8話
この世界、アムリアに来てからひと月が経った。
この世界にも大分慣れ、機神ジャッカーのパイロットとして、日々訓練をしながら過ごしていた。
今日も昼食後の訓練をしている中、ガランから連絡が入る。
なんでもアガナム市の市長から直接感謝を伝えたいとのこと。
訓練を中断し、リュミリ王城へと戻ると、広場に面した城壁に、ガランと他数名がこちらを見ているのが見える。
恐らく市長達なのだろう、失礼だなぁと思いながらも、跨いで広場に機神ジャッカーを立たせ、アラタは降りる。
しばらくジャッカーの下で待っていると、ガランと他数名がこちらにやってくる。
そして前に出てきたのは、深い青色に金の刺繍がされた豪華な服を着た男だった。
「やあ勇者殿!私はドロナノと言う。アガナムの市長をしている者だよ。この前の騒ぎを治めてくれた礼を言いたくてね!感謝しているよ」
「わざわざ来ていただきありがとうございます。俺だけじゃなく、衛兵さん達も優秀だったからこその結果だと思います」
「ほう、謙虚なのだね。ますます好感度が上がったよ。衛兵隊長のグヴァからも、いい報告が来ていてね。予想通りの人物で安心したよ」
「最初からアラタ君はいい男だったんだよ。こちらに召喚されて右も左も分からないと言うのに機神ジャッカーに乗り、ゴーレムを撃破したからな!」
「なるべくして勇者に選ばれた訳ですな!はっはっは」
そうしてガランとドロナノが話していると、ガランに通信が入る。
「おっと失礼。・・・・・・わかった。至急向かわせよう」
そう言って通信を終えたガランは、神妙な面持ちで話し始める。
「アラタ君、至急第二師団のある方へ向かってくれ。なんでも今までのとは雰囲気の違う合成魔獣が出たそうだ」
「了解です!」
そう言ってジャッカートリガーを取り出すと、上に向かって引き金を引く。
「ジャッカー!」
すると銃身が上下に開き、光があふれる。
そして光が消えると、アラタは操縦席に座っていた。
ヘルメットを被ってバイザーを下げると、システムが起動し、機神ジャッカーの目が赤く光る。
ガラン達がその場から離れてることを確認すると、城壁を跨ぎ、第二師団の駐屯地へ向かった。
第二師団駐屯地では、セレーネが檄を飛ばしていた。
「第一、第二分隊は魔道大砲を用意しろ!急げよ!機神ジャッカーが来るまで牽制射撃し続けろ!」
兵士達は皆せわしなく動き、それぞれの役割をこなす。
やがて魔道大砲の射程圏内にまで入って来た骨の鎧を着た合成魔獣に向けて、魔道大砲を発射する。
爆発が起こるも、その歩みは止まらず、真っ直ぐ第二師団の塹壕に向かってくる。
誰もが諦めかけたその時、後ろから地響きがしたかと思うと、塹壕を飛び越えて赤と黒の影が目の前を通る。
機神ジャッカーが間に合ったのだ。
それを見たセレーネは、兵士に指示を出す。
「撃ち方止め!・・・アラタ君、頼んだぞ・・・!」
セレーネは機神ジャッカーの後姿を見ながら、そう呟いた。
なんとか間に合ったアラタは一安心しながらも、目の前の敵を観察する。
蟻のような口、その上は骨であろう物で作られた仮面を着けていた。
体も同様で、人の体に骨の鎧を着ている。
そしてクレイモアのような大剣を肩に担ぎ、こちらをじっと見つめている。
それを見たアラタは、マナブレードを取り出し、構える。
(まずは塹壕から離さないと・・・)
そう思い、アラタはペダルを踏み、じりじりと右側に展開していく。
それに合わせて骨の合成魔獣も機神ジャッカーの方を向いてくる。
もしや、と思う。狙いが塹壕に居る兵士達の殲滅なら、多少こちらを無視してもいいはずだ。
試しにバッと後ろに下がると、それに釣られて骨の合成魔獣も素早く距離を詰めてくる。
「狙いは俺・・・ジャッカーか!」
そう言ってアラタはジャッカーを駆り、塹壕を背に駆け出す。
するとそれを追って、骨の合成魔獣も後を追う。
しばらく荒野を走った後、機神ジャッカーは振り返る。
アラタの予想通り、骨の合成魔獣もしっかりと着いてきていた。
改めて向かい合い、機神ジャッカーはマナブレードのトリガーを引き、刀身を展開する。
それに応える形で、骨の合成魔獣も大剣を構える。
――一瞬の間、動いたのは骨の合成魔獣だった。
大剣を大きく振りかぶり、横に薙ぎ払うと、機神ジャッカーはマナブレードでそれを受け止める。
「やっぱりエンチャントか!」
大剣を弾くと、アラタは両手のレバーを手前に引く。
すると機神ジャッカーは大上段に構える。
アラタが両手のレバーを思い切り押し出すのと同時に、機神ジャッカーはマナブレードを振り下ろす。
その瞬間、アラタは超感覚で何かを察し、右手のレバーを中央に戻す。
振り下ろされたマナブレードを回避した骨の合成魔獣だったが、すでに機神ジャッカーは右腕のジャッカーブラスターを構えていた。
アラタがトリガーを引くと、ジャッカーブラスターが連射され、骨の鎧に当たる。
骨の合成魔獣は左腕で顔面を防ぐが、機神ジャッカーが狙っているのは腹部だった。
それに気付いた骨の合成魔獣は転がりながら大剣での突きを繰り出す。
それを腹部に喰らいながらも体勢を崩さなかった機神ジャッカーは、再びマナブレードを構える。
ジャッカーブラスターを喰らっても、骨の鎧はヒビが入っただけで終わった。
「かなり硬いな・・・どうにかしてパイルバンカーを撃ち込めれば、活路が開けるかもしれない・・・」
「パイロット。相手は大きな隙ができやすい大剣、こちらは隙の少ない片手剣です。隙を見つけるまで回避に専念することを推奨します」
「そうだね。よっしゃ!覚悟、決めるぜ!」
そうして振り回される大剣を避けつつ、隙を探し始めたアラタ。
対する骨の合成魔獣は回転斬りからの袈裟斬りを繰り出す。
それらを何度も避け、隙を窺っていると、アラタは骨の合成魔獣のとあるクセを見つける。
「アドラ!こいつ、コンボが決まってる!決まった動きしかできないんだ!」
「ほう。アドラより先に解析し終わるとは流石です」
そう言って今一度、相手の動きを確認する。
コンボは横一閃からの突き、そして回転斬りの勢いを利用した袈裟斬り。そこから少し距離を取り、再び同じことを繰り返していた。
コンボを理解したアラタは、左手のレバーを力強く握った。
(チャンスは一回だと思え・・・相手が単調でも、学習するかもしれない・・・)
骨の合成魔獣が横一閃からの突きを繰り出す。
それを避けると、次に来る回転斬りに備え、アラタはペダルを踏む。
すると機神ジャッカーは、回転斬りより早くバックステップをしながら、アラタは左手のレバーを大きく引く。
そしてアラタの予想通り、骨の合成魔獣は回転斬りをする。
「袈裟懸けまでの隙は大きいぞ!」
そう叫びながら、アラタは引いていた左手のレバーを前に突き出しながら、ペダルとバンッと踏む。
機神ジャッカーは骨の合成魔獣が袈裟斬りをするその隙に左手を骨の合成魔獣の首に当てていた。
そしてアラタがトリガーを引くと同時に、パイルバンカーの杭が骨の合成魔獣の首を穿つ。
脊髄をやられた骨の合成魔獣は、袈裟斬りの勢いを失い、だらりと機神ジャッカーにもたれかかる。
それを突き飛ばし、マナブレードで首を切断すると、機神ジャッカーは左腰に剣を収める。
荒野と機神ジャッカーを照らす夕日が、勝利を告げていた。
その戦いを見ていた兵士達とセレーネは呆然としていた。
「機神ジャッカー・・・神話だよ・・・」
皆の気持ちを代弁するかのように、セレーネの近くに居た兵士のひとりが言う。
これは神話の戦いなのだ。
そうセレーネも強く思った。
機神ジャッカーが塹壕を向いて立ち、その足元からアラタが転送されてくる。
それをみた兵士達は、歓声を上げアラタを迎える。
アラタが驚いていると、セレーネが駆け寄ってアラタの手を握ってくる。
「ありがとうアラタ君!君がいなければこの戦線は崩壊していただろう。君がこの場に居る者を救ってくれたのだ!」
「そんな・・・相手の狙いはジャッカーでした。恐らくですが、相手はここを通り過ぎるだけだったと思いますよ?」
「そうか?それでも機神ジャッカーを狙うのだ。君がいなければ王城まで向かっていただろう。君に最大限の感謝を」
セレーネがそう言うと、周りの皆も一層歓声を上げ、口々に礼を言う。
それに照れながらも、アラタはそれに片手を挙げて応え、その場を収めた。
帝国の会議室。そこで鎧付きの敗北の報告を受けた皇帝、アヌマミシアは冷静に報告を聞いていた。
「――の事から、相手は行動パターンを即座に見切り、撃破したようです」
「結局は臨機応変の出来ない人形だったという訳だ。観測ご苦労。下がっていいぞ」
アヌマミシアがそう言うと、貴族達も唸り声を漏らす。
やはり例の物を完成させる必要がある。
そう思った貴族の一人が、提案をする。
「これは凍結されていた計画ですが・・・合成魔獣の脳を改造して、操縦者を乗せる計画を解凍してはいかがでしょう?」
「それか・・・丁度我も考えていたところだ。出撃できるまでどの程度かかる?」
「二・・・いや、今の技術であればひと月と半分で行けるかと。丁度例の物のテストにもなるでしょう」
「皇帝権限を以って許可する。即座に行動に移れ」
「はっ!」
そうして会議は終わった。
やはり例の物の完成こそが、機神ジャッカーを倒せるのだとアヌマミシアは確信した。
誰も居なくなった会議室の上座でそう考えながら、機神ジャッカーの事を考えていた。
(待っていろ・・・必ず貴様を超えてやる・・・)