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第3話、新学期と誕生日④

 料理上手の3人による最高のご馳走を堪能し終えた後だった。

 俺は満腹感からソファーの上でぐったりと脱力している。食後に食べた誕生日ケーキも美味しくて、その余韻に浸りながら深呼吸しているとユキと秋奈の二人が俺の隣に座ってきた。その瞬間ほんのりと甘い匂いを感じる。


「晴くん、満足してくれましたか?」

「ああ……めちゃくちゃ美味かったよ。みんなありがとうな」


「ふふ。それは何よりです。頑張ったかいがありましたね」

「そうだね。ボクも凄く楽しかったよ、ユキさんも深冬さんも料理が上手だから。とても勉強になった」

「お母様はあたしの料理のお師匠様ですから。いつかはお母様のようにあたしもなりたいですね」


 ユキと秋奈はキッチンの方で食器を片付ける深冬さんの方を眺める。二人の労をねぎらってくれる深冬さんは「食器の片付けはわたしに任せてください」とユキと秋奈を俺のいるリビングに送り出し、今日使った食器や調理器具などを綺麗に片付けていた。


 ユキと隣り合わせでいる時は姉妹のようにしか見えないが、こうしてキッチンに一人で向かう後ろ姿からは母親の持つ落ち着きのようなものが感じられた。


「最高の誕生日だったよ。ユキの家にも来れたし、みんなからご馳走まで振る舞ってもらって」

「そう言って下さって嬉しいのです。でもね、晴くん。あたし達からの誕生日祝いはまだまだ終わらないんですよ」

「むしろここからが本番、と言ったところだね。晴、どんな顔をしてくれるかな?」


 にこにこと楽しそうな笑みを浮かべるユキと秋奈。こんなに美味しいご馳走を振る舞ってもらっただけじゃなく、更に続きがあるというのだから驚きだった。一体これから何があるのかと期待するが、その内容は想像すら出来ない。


 そうしてリビングでくつろいでいると、食器を片付け終えた深冬さんが歩いてきた。


「ユキと秋奈さん、それでは用意しに行きましょうか」

「お母様、片付けた場所は?」

「こっちですよ。秋奈さんも付いてきて下さい」

「はい!」


 ユキと秋奈の二人は深冬さんに連れられリビングから離れていく。その後ろ姿を眺めながら何を取りに行ったのかと気になって仕方ない。深冬さんが居るからクリスマスの時のような露出度高めなコスチュームに着替えるとかそういうのは流石にないだろうけど、果たして何が起こるのかと俺は胸の高鳴りを覚えながら、三人が戻るのを待つ事にした。


 しばらくしてゆっくりとリビングの扉が開いた瞬間、クラッカーの音が室内に響き渡った。いきなりの音に驚きながらも目を見開いて、扉の向こうへと視線をやると満面の笑みを浮かべる三人が立っている。


 手には紙袋やリボンの装飾がされた箱を持ち、それを見てようやく彼女達が何を取りに戻ったのか理解する。


 それは彼女達が俺を祝う為に選んでくれた誕生日プレゼントだった。


「誕生日おめでとう!」


 三人は同時に俺を祝ってリビングの中へと入る。ソファーに座る俺の周りを囲んだ後に、それぞれが持つ誕生日プレゼントを差し出した。


 ユキは綺麗に封のされた紙袋、秋奈はリボンの装飾がされた小さな黒い箱、深冬さんからは大きめの白い箱を俺へと見せる。


「これ……全部俺の為に?」


「もちろんです。あたし達からの日頃の感謝の気持ちです」

「ボクもいっぱい悩んだよ。晴に喜んでもらおうと思って」

「数年ぶりの晴ちゃんの誕生日ですから。わたしからも是非」


 3つの贈り物を見つめながら俺はひたすら感謝した。あのご馳走でも十分すぎるくらいに祝ってくれる気持ちが伝わってきたのに、まさかこうしてプレゼントまでもらえるだなんて思ってもいなかったのだ。


「晴ちゃん、ではわたしのプレゼントから開けてみて下さい」

「深冬さんのからですか?」


 深冬さんはにこりと微笑んで頷いて、大きな白い箱を手渡した。


 言われた通り、俺は早速大きな白い箱を開封し始める。丁寧に梱包を取り外して箱を開けると中から出てきたのはコーヒーのギフトだった。インスタントではなく豆を挽いて粉にしたもので、ドリップするのに必要なペーパーフィルターなども揃っている。


「ユキから晴ちゃんは良くインスタントのコーヒーを飲んでいるという話を聞いていましたし、今年の冬はとても寒いので、それを飲んで暖まってもらえれば……と」

「凄く嬉しいです、深冬さん! 普段はユキの言う通り、インスタントコーヒーを飲みながら勉強したりくつろいでいたりしたんですけど、こんな高そうなコーヒーを贈ってもらえるなんて!」


 コーヒー豆の入っている袋に書いてある銘柄はどれも聞いた事のある有名なものだ。いつも飲んでいるインスタントよりも格別に美味しいだろう、家に帰ったら早速淹れて飲んでみようと思う。


「それじゃあ次はボクの番だね。開けてみて、晴!」


 自信満々な表情を浮かべる秋奈から小さな箱を受け取る、一体どんなプレゼントを用意してくれたのか楽しみだ。


 綺麗にラッピングされたリボンを解き包装紙を取っていく。そして小さな箱を開けると中には更に黒いケースが入っていた。蓋を開けたその中には腕時計が入っていた。時計の本体は銀色で、黒い文字盤の上を回る針が輝いて見た。


「付けてみてよ、晴。きっと似合うと思うんだ」

「凄い嬉しいよ、これ」


 俺は言われた通り、プレゼントである腕時計を腕に付ける。手首を動かしてそのデザインに見惚れていると、秋奈は満足そうにうんうんと何度も首を縦に振っていた。彼女の言うように派手すぎず、高級感のあるデザインは俺好みだった。


 それに衛星時計なのだろう、ぴたりと合った時間を示していてとても使いやすい。高価なブランド品などでは決してないが、俺が普段から使いやすいように考えてくれたもので本当に良いものを貰えたな、と俺は嬉しさのあまり顔が綻んだ。


 そして最後の一人、ユキの方へと視線を向ける。

 彼女は何処か緊張した面持ちで自身の指を絡ませながら、少しだけ俯いているように見えた。ゆっくりと息を吐き、意を決したような眼差しで俺を見つめるユキは紙袋を俺へと手渡す。


「そ、その……秋奈さんやお母様のような、立派な物ではないかもしれませんが……良かったら、どうぞ」

「ユキからもらえる物ならどんな物でも嬉しいよ」


 俺はユキから紙袋を受け取り、中身を確認しようとした。紙袋に封してあるデザインテープは何処かで見た覚えのあるもの――そうだ、確かクリスマスパーティーの飾り付けを買おうと雑貨屋に訪れた時、一緒にユキが買っていたものだ。


 となるとこの紙袋を封したのはお店の店員ではなくユキなのだろう。中身が何なのか気になってくる。ゆっくりと丁寧にテープを剥がし、俺は紙袋の中身を取り出した。


 それはシックな色合いの毛糸のマフラーだった。黒と白の2色で構成されたマフラーで端には雪の結晶の模様が編み込まれていて可愛らしい。手に取って眺めているとユキはもじもじとした仕草を見せていた。


 どうしてそんなに照れているんだろうと不思議に思いながら気付くのだ。このマフラーには材質やらメーカー名などが書かれたタグが何処にもない、付いていない。つまりこれは誰かの手作りという事で――俺は思わずユキの方を見つめてしまっていた。


 ユキの白い頬は恥を含んで桃のように淡いピンク色で染まっていく。緊張で小さく震えながら目線を逸らす彼女の様子があまりにも可愛らしくて、まさかとは思いながらも声を出さずにはいられなかった。


「もしかしてこれ……ユキが作ってくれたのか?」

「は、はい……その、あんまり上手にいかなくて、本当はクリスマスの日にお渡ししたかったんですけど――間に合わなくて……」


 俺はただただ驚いていた。

 ユキが俺の事を想ってマフラーを編んでくれた事、いつから作ってくれていたのか、クリスマスに間に合わなかったという事はそれよりもずっと前から準備し続けてきたに違いない。


 胸の奥底から湧き上がる感情を抑える事が出来ずに両手で顔を覆った。


「あの……やっぱり変ですよね、こんなもの……すみません」


 顔を手で覆って何も言わない俺を見て不安になったのだろう、ユキはしゅんと肩を落としてしまう。けれどそうじゃない、俺が黙っていたのはもっと別の理由。


 どうしようもなく嬉しかったのだ。


 毎日のように毛糸のマフラーを編むユキの姿を想像してしまう。きっとこのマフラーがユキにとって初めての編み物だ、なかなか上手くいなかったはずだ。それもユキは俺を祝う為に頑張って一生懸命編んでくれたのだ。


「は、晴くん……?」


 気の利いた感謝の言葉が思いつかないまま、彼女から渡されたマフラーを首に巻く。長さもちょうど良く肌触りも良い。首元がぽかぽかと暖かくなってとても心地良かった。


 そして何よりもユキの優しい温もりを感じるのだ。彼女が俺を考えて編んでくれたその想いを感じ取れるような気がして、俺は幸せで胸がいっぱいだった。


 ユキは恥ずかしさで下を向いていたが、俺がマフラーを身につける姿を見ようとゆっくりと顔を上げる。そして俺が満面の笑顔を浮かべている事に気が付いて、ユキの表情は花が咲いたようにぱっと明るくなった。


「ありがとう、ユキ。このマフラー大切にするよ」

「はい……! お誕生日おめでとう、晴くん!」


 俺の言葉を聞いて、俺が喜んでくれた事を知って、ユキはようやく笑顔を見せてくれた。そうして見つめ合っていると急に恥ずかしくなってきて、俺とユキは揃って二人で笑い出す。その様子を秋奈と深冬さんは見守るような温かな眼差しで優しく微笑んだ。


 彼女達から受け取ったプレゼントはどれも素敵で嬉しいものだった、俺は幸せ者だと胸を張って言えるだろう。


 心優しい三人に囲まれながら、最高の誕生日パーティーが幕を下ろすのだった。


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