第5話、ユキの誕生日①
文化祭が終わり平凡な日常が戻ったすぐ後。
校内には張り詰めた冷たい空気が流れている。
先週の文化祭では派手な仮装をして祭りを楽しんでいた男子生徒達も、スイーツ片手に廊下をうろついていた女子生徒達も、皆が机に前のめりになって授業に集中している。
というのも二学期の中間テストが迫っているからだった。生徒達は皆、文化祭の余韻を楽しめる期間はごく僅かで、今日からは気持ちを切り替えて勉学に励んでいる。
前回の期末テストでは学年の平均点を取れた俺。成績はあれから右肩上がりで調子は良い。今回の中間テストに向けて出来る限りの事は既にしているし、出来れば前回の期末テストよりも良い順位を取れたらなんて欲張ってもいたりする。
けれど今、俺が関心に思っている一番の事はその中間テストについてではなかった。
テストよりも俺を悩ませるその内容。
それはユキの誕生日が近付いている事だった。
彼女の誕生日を祝うのは小学生の時以来、離れ離れになっていた中学生の頃は彼女の誕生日を祝う事は出来なかった。数年ぶりにユキの誕生日を祝うのだ、盛大に祝ってあげたいしプレゼントに何を贈るべきなのか頭を悩ませている。
小学生の頃に贈ったプレゼントはお菓子やキーホルダーで十分だった。ユキが喜んでくれたのは包帯の上からでも分かったというものだ。
けれど高校生になったユキがそれで満足するとは思えない。欲しいものだってあの頃から変わっているはずで、年頃の女性が何を欲しがっているのか俺にはさっぱり分からなかった。
スマホで女性へのプレゼントについて調べているがどれを見てもピンと来ない。ブランドのネックレスとか、高そうな財布。高校生の彼女が喜ぶプレゼント特集を覗いてみても良いものが見つからず小さくため息をついた。
俺のため息が聞こえたのだろう、前に座っている秋奈が振り向く。
「晴、どうしたんだい? 何かお悩みのようだけど」
「ああ。ちょっとばかり考え事をな」
「中間テストについてかい? 分からない事があればボクからも教えるよ」
「テストについては多分大丈夫なんだ。最近は調子が良いしさ」
「ん? それじゃあ何を悩んでいるんだい?」
「ええと、それはだな……」
空いている隣の席を見る。ユキは生徒会長に呼ばれていて今は教室にいない。このタイミングなら秋奈にも相談出来るんじゃないかとそう思った。
「もうすぐユキの誕生日なんだ」
「なるほど。もしかして誕生日プレゼントについて悩んでいる、とか?」
「そういう事。何をあげようかさっぱり思い付かなくてな」
「白鳩さんとは小さい頃からの友人なんだろう? いつも贈っていたものじゃ駄目なのかい?」
「祝っていたのはユキが海外に引っ越す前までだからな……小学生の頃と同じものを、ってわけにもいかないだろう?」
「ああ。そうか、確かにその通りだね」
「今のユキが何を欲しがっているのか全く見当が付かなくてさ。高校生の女の子の好み……さっぱり分からん」
「それとなく聞いてみる、とか?」
「いや出来るだけサプライズにしておきたいんだ。ユキは勘が良いから少しでも聞いたら多分気付くよ」
「サプライズか、そういうの良いよね。ボクも好きだよ、そうやってこっそり祝う為に頑張ってくれる人って」
「母さんがサプライズ好きの性格でさ。それが俺にも遺伝しているのかもな」
「へえ、晴のお母さんもそうなんだ」
俺を驚かせようと事前の連絡もせずに家にやってきたりと、母さんはサプライズが大好きだ。俺の誕生日の時も母さんは必ず俺を驚かせようとしてくるし、そのおかげで相手を喜ばす方法などを覚える事も出来た。あの人は俺にもちゃんと良い影響を与えてくれていると思う。
その方法を活かしてユキへのサプライズを色々と用意したくて――俺は秋奈を見つめながら一つ思い付いた。
「そうだ。同じ女の子の秋奈から色々と聞けば、良いプレゼントも見つかるんじゃないか?」
「ボクかい? 晴が協力して欲しいというなら、どんな事でも構わないけれど」
「それじゃあ頼みがあるんだ。テストが近いタイミングで悪いんだけど、もし良かったら俺と一緒にユキの誕生日プレゼント選びを手伝ってくれたりとかお願い出来ないか?」
「それは白鳩さんの誕生日プレゼントを選びにボクと一緒に買い物へ行く……って事かい?」
「そういう事になるかな。俺一人で選ぼうって思っても良いものは見つからなさそうだし、秋奈から色々と参考に出来る話を聞きながら、誕生日プレゼントを選べたらって」
「晴と一緒に、お買い物……か」
秋奈は食いついたように身を乗り出していた。
紅い瞳をきらきらと輝かせながら花が咲いたような笑顔を浮かべるのだが、一瞬はっとしたような表情を浮かべると視線を逸していつものように落ち着いた感じで答えを返す。
「ボ……ボクで良いなら手伝ってあげるよ。テスト間近とは言えキミの頼みだからね、断れない」
「そう言ってくれて助かるよ。ユキの誕生日がちょうど日曜だから土曜日に買い物で良いか?」
「ああ、じゃあ土曜日に。集まる時間はまた後で連絡をくれ」
そう言いながら秋奈は自分の机の方に振り向いて姿勢を正す。
肩を揺らして何処となく嬉しそうな秋奈の後ろ姿を見つめていた。
 




