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[1-2] 候補者

目が覚めると仲間の騎士団がオリバーを囲んでいた

「おい、大丈夫か?」

「あ、はい…」

まだはっきりとしない意識の中、反射的に声をかけた退場に返事をする。

「中々戻ってこないから、護衛は副隊長に一時的に任せて迎えに来たんだが、一体何があった?」

空を見ると日がだいぶ傾いている。どうやらかなりの時間意識を失っていたようだ。近くにあの少女の姿はなかったが、あの少女に気絶させられたのだろうか。

「それは…」

まだ靄のかかったような意識の中、思い出す。

白狼と魔法使いを見つけて、それから…

「全員離れろ!」

 隊長が緊迫した様子で声を上げて抜刀した。

 他の者もそれに合わせてオリバーから距離を取って抜刀する。

「え?」

 オリバーは白狼がまた来たのかと回りを見渡すが、声を上げた仲間はオリバーを見ている。

「その左腕はどうした?」

「これは…」

 もうはっきりと思い出している。白狼に食い千切られて、少女に直してもらった。それを正直に言ったところで信じるかどうかは怪しい。

「何故認識印が無い?」

 言われてようやくその事実に気が付いた。腕は元通りにはなっているが認識印までは戻らなかった。騎士団の証である認識印が。

 あらかじめ知っていれば言い訳を用意できたかもしれないが、先ほどまで気を失っていたオリバーには無理な話であった。

「お前、オリバーか?」

 何も答えないオリバーにさらに続けて質問が投げかけられる。

「当たり前でしょう。俺はオリバーですよ」

「あの死体はフランツか?」

 彼は近くに横たわっている首なし死体を剣で指し示す。

「ええ、魔物にやられました」

「その魔物はどこへ行った?」

「逃げました」

「気絶したお前を残してか?」

「魔物が逃げてから気絶したんです」

質問を重ねるにつれて、隊長の口調から徐々に懐疑的な色が濃くなっていく。

「なぜ気絶した?」

「それは…」

 言葉に詰まったオリバーを見て、周りから一気に険悪な空気になる。一人生き残ったオリバーの無実を、オリバー自身が証明するのは難しい。

「お前がやったんじゃないのか?」

「いい加減にして下さい、冗談きついですよ」

 オリバーは苦笑いをするが、周りは笑うどころか顔が引きつっている者がほとんどであり、見るからにオリバーを疑っている。

「俺が殺すわけないでしょう!」

 自分が置かれている状況に苛立ちと危機感を感じ、思わず声を張り上げた。

「もう一度聞く、その腕はどうした?」

 もう正直にすべて話すべきか。しかしこの場にいない魔物に腕を食い千切られ、この場にいない少女に腕を治してもらい、気絶していた等と言っても恐らく信じないだろう。今残っている証拠といえば魔物の足跡ぐらいだ。

「フランツをやったのは魔物です! 足跡も残ってますよ!」

「腕について聞いている」

 もはや隊長は疑いの目を隠そうとしなかった。

「こいつ悪魔憑きじゃ?」

騎士の一人が、そう言った。さらに言葉を続ける。

「魔物と戦った時に、何かされて、フランツを殺したんだ」

 周りにどよめきが起きる。それは、その意見を疑っているというより、もはや事実として受けて入れている声だった。

 もうこうなったら少女の事について話すべきか。しかし今更言ったところで逆に怪しまれるだけだ。

「もしかしたら本物のオリバーはもう死んでて、こいつは替え玉かもしれない」

 先ほど口を開いた騎士がさらに言葉を続けた。

 魔物については分かっていないことも多い。人に姿を変える魔物がいるという噂もある。

「隊長、こいつは悪魔憑きです。また人を襲うかもしれない。拘束しましょう」

 隊長が次の命令を出すまで、そう時間は掛からなかった。

「拘束しろ」

 囲んでいた騎士の一人が縄を手にもって近づく。

「余計な抵抗はするなよ」

 オリバーはただ黙って従うしかなかった。


 ●


 彼女は自分の部屋に帰ってくるなりベッドに倒れこんだ。

 見習いの彼女に与えられた部屋は手狭ではあるが、最低限の家具はそろっていた。

 窓からもう月の上った空を見ながら昼間の事を思い出す。

 結局気絶した彼は適当な木にもたれ掛からせる形で置いてきた。

 色々聞かれるのも面倒であり、戦闘の痕で煙が上がっていたため直ぐに他の人間が助けに来るだろうと考えたのだ。

 決して町まで送り届けるのが面倒臭かっただけではないと自分に言い聞かせつつ、彼女は眠りにつく。

 その翌日、「悪魔憑きオリバー」の噂を聞くことになるとは知らずに


 ●


 騎士に憧れていた。きっかけは父だった。

 父親は騎士であり、その背中を見て育った。

 弱き者を助け、人民を守る。子供が憧れの対象とするには申し分なかった。

 加えて彼の父は、オリバーが物心つく頃に騎士団長に任命された。

 任命式の式典には子供であるオリバーも参列していた。

 皆の喝采を浴びる中、騎士団長に任命されたあの姿は、今までみた父の姿の中で一番印象に残っている。

 その後も度々オリバーは父が騎士として勤めている姿を見に行った。馬上で騎士団の指揮を執る姿、入団した新米騎士に指導する姿。どれもカッコいいと思っていた。

 だからこそ自分も騎士を目指し、やがて父のようになろうと思っていた。

 それが今や処刑を待つ悪魔憑きだ。

 白狼と戦った翌日には裁判が行われ、あっけなく死刑判決が下された。死刑執行は明日行われる事も併せて言い渡された。

 オリバーの言葉に耳を貸す者はいなかった。あの父ですら自分の事を偽物と呼び、助けようとはしなかった。

 一体何がいけなかったのだろうか。

 フランツを死なせてしまったから? あの白狼を取り逃がしてしまったから? それともあの少女に出会ってしまったから?

 いや、あの少女は自分の命を救ってくれた。恨むのは筋違いだ。

 牢屋の鉄格子の外に見える月を眺めながら、オリバーはそんな事を考えていたが、やがてどうでもよくなってしまった。

 どの道、自分の命運は明日尽きるのだから。


 ●


 彼女は知っている。人間が、一時的に錯乱した状態の人間の事を悪魔に憑かれたと評している事を。本当に悪魔の力が介在しているのは極一部であり、大半は本人の精神的な問題であり、特に騒ぐほどの問題ではないのだが、最近はそうも言っていられない状況である。

 なぜなら、人間は悪魔を魔物の一部と考えている。加えて魔物による被害が増えている昨今は、悪魔憑きは魔物と同列の存在であり殺すべきという考えが蔓延している。

 最悪なのは今噂になっている悪魔憑きというのは、彼女が命を助けた青年である可能性が高い事だ。

 彼女はあの青年の名前を聞いていなかった。故に今噂の「腕から認識印の消えた悪魔付きオリバー」という人物が、あの青年と同一人物であるという確証はない。

 しかしながら、彼女があの青年の失った腕を再生させた事実であり、噂が流れ始めた時期とあの青年とあった時期は一致している。

 彼女の力は失った腕を直す事はできるが、後天的な認識印まで元通りにできるかどうかは試したことがなく、彼女自身その真偽を把握できてはいなかったが、理論上は無理だろうと考えていた。

 彼女達にとって人殺しは禁忌の一つである。

 人間達が、人間達の都合で、あの青年に悪魔憑きというレッテルを張り、処刑をするのであれば、彼女が責任を問われることは無いだろう。

 それでも事の発端が自分であるというのは寝覚めが悪い。

 何より本当にあの青年がオリバーであるかどうかは自分の目で確かめたかった。

 よって彼女は今処刑場に来ている。

 悪魔憑きオリバーが今日この場所で公開処刑されるという噂を聞き、その人物の姿を確かめるために。

 どうか別の人物であってほしいと祈りながらその時を待った。

 程なくして、その一団の姿が見える。

 先頭に立って檀上に上がったのは死刑執行に立ち会う神父。その痕に続く衛兵と手枷を嵌められた死刑囚。

 死刑囚の姿は、残念ながらあの青年だった。

 やはり助けた方がいいか。

 攻撃魔法で衛兵を殺害し、彼を連れ去るのはそう難しくはないが、殺人は禁忌である。この状況下で死者を状況下で死者を出さずに彼のみを連れ出す方法などあるのか。

 思考を巡らす彼女を他所に、群衆は檀上に上がった死刑囚に向かって、「人殺し」や「悪魔」といった罵声を浴びせていた。

 そして彼女は、人殺しという言葉に疑念を抱く。彼女の知る限りあの青年は人を殺してはいない。もしも、彼女の預かり知らぬところで人殺しを行っているのであれば、このまま処刑を見守るだけでよいのではないかという考えに至る。

 立ち合い役の神父が片手をあげ、それを合図に群衆からの声が鎮まり、神父が口を開いた。

「皆の者、すでに聞き及んでいる者も多いかと思うが、この死刑囚の罪状を説明する。この男オリバーは、騎士の身であるにも関わらず、仲間であった騎士フランツを殺害した。」

 彼女は耳を疑った。あの場にいた二人の青年、恐らくは死んだ方の青年がフランツという名前だったのだろうが、あの青年は白狼に首を食い千切られたのを彼女は見ていた。それが何故かあの生き残った方の青年が殺害したという事になっている。

 そして彼女の心情など知る由もない神父はさらに言葉を続ける。

「さらに、この男には悪魔憑きであった」

 既に噂は流れていたが、それでも群衆からはどよめきが上がった。

 神父はオリバーに歩み寄り、その腕を指示した、

「知っている者も多いかと思うが、騎士となった者には左腕に認識印が刻まれる。それに例外は無い。オリバーもまた同様だった。にも拘わらずこの男には認識印がない。これは一体どういうことだ?」

 先ほど結論を述べているにも関わらず、半ばわざとらしく神父は群衆に質問を投げかける。

 それは自分が腕を再生したからと言って誰か人知るのだろうか。

 収穫はあった。彼は無実だ。しかも神父の言葉から察するに自分の事は黙っていてくれたようだ。それならば彼を助けるのが筋ではないのか。

「そいつは悪魔憑きだ!」

 群衆の中の誰かが大声で叫ぶ。

「死ね! 悪魔の手先め!」

 そしてまた別の誰かが続くように声を上げた、次々と後を追うように罵声が群衆からあがる。

 神父はしばらくその声を聴いていたが、やがて先ほどのように片手をあげて群衆を制した。

 悩む彼女を置き去りに、淡々とその時は近づいている。

「そうだ、この男は悪魔憑きだ。よって、この男は本日この場で処刑される事が決まった」

 神父は群衆からオリバーに向き直り、少し声の調子を落とした。

「何か言い残す事は?」

 オリバーに対する問いかけに、彼女は行動で応えた。


 ●


 処刑場に着くまでに道行く人々からは様々な罵声を浴びせられた。石をぶつけられる事もあった。

 その光景は何度か目にした事はあったが、自分が死刑囚の立場になる日が来るとは思っていなかった。

「何か言い残す事は?」

 最期の問いかけ。

 これも知っている。何か言ったところで神父に論破され、言い返せなくなったところで有無を言わさず処刑を執行する。

 国家と教会の威信を示しつつ、死刑囚を処刑するための手順である。

 だから、これ以上醜態をさらすことなく、大人しく、処刑されようと思っていた。

 ここで死刑囚が何も言わなかった場合は、神父がしばらくして処刑人に執行を促すという流れも何度か見た経験があった。

 しかし、耳に入ってきたのは神父の声ではなく、群衆の声。オリバーに対する罵声ではなく、何か恐ろしいものを見たかのような。

 気になって声の方を見ると、宙に火の玉が浮いていた。その下には手のひらを火の玉にかざした人物が立っている。

 その人物はフードを深く被っていたが、目があった。黄色い瞳。あのときの彼女だ。

 火の玉を生成しぶつける炎の呪文「ファイアボール」は一般的な呪文ではあるが、その火の玉の大きさは、普通の魔法使いが使うのであれは人の顔程度の大きさである。

 今目の前にある火の玉はみるみる大きくなっていき、直径が大人の身長よりも長くなっても成長を止めない。二倍、三倍と大きくなっていき、落ちてくれば群衆全員を飲み込みのではないかという大きさにまでなってようやく成長を止めた。

 その非現実的な光景に、群衆のほとんどは逃げる事も出来ずに、口を開けて火の玉を仰ぎ見ていた。

「全員動くな。下手な事をするとこいつを落とすわよ」

 声を出したのは火の玉の直下に居るフードの人物だ。

 それでもオリバーの両脇に控えていた二人の衛兵は、その人物を阻むようにオリバーの前に出て腰に下げていた剣を構えた。

「私を殺したりしたら、制御を失ったコイツが落ちてくるけどいいかしら?」

 今にも切りかかりそうだった二人が、脅し文句に二の足を踏む。

「そいつの手枷を外しなさい」

衛兵としてのプライドがあるのか、二人は剣を持ったまま動こうとしない。

「ねえ、腕が疲れてきたんだけど」

 フードの人物が真上に伸ばしていた腕を僅かに曲げると、それに連動するかのように火の玉が僅かに高度を下げる。

 それを見た群衆からは恐怖の声が上がる。

「構わん! 外せ!」

 声の主は神父だった。衛兵二人が渋々といった様子でオリバーの手枷を外す。その様子を見ながら、フードの人物は群衆から少し離れて馬に乗って警備にあたっていた二人の衛兵を指さした。

「そこの貴方と貴方は、こっちに来て馬を渡しなさい」

 その二人は指さされた自覚はあるようだが、互いに顔を見合わせ、その場を動こうとはしなかった。

「来い! 言う通りにしろ!」

 またしても神父が急かす様に声を上げる。

二人の衛兵はオリバーの近くまで来て、それぞれ馬を降りる。

「元騎士なんだから馬ぐらい乗れるわよね?」

 彼女の問いかけに、オリバーは黙ってうなずいた。

「乗りなさい。貴方は馬をこっち持ってくるのよ」

 この場の主導権を完全に握った彼女が次々と指示を出す。

 馬から降りた衛兵の一人が、彼女の隣まで手綱を持って馬を引いてくる。

そして、群衆からひと際大きな悲鳴が上がった。彼女が手綱を掴むために無造作にてを下したのだ。だが、火の玉は空中に縫い留められたかのように動かない。

 彼女は何事もなかったかのように馬に乗り、頭上の火の玉を指さした。

「これは残していくわ。しばらくしたら消えるけど、それまでおかしな真似をしたらどうなるかは保障しないわ」

 群衆を見渡した次にオリバーに指を向けた。

「貴方はちゃんと着いて来るのよ」

 彼女が出口に向かって馬を進めると、群衆は自然と道を開けた。彼女は苦も無く処刑場から脱出し、オリバーがそれに続く。二人の邪魔をする勇気のある者は居なかった。

 それから間もなく、彼女の言葉通り火の玉は落ちる事なく空中で燃え尽きたという。


 ●


 追っ手を攪乱するために一度郊外へ逃げて、馬を乗り捨てた後、いくつかの抜け道を使ってユニオンに戻った。

抜け道を使うたびにオリバーは驚いていたが、今更この抜け道を報告しに騎士団に戻ることは無いと思い、彼女は安全にユニオンに戻る事を優先した。

そして今、彼女はユニオン自分の自室にオリバーを連れて戻っていた。

「座って」

 彼女に促され、オリバーは部屋にあった椅子の一つに座り、彼女はまたベッドの上に腰かけた。

「色々説明しないといけないんだけど、まずは、『魔女の館』って知ってる?」

「聞いたことはある。構成員が女性のみのユニオンだ。」

 主に魔物の討伐依頼を斡旋する組織がギルド、そこに所属する個人が冒険者、そして、冒険者同士が融資を募り結成するメンバーがユニオンである。

 国家に所属し、国民を守る仕事を主にする騎士と、ギルドに所属し魔物の討伐の仕事が主である冒険者にはあまり接点がない。それでも魔女の館はその規模の大きさや構成員が女性のみという特徴から騎士の間でも噂になっていた。

「知ってるなら話が早いわ。私は魔女の館に所属する冒険者で、ここは魔女の館のアジト。この部屋は私にあてがわれた部屋。これからリーダーに会ってもらうつもりだけど、」

「ねえリリア、もしかして部屋に男連れ込んでる?」

彼女の話の途中で、部屋の外から別の女性の声がした。

 オリバーはどうしたら良いのかと問いかけるように彼女を見る。

「ああ、リリアっていうのは私の名前ね。」

「え? 本当に男連れ込んでるの?」

 リリアの声が聞こえたのか、扉の外の人物あさらに声がしてくる。

「先にリーダーに話そうと思ったのに仕方ないわね…」

 リリアはそう呟きながら席を立ち、扉を開けた。

「ちょっと事情があって…」

 リリアは扉を開けながら外に居る人物に話をしようとするが、それはできなかった、

「あーっ! リリアが男連れ込んでる!」

 扉の隙間からオリバーを見た途端、部屋の外の人物が大仰な大声を出した。しかしながら怒っているというよりも面白がっているような声だった。

 声につられて複数の足音と声が近づいてくる。

 リリアは素早く部屋の外に出て、誰も入れないよう扉を背にして閉めた。

「あーもう。ちょっと。後で説明するから。これからリーダーのところに連れて行くから!」

 そして扉を背にして集まってきた野次馬をなだめるのにしばしの時間を要した。


 ●


 騎士団の中である噂があった。それは「『魔女の館』に所属する冒険者は、全員男にトラウマを持っている。だから男の冒険者の加入は許されない」という物だ。 

 オリバーはあの噂はガセだったと確信していた。リリアもそうだが、来客室にとおされるまで、何人かの魔女の館所属の冒険者とすれ違ったが、オリバーを怖がるようすは皆無であり、それどころか好奇心に満ちた視線を感じた。

 そして今、リリアと二人来客室でリーダーを待っており、リリアはオリバーの隣の席に座っている。

「待たせたね」

 二人の女性が部屋に入ってきた。

「私はこのユニオンのリーダーをしているアン、こっちは副リーダーのサラ」

アンは歩きながら軽く自己紹介をして、オリバーとリリアとは机を挟んで向かい合う位置に座り、サラがその横に座った。

「で、どこまで話したんだい?」

「ここがユニオン『魔女の館』であるところだけです」

アンの質問に答えたのはリリアだった。

「それだけ? まあ、それならまずは確認させてもらうけど、昼間の死刑囚を誘拐したのがアンタで、誘拐されたのがそっちのオリバーって事でいいんだね?」

「はい」

リリアの返答にアンが苦笑いをする。

「処刑場を飲み込むようなファイアボールを出して衛兵を脅したってのもアンタ?」

「はい、私です」

「普通の魔法使いにそんな芸当はできない。分かるね?」

「はい。ですが顔は見られていませんし、死者も怪我人も出していません」

「そうかい。で、確かオリバーが処刑されそうになった理由は腕にあるはずの認識印が消えたからって聞いたけど、それはこの前アンタが標的と交戦した時に巻き込まれて腕を食われて死にそうになってたから、アンタが助けるために仕方なく直したものの認識印までは治らなかったって事でいいんだね?」

「そうです。私に責任があります。だから助けました」

あまりにも淡々とした会話にオリバーが割って入る・

「あの、リリアの力は何なんですか?」

 オリバーの知る限り切断した腕を直す治癒魔術というのは確立されていないが、リリアとアンの会話は、リリアは失った腕を復元する力がある前提で進んでいた。

「アンタ、これもまだ話してないのかい?」

「話してません」

「じゃあ、アタシの口から話す事じゃないよ」

「あれは普通の魔術じゃないですよね」

 何かを知っていそうなアンの口ぶりに、オリバーが食い下がる。

「こっちはアンタを衛兵に引き渡してもいいんだよ。そうされたくなかったら少し黙ってな」

少し機嫌を悪くしたようなアンの口調に、オリバーは今はまだその時ではないと思い口を噤んだ。

「それで、これからどうするつもりなんだい?」

 アンはオリバーではなくリリアに今後についてを尋ねる。オリバーはその場の空気に飲まれて、まずは話を聞く事にした。

「オリバーをここに匿う事は出来ますか? このまま家に帰す事はできません」

「アンタ、ここに男を置く意味わかってるのかい?」

「私が面倒を見ます」

「そういう問題じゃないよ」

 オリバーにとってはいまいち要領を得ない会話だった。あの噂は間違っていたようだが、女性のみで構成されたユニオンというのは別の理由があるのだろう。

「ウチのリリアのせいでアンタが巻き込まれたってのは事実みたいだいだし、チャンスをやろう。三日だ。三日以内にあの標的を倒してきな。そうすればここに置いてやるよ。いいかい、これはテストだ。このユニオンから仲間を連れて行くのは無しだ。二人でやるんだよ。ま、ユニオン外から仲間を連れていくなら好きにしな」

「分かりました」

「まだ西の森での目撃情報がある。奴が遠くに行く前に仕留めるんだね。それから奴はもう賞金首だ。他の冒険者に先を越されるのもダメだからね」


 ●


リリアとオリバーが来客室を出て行った後、終始無言で話を聞いていたサラが口を開いた。

「彼を候補者にするつもりですか?」

「いずれ第二次が始まる。そろそろ候補者を探そうと思っていたところさあいつが候補者になるなら丁度良い」

 質問を肯定するアンの回答に、サラは怪訝な顔をした。

「片腕を喰われるような奴ですよ」

 魔物と戦って殺されかけたような人物が候補者に相応しいとはサラには思えなかった。

「リリアの話じゃ、あの時人間は二人いて一人は死んだそうだ。少なくともそっちよりは見込みがあるよ。アンタは反対なのかい?」

「経緯はともかく、死刑囚の逃亡犯ですよ」

「だからいいんじゃないか。命の恩人であるリリアを裏切るとは思えないし、お尋ね者である以上、私達から離反しようにも行く場所は無い。協力してくれるさ」

 候補者を選ぶ上で重要なのは強さ以外にも、事情を知った後でも協力的な姿勢を崩さないかどうかという点も考慮しなければならない。その点でいてばオリバー以上の条件を持つ人物はいないだろう。

「逃亡犯を匿うというのはリスクがあるのでは?」

「賞金首でなきゃ問題無いさ」

 魔物の討伐任務が主なギルドでも、例外的に人間の討伐依頼を出す事がある。討伐対象は賞金首と呼ばれ、その多くは凶悪犯である。この場合の依頼主の多くは国であるが、この凶悪犯は騎士団の手には負えないという解釈も取れてしまうため、騎士団の権威を失墜させる事になる。よって、よほどの事がない限り人間の討伐依頼が出される事は無い。

さらに付け加えると逃亡犯といえど、賞金首になっていない者については騎士団以外の者は無頓着である事がほとんどだ。知っていたとしても名前は聞いた事はあるが顔は知らない程度だろう。

「仮に倒して戻ってきたとして、本当にここに置くつもりですか?」

「ああ、約束は守るつもりだ。討伐に成功したなら候補者になるだろうし、向こうの来客室で色々事情を話してやるよ。それに、アンタは一度会っただけの人物を命がけで助けようと思うかい?」

 サラは、否定しようとして、質問の真意を察する。

「二人がもう、そういう関係だと?」

「あの子の力は消耗が激しい。どうせ腕を治した直後には少なくとも…」

 あとは察しろと言わんばかりに、アンは途中で言葉を切った。

「ユニオン外から仲間を入れるのは許可されていましたが、彼らに協力する者がいると思いますか?」

サラはオリバーの人脈がどの程度かは把握していないが、オリバーの知り合いでも逃亡犯となった彼に、手を貸す者は居ないと思っていた。賞金首を倒すのに冒険者同士が協力するのは珍しくないが、人数が増えればその分取り分も減る。まったく見ず知らずの者同士で協力するというのは考えにくい。だがアンの予想は違っていた。

「『狙うなら騎士がいい』っていうだろう?」


次話は3/4(金)に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悪魔つきが何故こんなに恐れられているかの説明や過去に悪魔つきが起こした事例が欲しい、読者目線悪魔つきがどういうのか、何故恐れられてるのかが分からないから全員の反応が過剰過ぎるように見える
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