第16話、穏やかな夏の日
ユキとの楽しい海水浴の翌日。
俺は一人で脱衣所にある鏡の前に立っていた。
「たった一日の海水浴でこんなに焼けるもんか」
あの日、俺は日焼け止めを塗らなかったわけだが、その結果として鏡にはこんがりと焼けて褐色肌になった俺が映っていた。肌質は割と強いほうなので日焼けした肌が剥けてしまったりもせず、赤くもならずにちょうど良い色黒になっている。
ユキの方も海ではしゃぎすぎたせいか、白く透き通るような真っ白な肌がほんのり焼けて、普段よりも健康的な色香を漂わせていた。海で遊ぶのに夢中になりすぎて、途中で塗っていた日焼け止めが落ちてしまったんだろう。
塗り直すのも忘れるくらい遊んでいたし、それでも俺と日焼け具合が違うから、やっぱり日焼け止めの効果は絶大なんだろうなと思う。
そんな事を考えながら脱衣所を後にしようとすると、キッチンの方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「晴くん、スイカ切りましたよー」
「ありがとう、ユキ。それじゃあ一緒に食べようか」
夏を堪能しようと思って、俺とユキはスーパーでまん丸のスイカを一つ買っていた。それを氷水の入った桶に入れて冷やしておいて、食べごろの冷たさになったのでユキから切ってもらったのだ。
白のTシャツに黒色のショートパンツを履いた部屋着姿のユキ。綺麗な三角に切り分けたスイカをお皿に盛り付け、それをリビングへと持ってくる。テーブルの上にお皿を置いて、俺と一緒にソファーへ座り込んだ。
真っ赤な果肉と散りばめられた黒い種。
清涼感のある香りが実に美味しそうで、俺は切り分けたスイカに手を伸ばす。
「スイカを食べるなんて何年ぶりだろうな。とても懐かしい感じがする」
「そうだったんですか? 前に食べたのはいつ頃でしょう?」
「小学生の頃以来だよ。ほら、ユキも覚えてるだろ。一緒に遊んでる時に母さんが切ったスイカをもってきてくれてさ、ベランダに出て二人で思いきりかぶりついてたよな」
「思い出しますね。夏の暑い日にご馳走してもらいました」
二人でむしゃむしゃとスイカの果肉を味わいながら、庭に向かって種を飛ばして遊んでたっけか。母さんには行儀が悪いから止めなさいって怒られた記憶もある。高校生になった今は流石に種を飛ばして遊ぼうとは思わないけど。
「そうだ。せっかくだしさ、一緒にベランダで食べないか?」
「良いですよ。そっちの方がなんだか夏って感じがしますもんね」
俺はユキと一緒にスイカを持ったままベランダへと出た。
日陰でも蒸し暑い空気の中で、俺とユキの二人は冷えた赤い果肉を頬張る。スイカの香りがいっぱいに広がって、しゃくしゃくとした食感は歯ざわりが良い。口の中は甘くて冷たい果汁で満たされていた。
窓にぶら下げていた風鈴が――ちりん、と涼しげな音を鳴らす。
遠くではセミの大合唱が聞こえて、俺とユキは青空に浮かぶ大きな入道雲を見上げた。夏が満ちている。ゆっくりと時間が過ぎていく。彼女と二人きりで過ごす時間は幸せで、このまま時が止まってしまえばいいと思った。
「夏だなあ」
「夏ですね」
「暑いな」
「ええ、とても」
「海水浴、楽しかったな」
「はい、初めての海水浴。晴くんと一緒に行けて良かったです」
「夏祭りもかなりはしゃいだな」
「楽しかったですね、花火とっても綺麗でした」
「バーベキューも楽しかったな。お肉は美味しかったし夜空も綺麗だった」
「はい。それに秋奈さんと立夏さんも居てくれたから、すごく楽しかったです」
「次は何処に行こう?」
「晴くんが行きたい所なら何処へでも」
汗ばんだ肌を撫でる風は生温いけれど、それが心地良いと思うのも事実だった。ユキの手を握ると、柔らかく握り返される。その小さな手が愛おしくて、俺はそっと指先を絡ませた。
穏やかな夏の日の出来事だった。
『包帯の下の君は誰よりも可愛い』をここまで読んで下さってありがとうございました。
ちょうど文庫本1冊相当の10万文字を超えて、ユキとの再会からスタートした第1章もここまでになります。
ここまで読んで面白いと思ってくれた方、応援しても良いと思ってもらえましたら下記の評価欄にある『☆☆☆☆☆』で作品にポイントを入れてもらえたら嬉しい限りです。更新のモチベーションになりますので是非よろしくお願いいたします。
これからも『包帯の下の君は誰よりも可愛い』を宜しくおねがいします。




