第2話、屋根の下①
二人きりでもっとたくさんの話がしたいと、俺はユキと一緒に学校の屋上へと向かった。晴れ渡る青い空が何処までも続く。眩しい日差しに照らされながら、俺達は咲き誇る桜が見えるフェンスの傍にまでやってきた。
そしてユキはゆっくりと振り返る。
桜舞い散る風が吹いた。
春の風で揺れる眩いプラチナブロンドの髪。宝石のような青い瞳は潤んでいるように見えて、頬もほんのりと赤みを帯びている。そんな彼女を見て俺は思わず息を呑んだ。それを見た瞬間に自分の胸の中で何かが弾けるような感覚を覚えて鼓動が激しく脈を打つ。
小学生の頃、顔も知らないユキの事が好きだった。けれど包帯の下がこんなに可愛いとは知らなかった。だから余計にどきどきと胸が高鳴ってしまう。彼女が俺の知らない誰かなら、手も届かないような美少女だと思っていたのならこうはならなかっただろう。
誰よりも俺の傍に居てくれたユキだからこそ、俺は胸の高まりを抑えきれなくて、それはまるで夢を見ているような感覚だった。
「晴くん、ここなら二人きりでもっとたくさんお話できますね」
「ああ、ユキ。本当にびっくりしたよ、帰ってきてたんだな」
「色々あってお伝えするのは今日になってしまったんですけど、実は数ヶ月前には戻っていたんですよ」
「苗字が変わっている理由は? 甘木じゃなくて白鳩って」
「お伝えしにくいんですが……いろいろあって」
「そうか。まあ色々と事情があったんだな……」
「はい。でもとにかくこうして晴くんと再会出来て良かったです」
「ユキ、向こうで頑張ったんだな。包帯が取れたんだ。俺もさ、必死になって勉強したよ。ユキが一緒に行こうって言ってくれたこの学校、偏差値すごく高いから中学の3年間は必死に勉強してなんとかなった」
「それも謝りたくて。小学生の時はあまりそういうのに詳しくなくて……」
「校舎が桜でとっても綺麗だから、とか、制服が可愛いって良く言ってたもんなあ。まあ小学生の時は偏差値とか分かんないし判断材料はそんなもんさ」
「晴くんには大変な思いをさせてしまいましたね、ごめんなさい……」
「気にするなって。ユキともう一度同じ学校に通いたいって、夢を叶える為に必死になれた。それに勉強をしてないとさ……海外に行っちゃったユキの事ばかり考えちゃうから。あの時の俺にはちょうど良かったんだ」
ユキが居なくなった喪失感は大きかった。胸にぽっかりと穴が開いてしまったようだった。その寂しさを紛らわすのに勉強はちょうど良かった。ユキとの夢を叶える為に、俺は無我夢中になって勉強した。
「これからはまた毎日一緒ですね。高校での3年間、また小学生の頃のように仲良くしてくださいね」
「もちろんだ。クラスも同じになれたんだ、仲良くしような」
小学生の頃、毎日遊んだユキと高校生になって再会出来て、そしてまた一緒に居られる事が何より嬉しかった。
「こっちに帰ってきてからは何処に住んでいるんだ? 前に住んでた家はもう別の人が住んでいるみたいだけど」
「今日からとあるマンションで住む事になっています」
「なるほどな。実は俺も今は一人でマンション暮らしなんだ。ほら、この学校ってさ俺の家から遠いだろ? だから父さんと母さんがマンションを借りてくれてさ、入学する前からもうそこで暮らしてて。やたら大きい2LDKとかいう間取りのマンションなんだけど。ちなみにユキは何処のマンションを借りてるんだ?」
「すぐに分かりますよ。だから今は内緒です」
「今は内緒って……まあ良いか」
こうしてユキと仲良くしていれば、小学生だったあの頃のように彼女の住む場所を訪れる事もあるだろう。今度遊びに行く時にそれを聞けば良い。
「それじゃあ晴くん、今日は入学式だけで午後からの授業はないですし、もう帰りましょうか」
「そうだな。一緒に帰るか」
「ふふ、晴くんと肩を並べて帰るのをずっと楽しみにしてたんです」
「俺もだよ、ユキ。ずっとこの日が来るのを待ってたんだ」
そして俺達はゆっくりと歩き始めた。
ユキと一緒に真っ直ぐ帰路へとつく。
きっと明日も明後日もこの光景が続いていくはずだ。
その事が楽しみで仕方がなかった。