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第2話、屋根の下③

 俺は今リビングで、ユキと母さんと夕食を共にする為にテーブルを囲んでいた。俺達の入学祝とユキへの帰国祝いを合わせた結果、家では一度も見た事のなかったような豪華な食事が並んでいる。


 母さん特製の豪華料理を口に運んでいく。その料理の美味さに幸福の絶頂にいるはずが、実際のところは何を食べているのか良く分からないような感覚だった。隣に座るユキが気になってそれどころじゃなかったのだ。


 包帯の下にあった彼女の素顔は美少女そのもので、夕食を食べる様子もとても丁寧で綺麗だった。箸の持ち方も食べる時の姿勢も、ゆっくりと料理を口へと運ぶその様子には気品すら感じさせる。


 小学生の頃と比べると見違えるような成長をしているユキ。


 そしてそんなユキとこれから壁を挟んで一緒に寝泊まりするという光景を想像する。今までずっと離れ離れになっていたけれど、ユキが俺にとって一番大切な存在である事に変わりはない。でも包帯の下の素顔がこんな美少女だとは思っていなくて、そんな彼女との同棲生活は思春期真っ只中な俺には刺激の強すぎるものだった。


 母さんや父さんは俺が小学生の頃から変わっていないと思っているに違いない。けれどしっかりと年頃の男子として心身共に大きくなっているのだ。そんな俺がユキと一緒に寝泊まりするだなんて……果たして今日は寝られるのか心配になってくる。


 そんな事を考えながら料理を食べていると、母さんはニコリと笑って俺に話しかけてくる。


「ねえ、晴。どれが一番美味しいかしら? 今並んでるこの料理の中で」

「え……どれって」

 

 しまった、ユキの事ばかり気にしていて母さんの渾身の料理を味わうのをすっかり忘れていた。さっき食べた中で印象があったものなら……これか? いつもと味付けが違ったし、それが良いアクセントになって美味かった、と思う。


「ええと……この味噌汁かな? しょっぱさもちょうど良くて俺好みっていうか、だしが効いてて美味かった」

「あら、お味噌汁が一番美味しかったの? 良かったわね、ユキちゃん!」

 

 え? と首を傾げながら俺はユキの方を見た。

 俺の隣に座っている彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。


「晴くんに褒めてもらえて良かったです。他の料理はみんな晴くんのお母様が作ってくださったんですけど、お手伝いをしようと思ってお味噌汁だけはあたしが」

「ユキちゃんって料理も上手よね。ちっちゃい頃から変わってないわ~」


「えへへ、晴くんのお母様には全然かないません。機会があればまた色々教えてもらえたら嬉しいです」

「もう。お世辞まで上手なんだから」


 食卓に二人の笑い声が響く。

 俺はというと直感的にユキが作った料理を選んだ事に驚いていた。


 二人が料理の話で盛り上がっている中でもう一度味噌汁をすする。その後に母さんが作ってくれた料理を食べる。こうやって食べてもやはりユキが作った味噌汁が一番美味しかった。シンプルな料理なはずなのに、母さんが用意してくれた豪華な食材を使った料理よりも美味しかったのだ。

 

 小学生の頃は常にくっついて遊ぶような仲だったけど、母さんとは違ってユキが料理まで上手だなんて事を俺は知らなかった。俺好みの味付けで、味噌汁をすすった瞬間に胃袋を掴まれてしまったような、そんな感覚すらあった。

 

 そして俺達は夕食を食べ終える。テーブルに並べられた皿は全て空になっていた。母さんが片付けをし始めようと立ち上がった時、キッチンにスマホの着信音が鳴り響く。


 聞き慣れた着信音は母さんのもの。母さんはスマホを取って通話をし始めるが、しばらくして慌てた様子を見せたと思うと上着のコートと鞄に手を伸ばした。


「ごめんね、晴とユキちゃん。仕事場でトラブルがあったみたいで、もう帰らないとだわ」

「え、こんな時間なのにですか?」

「ユキ、驚く事無いぞ。母さんが夜になってから呼び出し食らうなんて、今の仕事柄だと仕方ない事だし」


「そうなの。晴は慣れっこだけどユキちゃんは初めてだったわね。ユキちゃんが海外に行っている間にね、転職したの。それからこういうのがよくあって。私は帰るけど仲良くするのよ、二人とも。それとね、晴。ユキちゃんと一緒に暮らすんだからしっかりね」

「分かってるって……」


「晴くんの身の回りのお世話はあたしが。食器も片付けておきますから」

「あら、良いの? 引っ越してきたばかりでユキちゃんも疲れてるでしょ?」


「いえ、大丈夫です。晴くんの身の回りのお世話は任せて下さい」

「ふふ、本当に頼りになるわね。それじゃあ行ってくるわ!」

「いってらっしゃい!」


 母さんが家を飛び出した後、ユキは空いた皿を重ねて流し台の方へと持っていく。


「晴くん、お母様から聞きましたよ。ご飯をちゃんと食べていないんじゃないかって、とても心配していました」


 ユキはそう言ってキッチンに置かれていたゴミ袋を見つめる。その中にはカップ麺やコンビニ弁当の空き容器が詰まっていた。彼女の言う通り、引っ越してきてからというもの自炊をした事は一度もない。朝は適当にゼリー飲料で誤魔化したり、昼はカップ麺、夜も買ってきた出来合いの弁当で済ませる毎日だった。


「食事の方はこれから毎日あたしが用意します。あとはお洗濯だったりお掃除も、さっきも言いましたけど身の回りのお世話は任せてくださいね」

「大丈夫なのか……? 病み上がりだし無理はしない方が……」


「体調は回復してとても良いんです。だから気にしないでください。それに小学生の頃は晴くんから何度も助けてもらいました。あたしはその恩返しがしたい、晴くんに尽くしたいと思っています。だから晴くんのお手をわずらわせるわけにはいきません」

「俺への恩返し……か」


 俺は小学生だった時、いじめられていたユキを何度も助けた。けれどそれを恩着せがましく思った事はない、笑っているユキを見るのが好きだったから、その一心でやっていた事だ。


 けれどユキがそれを恩に感じていて、俺との生活でその恩を返したいと言ってくれるのなら、その想いを尊重してあげたかった。離れ離れになったこの数年間、彼女の中にも積もり積もったものがあるのだろう。ユキのしたいようにさせてあげたかった。


「それじゃあよろしく頼むよ。俺も今までだらしない所が多かったから、それについては出来る限り気を付けるようにする」

「えへへ、そう言ってもらえて嬉しいです。いっぱいお世話をさせてくださいね。それとお風呂を湧かせておきました。食器の片付けなどはあたしが済ませておくので、晴くんはこのままお風呂でゆっくり体を温めてください」


 ユキは俺を見つめながら優しく微笑んだ。


「それじゃあ先に入るから。片付けの方もありがとうな、世話になる」


 今日は色んな事が有りすぎた。

 離れ離れになっていたユキとの再会、彼女の巻いていた包帯の下が学校中の生徒達の心を掴むような可憐な美少女だった、そしてユキとの同棲生活が始まった事。


 それをお風呂に入りながら、一旦頭の中で整理しようと、心を落ち着かせようと思った。


 ――でもその考えは甘かった。


 マンションには俺とユキの二人きり。離れ離れになっていた間、ユキの想いがどれだけ強くなっていたのかを俺は知らなかった。その状況で俺がお風呂に入った事で何が起こるのか、この後すぐに思い知る事になる。

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