまでもテオさんに頼り切りはよくないから私もしっかりと精進しなきゃ」
『うんうん、その意気込みやよし。それじゃ一旦おやすみ。アリアちゃんが深い眠りについたらまた会うことになるけどね』
………?いまなんて言ったんだろう?だめだもう限界だ…。
体が石のように重くなるのを感じつつ、今日の出来事を忘れないように頭の中で考えながら夢の世界へと意識を向けるのだった――