第1話、初詣②
それからしばらく経って、部屋のドアをノックされる音が聞こえた。返事をするとゆっくりとドアが開かれて俺は息を呑む。
桜色の着物に身を包んでいた艶やかな姿のユキが立っていた。肌触りの良さそうな布地に施された花柄の刺繍や模様はとても綺麗で、明るい色合いが彼女の可憐さを際立たせる。長い白銀色の髪は結い上げていて、花のかんざしを差し込んでいる。花びらを象った飾りが動く度にきらきらと輝いていた。
整った顔立ちを更に引き立てる化粧が淡く施され、薄く塗られたリップグロスの艶めきがまた魅力的だった。清楚でいて、可憐で、上品な雰囲気すら纏う彼女はひたすらに美しく、そんな彼女に視線を奪われているとユキは顔を赤くして俯く。
「ど、どうですか……?」
何と言われるのか期待と不安が入り混じっている様子で、彼女は俯きながらちらりと俺の方を見ていた。眩いくらいに美しいユキの振り袖姿を前にして、俺は緊張してしまって声が出なかった。出来れば豊富な語彙力で徹底的に褒めちぎってやりたいと、ユキの魅力を最大限に引き出す言葉を考えたかった。けれど俺はそんな器用な人間ではない。
「か、可愛いよ……凄く似合ってる」
照れくさくて恥ずかしくて、これが今の俺に伝えられる最大限の褒め言葉だった。少しだけ目を逸しながら言葉を伝えて、無難な答えしか返ってこなかった事をユキは不満に持ってしまっただろうかと心配になってくる。
けれどユキは嬉しそうに頬を緩めていた。
「ありがとうございます、晴くん。とっても嬉しいです」
微笑みながら感謝の言葉を口にするユキを見て、俺もつられて頬が緩んだ。新年早々こんなに幸せで胸がいっぱいになれるなんて、去年とは比べ物にならない程の最高の一年の幕開けだと実感する。
ユキと見つめ合いながらそんな事を考えていると、深冬さんがユキの後ろから顔を覗かせる。
「ふふ。二人とも互いに照れ合って、それがとても微笑ましいですね」
くすっと笑いながら深冬さんは楽しそうに言う。
今までの様子を見られていた事に気が付いて、それが猛烈に恥ずかしく思えた。俺達は慌てて目を逸らす。
「晴ちゃんも初詣に行く準備は済ませましたね?」
「は、はい……ユキが着付けをしてもらっている間に」
「それでは一緒に行きましょう、わたしが車で神社まで送るので。ほらユキ、あなたも忘れ物をしないように」
「だ、大丈夫です。忘れ物なんてしません……!」
「でもユキ、小学生の頃はお財布を忘れていったでしょう?」
「そ、それは言わないでください……! もう昔の事なので!」
いつもは俺に色々なお世話をしてくれる立派なユキが、深冬さんの前では小学生の頃と変わらないようなやりとりを続けていて、それが何だか懐かしくて温かい気持ちになってくる。
それから深冬さんの車に乗って、俺達は地域でも有名な神社へと向かった。
車に揺られてしばらく経って俺達は神社の近くで降ろされる。今日は元旦なので神社は参拝客で溢れるはずなので、深冬さんは神社から少し離れた別の駐車場を探しに行くそうだった。俺とユキは神社で待っている友人、秋奈と先に合流していて欲しいと言われる。
深冬さんの乗る車に手を振った後、俺は秋奈とスマホで連絡を取る。神社の近くに着いた事と待ち合わせ場所の確認のメッセージを送って、それから二人で神社の方へ歩き出す。
隣を歩くユキはどこか浮かれていて、鼻歌を歌いながら楽しそうにしている。そんな可愛らしいユキをずっと見守っていたいと思うのだ。
俺はゆっくりと歩く彼女の歩幅に合わせ、彼女に向けて手を差し出した。ユキは一瞬きょとんとした表情を見せるが、すぐに頬を赤らませて俺の手に指を絡ませる。その仕草が何だか愛らしくて俺は笑みがこぼれた。




