第4話、温泉旅行②
深冬さんからの誕生日プレゼントである温泉旅行、当日。
既に支度を済ませた俺とユキは深冬さんの車に乗っていて、窓から見える雪景色を二人で堪能していた。
必要な荷物などはトランクの中へと片付け、今はただ静かに目的地へと向かう。車の運転をしている深冬さんも特に緊張している様子はなく、いつも通りの微笑みを見せていた。
俺と一緒に後部座席に座るユキはシートベルトをしっかりと締めて窓の外を眺めている。俺もその隣で同じように外を見ているとユキがぽつりと呟いた。
「今年は本当にすごい積雪ですよね。平地でもこんなに積もっているんですから、旅館がある山の方はどうなっているんでしょう」
「あー確かにな。山の方は俺達の住んでいる所よりかなり降るし、結構大変な事になってるかも。雪下ろしが大変だって毎日ニュースでやってたな」
マンションを出た直後はそれなりに積もっていた程度だったのだが、車を走らせて山の方へと近づくにつれ白銀の世界がより一層広がっていった。
道路の隅には除雪されて出来た雪山が続いていて、その向こうに広がる田んぼにはこんもりと雪が積まれていた。秋頃には黄金色の稲穂が実って輝いていた光景が、今では真っ白に染まって久しいものだ。この様子だと雪解けはしばらく先になりそうだ思っていると、ハンドルを握っている深冬さんが話し出す。
「この降り積もった雪の中の温泉旅行は初めてでしたよね。とても綺麗な雪見風呂を楽しめると思いますよ。予約した部屋は専用の露天風呂もあるので、みんなで仲良くこの雪を眺めながら入る事も出来ます」
「わあ、それは楽しみですね。専用の露天風呂でみんなと一緒に……ふふ、包帯を外した今ならそんな事も出来るだなんて」
「でしょう? 今日も明日も天候は穏やかなので露天風呂にはちょうど良いです。わたしとユキと晴ちゃんの3人で温泉に浸かりながら、まったりと過ごす時間は良い思い出にもなるはずです」
「晴くんとお母様と一緒の温泉……それに綺麗な雪景色ですか、本当に本当に楽しみです。ありがとうございます、お母様」
「ユキが喜んでくれて良かった。晴ちゃんもみんなで一緒の雪見風呂をたくさん楽しんでいきましょうね」
何気なく発せられた二人の会話に俺は思わずドキリとする。そんな俺の顔をユキは不思議そうに覗き込んでいた。
「あれ、どうかしましたか晴くん?」
「い、いえ……なんでもないです」
「え。どうしてあたしにも敬語? それに顔も真っ赤です、もしかして具合が悪い……とか?」
「晴ちゃん、具合が悪いのですか? ど、どうしましょう? 引き返しますか?」
「め、めちゃくちゃ今日は体調が良いくらいなんて……だ、大丈夫です。み、深冬さんも運転に集中して、気にしないでください……」
「そうですか? もし調子が優れないようでしたらすぐに教えて下さいね」
「はい、わかりました」
二人に心配をかけないように平静を装いながら返事をするのだが……少し意識するだけでも心臓の高鳴りは激しくなっていった。
具合が悪いわけではないのだ、顔が熱っぽくなっている理由は他にある。さっきユキと深冬さんが話している内容を頭の中で想像したら、恥ずかしくてたまらなくなってしまっただけなのだ。
美しい雪化粧がされた山々を眺めながらの露天風呂。それはまさに絶景と言えるだろうし、その絶景を楽しみながら温泉という特別な空間で心も体も癒せるだなんて最高だと思う。
だが――俺がどきどきとしている理由は温泉そのものではなく、二人が俺と一緒に入浴する事を前提に話しているのが心臓に悪かった。
俺はてっきり男女分かれた大衆浴場でゆったりと湯に浸かり、その後に客室で旅館の出す美味しい料理に舌鼓を打って、夜はふかふかのお布団の上で三人並んで就寝するものだとばかり思っていたのだが……。
これが深冬さんの言ったように専用露天風呂が客室にあるなら話は別になる。
とても美人でスタイルも良くて天使みたいに可愛いユキと、彼女の母親でありユキ以上のプロポーションを誇る深冬さんが一つの露天風呂で俺との混浴を望んでいる。
そんな二人が湯船につかりながら俺に話しかけてきたり、しかも肌と肌が触れ合ったりしてくるかもしれない。その場面を想像するだけで頭の中は沸騰してしまいそうだった。
その一方でユキはやましい事など何ひとつ考えていない純粋な笑みを浮かべていて、深冬さんも俺の事を小学生の頃と変わっていないと思っているのか、俺との混浴をただただ楽しみにしているようだった。
二人の幸せそうな姿を見ながら頭を掻く。
やっぱり二人共そういう所は一緒なんだなと、親子揃って天然っぷりを発揮していた。
一度深呼吸して心を落ち着かせる。今は落ち着くべきなのだ。せっかくの温泉旅行だし、変に緊張していては楽しめないだろう。深冬さんが俺とユキの事を想って準備してくれたわけだし、その想いに応える為にも今日は自然体で純粋に楽しみたい。
俺の隣でにこにこと微笑むユキを横目で見た後、再び窓の外に広がる雪景色へと視線を移す。俺の期待と興奮が高まる中、深冬さんが運転する車は目的地である山奥の温泉街へと進んでいった。




