第4話、温泉旅行④
雪化粧をした山々からは冷たく澄んだ空気が流れ、清々しいほどの風情を感じることが出来る。その風景は正に絶景と呼ぶに相応しいもので、俺は言葉を失ってしまうほど圧倒されていた。
露天風呂の気持ち良い湯加減で身体の疲れが洗い流されていくだけでなく、壮大な自然を前にしているだけで心まで洗われるような気がして、つい感動してしまう。
けれどこうして落ち着きながら、目の前に広がる大自然と立派な露天風呂を楽しめるのはここまでだった。
俺は手ぬぐいで汗を拭き取りつつ、ゆっくりと肩まで浸かる。少しでも落ち着こうと思った。だって車の中でずっと想像していたあの光景が近付いてきているのだから。
「まさか本当に一緒に入るだなんて……」
ユキも深冬さんも車の中で話していた通り、俺と一緒に露天風呂を満喫する気でいるようだ。
いくら家族同然の関係とはいえ、お風呂に入る直前になれば『やっぱり恥ずかしいので別々に……』という話になるのかと思っていたのだが、どうやらそれは俺の勘違いだったようで――ユキからは「タオルでちゃんと隠すから大丈夫ですよ。晴くんは先に入浴して待っていてください」と脱衣所に連れて行かれ、深冬さんからも同じように言われてしまった。
親子揃って楽しいものが目の前にあると、天然でゆるゆるで抜けてしまう事があるのは一緒だなと思いながら、ここまで来たらもう覚悟を決めようと、俺は一人で湯船に浸かり続けている。するとやがて二人の気配が近づいてくるのを感じた。
ゆっくりと扉が開かれる音がした直後、俺は慌てて背を向ける。二人分の足音と共に視界の端に肌色の何かが見えて必死に目を逸らす。
「えへへ、お待たせしました」
「晴ちゃん、入りますね」
聞こえてくる二人の声に身体が強ばる。ぺたぺたと床を歩く音が徐々に大きくなり、ついに俺のすぐ傍で止まった。
「お隣おじゃましますね、晴くん」
「は、はい……」
緊張のせいでぎこちない返事しかできない。心臓の鼓動が激しくなる中、ユキと深冬さんは俺の隣で桶を使って身体を清めた後、そっと湯船に足を伸ばしたのが横目で見えた。
俺はユキの深冬さんの二人に挟まれる形になっていて、肩には柔らかな感触が当たっている。
すぐ隣に見えるのは真っ白なタオルに包まれたユキと深冬さんの体だった。タオルで隠されているものの、俺にはハッキリと見えていた。
白い布地の奥にある柔らかそうな太腿、美しい曲線を描く背中、そして今にもこぼれてしまいそうな胸の膨らみがこの目に焼き付いてしまう。
湯船に浸かった事で白い布が透けて二人の艶やかな肌まで見えていて、それは思わず目が離せないほど魅力的で、息をするのを忘れるほど綺麗な光景だ。柵の向こうに広がる絶景よりも、もっとずっと魅惑的で俺の心を奪い去ろうとしていた。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ユキはいつも通りの屈託のない笑顔を浮かべる。深冬さんも優しげな笑みを浮かべていた。
「ふふ、晴ちゃん。緊張しちゃってますね。リラックスして雪見風呂を楽しみましょう」
俺の頭に深冬さんの手が優しく乗せられる。こうして頭を撫でてくれる彼女の表情はとても穏やかで、まるで我が子を見守るような優しい瞳をしていた。
一方、ユキの方は深冬さんにやきもちを妬いているのか、頭を撫でる手を見ながらぷくりと頬を膨らませる。
「むうっ……! お母様ばっかり……!」
「あらあら、ごめんなさいね。それじゃあユキも一緒に晴ちゃんの頭を撫でてあげてください」
「わあ、やった~!」
嬉しそうに微笑んだユキは深冬さんから代わり、白くて細い手で俺の頭を優しく撫で始めた。その心地良さと湯船の暖かさが相まって、あまりの気持ち良さにされるがままになってしまう。
「晴くん、気持ちいいですか?」
「ああ……。すごく気持ち良い」
「良かった。えへへ、あたしも晴くんの髪、気持ち良くて好きですよ」
「……そ、それはどうも」
「ふふ、照れなくても大丈夫ですって。ね、お母様」
「そうですね。晴ちゃんの髪は本当にサラサラですから、羨ましいくらいです」
再び俺の頭に手を伸ばす深冬さん。ユキと一緒に愛おしそうに俺の頭を撫でてきて、恥ずかしさのあまり頭の中が沸騰しそうになっていた。
二人から同時に髪を弄られるなんて慣れなくて落ち着かない。けれどそれが嫌じゃないと感じるのは、きっと相手がユキと深冬さんだからなのだろう。
しばらくなされるがままになっていると、俺の頭を撫でるのに満足したのかユキと深冬さんは手を離して湯船からゆっくりと立ち上がる。
濡れたタオルがぴっちりと張り付いた身体があまりに魅惑的すぎて、そのしなやかに伸びる脚とか、細くくびれた腰回りに、たわわに実った柔らかそうな胸が湯の中を歩く度にたぷんたぷんと揺れる様子を堪能してしまう。けれど深冬さんのいる状況で獣になってはいけないと、慌てて目を逸らし、理性を保とうと精一杯だった。
「晴くん、見て下さい。凄い景色ですね」
ユキの言葉につられて視線を上げる。湯気の中で真っ白な雪景色に見惚れるユキ、そして隣で楽しげに笑う深冬さんの姿があった。
俺は二人に誘われるように立ち上がり、彼女達の元へと近付いていく。そのままこの先に広がる景色を見つめた。
遠くに見える山々はどれも綺麗な形をしていて、青空と雪とのコントラストが美しい。空に浮かぶ雲は綿飴のようにフワフワと流れていき、時折吹く風によって少しずつ姿を変えていく。視界の端では雪に覆われた木々とその中に佇む一軒家。屋根には雪が積もっていて、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。
「ここに来れて本当に良かったです。そしてその一緒の相手が晴くんとお母様で、あたし今とっても幸せです」
ユキは目を細めて俺達に笑いかけた後、また景色に目を向けた。ただひたすら無邪気に露天風呂を楽しむユキの姿と、包帯を巻いていた頃の彼女の姿が重なって見えてくる。彼女は今までずっとこうして俺達と温泉に来る日を心待ちにしていたのだろうなと、そんな事を考えながら俺は黙って彼女達の傍で一緒に景色を楽しんだ。




