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リバースクロック  作者: 蜉蝣
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私を匿ってください!

夜になると無性に寂しくなるのは何故だろうか。

その寂しさを埋めたくて、だけど、何をしたって誤魔化すことはできない。

焦りと言うには冷たくて、孤独と呼ぶには温かった。

居ても立っても居られないのに、何かをするでもなく、時計の秒針が進んでいくのを呆然と眺めているだけ。

秒針の進む音が聞こえるのがだんだん遅くなっていく。

何も変わっていないはずなのに、針が動くまでの間隔が遠ざかっていく。けれども確実に一秒は刻まれて、世界は時に流されていく。1秒前の自分は死んで、今の自分も1秒後には別の自分に殺されていく。何もせずとも変わり続けて、変わり続けて死んでいく。1秒はただ進むだけじゃない。その一刻みの数だけ過去という名の死骸が積み上げられるのだ。

もしかしたら夜の寂しさは、置き去りにしていく過去を身近に感じて哀れんでいるからだろうか。何も定かではなく、一つだけ言えることがあるとするなら、朝が何より待ち遠しい。たったそれだけのことだ。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



夜の九時を過ぎた頃、リビングの一室にインターホンの鳴る音が響いた。こんな時間に人の家を尋ねるなんて非常識にも程があるが、もしかしたら警察かもしれないかと思い渋々戸口に出ると、そこには傷だらけの少女がいた。


「匿って貰えませんか!?」


どちらさまです、そんなことを俺が言い出すよりも早く、少女は要件を口にした。服には刃物か何かで切られたような形跡が見られ、顔には紫色の見るからに痛々しい痣ができていた。何より、袖口から血が滴っていて、彼女が何者かに襲われ、必死に逃げてきたのだということはすぐに分かることだった。


助けた方がいい。そう思いながらも、巻き込まれたくないという気持ちも僅かながらに存在していた。


「とりあえず中へ」


話を聞いてから警察にでも相談しよう、そう考えて、俺は彼女の手を取って玄関へと招き入れ、玄関の鍵を閉めた。



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リビングへと彼女を案内し、テーブルの椅子に座らせた。


棚に置いてあるはずの救急道具を探しながら、何から聞くべきかということを考えた。明るい部屋に移動してから分かったが、彼女の服装は所々何かで切られた形跡が見られるだけで、性的な暴行を受けたと思わせるような衣服の乱れはしていなかった。だから、通り魔にでも襲われたところを命からがら逃げてきたのだと考えるほうが自然に思えた。

ガーゼや包帯などを手に取ると、俺はそのまま彼女のそばに寄った。


「傷、見せてもらえる?」


俺の言葉に彼女は頷くと、そのまま来ていた服を躊躇なく脱ぎ捨てた。必要や行為とはいえ、見知らぬ女性が目の前で下着姿になったことに多少の動揺を覚えたが、しかし、その動揺はすぐに別の動揺へと塗り替えられた。


彼女の肢体は、俺の予想を遥かに超えて酷いものであったのだ。二の腕や肩、背中。体中に刃物が走った傷が刻みつけられていた。それこそ、生きているのが不思議なほどである。

それなのに、痛いといった素振りを一切見せない少女の姿ははっきり言って異常だった。


「平気、なんだよな…?」


平気なわけがないだろうに、何故か俺はそれを尋ねずにはいられなかった。


「やっぱり、おかしいですよね…?」


少女は俺に目を合わせて怯えるような目をしてそう言った。


「痛いのに、痛くないんです。こんなに切られたら普通死んじゃいますよね…?」


彼女の瞳が不規則にグラグラと軸を失った駒のように揺れた。瞳孔がはっきりとわかるほどに開いているのが分かった。目を合わせているこちらまで飲み込まれてしまいそうなくらいに彼女は動揺しているようだった。


どう答えるべきか考えても言葉は浮かんでこなかった。


「とりあえず応急手当をしないと」

目をそらしてそう言った。

どう見ても応急手当で済むような傷ではないのに、口から出たのは誤魔化しの言葉だった。彼女の不安をどうにかしてあげるような術を俺は持っていなかった。


「そう、ですね。お願いします。」



消毒液を浸けた脱脂綿で傷口を軽く叩いてから、傷のサイズにあわせて切ったガーゼをテープで貼り付ける。


自分が怪我をしたわけでもないのに、その痛ましい傷を見ているだけで全身が強ばった。


やっぱりこんな手当でどうにかなるような傷じゃない。


一箇所、二箇所と手当を続けていれば嫌でもわかることだった。


自分の手には負えない。救急車を呼ぶべきだ。



彼女の体中が包帯に覆われる頃になってから漸く俺はその答えに辿り着いた。もっと早く気がつくべきだったのに、気が動転していてせいか、そんな単純なことすらも浮かんでこなかった。


「やっぱり病院に行くべきだと思う。救急車を呼ぼう。」


俺の提案に彼女は小さく首を降った。


「救急車を呼んだらたぶんここにいることがバレます。」


思い詰めたような顔で彼女は言った。


「バレるって一体誰に?」


「私を襲った人達にです。」


これ以上聞いても大丈夫だろうか。緊張で喉が鳴った。


「やっぱり警察に連絡するのも不味いか?」


「一度通報したんですけど、それから私の居場所が簡単に見つかるようになりました。スマホを捨てなかったら今頃殺されてたかもしれないです。」


つまり、警察に通報すればGPSで探知されることになるから無理だということだろう。


想像以上に危険な事件に関わってしまったことに俺は今更ながら気づき、彼女に気づかれないように静かに項垂れた。



手当を終えてからしばらく、お互いにテーブルの席について向かい合ったまま何も話せずに沈黙が続いた。


何か俺にできることはあるかと、何度かそう言おうとして俺はその度にそれを胸のうちに飲み込んだ。代わりに口から出てきたのは無責任な質問だった。


「一応聞くけど、これからどうするつもり?」


「どうすればいいんでしょうね…。」


疲れきったような表情で彼女は笑った。


どう切り出していいのか分からず苦し紛れにそれを言い放ったことを俺は後悔した。それは追い詰められている彼女に対する追い打ちに等しかっただろう。


「ごめん。意地悪な質問だった。」


「いえ、別に気にしてないですから。」


それから再び沈黙が流れようとしたそのとき、彼女の方からぐぅ〜っと言う音が鳴った。


「その、襲われてから何も食べれていなくて…」


「あ、そうだよね。気がつけなくてごめん。今用意するよ」


「…ありがとうございます」


彼女に頷くと俺はキッチンの方に立ち、ありあわせで料理を始めた。



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