第8話、お買い物③
俺とユキは県内でも有数の大きなショッピングモールへとやってきていた。
今日はたくさんの買い物をしていく為、多くの店が集まっているここがベストという判断だ。フードコートからレストランまで様々な店が軒を連ねており昼食もここで食べていく。
休日という事もあり駐車場には車がたくさん停まっており、店内にも家族連れやカップルなどが大勢居る。
行き交う人々の波に揉まれてはぐれないようにと、俺はユキの手をしっかりと握りしめ目的の場所へと向かっていた。
「まずは晴くんの折りたたみ傘を買いに行きましょう」
「折りたたみ傘ってどんなの買えば良いんだろう。父さんのお古みたいに壊れちゃうとやだな」
「せっかくなので安いものではなく、骨組みのしっかりした物を選びましょうか。高校生活でこれから何度もお世話になるはずなので」
「そうだな。ユキの言う通りちょっと奮発していくか」
そんな話をしながら傘を取り扱っている店舗へ向かう途中やはりというか仕方がない事なのだが、これだけ多くの人が行き交う店内でも視線を感じる。
もちろん視線の先は俺ではなくユキの方だと思う、横を通る男性がじっとユキを眺めている時があって、その隣に居た彼女らしき人物に背中を叩かれる姿を見た時には苦笑してしまった。
俺も横目で手を繋ぐユキをちらりと見るが、見知らぬ男性達の視線が釘付けになるのも無理はない。
ほんと可愛いよな……と心の中で呟いた。
降り積もった新雪を思わせる白くて長い髪、それでいて彼女の整った顔立ちはまるで芸術品のように綺麗な造形をしている。
透き通るような白い肌、そして見るからにして柔らかな頬が化粧によって薄らとピンク色に染まり、唇は艶やかに潤いを帯びていた。今日の服装のセンスも抜群に良くて、ただでさえ可愛いその姿を更に際立たせている。
そして彼女の胸元では俺がプレゼントした雪の結晶を象ったネックレスが輝いていた。
冬が近付いてきて寒くなってきたのに、彼女は襟ぐりがかなり広めなフリル付きのブラウスを選んでいて、鎖骨の周りから胸元まで露出されたその服を着ている理由は俺のプレゼントであるネックレスが良く見えるようにする為だろう。
きっと俺のプレゼントへの感謝を示そうと、かなりお洒落に気を遣って選んでくれた服装なのだ。それが嬉しくもあり恥ずかしくも思う、照れてしまうのが正直なところだ。
あのネックレスをどれだけ大切にしてくれているかが伝わってくる。俺は本当に幸せ者だなと思いながら、そっと彼女の手に指を絡ませる。すると彼女もまた指を絡ませ返してくれるので、それがまた可愛らしくて頬が綻んでしまう。
「ねえねえ晴くん。あそこ、ちょっと寄り道していきませんか?」
彼女が指差す先はショッピングモール内に設けられたペットショップだ。
子犬と子猫の専門店らしく、ガラス張りの向こうには愛らしい動物達が見えていて、ユキは繋いだ手を軽く引っ張ってこちらを見上げてきた。
「ペットショップか……うちのマンション、ペットは飼えないぞ?」
「み、見るだけです。ダメでしょうか?」
「ダメじゃないよ。見に行こう」
俺がそう言うとユキは目を輝かせて頷いた。
ペットショップの中は思っていたよりも広く、壁際にはケージに入った動物の姿が沢山あった。店員さんが掃除しているのか床には塵一つ落ちておらず清潔感がある。展示されている動物達も居心地が良さそうに見えた。
トリミングなども行っているようで、ガラス越しには毛並みを整えられる最中の可愛らしい犬の姿があった。店の奥では小さなカフェスペースがあり、そこにはミニチュアダックスフンドと柴犬が並んでおり、その前に飼い主であろう女性達が座っている。
店内にはその他にもチワワやトイプードル、アメリカンショートヘアの子猫なども居て、どれもとても可愛らしい。
ユキはその中で毛の長めな栗色の子猫の元へと歩いていった。
ノルウェージャンフォレストキャット、という種類の猫らしくまるで羊毛のようにふわふわとした毛並みが可愛らしい。口周りから首の下にかけては白色で、尻尾はもこもこと太いのが印象的だった。野良猫などでは全く見かけないタイプなのでまじまじと眺めていると、ユキはガラス越しにその子の前にしゃがみ込む。
「見て下さい、晴くん。すっごい可愛いですよ」
ガラス越しに手を近づけると、甘えたように鳴きながら頭を擦り寄せてきてくれた。
どうやら人懐っこい性格のようで、その様子はとても愛くるしい。
「毛並みとか尻尾は全然違うけど、この毛の色を見てると小学生の頃にユキと一緒に良く遊んだ野良猫を思い出すよなあ」
「晴くん覚えていたんですね。あの子、すっごい可愛かったですよね。人懐っこくて」
包帯を巻いていた頃のユキと良く遊んだ公園には一匹の猫がいた。
ユキは猫が大好きで公園でその猫を見つけた時、それはもうはしゃいでいた。その猫も人懐っこい性格で俺達が近寄っても逃げ出さず、足の周りをうろついては『な~』と鳴いて体を擦り付けてきた。
ガラス越しに甘えるこの猫と手を近づけて優しく微笑むユキを眺めていると、あの公園で猫と遊んでいた時の事を思い出す。
「海外に引っ越すまではずっとあの子とも仲が良かったですよね。あたしが引っ越してからはどうしちゃったのかな……晴くん知っていますか?」
保健所に連れて行かれたのではないかとユキは心配そうな表情を浮かべる。本当に可愛がっていたからな、こうして心配するのも分かるものだ。
「大丈夫だよ。あまりに人懐っこいから近所の人が飼う事になって、今はその人の家で元気にしてるそうだ」
「本当ですか!? 良かったあ……晴くんとあの公園に行った時も姿が見えなくて心配していたんですが、住むお家が見つかったんですね」
「ああ。捨て猫だったみたいだし、新しい家族に迎え入れられて幸せにしてるはず。会えたらまた会ってみたいな。きっと大きくなって綺麗になっているはずだし」
「ふふ、そうですね。もし会えるようでしたら、その時はあたしも一緒に行って良いですか?」
「もちろん。二人で行こう。さて、お客でもない俺達が長居しちゃうと悪いからそろそろ出るか」
「そうですね。では晴くんの折りたたみ傘を買いに戻りましょう」
ユキはケースの向こうの猫に手を振って立ち上がる。
それからペットショップを出て、再び手を繋いで歩き出した。




