第10話、クリスマス④
「ママから聞いたよ、晴がとてもお世話になってるって。ユキちゃん、いつも晴をありがとうね」
「いえいえ、お世話になっているのはあたしの方です、晴くんのお父様」
「それにしても包帯を外したユキちゃんを見るのは初めてだなあ。こんな可愛い子だったなんてびっくりしちゃったぞ」
「ふふ、びっくりさせちゃいましたか?」
「それはもうね、我が娘のように思っていたユキちゃんだから尚更可愛く見えるね」
テーブルに並べられた豪華な料理、それを囲む俺とユキ、そして母さんと父さん。こうして四人が集まるのは小学生の時以来で温かな空気がこの場を包み込んでいた。父さんがユキと顔を合わせるのは久しぶりの事で、この中で誰よりもユキとの再会を喜んでいるように見える。それにワインを飲んでいるせいか、父さんも母さんもほろ酔い状態で随分と上機嫌だった。
「しかしまあ……ユキちゃん、包帯を巻いていたあの頃も可愛いかったけれど、本当に美人になったねえ。そんなユキちゃんを相手に晴も隅に置けない奴だ」
にやにやしながら俺を見る父さん。
嫌な予感がしたので箸を止めて、なるべく平静を保ちながら聞いてみる。
「父さん、隅に置けないってどういう事だ?」
「仲睦まじい事は良いものだぞ。晴」
「仲が良いのは小さい頃からで、隅に置けないって思った理由を聞いているんだけど」
「それはねえ、ママの話を聞いたから」
「母さんの話って……まさかさっきのを……?」
今度は母さんの方をちらりと見ると、父さんと同じような表情を浮かべている。その表情から察するに母さんがさっきの俺とユキの姿を父さんに話してしまったのだ、それなら父さんがニヤついている理由も説明出来る。
「ごめんね、晴。すっごい微笑ましい光景だったからつい」
「いやあ見たかったよ。晴とユキちゃんが仲良くしているところ」
「お酒を飲んでるからって、ほんとデリカシーの欠片もないな……」
「まあまあ、そんな怒らないでよ。本当に嬉しかったの、二人が仲良くしてて」
「そうだぞ晴、パパとママはお前達の仲を応援してるんだからな」
「それには……感謝しているよ、本当に」
確かにその通りなのだ。俺とユキが同棲出来ているのも二人の協力があってこそ。高校生になって再会した俺とユキが小学生の頃のように仲良く出来るよう、色々と手を打ってくれているおかげだった。
「私とパパでからかっちゃったお詫びに美味しいケーキも用意してるから、それで許してよ晴」
「ユキちゃんはチョコケーキが好きだったよね。楽しみにしてくれよ、一番良いのを買ってきたんだ」
「晴くんのお父様とお母様が用意してくれた一番のチョコケーキ、とっても楽しみです」
そう言って爽やかな笑みを浮かべるユキ。
彼女のほころぶ顔が告げている。数年ぶりのクリスマスパーティー、俺達が食卓を囲む様子は彼女が幼い頃に見た日常の光景そのもので、ユキは胸の奥からこみ上げてくる懐かしさと嬉しさをきっと感じているはずだ。
来年も再来年もずっと続けていこう。その想いはユキにも伝わったのかもしれない。テーブルの下で触れ合った俺とユキの手、二人でぎゅっとその手を握りしめていた。
◆
ご馳走を食べ終えた俺達の前に、父さんと母さんがチョコレートケーキを持ってくる。
チョコを含んだふわふわのスポンジが2層になって、その間にはふわりとした生クリームが重ねてあった。ケーキの頂上には濃い紫色のブラックベリー、真っ赤なラズベリーが色鮮やかで、ホワイトチョコで『Merry Christmas』と書かれたチョコレートのプレートが飾り付けられていた。
見た目も豪華であるが味も文句無しに美味しかった。しっとりとした甘みのチョコレート、まろやかで甘すぎない生クリーム、ベリーは甘酸っぱくて爽やかでクリスマスイブという特別な日にぴったりだった。
四人で美味しくケーキを味わった後、数年ぶりのクリスマスパーティーは無事に終わりを迎える。父さんや母さんはリビングでゆったりとした時間を過ごしていて、俺とユキは一緒に二階へと上がった。
明日のパーティーに備えて飾り付けがされた俺の部屋。
テレビやゲーム機はマンションに持っていったので、どうやって夜の時間を過ごそうかと思っていると、部屋に入ったユキは窓に向かって近付いていった。
降り積もった白い雪が街灯や家々の明かりに照らされて、窓の外は夜だというのにいつもより明るく見えた。空からは雪が羽毛のようになってふわりふわりと落ちていて、雪の音が聞こえてくる程に静かで聖夜に相応しいような空模様だった。
そんな雪景色を眺めながら彼女の吐く白い息が浮かんでは消えていく。今日一日の出来事を思い出しているのか、それとも小学生の頃を思い浮かべているのか、俺はそんな彼女の隣に寄り添った。
「今日は楽しかったな」
「はい、本当に楽しい一日でした。最高のクリスマスプレゼントです」
「ああ、俺も同じ気持ちだよ」
ユキの言葉に心からの言葉を返すと、彼女はくすぐったそうに微笑んでくれる。窓から外を眺めるユキの横顔を見ていたら自然と手が伸びてしまった。そっと肩を抱き寄せるとユキはこちらを向いて潤んだ瞳で見つめ返す。青い瞳は潤んでいて吸い込まれてしまいそうな程に綺麗だった。
「ねえ晴くん、来年も再来年も一緒ですよ。その後もずっとずっと」
「もちろんだ。約束する、何があってもずっと一緒に居よう、来年も再来年もこうやってクリスマスを祝おうな」
「明日は秋奈さんや立夏さんとのパーティーもあります。二日も連続でクリスマスを楽しめるなんて今までなかったから、それもすごく楽しみです」
「こんな素敵なクリスマスは初めてだよな」
「はい。だから……今夜は二人だけの時間を満喫したいです。だめ、ですか?」
「だめじゃないよ、ユキ」
抱き寄せた腕を緩めて彼女の頬に触れる。柔らかな白い頬を指先で撫でるとユキはくすぐったそうに身を捩って、それから小さく息を吐いた。ほんのりと赤く染まる小さな耳に触れて、そのまま指先で髪を撫でていく。さらりとした感触が心地良くて何度も繰り返しているうちに、ユキは気持ち良さそうな表情を浮かべていた。
じっと見つめ合って数秒。
俺は右手を滑らせて彼女の首筋に触れた。そのまま顎の下まで手を這わせると、ユキはうっとりとした表情で身体を寄せてきて、俺の耳元で柔らかな吐息と共に優しく囁いた。
「晴くん……」
甘くとろけるような声で名前を呼ばれて同時に心臓が跳ねる。そして甘く微笑んだ後、ユキはそっと俺から身体を離した――ちょうどその時。不意にドアの向こうで物音が聞こえて、コンコンとノックの音がした後、母さんの声が聞こえてくる。
「晴、ユキちゃん。どっちか先にお風呂入っちゃいなさいー」
夕食前の時とは違って気を遣ってくれたのか、忍び足でもなく扉も開けず声をかけてくれる母さん。そして少しだけ間を空けた後、どちらからと言うわけでもなくお互いに顔を見合わせて笑う。
「晴くん。それじゃああたし、お風呂を先にお借りしますね」
「ああ、ゆっくりと浸かってくるといいぞ」
「はい、ではまた後ほど」
ドアの向こうへと消えていくユキの後ろ姿を見送った後、一人になった部屋でベッドの上に倒れ込む。大きく深呼吸をしてからクリスマスの飾り付けがされた天井を見上げた。先程のやりとりを思い出しながら、可愛らしいユキの事を、今年のイブが最高の一日であった事を噛みしめるのだった。




