[2-4] 墓荒らし
魔法を行使すると効果が発現した副産物として光と音が発生してしまう。これは多くの魔法に当てはまる事だが死霊術も例外ではなかった。
わざわざ人目のつかない時間帯を選んで墓地までやってきたというのに、この場で死霊術を使ってしまうと光を目撃される可能性がある。騎士団ともう一度面倒を起こすと、騎士団としても虱潰しにこの村を捜索するだろう。そうなってしまったら、もうこの村にはいられなくなる。
安全のためには自力で死体を掘り起こして持ち帰るしかない。
彼は肉体労働を得意とする方ではないが、物理的に死体を掘り起し持ち帰る作業というのは手作業でやるしかない。
彼は墓地に到着すると死体の搬送用に持ってきた荷台から、スコップを取り出し黙々と墓を掘り下げる。
通常死体の埋葬は、棺桶に入れた後に土に埋めるという土葬がこの国の一般的な方法である。そして埋められる深さはそれほど深くは無いのだが、一人で掘り返すとなるとそれなりに時間が掛かる。
そして目的の死体を掘り返す前に、彼に声を掛ける者がいた。
「お前がガエラか?」
声の主が騎士団ではない事を願いながら振り返る。闇夜の中に三人の人影があった。
●
こんな夜更けにスコップで墓を掘り起こしているだけでも普通ではないが、加えていかにも死体を載せるのに適している荷台まである。目の前の人物がガエラである事に疑いようは無かったが、それでも本人確認をしたのは騎士だったときの癖だろう。
「お前がガエラか?」
闇夜の中でうっすらと見える輪郭。おそらくはこちらを向いたのだろう。日中であればその顔が手配書と一致するか確認できたのであろうが、今は深夜である。その顔までは窺い知る事はできなかった。
沈黙の中最初に動いたのはリリアだった。無詠唱で複数の火の玉を具現化させたのである。それはおかしな真似をすれば攻撃するという警告を意味すると同時に、闇夜の中で明かりとして相手の顔を照らしあげた。
その顔は手配書と一致していた。
「お前は手配書のガエラだな?」
二回目の問いは先ほどよりも語気が強くなっていた。顔を確認した以上は、もはや言い逃れはしないと思ったからだ。
「ああ、そうだ。」
相手も観念したようですんなりと自信がお尋ね者である事を認めた。
「来てもらおうか、ギルドに引き渡す」
「君たちは冒険者かね」
今ガエラを追っているのは以前一戦を交えた騎士団か、賞金目当ての冒険者かどちらかだ。そしてギルドという言葉が出てくるのは冒険者に限られる。
「ああ、冒険者だ。騎士団の方がよかったか?」
ここで隠しても特に意味はないと思いオリバーは自分が冒険者である事を認めた。
「私はね、騒ぎを起こす気はない。ただ研究をしたいだけだ。そのために死体が要る」
「でも騎士団に手を出した。残念だったな。あんたはもう賞金首だ」
ガエラがただ死霊術の研究をしているだけであったなら、オリバーがここに来る事はなかっただろう。死体を使う事が前提となっている死霊術について嫌悪感を示す者は少なくない。だがオリバーがここに来たのはガエラが死霊術の研究をしていたからではなく、賞金首であったからだ。
「見逃してはくれないか?」
「悪いけど無理だな。それに墓荒らしは立派な違法行為だ」
「違法行為? 君が法を語るのか?」
言葉には失笑が混じっていた。
「どういう意味だ」
墓荒らしが違法行為であるというのは国の法律と照らし合わせたら導き出される事実である。オリバーとしては間違ったことを言ったつもりはないし、冗談を言ったつもりもなく、ガエラの失笑の意味が分からなかった。
「君も似たようなものだろう悪魔憑き君」
その言葉で、ようやくガエラの言わんとしている事を察した。
「知っているのか」
「ああ知っているとも。自分の命欲しさに処刑場から逃げ出した悪魔憑きが法を語るのかね。それならばまず君は法に従うべく、騎士団に出頭したらどうだね。もちろんそんなことをしたら処刑されるだろうがね」
「出頭するつもりはない」
「結局は法より自分の命を優先しただけだろう。私も法よりも優先する事がある。それだけの事だ。」
「それは俺がお前を見逃す理由にはならない」
お尋ね者が論点をずらして言い逃れをしようとするのは騎士としても良く見た光景である。そういった議論に付き合うつもりはない。ガエラが賞金首として手配されている事実に変わりはなく、賞金首の指名はギルドが行う事であり、オリバー本人の意思で決まる事ではないからだ。
「君も私もお尋ね者だ。私たちが戦う意味はあるのか?」
「俺はお尋ね者でも、お前と違ってギルドから懸賞金をかけられるような、賞金首にはなっていない」
「そうか、では賞金目当てで私を殺すというのか?」
そう受け取られても仕方は無いが、オリバーにとっては賞金というよりも、アンの依頼という方が戦う動機としては大きかった。それをガエラに語ったところで、背景事情が複雑になりすぎていて理解させる事はできないだろう。
「死ぬかどうかはお前次第だ。降伏するなら殺しまではしない」
賞金首というのは生死によって賞金が左右されることは無い。つまりは生かすも殺すも冒険者の一存に任せられていると言っても良い。オリバーとして相手が抵抗しないのであれば生かしたままの引き渡しを考えていた。
「君は私がネクロマンサーだと知っているのだろう?」
不穏な空気を感じ取ったヴァネッサは、杖の留め金を解除しいつでも抜刀できる状態になるがそれ以上はしない。今回はオリバーに戦わせるという目的もあるからだ。
「ああ、手配書に書いてあった」
「では墓地でネクロマンサーに戦いを挑むというのがどういう事か知らないのかね?」
墓地の至るところで土が弾け飛んだ。爆発が起きたのかと思い辺りを見渡すと直ぐにそれは誤りだと気が付く。地面の至るところから手が付きだされており、その手が地面に掌を付くと、起き上がる様に体が地上へと這い出て来る。
「待伏せをされる可能性は考えていた。予め保険をかけておいて正解だったよ」
「道理で速いと思ったわ…」
魔法使いであるリリアにとって先ほどの現象は違和感があったが、ガエラの言葉で納得がいった。死霊術とはいえ魔法の一種である。無詠唱でこの数の死体を瞬時にグールにするというのは並大抵の事ではできない。
恐らくは事前に何か仕込みをしてあったのだろう。
「ここでは死体の準備には困らないがね、今回は口封じも兼ねて君たちに死体になってもらおうか」
グールというのは死体が基になっている事もあり、動きが鈍く知能も低い。よって戦力としては心もとないのだがここは墓地である。数を用意するにはうってつけの場所であった。
「戦わずに済ますっていうのは無理か…」
誰に言う訳でも無く、思いが口に出る。
予想はしていた。お尋ね者が無抵抗で投降するというのは騎士団に居た時の経験からも無いに等しかった。大抵の者は逃亡を図るか抵抗をするかのどちらかである。それでも問答無用で取り押さえるというのは、オリバーの信条からはやってはいけない事のような気がしていた。
それでもいざ戦闘になってしまうと、抵抗を試みる相手に対して落胆を感じてしまうのは傲慢なのかもしれない。
オリバーは腰に下げていた魔剣を抜刀し一番近くにいるグールに狙いを定める。訓練でやったように、魔剣を降り上げて魔力を込める。
それはガエラにとっては、間合いの内に誰も居ないにもかかわらず剣を振り上げているという奇妙な光景にしか映らなかったが、彼は直ぐにその考えを改めることになる。
「はっ」
掛け声とともに魔剣を一振りすると、訓練通り剣先から風の魔法が射出されオリバーの狙った通りグールの一体を両断した。
「貴様、魔法も使えるのか。いや、今のは魔法なのか?」
その光景を見たガエラは驚きをそのまま口に出していた。ガエラとしても元騎士であるオリバーが魔法を使えるというのは意外な事であったし、何よりも魔法なのかどうかという点が疑問であった。
「まだやるのか?」
オリバー自身もこの魔剣を渡されるまで、魔剣の存在や、魔剣を持てば魔法がつかえるようになる事は知らなかった。事情を知らない人間に魔剣を使って剣士が魔法を使うところを見せればこのような反応をするのだろう。
「一体倒した程度で調子にのるなよ小僧。まだグールはいくらでもいる」
魔剣の正体が分からなくともまだ勝機があると思っているのだろう。次々と沸いて出て来るグールはオリバーの視界の中だけでも十体はいる。
魔剣を使って魔法を使うとは言っても、魔剣の持ち主本人も魔力を消費するためすべてのグールを魔法で倒していてはさきにこちらが動けなくなるのは予想が付いていた。
ならばいっそガエラ本人を狙ってしまうか。先に手をだして来たのがガエラの方であり、さらにガエラは賞金首だ。万一死んでしまったところでこちらが罪に問われる事は無い。そんな考えが頭をよぎるがすぐに否定する。今は冒険者ではあるものの、元騎士としては現場でお尋ね者を殺してしまうというのははやり抵抗がある、できる限り生け捕りにするべきだ。
●
先ほどグールを倒したあの攻撃は風魔法に近い現象であった。
ガエラはネクロマンサーというのは魔法を行使するため、魔法使いの派生形と言ってもいい。よってガエラとしてはある程度の魔法の知識あるものの、剣から風魔法を放つというのは見たことも聞いたこともない。故に先ほどあの悪魔憑きが行った攻撃が風魔法か否かは判断しかねていた。
むこうはこちらを逃がす気が無い以上ここで倒してしまうしかないだろう。
後ろにいる二人は戦う気が無いのか手を出して来ない。
特に火の玉を出した方の魔法使いについては、生成した火の玉を撃ってくる可能性も危惧していたが一向にその気配を見せない。
もしや火の玉を生成する事は出来ても射出する事は出来ない駆け出しの魔法使いではないかとすらガエラはい始めていた。
であるならばまずはこの悪魔憑きを倒してしまうのが先決である。
しかし今の様子を見るに、グールだけで倒すには少し時間が掛かりそうだ。数が多いためこのままグールだけで押し切る事も可能ではあるが、あまり戦いが長引いて騎士団に嗅ぎつけられると面倒になる。お尋ね者の身であるガエラにとっては短期決戦で一気に倒してしまった方が良い。
そう、グール自体は大した戦力にならない。つまり死霊術師本来の戦い方というのは、グールを使い相手を足止めして時間稼ぎを自身で強力な魔法を唱える事になる。
グールを生成するためには魔力を消費するが、一度生成されたグールは自立して動くため生成後は、術者は魔力を消費しない。よってグールに戦わせながら自身はグール召喚とは別の魔法を詠唱することが出来るのである。
本来魔法使いは魔力を増幅させるために杖を用いる事がほとんどであるが、今ガエラは杖を持ってきていなかった。よって詠唱には時間が掛かるが、グールのみで押し切るよりは、自身も魔法を唱えた方が確実である。
ガエラは風魔法のような攻撃方法に警戒しつつ、詠唱を開始した。
●
「ねーさん、あれ放っておいて大丈夫?」
ヴァネッサはガエラの狙いに気が付いていた。
「オリバーに戦わせるのが目的って言ったでしょ。手出しは無用よ」
「でもあれそのまま受けたら危ないよ」
ヴァネッサとしてもリリアの考えは承知ではあるが、あのままガエラを放置すればオリバーがガエラの攻撃魔法をそのまま受けることになる。ヴァネッサの知る限りオリバーは攻撃魔法に対する防御手段を持っていない。このままにしておくにはあまりにも危険過ぎる。
「まだ大丈夫よ」
リリアはまだ様子見を続けるつもりのようであるが、戦況を見るにオリバーはグールに囲まれておりガエラの相手を出来る状況ではない。このままではガエラの影響が完了するのは目に見えている。
「ねーさん、そろそろガエラの妨害しないとマズくない?」
「まだ大丈夫って言ったでしょ」
ガエラはこちらを戦力外と判断したのかグールはオリバーばかりに集中している。だからこそオリバーは動けそうにないのだが、ヴァネッサもリリアもその気になればオリバーの援護が出来る状況だ。
ガエラが詠唱している魔法が発動すればどうなるかはヴァネッサにすらわかる。魔法使いであるリリアであれば、ヴァネッサ以上にどうなるかは分かっているはずなのであるが何故か行動を渋る。何か事情があるのかもしれないがこのままではオリバーが最悪命を落とす可能性もある。いくらオリバーに戦わせるためとはいえ、オリバーが命を落としてしまうのは避けなければならない。
ヴァネッサがリリアの顔を伺うと、隠しきれない焦りが感じ取れた。本当は動きたいが動けないというのが本音なのだろうか。その理由に一つ心当たりがあった
「賞金首なんだから、ガエラは殺しても別に問題ないんでしょ?」
魔族としては人間の殺害を禁止されているが、手配されている賞金首は例外だ。危険人物であれば命を奪ったとしても罰則は無い。
魔法使いであるリリアがその気になれば広範囲にわたってガエラもろともグールを一掃する事ができるだろうが、ガエラの生死を気にして攻撃を躊躇っているのかもしれない。
「そうだけど…」
ヴァネッサの予想が当たったのか、リリアの顔が曇る。
これは殺せないのではなく、殺す事を恐れている。そう思ったヴァネッサは攻め方を変える事にした。
「私が行こうか?」
あの程度のグールであればヴァネッサ一人で突破して、ガエラの妨害を行うぐらいは可能である。
しかし、それはヴァネッサに借りを作る行為だと思ったのであろうか。
リリアはヴァネッサの提案を聞き、少しだけ迷ったが、行動を起こすまでにそう時間はかからなかった。
「私がやるわ!」
リリアは生成していた火の玉の一つをガエラに向かって射出した。
●
夜中に似つかわしくない騒音で目が覚めた。
何か事件があったのかと、窓から身を乗り出し外を見渡すとある異変に気が付く。
ある場所に複数の松明を用意したような明かりが見えたのだ。
「あの方向は確か墓地だったかな…」
日中に人探しをしていた結果として、この村の地理は大体覚える事が出来たが目的の人物は結局見つける事ができなかった。
仕方なく彼は今日はこの村の宿屋に泊まる事にしていた。
今度は松明の光が揺らめき、続いて爆発音が聞こえた。
「これはひょっとして火の魔法を使っているのかな?」
最近は魔物の活動が活発になっていると聞いているため、誰かが魔物と戦っているとしてもおかしくはないのだが、こんな夜分に戦うとは一体どういう理由があるのか。
もしや、高額な賞金首でも見つけたのか。そう考えて日中に聞いた一つの噂話を思い出す。
騎士団と揉め事を起こし賞金首となった一人の男。村から姿を消したとは聞いていたが、その男がまだこの村に残っていたとすれば、賞金目当ての冒険者と戦闘になったとしてもおかしくはない。
そしてもう一つ別の話を思い出す。処刑場から悪魔憑きを連れ去った魔法使いの話。確か巨大な火の玉を出したとか。つまりは火属性を得意とする魔法使いが悪魔憑きの仲間にいるのである。
「まあ、火属性を得意とする魔法使いなんて珍しくないけどね」
自分にとって都合の良い邂逅を期待しつつも、現実的な考えを口にしていた。
冒険者の中には魔法使いなどいくらでもいる。さらに魔法使いの中に火属性魔法を使う者もいくらでもいる。むしろ使えない者の方が珍しいぐらいだ。
この距離であの程度の光が見えるという事は火属性魔法の初歩であるファイアボールでも使っているのだろう。それが使えたからといって、目的の悪魔憑きの一味と一致するとうのはあまりにも期待しすぎである。
だが、次に目の前で起きた光景は彼の期待が、楽観的な予想ではない事を裏付けるのには十分であった。
●
真夜中の墓地で光源となっていた火の玉の一つが横断する。それはガエラの近くの地面に当たり紅蓮の花を咲かせた。
「くそっ」
直撃こそしなかったが、爆発の衝撃を受け咄嗟に身を庇ったガエラは詠唱を中断せざるを得なかった。
「攻撃に参加してくるとは」
火の玉を生成するのがやっとな程度の駆け出し魔法使いだと想定し、オリバーへの対処に集中していたところで意表を突かれた格好になったガエラの口から思わず悪態が漏れた。
幸いにも今の攻撃は当たらなかったが、このままあの二人を放置しても良いのだろうか。
今もあの魔法使いの周りにはいくつかの火の玉が生成されて浮遊している。あれが一斉に射出された場合対処しきれるかは怪しい。今外したのも威嚇目的で意図的に外したのであれば、当てるつもりで射出されればどうなるか分らない。
ここにきてガエラはようやくあの噂を思い出した。悪魔憑きを処刑場から救出した魔法使いの噂を。あの噂が本当で、あそこにいる魔法使いと同一人物であるならば、かなりの脅威となるのは間違いない。
グールの数で押す手もあるが、あの魔法使いの力量が測り知れない以上、ここでグールの数み任せて強引に攻める方法は得策ではない。魔法使いというのは数の多い敵を一度に殲滅させるのに適している。加えてあの魔法使いが、先ほどの予想通り同一人物であった場合広範囲に発動する上級魔法を使われたら、グール程度は一度の魔法でまとめて消し炭にされてしまうだろう。
加えてあの魔法使いの横に居るもう一人についても未知数だ。見かけからして僧侶であり、攻撃手段は無いと想定しているがそうでなかった場合は面倒になる。
幸いにも前衛として戦っているのはあの悪魔憑きだけである。
一人だけならまだ何とかなるかもしれない。
「ここはあの手を使うか」
彼は踵を返し、もってきた荷台をその場に残して走り去る。相手が追って来る事を期待しながら。
魔法を行使すると効果が発現した副産物として光と音が発生してしまう。これは多くの魔法に当てはまる事だが死霊術も例外ではなかった。
わざわざ人目のつかない時間帯を選んで墓地までやってきたというのに、この場で死霊術を使ってしまうと光を目撃される可能性がある。騎士団ともう一度面倒を起こすと、騎士団としても虱潰しにこの村を捜索するだろう。そうなってしまったら、もうこの村にはいられなくなる。
安全のためには自力で死体を掘り起こして持ち帰るしかない。
彼は肉体労働を得意とする方ではないが、物理的に死体を掘り起し持ち帰る作業というのは手作業でやるしかない。
彼は墓地に到着すると死体の搬送用に持ってきた荷台から、スコップを取り出し黙々と墓を掘り下げる。
通常死体の埋葬は、棺桶に入れた後に土に埋めるという土葬がこの国の一般的な方法である。そして埋められる深さはそれほど深くは無いのだが、一人で掘り返すとなるとそれなりに時間が掛かる。
そして目的の死体を掘り返す前に、彼に声を掛ける者がいた。
「お前がガエラか?」
声の主が騎士団ではない事を願いながら振り返る。闇夜の中に三人の人影があった。
●
こんな夜更けにスコップで墓を掘り起こしているだけでも普通ではないが、加えていかにも死体を載せるのに適している荷台まである。目の前の人物がガエラである事に疑いようは無かったが、それでも本人確認をしたのは騎士だったときの癖だろう。
「お前がガエラか?」
闇夜の中でうっすらと見える輪郭。おそらくはこちらを向いたのだろう。日中であればその顔が手配書と一致するか確認できたのであろうが、今は深夜である。その顔までは窺い知る事はできなかった。
沈黙の中最初に動いたのはリリアだった。無詠唱で複数の火の玉を具現化させたのである。それはおかしな真似をすれば攻撃するという警告を意味すると同時に、闇夜の中で明かりとして相手の顔を照らしあげた。
その顔は手配書と一致していた。
「お前は手配書のガエラだな?」
二回目の問いは先ほどよりも語気が強くなっていた。顔を確認した以上は、もはや言い逃れはしないと思ったからだ。
「ああ、そうだ。」
相手も観念したようですんなりと自信がお尋ね者である事を認めた。
「来てもらおうか、ギルドに引き渡す」
「君たちは冒険者かね」
今ガエラを追っているのは以前一戦を交えた騎士団か、賞金目当ての冒険者かどちらかだ。そしてギルドという言葉が出てくるのは冒険者に限られる。
「ああ、冒険者だ。騎士団の方がよかったか?」
ここで隠しても特に意味はないと思いオリバーは自分が冒険者である事を認めた。
「私はね、騒ぎを起こす気はない。ただ研究をしたいだけだ。そのために死体が要る」
「でも騎士団に手を出した。残念だったな。あんたはもう賞金首だ」
ガエラがただ死霊術の研究をしているだけであったなら、オリバーがここに来る事はなかっただろう。死体を使う事が前提となっている死霊術について嫌悪感を示す者は少なくない。だがオリバーがここに来たのはガエラが死霊術の研究をしていたからではなく、賞金首であったからだ。
「見逃してはくれないか?」
「悪いけど無理だな。それに墓荒らしは立派な違法行為だ」
「違法行為? 君が法を語るのか?」
言葉には失笑が混じっていた。
「どういう意味だ」
墓荒らしが違法行為であるというのは国の法律と照らし合わせたら導き出される事実である。オリバーとしては間違ったことを言ったつもりはないし、冗談を言ったつもりもなく、ガエラの失笑の意味が分からなかった。
「君も似たようなものだろう悪魔憑き君」
その言葉で、ようやくガエラの言わんとしている事を察した。
「知っているのか」
「ああ知っているとも。自分の命欲しさに処刑場から逃げ出した悪魔憑きが法を語るのかね。それならばまず君は法に従うべく、騎士団に出頭したらどうだね。もちろんそんなことをしたら処刑されるだろうがね」
「出頭するつもりはない」
「結局は法より自分の命を優先しただけだろう。私も法よりも優先する事がある。それだけの事だ。」
「それは俺がお前を見逃す理由にはならない」
お尋ね者が論点をずらして言い逃れをしようとするのは騎士としても良く見た光景である。そういった議論に付き合うつもりはない。ガエラが賞金首として手配されている事実に変わりはなく、賞金首の指名はギルドが行う事であり、オリバー本人の意思で決まる事ではないからだ。
「君も私もお尋ね者だ。私たちが戦う意味はあるのか?」
「俺はお尋ね者でも、お前と違ってギルドから懸賞金をかけられるような、賞金首にはなっていない」
「そうか、では賞金目当てで私を殺すというのか?」
そう受け取られても仕方は無いが、オリバーにとっては賞金というよりも、アンの依頼という方が戦う動機としては大きかった。それをガエラに語ったところで、背景事情が複雑になりすぎていて理解させる事はできないだろう。
「死ぬかどうかはお前次第だ。降伏するなら殺しまではしない」
賞金首というのは生死によって賞金が左右されることは無い。つまりは生かすも殺すも冒険者の一存に任せられていると言っても良い。オリバーとして相手が抵抗しないのであれば生かしたままの引き渡しを考えていた。
「君は私がネクロマンサーだと知っているのだろう?」
不穏な空気を感じ取ったヴァネッサは、杖の留め金を解除しいつでも抜刀できる状態になるがそれ以上はしない。今回はオリバーに戦わせるという目的もあるからだ。
「ああ、手配書に書いてあった」
「では墓地でネクロマンサーに戦いを挑むというのがどういう事か知らないのかね?」
墓地の至るところで土が弾け飛んだ。爆発が起きたのかと思い辺りを見渡すと直ぐにそれは誤りだと気が付く。地面の至るところから手が付きだされており、その手が地面に掌を付くと、起き上がる様に体が地上へと這い出て来る。
「待伏せをされる可能性は考えていた。予め保険をかけておいて正解だったよ」
「道理で速いと思ったわ…」
魔法使いであるリリアにとって先ほどの現象は違和感があったが、ガエラの言葉で納得がいった。死霊術とはいえ魔法の一種である。無詠唱でこの数の死体を瞬時にグールにするというのは並大抵の事ではできない。
恐らくは事前に何か仕込みをしてあったのだろう。
「ここでは死体の準備には困らないがね、今回は口封じも兼ねて君たちに死体になってもらおうか」
グールというのは死体が基になっている事もあり、動きが鈍く知能も低い。よって戦力としては心もとないのだがここは墓地である。数を用意するにはうってつけの場所であった。
「戦わずに済ますっていうのは無理か…」
誰に言う訳でも無く、思いが口に出る。
予想はしていた。お尋ね者が無抵抗で投降するというのは騎士団に居た時の経験からも無いに等しかった。大抵の者は逃亡を図るか抵抗をするかのどちらかである。それでも問答無用で取り押さえるというのは、オリバーの信条からはやってはいけない事のような気がしていた。
それでもいざ戦闘になってしまうと、抵抗を試みる相手に対して落胆を感じてしまうのは傲慢なのかもしれない。
オリバーは腰に下げていた魔剣を抜刀し一番近くにいるグールに狙いを定める。訓練でやったように、魔剣を降り上げて魔力を込める。
それはガエラにとっては、間合いの内に誰も居ないにもかかわらず剣を振り上げているという奇妙な光景にしか映らなかったが、彼は直ぐにその考えを改めることになる。
「はっ」
掛け声とともに魔剣を一振りすると、訓練通り剣先から風の魔法が射出されオリバーの狙った通りグールの一体を両断した。
「貴様、魔法も使えるのか。いや、今のは魔法なのか?」
その光景を見たガエラは驚きをそのまま口に出していた。ガエラとしても元騎士であるオリバーが魔法を使えるというのは意外な事であったし、何よりも魔法なのかどうかという点が疑問であった。
「まだやるのか?」
オリバー自身もこの魔剣を渡されるまで、魔剣の存在や、魔剣を持てば魔法がつかえるようになる事は知らなかった。事情を知らない人間に魔剣を使って剣士が魔法を使うところを見せればこのような反応をするのだろう。
「一体倒した程度で調子にのるなよ小僧。まだグールはいくらでもいる」
魔剣の正体が分からなくともまだ勝機があると思っているのだろう。次々と沸いて出て来るグールはオリバーの視界の中だけでも十体はいる。
魔剣を使って魔法を使うとは言っても、魔剣の持ち主本人も魔力を消費するためすべてのグールを魔法で倒していてはさきにこちらが動けなくなるのは予想が付いていた。
ならばいっそガエラ本人を狙ってしまうか。先に手をだして来たのがガエラの方であり、さらにガエラは賞金首だ。万一死んでしまったところでこちらが罪に問われる事は無い。そんな考えが頭をよぎるがすぐに否定する。今は冒険者ではあるものの、元騎士としては現場でお尋ね者を殺してしまうというのははやり抵抗がある、できる限り生け捕りにするべきだ。
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先ほどグールを倒したあの攻撃は風魔法に近い現象であった。
ガエラはネクロマンサーというのは魔法を行使するため、魔法使いの派生形と言ってもいい。よってガエラとしてはある程度の魔法の知識あるものの、剣から風魔法を放つというのは見たことも聞いたこともない。故に先ほどあの悪魔憑きが行った攻撃が風魔法か否かは判断しかねていた。
むこうはこちらを逃がす気が無い以上ここで倒してしまうしかないだろう。
後ろにいる二人は戦う気が無いのか手を出して来ない。
特に火の玉を出した方の魔法使いについては、生成した火の玉を撃ってくる可能性も危惧していたが一向にその気配を見せない。
もしや火の玉を生成する事は出来ても射出する事は出来ない駆け出しの魔法使いではないかとすらガエラはい始めていた。
であるならばまずはこの悪魔憑きを倒してしまうのが先決である。
しかし今の様子を見るに、グールだけで倒すには少し時間が掛かりそうだ。数が多いためこのままグールだけで押し切る事も可能ではあるが、あまり戦いが長引いて騎士団に嗅ぎつけられると面倒になる。お尋ね者の身であるガエラにとっては短期決戦で一気に倒してしまった方が良い。
そう、グール自体は大した戦力にならない。つまり死霊術師本来の戦い方というのは、グールを使い相手を足止めして時間稼ぎを自身で強力な魔法を唱える事になる。
グールを生成するためには魔力を消費するが、一度生成されたグールは自立して動くため生成後は、術者は魔力を消費しない。よってグールに戦わせながら自身はグール召喚とは別の魔法を詠唱することが出来るのである。
本来魔法使いは魔力を増幅させるために杖を用いる事がほとんどであるが、今ガエラは杖を持ってきていなかった。よって詠唱には時間が掛かるが、グールのみで押し切るよりは、自身も魔法を唱えた方が確実である。
ガエラは風魔法のような攻撃方法に警戒しつつ、詠唱を開始した。
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「ねーさん、あれ放っておいて大丈夫?」
ヴァネッサはガエラの狙いに気が付いていた。
「オリバーに戦わせるのが目的って言ったでしょ。手出しは無用よ」
「でもあれそのまま受けたら危ないよ」
ヴァネッサとしてもリリアの考えは承知ではあるが、あのままガエラを放置すればオリバーがガエラの攻撃魔法をそのまま受けることになる。ヴァネッサの知る限りオリバーは攻撃魔法に対する防御手段を持っていない。このままにしておくにはあまりにも危険過ぎる。
「まだ大丈夫よ」
リリアはまだ様子見を続けるつもりのようであるが、戦況を見るにオリバーはグールに囲まれておりガエラの相手を出来る状況ではない。このままではガエラの影響が完了するのは目に見えている。
「ねーさん、そろそろガエラの妨害しないとマズくない?」
「まだ大丈夫って言ったでしょ」
ガエラはこちらを戦力外と判断したのかグールはオリバーばかりに集中している。だからこそオリバーは動けそうにないのだが、ヴァネッサもリリアもその気になればオリバーの援護が出来る状況だ。
ガエラが詠唱している魔法が発動すればどうなるかはヴァネッサにすらわかる。魔法使いであるリリアであれば、ヴァネッサ以上にどうなるかは分かっているはずなのであるが何故か行動を渋る。何か事情があるのかもしれないがこのままではオリバーが最悪命を落とす可能性もある。いくらオリバーに戦わせるためとはいえ、オリバーが命を落としてしまうのは避けなければならない。
ヴァネッサがリリアの顔を伺うと、隠しきれない焦りが感じ取れた。本当は動きたいが動けないというのが本音なのだろうか。その理由に一つ心当たりがあった
「賞金首なんだから、ガエラは殺しても別に問題ないんでしょ?」
魔族としては人間の殺害を禁止されているが、手配されている賞金首は例外だ。危険人物であれば命を奪ったとしても罰則は無い。
魔法使いであるリリアがその気になれば広範囲にわたってガエラもろともグールを一掃する事ができるだろうが、ガエラの生死を気にして攻撃を躊躇っているのかもしれない。
「そうだけど…」
ヴァネッサの予想が当たったのか、リリアの顔が曇る。
これは殺せないのではなく、殺す事を恐れている。そう思ったヴァネッサは攻め方を変える事にした。
「私が行こうか?」
あの程度のグールであればヴァネッサ一人で突破して、ガエラの妨害を行うぐらいは可能である。
しかし、それはヴァネッサに借りを作る行為だと思ったのであろうか。
リリアはヴァネッサの提案を聞き、少しだけ迷ったが、行動を起こすまでにそう時間はかからなかった。
「私がやるわ!」
リリアは生成していた火の玉の一つをガエラに向かって射出した。
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夜中に似つかわしくない騒音で目が覚めた。
何か事件があったのかと、窓から身を乗り出し外を見渡すとある異変に気が付く。
ある場所に複数の松明を用意したような明かりが見えたのだ。
「あの方向は確か墓地だったかな…」
日中に人探しをしていた結果として、この村の地理は大体覚える事が出来たが目的の人物は結局見つける事ができなかった。
仕方なく彼は今日はこの村の宿屋に泊まる事にしていた。
今度は松明の光が揺らめき、続いて爆発音が聞こえた。
「これはひょっとして火の魔法を使っているのかな?」
最近は魔物の活動が活発になっていると聞いているため、誰かが魔物と戦っているとしてもおかしくはないのだが、こんな夜分に戦うとは一体どういう理由があるのか。
もしや、高額な賞金首でも見つけたのか。そう考えて日中に聞いた一つの噂話を思い出す。
騎士団と揉め事を起こし賞金首となった一人の男。村から姿を消したとは聞いていたが、その男がまだこの村に残っていたとすれば、賞金目当ての冒険者と戦闘になったとしてもおかしくはない。
そしてもう一つ別の話を思い出す。処刑場から悪魔憑きを連れ去った魔法使いの話。確か巨大な火の玉を出したとか。つまりは火属性を得意とする魔法使いが悪魔憑きの仲間にいるのである。
「まあ、火属性を得意とする魔法使いなんて珍しくないけどね」
自分にとって都合の良い邂逅を期待しつつも、現実的な考えを口にしていた。
冒険者の中には魔法使いなどいくらでもいる。さらに魔法使いの中に火属性魔法を使う者もいくらでもいる。むしろ使えない者の方が珍しいぐらいだ。
この距離であの程度の光が見えるという事は火属性魔法の初歩であるファイアボールでも使っているのだろう。それが使えたからといって、目的の悪魔憑きの一味と一致するとうのはあまりにも期待しすぎである。
だが、次に目の前で起きた光景は彼の期待が、楽観的な予想ではない事を裏付けるのには十分であった。
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真夜中の墓地で光源となっていた火の玉の一つが横断する。それはガエラの近くの地面に当たり紅蓮の花を咲かせた。
「くそっ」
直撃こそしなかったが、爆発の衝撃を受け咄嗟に身を庇ったガエラは詠唱を中断せざるを得なかった。
「攻撃に参加してくるとは」
火の玉を生成するのがやっとな程度の駆け出し魔法使いだと想定し、オリバーへの対処に集中していたところで意表を突かれた格好になったガエラの口から思わず悪態が漏れた。
幸いにも今の攻撃は当たらなかったが、このままあの二人を放置しても良いのだろうか。
今もあの魔法使いの周りにはいくつかの火の玉が生成されて浮遊している。あれが一斉に射出された場合対処しきれるかは怪しい。今外したのも威嚇目的で意図的に外したのであれば、当てるつもりで射出されればどうなるか分らない。
ここにきてガエラはようやくあの噂を思い出した。悪魔憑きを処刑場から救出した魔法使いの噂を。あの噂が本当で、あそこにいる魔法使いと同一人物であるならば、かなりの脅威となるのは間違いない。
グールの数で押す手もあるが、あの魔法使いの力量が測り知れない以上、ここでグールの数み任せて強引に攻める方法は得策ではない。魔法使いというのは数の多い敵を一度に殲滅させるのに適している。加えてあの魔法使いが、先ほどの予想通り同一人物であった場合広範囲に発動する上級魔法を使われたら、グール程度は一度の魔法でまとめて消し炭にされてしまうだろう。
加えてあの魔法使いの横に居るもう一人についても未知数だ。見かけからして僧侶であり、攻撃手段は無いと想定しているがそうでなかった場合は面倒になる。
幸いにも前衛として戦っているのはあの悪魔憑きだけである。
一人だけならまだ何とかなるかもしれない。
「ここはあの手を使うか」
彼は踵を返し、もってきた荷台をその場に残して走り去る。相手が追って来る事を期待しながら。