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第2話、文化祭③

「秋奈」

「何だろう?」


「そろそろ生徒会の企画、始まるよな。1時からだっけ」

「うん。そうだね、1時からだよ」


 俺は配られた文化祭の案内用紙を眺めながら、秋奈と一緒に廊下を歩いていた。1時から始まるという文化祭のメインイベント――生徒会が主催するという事以外は伏せられているが、学校中の生徒達がそのイベントを楽しみにしているのは確かだった。秋奈と二人で校内を歩いている時も色々な生徒が生徒会の企画について話をしているのを何度も聞いた程だ。


「ユキが主役だって話だけど、立夏も参加するんだよな?」

「立夏は当日の裏方さ。表には出てこないと思う」


「なるほどな。色々と仕掛けがあるって感じだろうか」

「期待して良いと思う、本当に凄かったからね」


「良い時間だしそろそろ行くか、他の生徒も集まっているだろうし」

「そうだね。場所取りは重要だ」


 生徒会の出し物。それが一体どんなものなのか期待に胸を膨らませながら、俺は秋奈と共に体育館へと向かう。


 体育館には既に多くの人が集まっていた。


 壇上がどうなっているかは分厚いステージ幕で遮られては確認出来ない。体育館の窓も遮光カーテンで外の光が入らないようになっていて、昼間だというのに天井の照明が体育館の中を照らしていた。


「体育館のステージで何かをやるのか」

「うん。昨日の準備は本当に大忙しだったよ。白鳩さんも最後の調整で大変そうだった。ボクが見た限りだとリハーサルの時点でも完璧だったし、あとは本番が成功する事を祈ってるよ」


「リハーサル?」

「おっと。口が滑ったようだ、これ以上は秘密にさせてくれ」

「でもまあ秋奈が内容を秘密にしていても、体育館のステージを使うっていうのなら、大体の予想は着くけどな」


 おそらく演劇か何かだろう。

 ユキを主役にするというのならそれも頷ける。


 学校一の美少女が可憐な衣装を身にまとってステージに立つ。そして物語の主役をユキが演じるという様子はぜひ見てみたいものだ。


 そして定刻の1時が近付いてきた。


 照らしていた照明が切れ、体育館の中は真っ暗闇に包まれる。同時に壇上を隠していた分厚いステージ幕が開き始めた。


「晴、始まるよ」

「ああ……ようやくだな」


 暗闇の中のステージを見つめたその瞬間、天使のような声が響き渡った。


 それはユキの――美しい歌声だった。


 ギターの音色が奏でられる、ベースの音が響く、ドラムがリズムを刻む。


 同時に照らされるステージ、そしてその光の下に、ステージの中央にユキは立っていた。美しい黒のドレスに身を包んだ彼女が輝いていて、透き通るような彼女の声がマイクを通して体育館の中に広がっていく。ステージ上の彼女はまるでこの世の存在とは思えない程に美しかった。


 歌が始まった瞬間に、その場の空気が変わる。静寂から一転して、会場は一瞬にして熱気に包まれる。誰もが息を飲み込み、瞬きすら忘れて、ただ目の前の少女の姿と歌声に酔いしれた。それ程までに彼女の存在は圧倒的だった。


 絡み合う激しい旋律と、それを包み込む天使のような歌声。


 この場にいる全員が聴き入っているように、俺も彼女の歌声の虜になっていた。笑顔のまま楽しそうに歌い、ここにいる全ての人々を魅了していく彼女がいつも俺の隣に居てくれるユキだと思うと、胸の昂りを抑えきれなくなった。


 生徒会の企画。

 今までずっと秘密にしていたその内容。


 それはここにいる人達全員の心を奪う程のバンド演奏だった。

 ユキをボーカルにして、生徒会の役員達が楽器を奏でる光景が壇上に広がっている。


「凄い……これをずっと練習してたのか?」

「ギターを引いている人は生徒会長、ベースは副会長、ドラムは書紀の人。実は去年からずっと今日この日の為に生徒会で練習をしていたそうなんだ」


「去年からずっと? この高校って軽音部とかはなかったよな?」

「そう、軽音部はないから色んなツテを借りて練習し続けていたそうだ。今の生徒会のメンバーはほぼ全員が2年生で、1年生の時に初当選してからずっと生徒会を任されているとても優秀な人達でね。去年の内から次の文化祭でバンド演奏をする事を決めていたらしい」


「でもユキがどうして一緒に?」

「生徒会って立夏も合わせて今年は全部で9人いてさ、バンド演奏をするグループを二つに分けたそうなんだ。でも片方のグループのボーカルを担当していた2年生が家庭の事情で、一学期の途中で転校する事になってしまったそうでね」


「転校……か。家庭の事情となればどうしようもないな……」

「空いてしまったボーカルをどうするのかだけ決まらなかったそうだ。でも白鳩さんが天使のような歌声の持ち主だって噂を生徒会が聞きつけた。それで白鳩さんがスカウトされたんだ。生徒会長の案で誘ったのは立夏を経由してだけどね」


「それでユキが……なるほどな」

「生徒会のバンドメンバーとして合流したのは二学期に入ってからだけど、やっぱり音楽へのセンスは凄かったようでね。練習も頑張ってくれていて短い期間で準備万端さ」


 毎日のように夜遅くに帰ってきて、疲れ果てていたユキの姿を思い出す。彼女は生徒会のメンバーと共に、この演奏を成功させる為に頑張っていた。その姿とステージの上で輝くように歌うユキの姿が重なって見える。


 感動のあまり言葉は出てこない。

 ひたすらに胸が熱くなっていくのを感じていた。


 サビの演奏に差し掛かった時、歌のリズムに合わせて観客達はペンライトを振るようにスマホのディスプレイをかざし始める。

 

 その光景は響き渡るユキの歌声と生徒会のメンバーが響かせる旋律、そしてそれに聴き入る観客達の心が一つになった瞬間だった。

 

 演奏が終わると同時に大歓声が巻き起こる。

 ユキと生徒会の演奏を褒め称える声、彼女達を呼ぶ声など様々だ。


 その歓声を聞いてユキは少し驚いた様子を見せるも、すぐに満面の笑みを浮かべて頭を下げる。


 たった数分の出来事なのに、何時間もの時を過ごした気分だった。だが、終わりではない。彼女達にとって文化祭はまだ始まったばかりなのだから。

 

 心を震わせるユキの歌声と、生徒会のメンバーの努力が奏でる素晴らしい旋律によって感動は生まれ続けていく。この場にいる全ての人々の心に刻まれていく。


 ステージの上に立つ眩いユキの姿と、心震わせるメロディを、俺は胸に焼き付けた。

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