[3-30] 生還者
騎士団長というのは、華々しい印象がある一方で、事務仕事も多い。その日もローベルグは、定例会議を終わらせ、昼過ぎには団員からの報告書を読んでいた。それは街中の警備中に起きた些細な問題報告、武器や防具の補充要請等多岐にわたるが、最近では魔物に纏わる報告も多い。
その中で一つ気になる記述を見つけた。昨夜、ミベラの森で爆発を見たという報告があったのだ。
奇しくもミベラの森にはゴーレム調査の任務としてミランダを送り込んでいる。同伴している魔術師のアイリーンは風魔術を得意としているため、アイリーンが使った魔法とは考えにくい。また、一般的なゴーレムもまた爆発を起こすような特性を持っていない。そうなると、ミランダでもゴーレムでもない何かが居たと言うことだろうか。
「報告します」
そんな事を考えていると、伝令兵の一人がローベルグの部屋を訪れた。
「何だ?」
ローベルグは読んでいた書類から視線を外し、目線を上げる。
「ミランダ殿、アイリーン殿の二名が帰還しました」
その言葉だけで、ローベルグには任務が良くない結果を迎えた事を察した。なぜなら、ここはローベルグの団長室だ。通常であれば、任務の完了報告は本人が直接団長室を訪れて行う。伝令兵が来るという事は本人がここに来れない状態にある事を現している。そして何より、帰還した人員が足りない。
「二名だけか? アランは?」
任務に向かわせたのは、ミランダ、アイリーン、アランの三名であるが、帰還したのは二名。魔物に関係する任務であった以上、この結果は予想の範疇であったとはいえ、欠員が出た状態の帰還というのはよからぬ状況を連想させる。
「いえ、アラン殿の姿はありませんでした」
伝令兵もアランの姿が見えないという事がどういう事か察しているのだろう。その語気は消沈している。
「そうか。二人は今どこだ?」
帰還したという事は生きているという事だ。それでも直接ここに顔を出せない状況であるというのもまた事実だ。考えられうる最悪の可能性を考慮しつつ、ローベルグは詳細を問い質す。
「救護室に収容しております」
その声は先ほどよりも活力があるように感じられる。どうやら最悪の状態では無いようだ。
「話せる状態か?」
救護室に運ばれている時点で無傷ではないのだろうが、まずは本人に話を聞くのが先決だろう。
「救護班の見立てによると、魔術で眠らされているとの事ですが、そのうち目覚めるだろうとの事です」
眠らされているというのは奇妙な状態ではあるが、本人が生きているという点でまずは安心してよいのだろう。
「眠らされているだけか? 外傷はないのか?」
ゴーレムと戦ったのであれば、外傷の一つはあってもおかしくはないが、外傷はなくただ眠らされた状態で戻ったというのだろうか。
ゴーレムは通常、魔術は使わない。魔術で眠らされているというのは、ゴーレムとの戦闘以外で何かがあったのだろう。それとも魔術を使うゴーレムが出たというのだろうか。
「外傷は無いと聞いております」
外傷が無いのであれば、心配はいらないだろうが、新たな疑問点が浮かぶ。
「魔術で眠らされているなら、どうやって戻ってきた?」
魔術で眠らされているという事は、自力で移動するのは不可能だ。にも関わらず帰還したというのはどういうことか。
「宿舎近くで何者かが空に向かってファイアボールを使ったのが見えたため、近くにいた騎士団員が様子を確認しに行ったところ、二人を発見したとの事です」
それはまた奇妙な話である。それはまるで、見つけてくれと言っているようなものだった。
「何者かが運んできて、我々に回収させたという事か・・・」
二人に睡眠魔術をかけた者とファイアボールを使った者が同一かどうかはわからないが、少なくともファイアボールを使った者は、空に向けて撃った事からも騎士団に敵意は無いのだろう。魔術を使ったのは、あくまで二人の存在を騎士団に知らせ早めに回収させるための手段だ。
「はい、恐らくは」
運んできたものが姿を現さない以上、予想でしかないが、わざわざ知らせるという事は二人の身を案じての行動だ。
しかし直接受け渡しに来なかったところを見ると、顔を見られたくない事情もまた存在するのだろう。
「ファイアボールを空に向かって使ったのは確かか?」
その単語に引っ掛かるところがあった。それは、最近似たような話を聞いた事があったからだ。
「はい、複数の目撃者がいるため、間違いないかと」
以前オリバーの脱走を手引きした者もファイアボールを使っていた。とはいえファイアボールは一般的な魔術である。それだけでオリバーの脱走を手引きした者と、今回ファイアボールを使った者を同一人物と決めるのはあまりにも早計だ。
「ファイアボールを使った者は捕縛できたのか?」
街中で不用意に魔術を使う事は禁止されている。特に炎の魔術は火事の原因になるため見つかった場合厳しい処罰が待っているが、初歩的な魔術でも小さい炎は起こせるため見逃される事は多い。
着いた時には、ミランダ、アイリーン二名しかいなかったとの事です」
端的に言えば、逃げられたという事か。そうなると、今は誰が二人を運んできたかを考えるよりも、二人に直接話を聞いた方がいいだろう。
「二人が目覚めたら連絡をくれ。直接話を聞きたい」
ここでこれ以上問答をしても得られる情報はなさそうである。そう考えたローベルグはまずは二人が目覚めるのを待つことにした。
「はっ」
伝令兵は敬礼をすると団長室から出て行った。それを見届けたローベルグはその心中を口にする。
「これで、あの二人が無事に目を覚ませば、万事うまくいった事になるが…。」
任務に向かった三人のうち一人が帰らぬ者になった。その結果は普通の神経をしている者であれば、最悪の結果と評するだろう。だが普通の神経をしていては、騎士団長は務まらない。それが暗部と揶揄されるような第九騎士団団長であれば尚更であった。
●
その翌日、ミランダの目が覚めたという連絡を受け、ローベルグはミランダが収容されている救護室を訪れていた。
「ローベルグだ。話せるか?」
扉越しに、中にいるミランダに呼びかける。
「はい」
部屋の中からミランダの返事が聞こえた。その声は任務に出発する前と変わりがないように聞こえた。
その声を聞いてローベルグが病室の扉を開けると、中には、ベッドに寝かされているミランダが居た。聞いていた通り、ミランダには特に外傷は見当たらず、返事からも意識ははっきりしているようだ。
本人も特に異常は無いとの自己申告があったものの、発見された状態が不可解であった事から、念のため数日間救護室で様子を見る事になっている。
今は白衣を纏い、ベッドに寝かされていたが、ローベルグが来たためか、事に気が付くと、ベッドから出て立ち上がろうとする。
「ああ、そのままでいい」
それをローベルグが言葉で制する。
「しかし、団長を前に寝たままというのは…」
目上の者とベッドで寝たまま話すというのは抵抗があるのだろう。
「今の君は病人扱いだ。無理をするな。下手をして、容体が悪化すると私の寝覚めが悪くなる」
ローベルグもミランダが病み上がりである事は承知している。それでも任務中に起きた事を調査するために、ミランダの容体の回復を待たずに話を聴く事にしたのだ。ここでミランダに無理をさせて容体を悪化させるつもりはない。
「分かりました」
そう言われるとミランダはベッドの上に腰をおとした。ベッドの上で上半身だけを起こす形となった。流石に横になったまま話をするのは気が引けたのだろう。ローベルグもそのまま話を続ける事にした。
「アランはどうなった?」
早速ではあるが、まずは戻っていないアランについて確認しなければならない。魔物に関わる任務に就かせたのは外ならぬローベルグだ。その任務から帰還しないという意味が分からない程ローベルグは無知ではないが、それでも現場にいたミランダの話を聴いて詳細を確かめる必要がある。
「魔物との戦闘で重症を負ったのを見ました。その後私も重症を負い意識を失いましたので、断言はできませんが、恐らく死亡したのではないかと」
ミランダは目を伏せながらローベルグの質問に答えた。その言葉にあまり覇気が無いのは、目覚めたばかりだからなのか、あるいはアランを助けられなかった事による罪悪感からか。
「そうか。君自身も重症を負ったというが、今は特に外傷は見当たらないな。何者かに手当されたという事か?」
現時点でローベルグが見た限りでは確かにミランダには外傷は見当たらないし、発見された時点でも外傷はなかったと聞いている。それではミランダ自身の証言では気を失う前には重傷だったという点と矛盾する。つまりは気を失っている間に何者かに手当されたと考えるのが妥当だ。
「ずっと意識を失っていたので詳細はわかりません」
魔物に襲われてから、ここに運びこまれるまでずっと気を失っていたというのであれば、その間に何があったかは分からないというのは道理だ。
「そうなると、君が気を失った後に何があったかは分からないという事か? 気を失う前に誰かの姿を見たとか、魔物に襲われる直前に誰かと会ったとか、誰か助けに来る心当たりのある人物は?」
何者かがミランダ達を運んだのは確かである。ローベルグはミランダ達を運んだ人物について手掛かりが欲しかった。
「心当たりはありません。森に行ってからはアランとアイリーン以外の人物には会っていませんので。」
ここまで話した限り、ローベルグの感覚としては、ミランダが嘘を付いているようには見えなかった。
「アイリーンは無事だったようだが、彼女は魔物にやられなかったのか?」
アイリーンもまた、別の救護室に収容されており、ローベルグはこの後会いに行く予定だ。
今のミランダの話にはアイリーンが出てこなかったが、ミランダが魔物に襲われている時にアイリーンはどうしていたのか。
「アランが魔物に倒されたあと私が逃げるよう命令しました。魔物に囲まれた状況でしたが、私が注意を引き付けて、彼女だけはあの場から逃がす事に成功しました。その後彼女がどうなったかは分かりません。彼女も私と一緒にここに運び込まれたと聞きましたが、私は魔物に囲まれた状況で気を失ったので、いつ彼女が私と合流したのかは分かりません」
つまりはアランは魔物に敗れ、ミランダが魔物を足止めしている間にアイリーンは逃走した。アランを倒す戦力のある魔物にミランダ一人で戦う。勝機は薄いだろう。そこでミランダの意識は無くなるが、何故かミランダとアイリーンは生還できた。
その空白の時間に一体何が起きたのか。
「では恐らく、君ら二人を逃がすために、アランが囮になったのだろう」
それはローベルグにとって都合の良いストーリーであり、この場で思いついた作り話ではない。
「何を言っているのですか? 彼は私が気を失う前に死にました。それは不可能です」
予想はしていたが、ミランダはローベルグの仮説を受け入れられないようだ。
「本当にアランは君より先に死んだのか? 君が気を失った後に最後の力を振り絞って立ち上がり、君たちを逃がしたという事も考えられる」
極限状況において、他人の死亡を確認する者などいない。ローベルグはそのことを良く知っていた。
「彼は先に死んでいます。それは無理です」
現場の光景を実際に見ていたミランダからすれば、一度倒れたアランが立ち上がって戦うというのはあまりにも現実味のない予想であったのだろう。
「何故そう思う?」
もちろんローベルグがこの話をするのには訳がある。ただミランダをからかうために荒唐無稽な作り話をしているのではない。
「彼は血まみれでした! それに…」
アランの最期を思い出したのか、そこまで言ってミランダは急に口を噤む。
「どうした? その先を言ってみろ」
ローベルグにとって、大方の予想は付いていたが、それでもミランダに先を促す。ミランダは少し考えた後、言葉を続けた。
「団長は彼の性格をご存知でしょう」
その言葉はローベルグの予想通りだった。
「騎士団の中で、転属願を頻繁に出す問題児だとは聞いていたな。何かあったのか?」
生前の彼の性格からは、自分の命を犠牲にしてまで、他の誰かの命を助ける人物にはとても思えないというのは、ローベルグも同意できる点だ。とはいえ、アランが任務中に取った行動については、ミランダから聞きださなければならない。
「それは…」
口に出すかどうか悩むミランダに対し、ローベルグは声を低くして、警告する。
「これは興味本位で聞いているのではない。私は団長として、団員がどうなったのか確認する義務がある。この後アイリーンにも話を聞く。もしも話に齟齬があるようであれば事実確認を行う必要が出て来る。それがアランの死に繋がるような話となればなおさらだ」
それは少し大げさな言い回しであった。とはいえ虚偽の証言をしたら罰則があるというのは嘘ではない。
二人の生存者がいて、一人は帰らぬ者になった。何故死んだのかは明らかにしなければならない。もしも二人の生存者の話に齟齬があるようならば、どちらかが嘘を付いているという話になる。ミランダは不承不承と言った様子で話を進めた。
「彼は手柄に執着して、私の撤退命令を無視して魔物から逃げる機会を自ら失いました。アイリーンもそれを見ています」
アランが評判通りの人物であるならば、それはあり得る話だとローベルグは思った。
「つまり、アランは上官からの命令よりも手柄を優先するような利己的な性格で、その身を犠牲にして仲間を助けたりはしないと、そう言いたいのか?」
ミランダはしばし悩んだ後、ゆっくりと口を動かす。
「…その通りです」
任務を共にした相手を悪く言う事に対し気が引けるのか、その表情は暗い。アランの性格を知っているローベルクから見れば、ミランダは本心から出た言葉なのだろう。
「だがそれはあくまで、予想の話だ。君がアランを死ぬところを見た訳では無いのだろう?あくまで血まみれになっていたところを見ただけだ」
魔物との戦闘中、わざわざ倒れた仲間の死亡確認などしないだろう。自らもまた死の淵に立たされている中、そのような事をしている余裕などあるはずがない。
「それはそうですが…」
ミランダもそれを認めた。やはり倒れた所を見たとはいえ、完全に死亡した事を確認してはいないという事だ。
「君とアイリーンが生還できたのは、生き残っていたアランが助けたと言うのが一番理に適う説明だ」
現状では、ミランダとアイリーンがどうやって生還したのかは分からない。それをアランの手柄という事にすれば最も都合よく話が収まる。
「そうであるなら、彼も生きて生還する筈です」
ミランダの言う事ももっともだが、ローベルグはそれを認めない。
「君達を逃がした後に力尽きたと考えれば辻褄が合う」
もちろんローベルグとて、自分が無理な主張をしている事は分かっている。それでもこの主張をするのには訳があるのだが、それをミランダに話すのはまだ早い。
「それはあり得ません」
ミランダは頑なにローベルグの説を否定する。
「ではなぜ君は、魔物に囲まれた状況で気を失って、死なずに生還したんだ?」
アランが助けたのでは無いとすると、ミランダが何故助かったのかという謎が残ってしまう。
「それは、第三者が助けに来たのでは?」
アランが死に、ミランダが気を失って、それでもなお魔物の中から生還するのであればそれは他の誰かが助けたと考えるのが筋だろう。
「騎士でも勝てない魔物に勝てる第三者とは何者だ?」
もちろんローベルグもそれぐらいの可能性は考えていた。ミランダとアイリーンを魔物から助け、騎士団まで届けた誰かが存在する事を。
「我々は三人でした。四人以上の冒険者であれば、あの魔物を倒す事はあり得ます」
その誰かは、冒険者である可能性が高い。それはミランダも直ぐに思いついたのだろう。
ミランダ達は三人で行動していた。四人以上で行動していた冒険者であれば、ミランダ達よりも戦力が勝っており、魔物を倒したという考え方もできる。
「冒険者が騎士を助けるとは思えんがね」
しかし、冒険者は金が目的で魔物を倒す。よって無償で魔物を倒し騎士を助けるなどという事をするとは考えにくい。
仮に助けたのが冒険者であれば、騎士団まで二人を送り届け、名乗りを上げずに姿を消すというのはどういう事か。
「アランが生きていたというよりは、まだ可能性があります」
それでもアランが重症を負う場面を直に見たミランダからすれば、アランが生きている可能性よりも、冒険者が助けに来たという方が現実的だと考えているようだ。
「では、君とアイリーンを騎士団まで送り届けても名乗り出ない理由は? 冒険者であるならば、見返りの一つでも要求しそうなものだが」
仮に良心から冒険者が、騎士を魔物から助けたとしても、その後に対価を求めるのが冒険者という職業だ。彼らは自身の戦闘能力を商品としており、無償で人を助けたりはしない。わざわざ送り届けて放置するというのは冒険者のやり方とは思えない。
「それは、騎士に姿を見られたら困る事情が…」
そう言ってからミランダは何かを思いついたように、言葉を止める。一人、ミランダを助けそうな冒険者に心当たりがあったのだろう。その人物であれば騎士団の前に姿を現さない理由も持っている。
ローベルグも、最初からその人物が怪しいと考えていた。
「ほう、その反応をするという事は、庇っている訳ではないのだな」
だからこそ、わざわざ誘導するような話し方をしたのだ。
「誰が私を送り届けたのか知っているのですか?」
それは何かを恐れているような言い方であった。当然だろう。もしも悪魔憑きが騎士を助けた等という話になれば、面倒な事になる。
庇っているという言い方で、ミランダもローベルグが誰がミランダ達を送り届けたと想定しているか分かったのだろう。
「いや、把握できていない」
幸か不幸か、ミランダを送り届けた人物はその姿を見せていない。
「では冒険者が助けに来たという説は否定しきれないのでは?」
ミランダを送り届けた人物に直接話を聴く事が出来たら、ミランダが気を失っていた間に何が起きたのかは聞く事が出来たのかもしれない。
しかしその人物は騎士団の前には姿を現さなかった。本当にオリバーがミランダを助けたのであれば、今後も姿を現す事は無いだろう。よって今は想像で語るしかない。
ミランダの反応をみて、本当に誰が送り届けたのか知らないのだろうとローベルグは判断し、話題を変える。
「そうだな。ところで腕の認識印は確認したか?」
もちろん、認識印の有無は、事前に救護班が確認している。ミランダから認識印が消えていたら、こんな話をしている場合ではない。それでもローベルグは自分の目で認識印の有無を確認する事にした。
「どういう意味ですか?」
ミランダの表情が曇る。触れられたくない話題なのだろう。
「最近死の淵から生還した騎士から、腕の認識印が消えたという事件があったのでね。念のため確認した方がいいかと思っただけだ。」
それが誰の事を指しているのか、分からない者は騎士団には居ないだろう。
「私がオリバーと接触して、それを隠しているというつもりですか?」
ミランダはその名前を伏せる事に意味は無いと判断したのだろう。自分から弟の名前を口にした。
腕の認識印が消えた事件というのは誰が考えてもオリバーの事を指している。それと同じ事を懸念すると言う事はオリバーと接触したことを疑っていると取るのが普通だろう。
「それは今問題では無い。確認したのか?」
ミランダは無言で白衣の袖を捲る、そこには確かに認識印がまだ残っていた。ローベルグに見せる。
「これで満足ですか?」
ミランダの口調からは不満が露わになっていた。
「あるならそれで問題ない」
これはローベルグが最も懸念していた問題であった。わざわざ勧誘した魔物との戦闘経験のある騎士が、悪魔憑きになってしまったら目も当てられない。悪の事態を考えるとこれだけは自分の目で確認しておきたかった。ローベルグ自身がわざわざ足を運び本人に直接会うことにした最大の理由でもある。
また、ミランダがオリバーと接触したのではないかという疑問も当然持っていた。今のミランダの反応を見るに、ミランダ本人はオリバーと接触したという自覚は無いが気を失っている間に何があったかは分からないというところだろう。
「私が悪魔憑きになった方が都合が良かったのですか?」
弟が悪魔憑きになった経緯のあるミランダにとっては、悪魔憑き疑惑をかけられる事に嫌悪感を示しているようだ。
「そんな事は無い。無事で何よりだ」
それはローベルグの本心であったが、果たしてそれを今のミランダは信じるだろうか。
「私が無事でも、アランは戻りませんでしたよ」
ミランダの言い方は、ローベルグの言った事を信じたというよりも、皮肉を言っているように聞こえた。
「それは君達二人を生かして返すために、自ら犠牲になる事を選んだのだろう。尊い犠牲だ」
ミランダの無事が確認できたところで、ローベルグの残る仕事は一つ。アランの扱いをどうするか、ミランダを説得する事だ。
アランの最期に立ち会っていたミランダが、ローベルグの言い分に反対してしまっては、ローベルグの案は成り立たない。
「本気でそう思っているのですか?」
ミランダの言葉にはより一層の嫌悪感が籠っていた。どうやらアランの最期を目にしたミランダからすれば、ローベルグのこの意見は受け入れられないらしい。
「嫌われ者の騎士が、最後には仲間を庇って命を落とす。いかにも民衆が好きそうな美談ではないか?」
ローベルグとしてもこの意見は譲る訳にはいかない。その理由を正直に口にする。
ローベルグもアランの性格を把握していて、仲間を庇って命を落とすような人物ではない事を知っている上でこのような事を言っているのだ。
魔物に関する任務に三人を赴かせ、その内一人が帰らなかった。それを一人の騎士が手柄に眼がくらみ引き際を誤って魔物に倒されたというのと、危機的状況から二人を救う為に自ら一人が犠牲になる事を選んだというのは、どちらが聞こえが良いだろうか。
「外向けの宣伝のために、事実を捏造するつもりですか?」
ミランダはローベルグの意図を察したようだが、それでもローベルグのやり方は気に入らないらしい。
「アラン一人が帰らず、君達二人は生きて戻った。これは変えようのない事実だが、それ以外の事は証拠が少なすぎて何が起きたのかは分からない。そこを想像するのが悪い事か?」
当時の状況を整理すれば、アイリーンはアランが倒れた時にはその場から離れていた。となれば厳密にアランの最期を目撃したのはミランダのみ。さらにそのミランダもまた現場で気を失っている。
という事はミランダが気を失ったあとに何が起きたのかは誰にも証明できない。そこにアランが二人を逃がしたというストーリーを連想しても、それを否定する明確な根拠を出せるとしたら、アランが死亡した事を確認した者だけだ。
今の状況ではアランの死亡を確認した人物は居ない。つまりローベルグの説を完全に否定する事は誰にもできないのだ。
厳密にはアランの死亡を確認した者はいるのだろう。ミランダ達を窮地から救った何者か。しかしその人物は騎士団との接触を避けている。つまりは表舞台に出ることは出来ない人物。だとすれば、そのような人物の存在は表向きには考える必要は無い。
「彼は私が気を失う前に血まみれになって、魔物が群がっていたんですよ。あの状況から立ち上がって、私とアイリーンを助けたというのはあり得ません。」
あの光景を見たミランダにとっては、アランが死んだのはミランダの想像だというローベルグの主張は受け入れがたいものだろう。だがローベルグとしてもこの意見を譲るつもりはない。
「戦闘の最中に、わざわざ死亡確認を行ったのか?」
明確な死亡が確認できていない以上は、アランが死んだと断言する事はできない。
「あの状態で生きている訳が無いでしょう!」
気を失う前、地面に倒れ、無数の魔物が群がっていた様子を思い出したのだろう。ミランダが感情的な声を出す。
「『あの状態』を見たのは君だけだ」
それをローベルグは冷静に、事実だけを言い返す。
「私の証言だけでは不十分だと?」
現場に居たミランダからすれば、自身の証言が聞き入れられないのは納得できないようだ。
「一人の証言だろう。しかも極限状況だ。気が動転して見間違えただけという可能性もあるだろう」
目撃者は一人しかいない上に魔物との戦闘中で自らも死の危険に晒されていた。その証言の信憑性は低い。
「あなたは事実を捻じ曲げている」
当の目撃者であるミランダは、アランが死んだという意見を変えるつもりは無い様だ。
「君が言う事実を証明する方法が無いと言っているのだ。今証明できるのは、君達二人が生還し、アランが帰還していないという事だ。まあ、アランは死体が見つかっていないという理由で、今は行方不明扱いだがね」
事実だけを述べるのであれば、アランの死体が見つかっていないというのもまた事実だ。とはいえ、魔物に囲まれた状況で行方不明になったのであれば、生きて帰ってくる可能性は皆無だろう。
「アラン以外の誰かが私たちを助けた可能性を捨てるのですか?」
確かにその可能性は残る。否定することはできない。
「その誰かは名乗り出なかった。存在したという証拠はない」
同時に、ミランダ達二人を助けた者がいたとしても、運んだ者がいたとしても、その誰かは名乗り出る事はなく、ミランダ達二人を残して立ち去った。
「その誰かが騎士を助けたのなら、その恩に報いるのが筋ではないのですか?」
誰かがミランダ達を助けるのだとしたら、その行為に対して恩を返すというミランダの考えは、人としては正しいのだろう。
「名乗り出なかった以上、その誰かに恩を着せる意思はない。ならばその手柄をアランに持たせる」
一方のローベルグは、騎士団長として、事の顛末を収める必要があった。よって人として正しい道よりも、騎士団長として正しい道を選んでいた。
「我々がどうやって王都まで戻ったというのですか?」
仮にミランダ達を助けた者が居なかったとして、ミランダ達が王都まで戻った方法はどうするつもりか。もちろんそれはローベルグは考えていた。
「アランが魔物を撃退し、君達を逃がし死んだ。君達二人は自力で騎士団の前まで来て、建屋を見たところで力尽きて倒れた。そういう事にすれば辻褄はあう」
ミランダ達二人が自力で戻ったが、戦闘の影響で意識の混濁もしくは記憶の混乱があり、森からはどうやって戻ったかは覚えていない。そういう話をローベルグは用意していた。
「私に口裏を合わせろと?」
ミランダが嫌悪感を隠そうともしない声を放つ。当然この話を外部に出すのであれば、当人であるミランダも話を合わせる必要がある。
「ミベラの森から王都までは、疲労で意識が朦朧としていて、記憶があいまいになっているという話にしてもいい」
ミランダ本人ですら戦闘中に意識を失い、気が付いたら救護室だったという認識のであれば、そこまでミランダの同意に拘る要は無いのかもしれない。
ただアランの素行についてはあまり口外されると、アランが二人を守ったという話が成立しなくなる。
「これが騎士団のする事ですか?」
ローベルグの意図を汲み取り、その上でもローベルグのやり方にはミランダは賛同できないらしい。
「死んだ者は、生き残った者の為に死んだという事にするのが、死者の名誉を守るためになるだろう?」
アランにとっても、命令無視をして死んだ騎士として名を遺すのと、仲間を守るために死んだ騎士として名を遺すのであれば、後者の方が名誉を守ることになるだろう。
「あなたという人は…」
それでもミランダの口からは同意の言葉は出てこない。それを見たローベルグはさらにミランダへの説得を続ける。
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