ショートホラー第2弾「今までありがとう……」
大学を出たが就職に失敗した俺は知り合いのおばさんに紹介されて老人ホームで働くこととなった。
まあ、体力には自信があったので楽勝と思ったが……
「あーくそっ!やってらんねぇ!!」
缶チューハイを飲み干し愚痴る。
介護士の仕事は思って以上にハードだった。
何せボケてるじいさんばあさんだ。
すぐに色々忘れるし怒りっぽくて理不尽な事で怒鳴って来やがる。
いじるなと言ってるのにおむつをいじって失禁して服を着替えなきゃいけないなんて日常茶飯事。
風呂に入れと言えば『寒いから嫌』だとかわけのわからない事を抜かしやがる。
「先輩、飲み過ぎですよ……」
「うるせぇよアヤ!さっさと新しい缶持ってこい!!」
彼女である大学の後輩アヤに缶チューハイを持ってくるよう命令し缶を投げつける。。
全く気が利かないすっとろい女だ。
缶をぶつけられアヤは怯えた表情で慌てて新しいチューハイを用意し始める。
こいつの怯えた表情は結構そそるものがある。
「それにしても、ストレスがたまるぜ」
人間関係も悪かった。
俺と同期のやつは資格とやらを持っていて給料も俺より高い。
そんなのあれだろ、サベツって奴だ。
このストレス、何とかしねぇと……
□
そうして俺はあるストレス解消方法を見つけた。
年寄りってボケてるからすぐに忘れる。
だからいう事を聞かない奴はバレない程度に殴ったりして従わせるんだ。
誰に世話をしてもらってるのか、力関係をわからせてやらないとな。
相手さえ間違えずやりすぎない様にしたらストレスの発散相手には事欠かない。
そんな俺が目をつけたのはシゲとかいうばあさんだ。
強情ですぐ嫌味を言うんでみんなから嫌われている。
いくらわからせてやろうとしても反抗的な目をするものだから俺もつい力が入ってしまう。
ある日の事だ。
シゲの部屋に行って介助をしようとしたらいつも通り嫌がりやがる。
これは一発お見舞いしてやるかと思った時だ。
彼女は目を大きく見開くと急に深々と頭を下げだしやがった。
「ありがとうございます。ありがとうございます?」
「え?」
「あんたとは今まで色々あったけど、本当にごめんなさいね。今まで、本当にありがとう……」
俺は毒気を抜かれてしまった。
その後、彼女は全く反抗せず俺の言う事を聞き俺が出て行くときも『本当に今までありがとう』と礼を言っていた。
何だよ、素直にしてたらかわいいじゃねぇか。
ちょっと愛着も沸いて来たな。
もしかして死期が近いのを悟って心を入れ替えたんだろうか。
これからはもう少し優しくしてやるかな。
□□
次の日。
その介護施設は慌ただしかった。
入居者であるシゲばあさんは穏やかな顔でテレビのニュースを観ていた。
ニュースは『介護士の男性、交際相手に刺され死亡』と伝えている。
近くにいた職員が慌ててリモコン取り歌のDVDを再生する。
「ふふ、もう少し観たかったんだけどねぇ。あのニュース。そう言えば……ご飯はたべたかしらねぇ?」