選択と変異、そして初めの世界へ
「―――ようこそ名もなき図書館へ。そしてこんにちは、私はここの司書のレーテと申します」
目の前の女性はそう答えた。やはりここは図書館であっていたようだ。そんなことよりも異世界で見つけた…?あぁ、夢の中なのだからそんな状況があってもおかしくは無いか。もしかすると寝る前に読んでいたファンタジー漫画の影響かな?
「ふむふむ、どうやら君は死んださいにここに迷い込んでしまったみたいだねぇ。人によってはいい事でもあり悪い事でもありそうだけど…。それで君は何故死んでしまったのかな?事故?それとも自分でかい?」
「………は?」
今この人死んださいって言ったか…?俺は明日に向けて睡眠を取るためベットに入り寝たはずだ。だからこの今の状況も俺が見ている夢のはずだ。
「おや?もしかして自分が死んだことに気づいていないのかな?えっと~君の元居た場所はっと…うわぁこれは酷いね。おそらく地震か何かが起こって物の下敷きになって死んだって感じかな?不運だったねぇ」
レーテさんは何もない空間に手を伸ばすとそこにポータルのようなものができ、そのできたポータルを覗き込んだ。こちらからはそのポータルの中を確認することは出来なかったが、レーテさんの反応から察するに俺が死んだときの状況を確認できているみたいだ。
「何を言ってるんですか…俺は寝てただけのはずなんですけど…」
「それは確かにそうみたいだねぇ。そうだなぁ流石に自分の死体は見たくないだろうから…君の家のキッチンの今の状況を見せてあげようか。あ、ポータルには落ちないでね今の君の状態でこの世界に戻ると大変な事になるんだ」
そう言ってレーテさんは手元にあったポータルを俺の方に向けてくれた。そこまでしてくれたおかげでようやくポータルのようなものの中が見えた。近づくまで気付かなかったのだが、ポータルの中から声や物音が聞こえてくるのに気づいた。信じがたいのだがレーテさんの言っていることは正しいという事が分かった。地震があって俺が死んだことを嘆いている声が聞こえてきた。
「…うそだろ。さっきチラッと時計も見えたから分かるけど時間も俺が寝てから3時間くらいしか経ってなかっし、日付も見れる時計だから俺が最後に見た日付と1日過ぎてはいるけど同じだ…」
「これで、ちょっとは信用して貰えたかな?君は確かに死んだ。けど幸か不幸か君はこの図書館に迷い込んだ。ここは普通死んだ人は来れない所なんだ。何故ならここは生者しかいられない場所だから。君たちの世界の小説や漫画のような言い回しをすると君はここに転生してきたことになる」
頭の整理が出来なくなってきた…。ここまで来ると流石の俺でもわかるここが夢の中ではないことを。今思い返してみるとあの暗闇の中にいた時からかなりの時間が経っているはずなのに、ここまでの記憶が全て鮮明に残っている。
「正確に言うと転生してきたわけではないんだけどね。君の今の現状は死体の状態で歩いているって感じになるのかな?さっきポータルの中に落ちないでって言ったのは、落ちた瞬間君の世界で君の死体が2つできてしまうというパラドックスが起きてしまうからだったんだよね」
「なるほど…にわかには信じがたいですけどもう信じるしかなさそうですから…でも俺はこれからどうしたら…」
今の話を聞く限り俺はこの図書館から出ることが出来ないような気がする。もしもともと自分がいた世界とは別の世界のポータルがあったとしてもそこに入り込んだ瞬間俺は死ぬだろう。何故なら今の俺は死体の状態だからだ。ここに居るから動けるだけという事なのだろう。
「お、君は頭がいいねぇ。そ、おそらく君が思っている通り君は今この図書館に囚われている。ここで君が出来る選択は3つ、1つは全てを諦めこの図書館で永遠と過ごすこと、もう1つは自分の世界とは別の世界に飛び込み死を受け入れる事。そして最後の1つが…この薬を飲むこと」
…ん?今最後の選択おかしくなかったか?確かに1つ目と2つ目は分かる。どこの世界に行っても死ぬのならここに居るか死ぬかになるのは自分でもわかっていたことだから全然理解はできる。
「薬…?それを飲んだらどうなるんですか?」
「これを飲むとねなんと君が生き返る。文字通りこの図書館から出ても死ななくなる。その代わり私の仕事を手伝ってもらうことになるというデメリットがある。仕事の内容は飲んでからのお楽しみって事で」
流石にもう驚かないぞ…さっき手にしていた本だって異世界で仕入れた魔導書だって言ってたし今更蘇生薬が出てきても何も驚きはしない。それよりも飲んだ時のデメリットである仕事が何なのか気になる…ここの本の整理や掃除をやらせたいのならわざわざ薬を飲ませる必要は無いだろうし…。
「さぁ、どうする?私は君意見を絶対に尊重することだけは言っておくよ。どの選択肢を取ったとしても私は絶対に否定はしない」
…答えはもう決まっている。何が原因で死ぬはずだった俺がこうして立っているのか、そしてつまらないと思っていた人生を変えるなら答えなんて1つしかないじゃないか…。
「飲むよ…その薬…。俺のつまらないと思っていた人生を変える第1歩になると信じて…!」
「おぉ!わかった、じゃあこの薬をあげるね。中身をグイッと飲み干してねおそらくまずいから頑張って…!それとその薬は元々死んだ人に使う薬だから、君は急に眠気がきて倒れると思うからそこも気をつけて」
そう言ってレーテさんは液体の入った小瓶を手渡してきた。中の液体は透明な液体で見た目だけなら水のような見た目をしていた。レーテさんの忠告通り立っている状態から床に座り。小瓶の蓋を開け一気に飲み干した。
レーテさんの言う通り味は最悪で苦いとか辛いとかもう本当によく分からなく味がして吐き気を催したがそれをどうにかこらえ1度深呼吸をした段階で強い眠気に襲われそのまま眠りについてしまった。
「うん、大丈夫そうだねあとはちゃんと効果が出てくれればいいけど…蘇生は100%出来るだろうけどあの効果は出るかなぁ…?」
「う…ん…?」
しばらくして俺は目覚めた少しの頭痛と体の怠さはあるもののあの薬を飲んだ瞬間の事を思い出すと全然ましに思えた。どうやらレーテさんが毛布を掛けてくれたようで体が冷えているという事は無かった。
「お、起きたね。うんうん、蘇生も出来てるようだね。魔力の流れ的にも大丈夫そうだね…それに…」
「それになんですか?なにかおかしなことでも………え?な、なにこれ!?一体何を飲ませたんですか!?」
寝起きだったためレーテさんに話しかけられるまで気づかなかったのだが、明らかに俺の声が高い。それに自分の手の大きさや腕の長さまでさっきまでの自分と全然違うことに気づいた。
「よかったーちゃんと薬の効果が効いてて。せっかく蘇生するならやっぱり体も変わった方がいいでしょ?ほら君の世界の小説や漫画でもそう言う展開が多いって聞くし。年齢的には10歳とか11歳とかかな?あ、自分の姿見る?はい、どうぞ」
レーテさんが指を1回鳴らすと自分の目の前に姿見が出てきたその姿見をじっと見てさらに驚いた。短かった髪が長く伸びていて、顔の作りが昔の自分の顔を思い出してみても全く違う。どちらかというと男の子というより女の子に近い顔立ちになっていた。
「レ、レーテさんこれって…?」
「そう、君は10歳くらいの女の子になりました!」
意味が分からない…ただでさえ意味が分からない空間なのにさらに意味が分からなくなった…。というかレーテさんって何者なの!?蘇生薬だけじゃなくて性転換、若返りの薬も作れるって事なの!?
「いいねぇ。すっごい可愛くなったねぇ。あ、ちなみに君はその姿から戻ることは無いから。さらに言うとこの図書館の影響だろうけど体の成長がものすごく遅くなるから。具体的に言うと100年で1年ほどの成長しかしないから。私割と若そうに見えると思うけどこれでも300歳超えてるから」
「はい!?え、だってレーテさん見た目20歳前半くらいの見て目ですよね!?それで300超えてるんですか!?という事は俺は少なくとも100年は10歳のままって事ですか!?」
「そうなるね」
そうなるね…ってどんだけ楽観視してるんだこの人…。そりゃそんだけ生きてたらいろんな知識を身に着けられるか。でも死ぬよりはましなのかもしれない。仕事の内容にもよるけど。
「はぁ、それで仕事ってなんですか?」
「お、諦めがついたのかな?いやごめんね?ちょっと驚かせたくてつい。こほん、それで本題の仕事の内容はというと、この図書館から異世界に行ってそこで何年か過ごしてほしいんだ。短くて1年長くても3年かな」
「え、それだけでいいんですか?」
今までのレーテさんの会話内容と、さっき自分の家を見た時に使っていたポータルのようなものを見る限り、さっき予想した通りおそらくあのポータルから色んな世界に行くことが出来るのだろう。そしてさっきの薬を飲むデメリットとして提示された仕事がその世界で何年か過ごすこと…これレーテさんになんのメリットがあるんだ?
「そう、それだけ。一見私にメリットがなさそうに見えるけど実はあるんだ。この図書館にある本は自分たちが行った世界の中で手に入れた本とは別に、その世界で体験したことや、その世界の住人たちの生活が本となってこの図書館に貯蔵されるんだ。内容的にはそれこそ君の世界の小説に近い形で貯蔵される」
「という事はその世界で過ごせば過ごすほどその世界での出来事が本となってこの図書館に貯まると…だからこんな広い場所なのに本が少なかったのか」
大体の内容は理解できたけどこの図書館プライバシーもくそもない図書館だな…。その世界にいるだけで俺の行動だけでなくその世界の人たちの生活までもが本になるなんて…。元居た世界でそんなことしたら大炎上どころじゃないぞ…。
「あはは…手厳しいね…。そう、今までは私一人で異世界に行っていたから貯蔵が少なかったんだ。貯蔵と言っても結局は私が小説としてまとめてから書かないと駄目だし。内容によっては1冊で1年経過することもあるし…ほらよくあるでしょ?数か月後…ってやつ」
「あー…って手書きなんですか!?」
「そう手書きなんだよねぇ…。とは言っても形的にはこの図書館が自動的にやってくれるから、それを訂正していい感じにしてるってところかな。いわゆる添削作業だね」
なるほど、びっくりしたレーテさんが異世界から帰ってきた後その異世界であったことを記憶してる状態で1冊1冊書いてるのかと思った。この図書館改めて考えてみるとすごいな…。
「そんな訳で君には異世界に行ってその世界の探査役になって欲しいの。もちろん私もこの図書館から君にサポートはするから安心してほしい。この図書館から別の世界に行った人と私はテレパシー的な感じで会話できるからそれでサポートするって感じ」
「ふふ、それは楽しそうですね。わかりましたその探査役承りました。おれ…いや私にも恩がありますからレーテさんのお手伝いを全力でしますよ!」
この図書館に来て初めて笑ったような気がする。ずっと緊張したり驚いたりばっかりだったから、そりゃそうだろって言われたらそうなんだけど。それになにもせずに生きるより数倍も楽しそうだしね。
「お、やっと笑ってくれたね。うん、やっぱり子供は笑ってる方が可愛いね」
「いや、私は子供では…ありましたねそういえば。私って今10歳くらいなんでしたね…」
人からすれば高校生だって子供だろって言う人もいそうだが、高校生は十分大人だろう。だからこそ今子供って言われて少し疑問に思ってしまったが、今の私の体は確かに子供だった。
「それじゃ、とりあえず着替えよっか。君は今服を着てないようなものだし。その状態で歩いたら異世界といえども流石に大変な事になる。むしろ異世界の方が大変な事になる気をするからちょっとそこに立って」
確かに…今更なのだがもともと自分が着ていた服が今の体に合うわけもなく、今は座っているからいいものの立ち上がったら…あとはお察しだろう。
レーテさんに言われた通り、立ち上がりレーテさんの前に立った。もちろん、ズボンを押さえながら。レーテさんは1つ咳ばらいをしたあと「それ!」と声を出した。すると私の服が一瞬で変わり、自分の今の体にぴったりの服が出来上がった。
「うん、まぁとりあえずこれでいいか。これから行ってもらおうと思ってる世界が君の暮らしていた世界とは大分生活スタイルがかけ離れているから服もこんな感じかなぁ。ちょっと慣れないかもだけど我慢してね」
異世界なんだからそれもそうか、見た目的に言うとそれこそ異世界小説や漫画にありがちな…えっと…中世ヨーロッパ?ような感じの服だ。あっているのかは分からないけど…。とにかく冒険者って感じの服装だ。
「あ、そういえば君の名前を聞いてなかったや」
「今更聞いてどうするんですか…。そうですね…では、私の好きだった小説の主人公の名前を借りることにしますね…私の名前はアリア…今日からよろしくねレーテさん」
私が読んでいた小説…。女性冒険家のアリアがいろいろな苦難がありつつも冒険をしていく、いたってシンプルな異世界小説だ。一応漫画化やアニメ化もしていた作品だから人気ではあったんだけども。
「うん、アリアね。わかったよろしくねアリアちゃん。本当は一緒に行ってあげたいんだけど、ここのポータルは1人しか入れないような仕組みになってるから一緒に行けないんだよね。っとそんな愚痴はいいか早速だけど準備はいいかい?」
レーテさんは先ほどと同じようにポータルを開き、準備は大丈夫かと聞いてきた。その言葉に小さく頷いてポータルに1歩近づいた。また、心臓が高鳴っているのが分かる。この図書館のドアを開ける時と同じ感覚がする。でもそれはあの時の不安や恐怖とは違い、単純な好奇心によって心臓が高鳴っている。
「さぁ、始めようアリアちゃんにとっての初めての異世界探査を!」
レーテさんの声を聞いてからポータルの中へと体を運びポータルをくぐると、目の前が光に包まれ体が浮かび上がるような感覚に襲われ、アリアにとって初めての異世界へと向かうのだった――――