[1-4] 侵略者
ギルドでは依頼の募集を掛ける前には、依頼の内容と報酬が一致しているかどうかの監査がギルドによって行われるが、残念ながら依頼の実態が報酬に見合った物ではないという事はそう珍しい事ではない。依頼内容が魔物一頭の討伐であるにも関わらず実際には複数いたというのはその典型だろう。
目の前にいる魔物は、確かに見た目は犬型の形状をしているし、白い毛並みをしている。この二点ではあの時の白狼と一致している。しかし体格が明らかに違う。
以前目にした白狼は大人の背丈を優に超える大きさであったが、今目の前にいる白狼は普通の狼と大して変わらない。
「これは『安価』を引いたわね」
依頼内容が報酬額に対して難し過ぎる依頼は、冒険者の間では『報酬が安価な依頼』という意味を略して『安価』と呼ばれていた。
「群れてたみたいねー」
さらに悪い事に、目の前にいるのは一頭ではなく三頭だ。
「安価って何の話だ?」
オリバーは抜刀し戦闘態勢に入りながらリリアに尋ねる。
「私たちが受けたのは魔物一頭分の討伐依頼。だから報酬も魔物一頭分。群れを相手にするには報酬が安すぎるって事よ」
言うや否やリリアは空中に三つの火の玉を生成し、即座に射出した。三体の魔物に対しそれぞれ一発ずつ火の玉が肉薄する。
それが合図となった。まだ距離があったため三匹とも火の玉を避けると同時に三人に向かって駆け出してきた。
「ねーさん、始めるなら言ってよ…」
ヴァネッサがこの場にそぐわない緊張感のない声を出していたがオリバーは振り返る事なく三匹の魔物を注視している。走って切る向きからして三匹ともオリバーを狙っている。ヴァネッサの読み通り血の匂いがする人物を狙っているのかもしれない。
三匹が半分程に距離を詰めたところでさらに二発の火の玉をリリアが発射した。狙い先はオリバー達から離れた距離にいる二匹だ。
「こっちは大丈夫だから、その一匹をお願い!」
リリアが叫ぶ。
一番近い距離にいた一匹は真っ直ぐオリバーに向かってくる。当然オリバーもそのままやられるつもりはない。
前回は視界の悪い状況下での不意打ちだった事もあるが、今は相手が見えていし、体格も小柄だ。
そのまま正面からオリバーの喉元に向かって食らいついて来ようとした一匹は、その牙がオリバーに届く前にオリバーが持つ白刃によって切り伏せられた。
残る二頭はリリアが放った二発目の火の玉を避けると同時に狙いをリリアに切り替えていた。オリバーの左右をそれぞれ一匹ずつが走り抜ける。
オリバーは最初の一匹を切り伏せた直後に体制を立て直すが二匹の進路を阻む事は出来なかった。
「リリア! 行ったぞ!」
最初に出合った時はリリアは一人で行動していた。先ほども大丈夫と言った以上はこの程度の魔物であれば一人で倒せる自信があるのだろうが、それでもオリバーはリリアの身を案じていた。
リリアは自分に接近してきた二匹の魔物に対して再度一発ずつ火の玉を放った。
炎の下級魔法ファイアボールを使うには二つの工程が存在する。即ち火の玉を「生成」する工程、と「射出」する工程である。この二つの工程さえできれば魔法自体は使えるがさらに上級者ともなると、魔法を命中させるために様々なテクニックが使えるようになる。
その内の一つが射出した後の軌道変更である。
「おー、それ出来るんだ」
それを目にしたヴァネッサが感想を口に出していた。
一発の火の玉はリリアから見て左側にいた魔物に向かって射出されたが避けられ地面に当たり爆散した。そして残りの一発は右の魔物に射出したが、軌道を地面に当たる直前に軌道を変えて浮上し。小さく円を描く軌道で進路を変更し。左の魔物に側面から命中し魔物を黒焦げにしていた。
残り一体がリリアに接近してくる。それに目掛けて射出する用の火の玉をリリアが生成するが、それが射出される事はなかった。
「うわー、えげつない」
またもヴァネッサが感想を口に出していた。
頭上に生成した火の玉は囮。そちらに気を取られていたのだろう。残っていた一匹は目の前に生成された火の玉に無警戒に突っ込んでその命を落とした。
「軌道変更に遠隔生成って、ねーさんやっぱり凄腕じゃん」
「動き回る相手にはこれぐらいやらないと当たらないのよ」
それは嘘ではないのだろう。実際先ほども普通に射出しただけのファイアボールはすべて避けられていた。
「しかも、さっきの魔法全部無詠唱だった? 凄くない?」
下級魔法といえど普通の魔法使いであれば使用するのに、詠唱に多少は時間が掛かる。詠唱なしで即座に発動させる事は無詠唱と呼ばれるが、これも高等技術である。
「無詠唱よ。私のユニオンではこれぐらいはみんなできるから別に凄くないわ」
「えー普通の魔法使いは出来ないと思うけど。ユニオン名は?」
「魔女の館」
「あそこかー。じゃあ、やっぱり脱走させた時の話も本当っぽいねー」
「かもしれないわね」
リリアは肯定も否定もしなかった。余計な情報は渡したくないという意思表示だろう。
「それよりも、この後どうするかよ」
「えー、さっき野営するって決めなかった?」
ヴァネッサの言葉通り、今後の方針であればつい先ほど二対一で野営をする方針に決まったはずである。
「あれは相手が一匹だと思ってたからよ。相手が複数なら話は別よ。夜の間に囲まれて襲われたら対処しきれないわ。今の状況なら私は戻るべきだと思う」
先ほどは野営する方針であったリリアが意見を翻したとなると、村に帰還する方針の方が多数となる。
「ねーさんの腕なら大丈夫だと思うけどなー」
「そう言うあなたは戦えるの?」
先ほどの戦闘では、結果から言ってしまうとヴァネッサは見ているだけだった。怪我人が出なかったため回復魔法を使う必要が無かったのは幸いだが、ヴァネッサが戦闘に巻き込まれたらどうなるかは未知数だ。
「さっきも言ったでしょー。夜の戦闘は得意だって」
「どうせなら昼の戦闘も得意であって欲しかったわ。オリバー、村に戻りましょう」
リリアはそう言って、村へ戻る方向に歩を進めようとしたがそれは出来なかった。
「待ってくれ。やっぱり俺は残るべきだと思う」
今度はオリバーが意見を翻した、
「ヴァネッサ一人なら庇いながら戦える。」
「一応自分の身は自分で守れると思うんだけどなー」
いくら本人が出来るといったところでヴァネッサはまだ子供であり、シスターという職業上、自分の身を守れるとはとてもオリバーには思えなかった。何より騎士というのは本来集団戦闘で前衛となり敵の攻撃を引き付けるのが普通である。よって回復役を庇いながら戦うのはおかしなことは無い。むしろ先ほどのリリアのように後衛である魔法使いが敵に襲われても一人で撃退するという方が異常だった。
「ここに残ろう」
「さっきは戻ろうって言ってなかったのに、理由を聞いてもいいかしら、」
リリアは怪訝そうな顔をした。
「リリア、君は俺と会う前には一人で行動していた。さっきの戦い方を見ていて思ったけど、今標的にしている魔物は君一人でも倒せる。少なくとも君はそう思っている。違うか?」「そうね。元々一人でやるつもりだったし」
「今村に帰ろうとしているのも君自身の命が惜しいんじゃなくて、俺の事を心配しているからか?」
これにはリリアは答えなかったが、それだけでオリバーには十分すぎるぐらい伝わった。
「だったら村に戻る必要はない。俺は自分の身は自分で守れる」
「私も自分の身は自分で守れるんだけどなー」
「まあ、やる気になってくれたっていうならいいけどね。ちょっと怪我したところで、優秀なシスターもいるし。それに魔物が血の匂いに引かれてやって来るなら、仲間の血の匂いに気が付いてここに来るかもしれない」
スルーされたとヴァネッサが嘆くが、二人とも今は相手をする気はないようだ
「とりあえず、近くで開けた場所を探そう」
●
戦闘のあった場所の近くに木のない開けた場所を見つけ、その場所を野営場所にした。
ヴァネッサはまるでこうなる事を予期していたかのようにテントを準備していた。テントを張り、その近くに即席の竈を作り、今は火を三人で囲んでいる。
日が落ちたとはいえ、まだ眠気が来るには早い時間だ。
「オリバーは、神様って信じる?」
ただ待っているのが暇なのかヴァネッサが口を開いた。
「いや、信じてないよ。この質問前にリリアにもされたな」
「そうなんだ。リリアも信じてない?」
オリバーの言葉を聞いて、ヴァネッサは質問の矛先をリリアに変えた。
「いいえ、あなたも?」
そしてリリアは同じ質問をヴァネッサに返した。
「うん。信じてない」
「シスターなのに?」
「シスターは成り行きでなったような物だからね。神を信じるかどうかとは別問題」
「何故シスターになったかは秘密かしら?」
「そう、秘密。今はね」
そこで会話は途切れた。色々と知りたがっていたヴァネッサではあったが、リリアの態度に聞いても答えてはもらえないと諦めたのかもしれない。
だが、気まずい沈黙はそう長くは続かなかった。
「さっきの三匹って群れっていうより兄弟だったみたいね」
ヴァネッサが立ち上がりながらそう言った。さらに、森の一点を睨みながらこう続けた。
「両親が来たわ」
オリバーは反射的に立ち上がり、ヴァネッサの視線を辿る。
「本当にいるのか?」
オリバーが疑うのも無理はなかった。焚火で照らされている範囲には何も見えず、その先は月明りすら射さない暗闇になっていて、何も見えない。
オリバーの背筋に嫌な物が走った。ヴァネッサ一人なら守れるとは言ったが、それは相手がこの前戦った白狼一匹であることを想定していた。しかも今は夜でどこから相手が襲ってくるか分からない。その状況で複数の相手から特定の人物を守るというのは難しい。リリアと協力して守るにしても、彼女の先ほどの戦い方からすると、暗闇の中に紛れている相手にどこまで戦えるかには不安が残る。
「確かに、あの大きさなら腕を食い千切ってもおかしくないわね」
さらにヴァネッサが現実を突きつけるような言葉を言った。そしてヴァネッサは自ら暗闇に向かって歩き出した。
「ヴァネッサ、下がれ、危ないから」
魔物の大半は孤立した者や負傷者を狙う傾向がある。今一人で離れるのは自殺行為に等しい。
「大丈夫よ。言ったでしょう。夜の戦闘は得意だって」
下がろうとしないはヴァネッサに対して、オリバーは自ら前に出ようとしたが、それができなかった。
焚火の近くにいるオリバーから見れば、ヴァネッサは背中を向けているため、その表情は伺う事ができないが、それがヴァネッサをより一層奇妙な物に感じさせていた。
ヴァネッサから感じられる雰囲気が先ほどとはまるで変わっており、オリバーにヴァネッサに近寄る事を躊躇させた。
「今度は私が見せる番ね」
そう言ってヴァネッサは杖を構えた。腰を低くし、腰だめに杖をもっているその様は、杖を構えたというよりは剣を構えているようにしか見えない。
そしてこれはオリバーからは見えていなかったが、ヴァネッサが杖の先端についていた十字架の一端である、杖とは垂直方向になっていた方の棒を回すと、それは回転して杖と水平方向になっていた方の棒と重なり合い、十字架の部分がただの棒状へと変貌する。
まさしく剣の柄と化したその部分をヴァネッサが握った時、暗闇から一体の白狼がヴァネッサに躍りかかった。
その爪牙は虚空を掻き、その巨体は不自然な恰好で地面に叩きつけられ、まったく動かない。見れば脇腹には致命傷になったであろう大きな切り傷が出来ている。
「どう?」
何が起きたのか理解できていないオリバーに、ヴァネッサがゆっくりと近づいて来る。
その両手には杖であったものがそれぞれ握られている。
左手には鞘、右手には剣
ヴァネッサがお気に入りと言っていた杖が仕込み杖であったと理解できた時にようやく何が起きたのかが見えてきた。
つまりは、躍りかかってきた白狼をヴァネッサが悲鳴も上げさせずに仕留めたという事が、ようやくオリバーの頭で理解できた時さらにそれは起こった、
ヴァネッサは両親が来たと言った。
その場にある死体は一体分のみ。ヴァネッサは今暗闇に背を向けていた。その背中目掛けてもう一体が襲い掛かる。
それは先ほど起きた現象の焼き増しだった。違うのはヴァネッサが白狼に背中を向けていたという点のみ。彼女は白狼の爪牙が自らに届くよりも早く、振り向き様に一閃し襲撃者の命を刈り取っていた。
その場に横たわる二匹の死体に呆然としているオリバーにヴァネッサが剣を振って血を払いながらこう言った。
「ところで、私が倒しても良かった?」
その場で起きた事の整理で頭が一杯になっていたオリバーであったが、ヴァネッサの問いかけで頭を切り替える、
確かアンにはユニオン内から仲間を連れていくのは禁止されていたが、同時にこうも言っていた。
「ああ、ユニオン外から仲間を入れるのは良いと言われていた」
まだ混乱から抜けきらない頭でオリバーはそう答える一方で、ヴァネッサはまるでオリバーの答えを待っていたかのようにこう返した。
「じゃあ、私が仲間じゃないと困るって事?」
ここでヴァネッサと別れてアンに結果を報告するとして、たまたま出合ったシスターに一時的に仲間になってもらい魔物は倒してもらったが、本人とは別れたと言ったらアンはどう反応するだろうか。約束には違反していないが、事情説明のためにも同行してもらった方が良い気がする。
「ああ、その方がこっちとしても助かる。そうだよな、リリア」
念のためオリバーはリリアの確認をとる。リリアはヴァネッサを避けている節があるため嫌がるかと思ったがそれは杞憂だった。
「そうね、来てもらった方がいいわね」
●
魔物の討伐依頼は討伐成功の証として、討伐した魔物の体の一部を持ち帰る事が義務づけられており、持ち運び安い爪や牙が使われる事が多い。
「これでいいか?」
ギルドの依頼に一番慣れているリリアの提案で今回は爪を持ち帰る事となり、オリバーが死体の脚から出たままになっていた爪を切り取った。
「ええ、十分よ」
リリアはオリバーが手に持っている白狼の爪を見て頷く。これを持ち帰れば魔物の討伐依頼は達成したという扱いになるだろう。
「今日はこのまま野営するでいいか?」
目的は達成したため、野営する意味は薄れているが、同時に急いで村に戻る必要もなくなった。オータムの村にもギルド支部はあるため結果報告をするのであれば明日の朝から村に戻っても十分間に合う、むしろ、朝から移動するのであれば王都に戻る事も出来るだろう。アンに報告するのであればオータムに戻るより朝から王都に向かった方が良さそうである。
既に野営の準備もしているため、今から寝床を片付けて移動するぐらいならこのまま休みたいという思いもある。
「そうしましょうか」
「さんせー」
珍しくリリアとヴァネッサが意気投合している。
「ヴァネッサ、さっきの凄かったけどどうやったんだ?」
「それはまだ話せないなー」
「疲れないのか? 疲れてるなら先に休んでていいぞ」
「にーさんこそ疲れてるなら先に休んだら?」
オリバーにとっては、一日中森を歩き回ったため疲れているのは間違いないが、オリバーが倒したのは小さい方を一匹で、リリアとヴァネッサは二匹ずつ倒しており、ヴァネッサが倒した魔物の方が体格が大きい。よって功労者であるリリアとヴァネッサを先に休ませた方が良いと考えていた。
「いや、俺はしばらく火の番をしてるよ」
「もしかしてー、あたしたちが寝たら何かする気?」
「そんなつもりはないよ」
「あたしはするけど」
ヴァネッサが手をかざすと同時に、オリバーは溜まっていた疲れと相まって眠りに落ちて地面に倒れこむ。それを見ていたリリアはそれが無詠唱で睡眠魔法を使ったのだと直ぐに分かった。
「そこまでしなくてもいいんじゃないの?」
リリアの声には呆れが混ざっているが、ヴァネッサを警戒する様子は全く無かった、
「だってずっと起きてそうだったから。ねーさんもあたしに聞きたい事あるでしょ。にーさん抜きでさ」
「まあそうだけど」
リリアの返事を確認するとヴァネッサが地面に倒れたオリバーを仰向けにして、持っていた短剣を取り出した。
「でもお腹すいたから先に済ませてもいい?」
「それで起きたりしないでしょうね」
「大丈夫、いつもやってるから」
リリアの返事を肯定と解釈し、ヴァネッサは、オリバーの腕に魔法を掛ける。
「今の魔法は麻酔?」
「そう、麻痺の応用。治療にも使えて便利なんだ」
リリアはヴァネッサの様子を見ているが止める様子は無かった。
ヴァネッサは昼間の様に腕に傷を付けるがオリバーが起きることは無い。先ほどの言葉通り麻酔が作用しているようだ。そして昼間とは異なり、布ではなく口で血を吸い取っている。
しばらくしてヴァネッサは腕から口を離し、傷口を指でなぞると昼間と同様何も無かったかのように傷口は塞がった。
「そのための回復魔法ってこと?」
「そのとーりー。いつの間にか傷が出来てたら怪しまれるからね。痕が残らないように直さないと。やってる内に上手くなったっていうのもあるけど」
先ほどのいつもやっているという発言も嘘ではないようだ。
「吸血鬼は咬みつくものだと思っていたけど」
「直接咬むと色々面倒な事になるから、人に紛れて生活するならやらい方がいーんだ」
「ねーさんはいいの?」
「私はいいわ。魔法しか使ってないから」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「余計な食事はしない主義なのよ」
「そう、じゃあ本題に入るけど、私が人間じゃないのはもうわかるよね?」
「薄々分かってたけど、今の見れば誰でも吸血鬼だってわかるわよ」
「最初に気が付いたのは?」
「囮用に私の血を使わなかったのは、女だからじゃないわよね」
「そうだよ」
「あなたの血を使わなかったのも、女だからじゃない」
「それも正解」
「私達の血だと魔物が反応しないかもしれないと思ったんでしょ?」
「あー。やっぱりバレてた? 気づいて欲しかったってのもあるけどねー」
「『安価』の意味も通じてた」
オリバーには通じなかったように、あの言い回しは冒険者内の通称である。安価と聞いて直ぐに意味を察するなど普通のシスターではない。
「あれは半分ワザとだけどねー。知ってるかどうか試されてる気もしたけど、気づいて欲しいっていうのもあったから乗ってあげた」
「それに、ユニオン名聞いても、『なぜ男といるのか』って聞き返さなかったでしょう」
ユニオン名を聞いた時のヴァネッサの反応は明らかに魔女の館を知っている反応であった。そして、魔女の館の特徴といえばメンバーが女性のみという事。そのメンバーが男性と共に賞金首を追っているとう状況は明らかにおかしい。
色々と聞きたがっていたヴァネッサがそれについて質問しなかった理由はリリアにすれば自ずと予想がついた。
「ユニオン名聞いたら大体事情は想像できたからもう聞かなくてもいいかなって。想像通りの事情なら、こっちが正体明かすまでは聴いても絶対答えてくれないだろうし」
「ユニオン名で事情が分かるって事は、私の正体もあなたは分かってるって事でいいのね?」
「うん。あのユニオンってサキュバスの集まりでしょ」
「じゃあ、お互い正体を明かしたところで、この後の話をしましょう。あなたはこの後本当について来るつもりなの?」
「そうだよ。どうせあれが来て戦う事になったら教会で人間のフリ続ける訳にはいられないだろうし」
そう言ってヴァネッサは空を指さす。
「そういえばにーさんにはあれの事話したの?」
「まだよ」
「あまり時間は無いらしいけど」
「戻ったらリーダーが話すつもりみたいだから私からは話してないわ。この魔物の討伐が試験替わりみたいだったから」
「じゃあにーさんは候補者に合格って事?」
「多分ね。討伐はあなたが一人でやったようなものだけど」
「だって正体隠したまま付いていくのも微妙だったから、明かすタイミング見計らってたんだけど夜になったし丁度いいかなって」
「一匹ぐらいオリバーにやらせてもよかったんじゃないの」
「いやー、襲ってきたからつい」
剣をふるっていた時からは想像もできないような無邪気な笑顔だった。
「で、話すことがもうないならオリバーを移動させるわよ。目が覚めた時にそこにいたらいくら何でも不審がるわ」
「一応確認するけど私たちの正体って、まだにーさんは知らないよね?」
「ええ、言ってないわ。あれだけやれば察していると思うけど、リーダーがまとめて話すと思うから私達から教えてはダメよ」
●
「あ、起きた?」
オリバーの目が覚めると、目の前にヴァネッサの顔があった・
「あれ?」
見渡すとそこは森の中。日は登っており朝になっている。
「昨日は大変だったねー」
その一言でオリバーは寝ぼけた頭で昨日の事を思い出す。
「あ、ごめん、何かいつの間にか寝てた」
どうやら竈の近くでいつのまにか眠りこけていたようだ。
「疲れてたんじゃなーい?」
「ああ、オリバーは起きた?」
リリアがヴァネッサの荷物をもってやってくる。どうやら野営道具一式をヴァネッサの鞄に詰めていたようだ。
「うん。ようやくね」
「じゃあ王都に報告しに戻るわよ。昨日話したとおりヴァネッサも一緒にね。ほら、鞄は自分で持って」
「はーい」
ヴァネッサは返事をしながら鞄を受け取るが、オリバーにはその様子に違和感があった。
「昨日俺が寝たあとに何かあったのか?」
「どうして?」
ヴァネッサが鞄を背負いながら聞き返す。
「二人とも仲良くなっているように見えるが」
「秘密を共有する仲だからねー」
何故かヴァネッサは嬉しそうだった。
「寝てる俺に何かした訳じゃないよな?」
「え? いやー、それは、秘密だから言えないなー」
言い当てられて動揺しているようにも見えるが、いつものヴァネッサならわざと動揺する演技をしてからかっている可能性もあったため、オリバーはとりあえずリリアに話を聴くことにした。
「リリア、本当に何もしてないよな?」
「ええ、何もしてないわ。私は」
「えー、ねーさん酷くない? それならあたしも全部言っちゃおっかなー」
何があったかは分からなが、リリアとヴァネッサが仲良くなっているのは間違いないらしい。
「おい、本当に何かやったのか?」
リリアの口ぶりからすると、あたかもヴァネッサがオリバーに何かしたかのように聞こえる。
「ごめんねー。口止めされてるんだ。教えてあげたいんだけどねー」
どこまで本気か分からない言葉を口にしながら、笑顔を崩さない様子を見るに、オリバーは悪い事はされてないような気がしてきた。
「くだらない事言ってないでさっさと行くわよ新入り」
「新入りって、別にユニオンに入るとまでは言ってないんだけどなー」
そんなとりとめのない会話をしながら、三人は王都へ向かった。
次話は3/19に投稿予定です。