第5話、バレンタイン①
学校では最近そわそわと落ち着きのない生徒が増えてきた。というのも、一年に一回の重大な青春イベント、2月14日のバレンタインが近付いてきたのである。
男子生徒達は誰からチョコをもらえるのか期待に満ちた表情で話しているし、女子達もまた同じように誰にチョコを上げるのか、気になる相手にはどうやって渡すのかなどを楽しそうに話し合っている。
その光景を眺めながらバレンタインというのは本当に大変なイベントだと、俺は苦笑を浮かべていた。何故なら俺のすぐ隣にいるユキと秋奈が、男子生徒からの猛烈なアピールを受ける姿を何度も見たからだ。
学校のアイドル的存在である二人の手作りチョコというのは、男子生徒にとって喉から手が出るほど欲しいものらしく、あの手この手で二人に取り入ろうとする者が多いのだ。ユキと秋奈からチョコがもらえるように多くの男子が詰めかけていた。
それもバレンタイン前日になると、しつこすぎるのも良くないという結論に男子達も至ったようで、そわそわとした様子を見せてはいるが二人が男子達から話しかけられるという事はなかった。けれど彼らの圧が無関係な俺ですら感じ取れるレベルには、教室内がいつもと違う雰囲気なのは確かだ。
「なんか……バレンタインって凄いもんなんだな」
ぽつり、と呟くと前に座っている秋奈が振り向く。
「おや、晴はバレンタインに興味ないのかい?」
「ま、まあ……程々にはな」
と秋奈には誤魔化してみるものの、バレンタインに期待する多くの生徒達の中で、実は俺が誰よりも浮ついているんじゃないかと思っていた。ユキや秋奈からチョコレートがもらえるかどうか、仲が良いからこそ期待も高まってしまうというものだ。
でもそれを周りに見せないように出来るだけ平静を装っていたはずなのに、俺と親しい秋奈にはまる分かりだったようだ。
「程々にねえ。それにしては落ち着きがないように見えるけど?」
「そ、そうか? 俺は至っていつも通りだぞ?」
「ふーん……じゃあさっきからずっと机の下でスマホをいじってるのは何なのかな?」
「え……これは――」
ひょいっと秋奈は器用に俺からスマホを取って、まじまじと画面を見るのだった。
「『必見! 女子からバレンタインチョコをもらう方法特集!』とは、なかなかタイムリーな情報じゃないか」
「うっ……」
ばっちり見られてしまった……。しかしこうなってしまっては言い逃れなんて出来ようもないわけで、これはもう観念するしかないようだ。
「そりゃまあ……俺だって女子からチョコレートをもらえたら嬉しいし」
「晴も男の子だね。ふふ、可愛いじゃないか」
「か、可愛いって言うな」
「照れちゃって。ただちょっと意外だっただけさ」
「意外?」
「だってこんなの見なくても晴なら――」
秋奈は途中で口ごもる。どうしたんだろうと首を傾げると、彼女は何だか頬を僅かに赤くして俺へとスマホを返してきた。そして秋奈はちらりと明日のバレンタインについて女子達に囲まれて話をするユキの方へと視線を移す。
ユキが何かを言う度に女子達から上がる黄色い声、相変わらず彼女の周りだけはまるで別世界のように鮮やかで、眩しい光を放っているようだった。
そんな光景を眺めながら秋奈は言った。
「キミの周りに居る女の子なら、きっと大丈夫だよ」――と。




