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[2-3] 魔剣

 翌朝、三人は村のはずれにある開けた草原まで来ていた。

「簡単に言うと魔剣っていうのは、魔力が込められていて、魔法が使えない者でも簡単剣技に魔法を載せる事ができるの。言葉で言うだけじゃ分からないと思うから見せた方が早いわね」

そう言ってリリアは離れた場所にある大人程の大きさはある岩を指さした。

「今からあの岩を切るから、その魔剣を貸して」

 オリバーは鞘から剣を抜きリリアに渡すついでに一つの質問をした。

「剣を使った事あるのか?」

 リリアと会ってから、何度か魔物との戦闘があったがリリアが剣を使って戦っているところは見た事が無かった。

「剣を使った事はほとんどないわ。でも魔剣を使えばこの程度はできるって事」

 リリアは剣を片手で持つと、縦に軽く振った。オリバーにはそうにしか見えなかった。

 するとリリアが先ほど指さしていた岩が、音を立てて縦に亀裂が走った。

「分かった?」

「いや、剣を軽く素振りしたようにしか見えなかった」

 それがオリバーの正直な感想だ。

「今のは風魔法を剣劇にのせたのよ」

「そうなのか」

リリアの横でヴァネッサが小刻みに震えている。怒っている訳ではなさそうだったため、今はリリアの話を聞く事にした。

「簡単な風魔法は、風を起こすだけだから見えなかったかもしれないけど、さっきのは風魔法の一種よ」

「見えるようにやってもらえるか?」

 簡単な風魔法に岩に亀裂が入る威力があるかどうかは、是非とも他の魔法使いに聞いてみたいところではある。震えが収まらないヴァネッサを見るに、リリアの簡単というのは常識的な簡単から外れている可能性が高い。

「しょうがないわね。じゃあちゃんと見てるのよ」

 再度リリアが片手で剣を振り上げるが、先ほどと異なり振り上げた状態で一度剣を止めた。

「こうやって魔力を剣に込めてからー」

 今度はオリバーの目でも魔剣の刀身が緑色に光っているのが見えた。

「振り下ろす!」

 言葉通りに魔剣を縦に振り下ろすと、刀身の軌跡をなぞる様に刀身の光が弧を描くが、それだけではなく、弧の先端から光が三日月型の光が射出されるのが見えた。

 放たれた光は矢の様な速さで岩に向かい、先ほど出来た亀裂の横にさらに大きな傷を付けた。

「分かった?」

「まあ、さっきよりは」

 彼女が先ほど言ったであろう風魔法と思われる現象が目に見えたのは確かだ。

「じゃあやってみて」

「え?」

 そう言われても原理が全く分からない。

「ほら早く」

真顔で剣を差し出したリリアの表情から察するに、今のを見様見真似でやるだけで同じことができるのだろう。

「分かった」

 リリアの勢いに飲まれ、オリバー魔剣を受取る。

 両手で魔剣を振り上げる。先ほどの時のような光は現れない。とりあえず剣を握る力に一層力を籠めるが変化は無い。

 それ以上何かしようと思ったが、やり方を知らない以上はどうしようもない。

 最初にリリアが剣を振った時はあの光は見えなかったが風魔法は発動していた。

 つまり剣を振るだけで風魔法が発動するのが魔剣なのだろうとオリバーは解釈し力を込めて振り下ろした。

 刀身が風を切る音がした。それだけだった。

「まじめにやって」

「まじめにやったつもりだが」

 今のをふざけていると思われるのは、オリバーとしては心外であった。

「さっき見せた通りにやればいいだけでしょ」

 やはりリリアにとっては先ほどの手本というのは、見ただけで真似できる簡単な事のようである。それがリリアがサキュバスだからなのか魔族なのかは分からない。だが魔族であるヴァネッサが終始沈黙を守っているという事は、恐らく魔族全員がリリアと同じ感覚ではないと信じたい。

「そう言われてもな」

 見た通りにやったのがさっきの結果なのだが、リリアにはそれが分からないらしい。

 理不尽な物を感じつつ、オリバーは沈黙を守るヴァネッサに助けを求める事にした。

「そういえばヴァネッサも剣使えるよな」

 彼女が持つ杖は仕込み杖であり、実際に使われた場面を目にしたオリバーにとってはヴァネッサも剣士として十分な腕があるという認識であった。

「え? あたし?」

 話を振られると思っていなかったのか、ヴァネッサが驚いたような声を上げた。

「やって見せてもらえるか?」

「え、いや、あたしは見てるだけでいいかな」

 何故かヴァネッサは後ろに下がってオリバーから距離を取った。

「この前の剣の振るい方凄かっただろ。魔剣を使ったらどうなるか見せてくれよ」

「あたしがやっても参考にならないと思うなー」

 露骨に目が泳いでいた。

「私が見せた手本で十分よ」

「でもな」

 その教え方じゃ分からなないと正直に言った方がよいのか、オリバーは迷い始めた。

「私にできるって事は剣の腕は関係ないわよ。だからヴァネッサにやらせたって変わらないわ」

 剣の腕以前に、ヴァネッサならオリバーにも理解できるように説明してくれることを期待していたのだというオリバーの心の声は喉から出かかっていたが、それは出さずに済んだ。

「そうそう、どっちかっていうと魔法の腕の方が関係あるんじゃないかな」

 オリバーの考えが伝わったのか、ヴァネッサが助け舟を出してくれた。

「俺は元々騎士だったけど、魔法は使えないぞ」

 その助け舟に、オリバーは飛び乗った。そこに魔剣を扱うコツがあると信じて。

「使えないの? 簡単な奴でも?」

 リリアが意外そうな顔をした。

「騎士で魔法が使えるのはごく一部だぞ」

 騎士の中には魔法を使える者もいるが、騎士とは別の修練を積んだ一部の者だけだ。

「あー、じゃあ最初から説明しないといけないのね」

 リリアはギルド所属の冒険者ではあるが、騎士に魔法が使える人物が少ないという事実を知らないというのはオリバーにとっては意外であった。

 オリバー自身が騎士である事もあったが、騎士の中で魔法を使える者は騎士団の中でも例外扱いであったし、騎士団以外の人物も同様の認識だと思っていた。

「最初って何かあるのか?」

「魔法っていうのは。イメージが大事なのよ。剣って主に物を切るために使うでしょ。だから同じく「切る」事が主体の風魔法を使う場合は媒体として丁度いいのよ。」

 言われてみれば風魔法というのは、風で何かを切り裂くイメージがオリバーにもあった。

「だから剣を振るときに、剣で何かを切るっていう事より剣先で風を起こして。剣先にあるものを切るっていうイメージだとさっきの魔法が発現しやすいのよ」

「なるほど」

そういう事は先にいって欲しかったという気持ちは胸の内にしまっておく事にした。

「魔剣を体の一部だと思って、そこから魔力を放出する感じよ。魔剣にはそれ自体に魔力が込められているから自分で魔法を使う時とは違って、魔剣から魔力を放出するから、自分自身の魔力消費は少ないけど、魔剣の中の魔力を動かすためには自分の魔力を使って魔剣の中の魔力を動かすから、多少は自分の魔力を使わないとダメよ。分かった?」

 魔法の知識がほとんど無いオリバーにとっては、とても分かったと返事をできる内容の話ではなかった。

「いや、魔法を使った事がないから魔力を動かすって言われてもよく分からないぞ。そもそも俺に魔力ってあるのか?」

「普通の生き物は大なり小なり魔力は持ってるから大丈夫よ」

「持ってるのか?」

 そう言われても全く実感が湧かない。

「あー分かった。とりあえず構えて」

 リリアは片手で眉間を抑えながら次の指示を出した。その声色からは説明が面倒臭くなってきたというリリアの心の声が聞こえるようであった。

「こうか?」

 オリバーが魔剣の柄の部分を両手で持ち岩の方に向き直る。するとリリアが剣を持っていたオリバーの手の上から、リリア自身の手を被せてきた。

「こういう事よ」

 不思議な感覚だった。自分の体の中の何かが熱をもって手の方に動くという、今までに経験のした事のない感覚。

 次いでその熱をもった何かが剣の中に動いたのが分かった。まるで剣までが体の一部になったような感覚。

 そして剣の刀身は先ほどリリアがやった時のように光を放っている。

 オリバーにとっては不思議な感覚がすると同時に魔剣が光始めたという解釈しかできなかったが、それを見ていたヴァネッサはその現象の答えを口にした。

「あー、共有スキルってそういう事もできるんだ」

 それを聞いてオリバーも気が付く。魔剣だけではない。リリアの体もまた自分の体と一体化したような感覚がある。

 思わずオリバー間近にあるリリアの顔を見る。

 そこにあるのはリリアの顔に間違いは無いのだが、まるで自分の体の一部がそこにあるかのように感じられる。

「こっちじゃなくて魔剣を見て」

「ああ」

 慌てて視線を魔剣に戻す、魔剣は先ほどと変らず刀身に淡い光を纏っている。

「さっきヴァネッサが言っちゃったけど、私の共有スキルで私とあなたの魔力を共有して、オリバーの魔力を動かして魔剣の魔力と共有させてるの。剣が体の一部みたいな感覚になってるでしょ?」

「なってるな」

 普通の剣を持つ感覚とは違い、まるで剣が体の一部になったかのような感覚が確かにある。リリアは口にはしなかったが魔剣と同様にリリアの体もまたオリバーの体と同化したような感覚があり、不思議な感じがしたが、今口にしない方がよさそうであった。

「手を離すからその感覚を維持するのよ」

「分かった」

 リリアが手を離すとまるで体の一部を失ったかのような錯覚に襲われる。それでも魔剣との魔力の繋がりは維持されているようで、魔剣が体の一部になったかのような感覚は残っている。

「しばらくそのまま」

 そう言われても、今まで魔法を使った事の無いオリバーはそのままを維持するのはどうやれば良いのかが分からない。

 結果的に刀身の光は直ぐに消えてしまう。

「魔法を使った事がないのなら、最初はこんなところなのかしらね」

「悪い。もう一回やってもらえるか」

「いいわよ。時間はあるし。魔剣を自分の体の一部だと思って意識し続けるのがコツよ」

 そうして、リリアの補助を借りつつ、魔剣の特訓はしばらく続いた。


  ●


 太陽が地平線にだいぶ近づいていた。

 あれから一日ずっと訓練をしていた。

「はっ」

 掛け声とともにオリバーが魔剣を振ると、その先端からは風魔法の刃が射出され、離れた岩に傷を付けた。

 昼過ぎにはリリアの補助なしで魔剣と魔力を繋げるようになり。魔剣から風魔法の刃を出せるようになったのはつい先ほどであった。今日一日の成果である。今朝の状態からは上達したとオリバー自身は思っていた。

「ずいぶんマシになったわね」

「まだマシって程度か?」

オリバーの自己評価と比べると、リリアからの評価は残念な物であった。

「そうよ。岩の傷を見なさい。最初に私が付けた傷よりも浅いでしょ」

「確かに」

 朝方にリリアが付けた傷と今オリバーが付けた傷の深さは、今いる場所から見ても深さが違うのが分かる。

「まあグール相手なら今ぐらいの強さでもいいけど、体の堅い相手だったら傷付けられないわよ」

「俺でも練習すれば、あれぐらいできるようになるのか?」

「なるわよ。魔法が発動するようになったら、時間は掛からないわ」

 その言葉通りならばうれしい限りであるが、今日一日のリリアの言動を見るに、リリアの魔法に関する常識は、オリバーにはそのまま当てはまらないような気がしていた。

「そろそろ日が暮れるけど、いつまでやる?」

 一日中特訓していて疲れがたまっていたのもあるが、本来の目的であるガエラの捜索もある。日が暮れたらガエラが動き出すかもしれない。

「もう戻りましょうか。夜になったらガエラが出てくるかもしれないし」

 リリアも同意見の様で、宿に戻る事に賛同した。

 墓荒らしを行うとしたら人目がある日中より夜の方が高い、それでも昼に出て来る可能性も皆無ではないためヴァネッサに見張らせてはいたが、夜は直ぐに動けるようにしておいた方が良い。

「もう戻るの? 今のうちにやっておく事あるでしょ」

 だがヴァネッサには違う考えがあるようだ。

「何よ?」

 ヴァネッサが意味ありげな事を言うが、リリアには何の事だか分かっていないようで、オリバーも同様であった。

「何って、魔剣初心者にやることあるでしょ?」

「何が言いたいのか分からないわ」

 ヴァネッサは意外そうな顔をして、しばらくの沈黙の後にこう言った。

「じゃあ私がやる。オリバー、さっきの魔剣と同調して光らせるの、もう一回やって」

「こうか?」

再度魔剣と魔力を繋いで刀身から魔力を放ち、光らせた。

「その状態のまま目を閉じれる?」

「ああ」

 オリバーは目を閉じる。視界を塞いだために刀身が光っているかは確認できないが、刀身の感覚は残っている。

「刀身の光を強く出来る?」

「こうか?」

目を閉じたまま魔力を操作する。自分の目で刀身の光を確認できないが、手ごたえはある。魔剣の感覚は残っているし、そこから魔力を発する感覚もある。

「もっと強くできる?」

 この時オリバーはその要求の真意を分かっていなかった。ただ視覚に頼らず、直接魔剣を見ずに魔力を操作する事に何か魔剣を上手くあつかう秘訣があるのではないかという予想はしていた。よって無警戒にその言葉に従い、視界を塞いだまま、より一層感覚を研ぎ澄ませて魔剣に意識を集中し、そこから発する光を強くしようとした。

「こぅぁっ!?」

 こうか? と言いながら魔剣に魔力を込めようとして、不意におかしな感覚に割り込まれ反射的に魔剣から手を離し、その場から下がっていた。あまりに唐突で強烈な感覚に言葉も呂律が回っていなかった。

 目を空けるとヴァネッサが右手を握り拳にして人差し指だけ立てた状態で小刻みに震えていた。

「い、今何した?」

 困惑の中、オリバーはヴァネッサを問い正すタイミングと立ち位置から考えてヴァネッサが何かをしたようにしか見えなかったからだ。動揺が大きかったせいでどもってしまったが今は何が起きたのか確かめるのが先決である。反射的に手離して落としててしまった魔剣を拾う事も後回しだ。

 笑いをこらえているようにしか見えないヴァネッサの様子は、何かをした犯人だと言っているようなものであった。

「いい反応するねー。やっぱり最初はそうなるよねー」

 ヴァネッサは外見相応の、子供のような満面の笑みだった。

「『こぅぁ』って何よ」

 リリアもまた肩を震わせている。

「そんな笑わなくてもいいだろ」

 たいていの場合、笑っている者に対して、笑うなと言っても逆効果である。リリアに対してもそれは同じであった。

「今の可愛い声はオリビアって感じだったわ」

 リリアは更に笑いながら、オリバーを揶揄い続ける。

「いやだから俺の名前はオリバーだって言ってるだろ」

「知ってる。女みたいな声だったって意味よ」

 変な声を出した事は事実であるため、ここで言い返してもさらに面白がられるだけなのは分かり切っていた。それよりも今は何が起きたかを突き止めるのが先だろう。

「いや、それよりさっき、何かしただろ」

「そうだねー。って言っても魔剣を指でなぞっただけだけどねー」

 答えたのはヴァネッサだった。位置関係からして、に何かしたのはヴァネッサなのだろう。

「なぞっただけ?」

 あのおかしな感覚はとてもそれだけとは思えなかった。

「魔剣と魔力でつながると体の一部になった感じがしたでしょ。だからその状態で不意に魔剣に触られると、魔剣に扱い慣れてない人は今みたいな反応するんだよ」

「今みたいって…」

 驚きが大きすぎて何を言っているかはよく分からなかった。

「嘘だと思うなら、もう一回やってみる?」

「いや、いい」

 即答だった。

「もしかして、痛かった?」

「いや、痛いというよりは…」

 痛くはなったのは確かだが、どういう感覚かというのを言葉にしようとすると上手い表現がみつからなかった。

「いうよりは?」

 ヴァネッサがニヤニヤしながら続きの言葉を待っている。

「急に背中をなでられたような感覚だった」

 その表現が最も適切なような気がした。

「まるで普段他人が触らない場所を急に触られたみたいな反応するって言われてるからねー」

 言葉とは裏腹にヴァネッサは少し残念そうであった。別の言葉を期待していたのであろうか。

「だからってこんな真似しなくてもな…」

 悪戯をされたようであまりいい気はしなかったが、変な声を出してしまった手前、どうにも怒る気にはならなかった。

「状況によっては魔剣と魔力繋いだまま、直接魔剣で物理的に相手に切りかかる事もあるんだから、早く魔剣の扱いには慣れてもらわないとねー」

 そしてヴァネッサは先ほどのがただの悪戯ではなく意味のあった行為である事を説明する。

「いや、さっきの感じだと、魔剣と魔力を繋いだままだと感覚を共有するんだから、魔剣で相手を切った瞬間に自分も痛みを感じるって事か?」

「そうだよ。でも自分の拳で相手を殴ったり、足で相手を蹴ったりする事だってあるでしょ。慣れないと自分の体まで怪我するけど、慣れてくると自分の体は傷つけないようになるでしょ。だから慣れれば魔剣で切っても痛みを感じる事は無くなるんだよ」

「まあ確かにそうだが…」

「それに自分で『蹴る』って分かってて何かを蹴るのと、不意に自分の足を何かにぶつけるのでは感じる痛みが違うでしょ。だから魔剣との魔力を繋ぎ方になれれば、魔剣で相手を切っても自分が痛みを感じる事はなくなるよ。慣れてない状態で魔剣に触られるとさっきみたいになるけどね」

「なるほどな」

「逆に言うと、慣れると魔剣に触られても平気になるから、さっきみたいな反応が見れるのは最初だけなんだよねー」

「今のうちってそういうことかよ」

「せっかく面白い反応見れるんだから、やっておかないと損でしょ?」

真面目な話をしていたのかと思いきや、やはりさっきのはただの悪戯のようであった。

「お前な…」

 ヴァネッサの期待通り、面白い反応をしてしまった後では、怒るだけ逆効果だろう。早く魔剣の扱いに慣れるしかない。

「まあ魔剣は魔法の補助用だから、魔力を繋げるのは遠距離攻撃する時の方が多いんだけどね」

 確かに魔法というのは遠距離での攻撃に使われる事がほとんどであり、近接戦闘を行うのであれば、魔法を使わずにそのまま切りつけた方が早いだろう。

「こんなに簡単に魔法が使えるようになるなんて、本当に悪魔憑きみたいだな」

 悪魔憑きの特徴として、人間には不可能な力を行使するという物がある。そのほとんどは見間違いや、捏造であるが、今現在悪魔憑きとして手配されているオリバー自身が、魔剣の力を使って急に魔法が使えるようになるというのは、偶然とはいえ悪魔憑きの特徴に合致する、

 騎士として魔法を使える者は少ない。

 魔剣を知らない人間の前でこの力を使ったら、悪魔憑き扱いをされてもおかしくない。それが過去のオリバーを知る人物であれば尚更だろう。

オリバーが一度悪魔憑きとして処刑されかけているという事情もある。過去の経緯を知っている者が今のオリバーをみたら、やはり悪魔憑きだったという扱いをされるのは目に見えていた。魔剣の存在は人間には知られていないからだ。

「やっぱりそれ気にする?」

 ヴァネッサが急に真面目な顔になった。どうやらふざけてはいけない話題かどうかの切り替えはしてくれるらしい。

「まあ多少はな。」

 父もオリバーの事は悪魔憑きとして助けなかった、悪魔憑き疑惑の発端は腕の認識印が消えた事であるが、その疑惑が解消できない以上騎士団からの追われる身であるというオリバーの状況は変わらないだろう。オリバーが今魔剣の力を手にしたところで、状況は何も変わらない。

「じゃあ、普通の人間の前でこれ使える? 使ったら『やっぱり悪魔憑きだ』って言われると思うよ」

 そう思っていたところでヴァネッサがもう少し踏み込んだ質問をしてきた。

 処刑場で見物人から向けあれた嫌悪に満ちた視線を思い出す。あれをもう一度浴びることになるというのか。そう考えるとオリバーの心には迷いが生じた。

「やっぱり迷う?」

 迷いが顔に出ていたのか、ヴァネッサが重ねて問いかける。だが今の状況が続けばこれはいずれ直面する問題だ。今のうちに覚悟を決めておいた方が良い。

「いや、必要なら魔剣の力を使うよ」

 悪魔憑きとして人間社会から追放され、魔族達の思惑を知り、魔族が作った武器で元騎士の身でありながら魔法の行使が可能になる、もう人間側に戻るには遅すぎる。自分はこのまま魔族側の人間として生きていく。オリバーは自分にそう言い聞かせていた。


 ●


 冒険者とは、魔物と戦う事が主な仕事である以上、危険の付きまとう職業である。最悪の場合魔物との戦闘で死亡する事もある。

 死亡した冒険者の多くは、最寄りの村で埋葬される事が多い。身寄りが遺体の引き取りを申し出る事もあるが、そもそもにして「遺体の引き取りを申し出る親族がいる者」というのは、わざわざ死が付きまとう職業である冒険者にはなったりしない。万一本人が死んだとしても、遺体の引き取りを申し出る親族がいないはぐれ者がなる事がほとんどである。

 そしてオータムは首都に隣接する交通の要所であり、多くの冒険者が行きかう。つまりは多くの冒険者の遺体が埋葬されるのである。

 これの事実は死霊術を研究する彼にとっては都合の良い場所にしていた。

 以前騎士団とのいざこざがあったがそれでもこの場所を彼が離れなかったのはそういう理由があった。

 安全に死体の手に入る機会が多い場所というのは、死霊術師にとっては貴重な場所であった。ほとぼりを冷ますためにしばらくは研究を控えていたがそろそろ研究を再開する頃合いである。

 彼自身に寿命という時間制約がある以上は、いつまでも研究を停止させるわけにはいかない。彼には死ぬまでに達成しなければならない目標がある。

 日が暮れからしばらくして、人通りが最も少なくなる時間を選んで彼は研究素材を求めて、久々に墓地へと向かった。

 そこに人ならざる者の監視があるとは知らずに


 ●


 宿屋に戻ると見張りはどうするのかという話になった。ヴァネッサが使い魔で墓地を見張っているとはいえ、全員が寝てしまったら、ガエラを発見してもすぐには動けない。誰かが起きて使い魔からの連絡を待った方が良いのではないかという議論になったのである。

 結論を述べると、ヴァネッサの使い魔が引き続き墓地の監視を継続し、必要になればヴァネッサに使い魔から連絡が来るため、三人とも寝ていても問題はないという話になった。ヴァネッサ自身も寝ていても使い魔から連絡がくれば目を覚ますとの事。

 訓練の結果もあってか、床に就くと直ぐに眠りについたオリバーではあったが、その眠りが朝まで続く事はなかった。

「起きて」

 目を覚ますとベッドの横にヴァネッサが居た。部屋の暗さからまだ夜は明けていないだろうというのは分かったが、この時間にも関わらず起こしに来たという事実が、オリバーの頭を覚醒させた。わざわざ起こしに来る理由は一つしかない。

「ガエラが来たのか?」

「うん。ねーさんも今準備してるから宿屋の外で集合ね」

「人違いじゃないよな?」

 ガエラには賞金が懸けられている。自分達以外の冒険者が墓地に張り込みをしていてもおかしくはない。

「それは無いよ。だって墓荒らし用の道具持参して来てるから」

「そうか。じゃあ行ってみよう」

 それならば人違いという可能性は低いだろう。

 言いながらベッドから降りて、ふと違和感があった。部屋の中を見渡すと寝る前と特に変哲は無い。

 消えたままの照明、閉じたままの窓と入り口の扉。違う点があるとしたら、部屋の中にポツンとヴァネッサが佇んでいる事だけだ。

「ちょっと聞いていいか?」

 起きた直後の頭でも、違和感の正体に気が付く。

「どうかした?」

 それがシラを切るつもりなのか、ふざけているのかまではオリバーには分からない。よってオリバーはその違和感の正体を口にする。

「部屋に鍵掛かってたよな?」

「部屋の外から呼んでも起きなかったから」

 これは明らかに分かった上で揶揄っているのだろう。どうせ聞いてもまともな答えは期待できないが、それでも聞かなければならない

「外から鍵開けたのか?」

「開けてないよ」

「どうやって入った?」

「知りたい?」

 ヴァネッサは外見相応の悪戯めいた笑顔でオリバーの顔をのぞき込む。

「ああ、知りたいね」

 知ったら後悔するかもしれないという気持ちもあったが、部屋に侵入されている以上は、その手口を知っておいた方が今後のためだろう。

「じゃあ、後ろを向いて目を閉じて」

「なんでだ?」

「いいから」

 有無を言わさないヴァネッサの雰囲気に、オリバーは一先ず従う事にして目を閉じて。そのままの状態でヴァネッサに尋ねる

「こうか?」

「私が良いって言うまでそのままね」

「分かった」

 そう言った直後にふと思いだす、日中の訓練でヴァネッサに悪戯をされた事を。もしかするとまた何かをするつもりではないのだろうか。そんな疑惑がオリバーの胸の内に芽生えるがそれは杞憂に終わる。

「いいよ」

 ヴァネッサの声は、部屋の外からだった。オリバーが目を開けて振り返ると、ヴァネッサの姿は既に無く、扉の鍵は掛かったままだった。

「じゃあ外で待ってるから」

 一切の説明が無いまま、ヴァネッサの足音が部屋から遠ざかって行った。

次話は4/15に投稿予定です。

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