第3話、新学期と誕生日③
深冬さんの運転する車が停まる。
ユキや秋奈も車から降り始めるので、そこが俺を祝うパーティー会場だという事を知った。初めて来る家だった、おしゃれな外観の新築一戸建て。白を基調にした外壁には清潔感があり、それでいて温かみのあるデザインだった。
それから深冬さんが駐車場に車を停めて降りてくる。その様子を見てようやくここが日本に戻ってきてからの新しい白鳩家だという事に気付いた。
「俺の誕生日パーティーの場所って……」
「そうですよ、晴くん。あたしのお家が会場です。クリスマスパーティーは晴くんのお家でしましたよね、その話をお母様にしたら――晴くんの誕生日は絶対にこっちでして欲しいって頼まれて」
「ふふ、わたしも晴ちゃんの事を祝いたくて。数年ぶりですから、是非って」
「初めはボクの家でする予定だったんだけどね。白鳩さんのお母さんがすっごく乗り気だからお言葉に甘えてさせてもらったんだ」
「そ、そうだったのか……そうか、ユキの家で……」
「晴ちゃん、遠慮せずに上がってください。準備はもう済ませてありますから」
深冬さんはそう言って鍵を取り出してドアノブに手を伸ばす。扉を開くと中からふわっとした暖かな空気と新築の良い匂いが外へと溢れ出した。深冬さんの先導について行き、俺達は玄関へと入る。
靴箱の上には可愛らしい飾り付けが施してあって、室内は白色でまとめた清潔感のある雰囲気に包まれていた。靴を脱いだ後、俺達は綺麗に並べられたスリッパを履いてリビングに向かう。
緊張して強張りながらも廊下からリビングの中の様子を覗いた。そこにはテーブルクロスが敷かれた長方形の大きな机があって、大きな白い革製のソファーに、明るい色の綺麗な家具、部屋の奥には観葉植物などが置いてある。リビングの中も丁寧に整えられていて、小学生の頃に訪れた引越し前のユキの家と変わらない落ち着いた雰囲気があった。
その雰囲気を懐かしんでいると、後ろにいたユキが俺の肩を叩く。
「晴くんは今日の主役なので、ソファーに腰をかけて待っていて下さい」
「そそ。ここからはボク達の腕の見せ所だからさ」
「テレビでも見てくつろいでいて下さい、晴ちゃん。リビングの方は好きに使って構わないので」
そう言った後、深冬さんはユキと秋奈にエプロンを手渡していた。エプロン姿になった3人はキッチンに立って料理をし始める。その後ろ姿を見て、今日振る舞われる夕食が3人の手料理である事を理解した。
こんなサプライズが待っているとは思っていなくて、俺は唖然としたままゆっくりとソファーへと座り込んだ。
3人の料理の美味さは知っている。ユキの手料理は毎日食べているから間違いないし、秋奈から以前食べさせてもらったお弁当も絶妙な味付けだった。それに小学生の頃の話だが深冬さんが振る舞ってくれた料理の味も凄く美味しくて、舌が幸福のあまり絶叫していたのを覚えている。
そしてそんな料理上手の3人による合作が食べられるのだ。こんなに幸せな事があって良いのだろうか。生きていて良かった。
嬉しさで胸がいっぱいになりながらソファーの上でくつろいでいると、小気味良い包丁の音やフライパンで炒める音が聞こえてきた。待ち遠しい気持ちでいるとリビングの方にまで良い匂いが漂ってくる。
食欲を刺激する香りに空腹を訴える身体。気晴らしにテレビを流し、スマホを弄っているのだが、このまま何もしていないと俺の胃袋が悲鳴を上げ続けるだろう。
3人の手伝いでもして空腹を紛らわそうとソファーから立ち上がり、キッチンの方に歩いていくのだが「晴くんは今日の主役なのでお手を煩わせるわけにはいきません!」とユキからリビングで座って待つように言われてしまう。
仕方なくソファーに腰をついて、そわそわしながらキッチンで調理を続ける3人の後ろ姿を眺めた。料理の為に長い白銀色の髪をポニーテールに結んでいるユキ、一つにまとめられた髪が尻尾のように揺れる様子は可愛らしい。その隣でせっせと食材の調理を続ける秋奈、真剣な表情を浮かべて作業に取り組めば取り組む程、その顔つきは凛々しくなっていく。深冬さんは和やかな笑みを浮かべて二人にアドバイスをしながら、てきぱきと調理を進める姿は流石と言ったところだ。
こうして3人の姿を見つめているだけで幸せになれる。この光景を目に焼き付けておきたいと思った。
しばらくすると白いクロスの被さったテーブルに豪華な料理が運ばれてきた。レストランも顔負けのフルコースが並んでいて、皿に盛り付けられたご馳走の数々に、思わず声が出る。誕生日を祝う為に彼女達が用意した料理を前にして、俺は生唾を飲み込んで喉を鳴らした。
ベーコンとクルトンを使った具沢山なシーザーサラダから始まって、アヒージョはカマンベールチーズの淡い黄色とトマトの鮮烈な赤のコントラストがとても眩しい。燻製されたサーモンのマリネはオレンジ色の宝石のように輝いて見えた。そしてペペロンチーノから漂うニンニクとオリーブオイルの香ばしさが俺の食欲をかき立てる。
最後に運ばれてきたのはローストビーフだった。表面はこんがりとしているのに中は綺麗なピンク色。見た目も匂いも完璧な仕上がりだ。
俺が美味しそうなご馳走を前にしているとお腹がくぅと音を鳴らす。空腹はもう限界でそんな俺の反応を見て3人は満足気に微笑んでいた。
「無事に全部完成しましたね、頑張りました」
「ボクらの自信作だからさ。きっと満足してもらえると思うよ」
「晴ちゃんを祝えると思って、つい張り切り過ぎちゃいました」
料理を終えた3人もエプロンを外し、テーブルへと着く。俺も彼女達と共に椅子を引いて腰をかけ、湯気の立ち上がる出来たてのご馳走の数々に向けて手を合わせた。
「じゃあ、いただきます!」
「どうぞ。美味しく召し上がれ!」




