[2-12] 事後処理
天井に放たれた炎を見てオリバーは正面玄関から外に出ようとしたが、ヴァネッサに手を掴まれた。
「そっちじゃないよ」
騎士たちもミランダの号令に従い外に退避している。今正面玄関に行けば間違いないなく騎士団に捕まる。だが他に逃げ道があるのだろうか。
「どうする気だ?」
「地下に行く」
「行き止まりだったら蒸し焼きになるぞ」
天井が焼け崩れるまでにそう時間は掛からない。今地下にいけば焼け崩れた瓦礫に出入口を塞がれてしまうのは明白だった。
「大丈夫。抜け道があるから」
「何で分かるんだ?」
地下に行ったのはギルスだけで、ヴァネッサはずっと地上にいた、そのヴァネッサに地下の様子など知りようが無いとオリバーは思っていたが、ヴァネッサの答えは実にシンプルであった。
「使い魔で偵察したから」
つまり、騎士団とにらみ合いをしていている間、使い魔で地下の様子を確認していたという事か。
「ギルスはどうなった?」
そうであるならば、地下に先にいったギルスがどうなったのかが気になるところだ。
「ギルスはガエラを倒して無事だよ。だから地下に行った方が騎士団と一緒に外にでるよりずっと安全だよ」
「分かった。行こう」
騎士団とは別の道を進もうとするオリバーに姉の声が聞こえて来る。何を言っていたかはオリバーには聞き取れていた。それでもオリバーは振り返らなかった。
●
地下道を進んでいるうちに、地上へ向かおうとしていたギルスと合流し、四人で抜け道を通り地上へ出た。
「そういえば、騎士団の連中は?」
「別の道を行っただけだよ」
「君達追われてなかったっけ? 何で追ってこないんだい? まさか皆殺しにしたとかじゃないよね。それとも見逃してくれたのかい?」
「誰も殺してないよ。 運悪く屋敷が崩れて追って来れなくなっただけ」
「運悪く、ねぇ…」
ガーゴイルとのところで天井に穴があいたところはギルスも見ていたが、あれだけで屋敷は崩壊するとは考えにくい。
そうなると、リリアが再度魔術を使って屋敷を崩壊させたのではないかと思い、ギルスはリリアを見るが、彼女はそんなギルスの視線に気が付かないほどに不機嫌そうであった。
ギルスはリリアの機嫌が悪い事を察して、リリアに話しかけるのを思いとどまったが、リリアはそんなギルスの心中を他所に口を開いた。
「ねえ、オリバー、あの女は誰?」
「あの女って?」
「あの騎士よ。向こうはあなたの事を知ってたんでしょ。記憶がどうとか言ってたし。手配書で名前を知ってたじゃ説明が付かないわ」
そういえば、互いに体裁もあってか、あの場では兄弟である事を一言も触れなかった。
「あなた恋人いたの?」
続けざまに放たれたリリアの質問からはオリバーを責めるような雰囲気があった。そうなってしまうと正直に兄弟である事を明かすのはどこか癪な気がした。
「関係あるのか?」
売り言葉に買い言葉で、つい冷たい言葉を返してしまった。
「関係あるわよ」
「どんな?」
「あなた騎士団から追われてるんでしょ? 騎士団の中にただの元仲間以上の関係がある人物がいるなら先に知っておく必要があるわ」
「知ってどうするんだ?」
「それは知ってから考えるわよ」
次第に熱を帯びて来る二人の言い争いにヴァネッサが割って入った
「にーさん、話して。あたしも気になる」
実質の仲裁のような言葉であったヴァネッサの言葉に冷静にあったのか、オリバーはしましの沈黙の後に真相を話した。
「姉だよ」
「本当に?」
恋人である事を疑っていたリリアにとっては、あまりにも拍子抜けな答えであったために、思わず聞き返していた。
「顔見て分からなかったか? あの人は俺の姉。血の繋がった兄弟」
「どうして黙ってたのよ」
「話す機会が無かっただけだろ」
「嘘よ。隠してたんでしょ」
引っ込みがつかなくなっているのか、リリアは尚もオリバーを責めるような口調である。そうなってしまうとオリバーも言いたい事がある。前から常々思っていたが、あえて聞こうとしなかった事だ。
「そっちだって、俺と会う前に何をしてたか、全然話さないじゃないか」
話すタイミングがなかったというのもあるが、それ以上にリリアがリリア自身の事を離さなかったために、オリバーもまた自分の事を話すタイミングを逃していたというのもまた事実であった。
それを一方的に隠していたと言われてしまってはそう言い返すしかなかった。
「それは…。」
リリアが固まった。よほど触れてほしくない話題だったのか。
「あんまり大声だして騎士団嗅ぎつけられたらら面倒なんだから、その話はあとにして。移動が先」
ヴァネッサが再び割って入り、露骨に話題をそらそうとする。
「ヴァネッサはリリアの過去を知ってるのか?」
それでもオリバーは同じ質問をヴァネッサにした。
「今は移動が先」
否定も肯定もしないが、有無をいわさぬ口調であった。だがそれは何かを知っていると言っているようなものだった。
「今は移動した方がいいんじゃないのかな」
険悪な空気を察したのか、ギルスまでもが、まずは移動する提案をしてきた。
「分かったよ」
どこか気まずい空気となったまま、四人は宿屋へと戻る。
●
宿屋に向かう道すがら、オリバーには確かめなければならない事があった。
合流したときから気が付いていたが、ギルスの荷物が増えている。具体的には両手に収まる程度の大きさの何かを布で包んで持っている。
漂うちの匂いから予想はしていたが、宿屋に着く前にその中身を聞く事にした、
「それってガエラの生首か?」
「そうだよ。賞金を受取るのには倒した証がいるんだろう?」
ギルドに討伐成功の報告をするには証が必要となる。相手が人間の場合は生け捕りの場合はそのまま身柄を引き渡す事になるが、死んでいる場合は首を渡す事が多い。
「ああ、そうだな」
オリバーは不承不承と言った様子で生首の入った布袋を受取った。騎士とはいえ人間の生首という物にあまり慣れていないため、生首を持つという事に抵抗があったのだ。
「ガエラを倒したんだから、今度は僕が願いを聞いてもらう番だよね。まさか本当に倒せるとは思わなかったとか言わないよね?」
「いや、そういう訳じゃない。ギルスは生首を持つのには抵抗はないのか?」
「長生きしたからね。死体ぐらい見慣れてるよ」
「そうか」
「で、これどうするんだい。早速ギルドに行って賞金をもらうのかい?」
「それはダメだよ」
否定したのはヴァネッサだった。
「あれ? 賞金目当てじゃなかったのかい?」
「今は多分騎士団が張り込んでるよ。行ったら捕まる」
騎士団にはガエラとオリバーの両方の姿を見られている。ガエラに逃げられた現状では、ギルドにオリバーが討伐報告をしに来るのを張り込んで待っている可能性がある。
「首から下は置いてきたけど、騎士団の誰かがそれを持って行って賞金を横取りするなんてことはないよね」
賞金首の報酬は早い者勝ちである。基本的に最初に討伐の証を持っていた者が賞金を手にすることになる。
「騎士団にも面子があるからそんな事はしないと思うけど、他の誰かに横取りされても迷惑だし、アンに報告しに王都に戻ったらそこで提出しよう」
冒険者が打ち取った賞金首を、騎士団が横取りしたという事が判明したら、騎士団の面子は丸つぶれである。
「そうね、騎士団との接触を避けるなら、団長経由で証拠品を提出した方が安全だし」
「一度王都に戻るのかい?」
「この首持って歩けないでしょ」
ヴァネッサがガエラの首を指さす。
「そういえば君たちのユニオンって?」
「魔女の館よ」
答えたのはリリアである。
「あー、それ僕は行くの遠慮しておくよ」
流石に大規模ユニオンともなれば名前ぐらいは知っているのだろう。だがそこに行くのは憚られるようだ。
「どうして?」
「フィアンセがいるって言っただろう。あそこに行ったなんて知られたら面倒な事になるよ。だって女性しかいないユニオンなんだろ?」
魔女の館が女性のみのユニオンというのは間違いではない。
「今更それ言うの? 私に接触しておいて」
だがリリアからすればどこか引っかかるものがあった。いやむしろ確認しておかなければならない事があった。
「どういう意味だい?」
「念のために聞いておくけど、あなたエルフなのよね? 『神の奇跡』の正体も知って
るのよね?」
「ああ、そうだよ」
「この四人の中で人間が何人いるか分かってる?」
リリアの質問にギルスは目を見開きたじろぐ。どう見ても動揺しているのが目に見えているが、ギルスは無理矢理平静を装いこう返した。
「二人」
四人に何とも言えない静寂が訪れたが、リリアはすぐに気を取り直して、再度聞き返した。
「一応聞いておくけど、あなた以外で人間じゃないのは誰?」
「ほら、お嬢ちゃんはシスターなのに使い魔使役するって明らかに変だろう? きっと人間じゃないんだろうなとは思ってたよ」
ギルスは自分の答えが正解だと思ったのか、嬉しそうに自分の考えを説明する。確かにヴァネッサが人間ではないというのは合っているのだが、人間は二人というのは間違っている。リリアはここで正解を言うべきかどうか悩み、ヴァネッサに視線を送るが、彼女は無表情でこう言った。
「正解。すごいね。頭いい」
「あれ? なんか含みのある言い方に聞こえる」
ヴァネッサの台詞に、何か不自然さを感じたのだろう。ギルスが動揺しているのがすぐにわかる上ずった声を上げる。
「大丈夫。その予想当たってるから」
その言葉はギルスよりも、リリアとオリバーに対して、これ以上余計な事は言わなくてもいいという意味が含まれているであろう事に、リリアとオリバーは気が付いたため、二人はそれ以上口出ししようとはしなかった。
「ちなみに何の種族かは教えてもらえないのかい?」
「頭いいんだから、説明しなくても分かるよね」
やはりヴァネッサはこれ以上の事を語るつもりはないようだ。
「いや、蝙蝠使ってるし、吸血鬼かなとは思ったけど、普通に日の光に当たってるんだから違うよね。あれ? 本当に正解は教えてもらえないのかい?」
その質問に答える者は居なかった。
●
一日で王都に戻り、三人でギルド魔女の館へ向かう。ギルスは王都までは来たが、先日話した通り魔女の館に行く事を断り、今日は適当な宿屋に泊まるといって別行動となった。
来客室に通され程なくして、アンとサラがやってきた。
「ガエラは討伐できたのかい?」
「はい、首を持ってきました」
リリアが持ってきた、布に包まれたままのガエラの生首を机の上に置く。アンはその堤をほどかずに、布の隙間を広げるようにして中を見た。
「確かに手配書の首だね。ここにあるって事はまだギルドには提出してないのかい? オータムの村のギルドに報告でもよかったと思うけどね」
「いえ、騎士団と鉢合わせする危険があったのでここまで持ってきました」
「まさか騎士団と揉めたのかい?」
その口調から察するに、アンにとっても騎士団と事を構えるというのは好ましくない事のようだ。
「騎士団もガエラを追っていたようで、ガエラと戦った時に鉢合わせしました」
「向こうはオリバーに気づかなかったのかい?」
「気が付いていましたが、鉢合わせした直後にガエラがグールをけしかけてきたために、騎士団はグールと戦闘になり私たちとは戦闘になりませんでした」
「そのまま見逃してくれたってのかい?」
「騎士団は我々を捕縛するつもりのようでしたが、屋敷が火事になったので騎士団を撒く事ができました」
「火事? 向こうに死人は出てないだろうね?」
アンが眉間に皺を寄せた。
「屋敷から脱出していたので大丈夫かと。全員の安否を確認したわけではありませんが」
「なら良いけどね。さすがに表立ってウチのユニオンメンバーが騎士団と戦闘したって事になったら面倒になるから止めてくれよ」
ギルドの経営方針として、依頼の達成が最優先であり、冒険者の身元の確認までは問わないという物がある。それはあくまで表向きの理由であり、本当のところは、人間界の戸籍を持たない魔界からの住人に職を与えるための口実であるが、それを知るものは極一部である。
ともあれ、ギルドから依頼を受けるためには冒険者として登録する必要がある一方で、身元確認は甘いのである。端的に言えば適当な偽名でもそのまま通ってしまう。ギルドからすれば冒険者登録というのは、依頼を受けた人物と、達成した人物を照合するための情報でしかないというスタンスだ。
このため、冒険者には不法滞在者やお尋ね者が紛れる事が多く、犯罪の温床になっているという面もあるため、不法滞在者やお尋ね者を追う立場にある騎士団からとギルドの関係はあまり良くない。
一方で、正規の仕事が受けられないような人物でも能力さえあれば犯罪に走る事無く一定の収入が得られるため犯罪を抑える事が出来ているという面もあり、魔物の活動が活発化している今、魔物に対処するために多くの冒険者が動いているというのも事実であり、魔物の対応は騎士団の仕事ではないというスタンスを取ってきた騎士団からすれば、魔物への対処をしているギルドに対して強硬姿勢を取ってしまうと、ギルドが引き受けていた魔物への対処を全て騎士団が引き受ける事となる。現状騎士団にはそこまでの人員が確保できていない。よって騎士団といえど余程の事が無い限りギルドに所属し、一大ユニオンとして名を馳せている魔女の館に対して、お尋ね者を匿っているという名目で強制捜査を行うというのは政治的な理由から考えにくい。
それでも表立ってユニオンメンバーが騎士団と戦闘を行い、騎士団側に死者が出たという事態になってしまったら、騎士団としても何かしらの対処を行う可能性が高いため極力騎士団と事を構えたくないというのがアンの考えであった。
「しかし、騎士団にオリバーが捕らえられそうになって、騎士団に被害を出さなければ救助できないような状況になったとしても、騎士団との戦闘は避けるべきですか?」
リリアとしては、魔族として、騎士団に被害を出すのは規律上禁止されている事は分かっている。しかし、魔剣を持ったオリバーとどちらを優先させるかという話は聞いていなかったため、この際はっきりとアンの口から聞いておきたかった。
「ああ、避けるべきだね」
それはリリアの望む答えではなかったのだろう。リリアが落胆するのがオリバーにも伝わった。
「それでは魔剣が、人間の手に渡っても良いという事ですか?」
「魔剣は所詮道具だ。取り返せばいい。人が死んだら取り返しがつかない。後処理がめんどうになるんだよ。」
「オリバーはいいんですか? 捕まったら処刑されるかもしれないんですよ」
「そのまえに取り返すさ。見殺しにするつもりはないよ。でも騎士団側に被害がでたら、さらに追っ手の数を増やされる。最悪ギルドからも賞金首扱いされる。そうなったらここに匿う事すら難しくなる。だから騎士団との戦闘は避けるんだ。いいね?」
「…分かりました」
応えるまでの間にリリアが何を思ったのかは、本人しか分からないが、全てを納得している様子ではなさそうであった。
「それで一つお話があります:
気分を切り合える為か、リリアが話を切り替えた。
「何だい?」
「ガエラを討伐する際に一人のエルフと手を借りました。彼は手を貸した見返りに協力してもらいたい事があると言っています。なので数日間王都を離れることになりますが良いでしょうか」
「それは構わないけど、そのエルフっていうのは今どこにいるんだい?」
「宿屋にいます。フィアンセがいるのでここには来たくないと」
「変わった奴だね。まあそういう事情があるならしょうがない。行ってきな」
「ありがとうございます。それからエルフについて一つ確認したいのですが」
「何だい?」
「あのエルフは『神の奇跡』の正体を知っていましたが、エルフにとってはそれは常識という事で良いのですか?」
「アタシには分からないっていうのが正直なところだね。空賊と魔族が戦ってた時に、エルフは参戦してこなかったし、戦いが終わった後も魔族とエルフには交流はない。ただあの戦いを第三者的立場で見てたなら、人間と空賊以外の第三勢力が介入してきたっていうのが分ってても不思議じゃない」
「では我々の正体を、エルフに教えても問題な無いのですか?」
「問題ないよ。正確にはエルフとの接触について禁止してないってだけどね。でも『神の奇跡』の正体を知ってるなら、これ以上何を教えるって言うんだい?」
「魔族の存在については、あのエルフは分かっているようですが、我々がサキュバスという事は分かっていないようだったので、教えるべきかどうか悩んでいます。少なくともこのユニオンについても女性のみで構成されたユニオン程度の認識のようです」
「さっきも言った通り、魔族全体の規律としてはエルフとどう接するかは特に決めてないんだ。今まで交流が無かったからね。アタシの個人的な意見としては不要に情報を広めてほしくは無いけど、これから一緒に行動するっていうなら、必要に応じて教えればいい」
「分かりました」
「ところで魔剣の調子はどうだい?」
アンがオリバーに視線を移す
「刃を飛ばす程度の事はできるようになりました:」
質問に答えたのはオリバー本人だ。
「実戦でも使ったのかい?」
「はい、まだ風の刃を飛ばせる程度ですが、使ったところを騎士団に見られました」
「どんな反応だった?」
「俺が魔術を使えなかったのを知っている騎士だったので、突然魔術を使えるようになったのはおかしいと」
「そうなるだろうね。でも使いこなせばもっと強い力をつかえるようになるし、空賊との戦いが本格的に始まったらその力を隠しておくことなんかできない。人前で使う機会は増えるだろう。だからその力を使った結果、他の人間から奇異の目を向けられる事は多くなる。早く慣れな」
「それは…」
処刑場で、奇異の目というよりも悪意と殺意の入り混じった視線を向けられた経験のあるオリバーにとってはあまり喜べる話ではなかった。
その心中を察したかのように、アンは一つの解決策を提示する。
「それが嫌なら英雄になりな」
「英雄ですか?」
突拍子もないような話ではあったが、オリバーは何故自分が魔剣を託されたか思い出した。人類を滅ぼすと言われている空賊。それを妥当するための武器として渡されたのだ。
「魔族が空賊を撃退したのを『神の奇跡』という解釈をしたように、人間は物事を自分の都合の良いように解釈したがるからね。アンタが魔剣を使って空賊を撃退すれば、神から遣わされた力を持った英雄って扱いになるさ」
魔族の目的もまた空賊の打倒である。魔剣を持ったオリバーが空賊を倒せば、人類を救った英雄という扱いも、あながち大袈裟ではないだろう。
「分かりました」
「さて、話を戻すけど、この首はあたしがギルドに提出するって事でいいのかい? あんた達は騎士団に顔を覚えられるから直接受付に行きたくないんだろう?」
基本的に依頼の成功報酬を提出するのは依頼を受けた本人でなければ認められ名が、ユニオンの長をしているアンであれば、その辺りの融通は利くのかもしれない。
「お願いします」
「今日はもう夜遅いし、このまま泊まってくんだろ? リリアは部屋があるからいいとして、そっちの二人には来客用の部屋があるから使いな」
「いいんですか?」
「このユニオンで保護してるんだから、わざわざ宿屋に泊まらせるってのも変だろ。サラ、案内してやんな」
「はい。ではお二人ともついてきて下さい」
●
来客室を出て、オリバーとヴァネッサはアンの案内に従い、客間のある建屋へととおされた。リリアはあのまま自分の部屋に戻るという事になり、明日朝に正面玄関で待ち合わせという約束だけして、あの場で別れた。
「ではこちらがオリバー様の部屋になります。鍵をお渡ししますのでお使いください。ヴァネッサ様はその隣の部屋になります」
そう言ってサラは部屋の番号が掛かれた鍵をオリバーとヴァネッサにそれぞれ渡した。
「あすの出発の際には一階の受付に置いていただければ鍵は回収いたします。ではごゆっくりお休みください」
アンは手短に事務連絡だけして一礼すると、どこかへと行ってしまった。副団長としての業務があるのかもしれない。
「にーさんは、今日はもう寝るの?」
部屋に入ろうとすると、ヴァネッサが声を掛けてきた。
「そうだな、疲れたしすぐ寝ると思うよ。ヴァネッサは何か王都に用があるのか?」
「あたしはちょっと行くところあるから」
「王都に知り合いでもいるのか?」
オリバーはふとリリアとのやり取りを思い出しつつ、ヴァネッサの過去についても聞いていない事を思い出した。果たして彼女はオリバーと会う前に一体どのような事をしていたのか。
「まあね」
いかにも悪そうな笑顔をしている。
「まさか、誰かの血を吸いにいくのか?」
そういえば、今日はまだヴァネッサに血を与えていなかった。ヴァネッサが誰かに用があるというのはそういう事なのだろうか。
「まあ、わたしはにーさんに拘る気は無いし、それでもいいんだけどにーさんは私がにーさん以外から血を吸ったらどう思う?」
「ダメだろ」
「どうして?」
「普通の人間は血を吸わない。吸血鬼だってバラしてるようなものだろ」
「じゃあ、バレなきゃいいんだ?」
「そういう問題じゃない」
「独占欲?」
「そう言えば満足するのか?」
「安心して。血を吸いに行くわけじゃないから」
「じゃあ何をしに行くんだ?」
「ヒミツ」
「ついて行ってもいいのか?」
「ダメ」
「まさか、悪い事しに行くわけじゃないよな」
「話をするだけだよ」
「誰と?」
「ヒミツ」
本当にマズイ事をしているのならば、わざわざここで出かける事をオリバーに言ったりはしないだろう。話す気のないヴァネッサから話を聞く事をあきらめ、オリバーはそうおもう事にした。
「じゃあ、おれはもう寝るぞ」
最初にもう寝るのかと問われたため、とりあえず話題を元に戻す意味も込めてオリバーはそう言って部屋に入ろうとした。
「後で血を貰いにいくから、起きててね」
ヴァネッサの最初の問いは、そういう意味だったらしい。
そう言い残してヴァネッサはオリバーの返事を待たずにどこかに行ってしまった。
次話は6/17に投稿予定です。




