第14話、眼鏡の下①
あの大雨は一体何処へやら。各地の停電やら河川の増水やら、毎日のように報じられていたのが今ではもう嘘のようで、平凡で平和な夏らしい日々が続いていたある日の事だ。
秋奈からスマホにメッセージで連絡があった。
『やあ夏休みは楽しんでいるかい?』
『よう秋奈。こっちは楽しんでるよ、そっちは?』
『ボクの方は毎日家でごろごろしているよ』
『そうか。課題はもう終わらせたか?』
『まあね、他にやる事もないからさ』
『流石だな』
『それで一つ話があってね』
『話?』
『今週、立夏がバーベキューをやりたいらしいんだ。折角の機会だしキミを誘おうと思ったのだけど、どうだろう? 時間は夕方からで、もしかすると帰るのは遅くなるかもしれない』
『バーベキューか。そりゃ楽しそうだな』
『立夏もまた白鳩さんとお話したいらしくてね、ぜひ来て欲しいと伝えておいて欲しい』
『分かった、俺も参加したいしユキにも俺から聞いておくよ』
『それで当日、キミにも色々と見せたいものがあってね』
『見せたいもの?』
『見ても驚かないでくれよ』
『内容については?』
『秘密』
『そっか。じゃあバーベキュー当日まで楽しみにしてる』
『日時については白鳩さんからの了承を得られたらまた言うよ。よろしく』
『了解。ユキに聞いたら連絡するから』
秋奈から既読が付いたのを確認した後、俺はキッチンで料理に勤しむユキに声をかけた。
「なあユキ。秋奈から今メッセージが来てさ、立夏がバーベキューをするらしいんだ。是非ユキと一緒に来て欲しいって誘われて、ユキはどうする?」
「立夏さんと秋奈さんでバーベキューですか? とっても楽しそうです、ぜひ行かせてもらいたいです」
「オッケー。それじゃあ日時とかは後で聞いておくからさ、とりあえず参加の確認だけな」
エプロン姿に髪を後ろでポニーテールに結んでいるユキ。この格好にもすっかり見慣れてきたが、いつ見ても良いものだ。彼女が動く度に長い髪が尻尾のように揺れる様子は可愛らしいし、後ろから見えるうなじも艶っぽい。
その後ろ姿に見惚れていると、ちょうど振り向くユキ、目を輝かせたまま笑顔でこちらに近付いてきた。
「ねえ晴くん、これ味見してもらっても良いですか?」
「んっ……うん美味しいぞ。今日は何を作ってるんだ?」
「今日の夕飯は肉じゃがです」
「へぇーそれはいいな! 楽しみだよ」
「えへへ、頑張っちゃいますよね」
パタパタとスリッパの音を鳴らしながら、嬉しそうにキッチンへ戻っていくユキを見て思わず笑みが溢れる。キッチンからは良い香りが漂ってきて食欲が刺激されるものだから、ついお腹が鳴ってしまいそうになる。
夏休みも毎日こうやってユキの料理を食べられるのは幸せだ。実家に帰って母さんの手作り料理も悪くないけど、ユキの作ってくれる料理はどれも俺好み。胃袋が彼女の料理を求めて止まない、そんな体質になってしまっている。
何か手伝いする事は出来ないかとキッチンに向かうと、ユキは肉じゃがの茹で加減を確かめていた。
「何か手伝う事とかないか?」
「ありがとうございます。では出来た料理を運んでくれますか?」
「もちろん」
俺が料理を運ぶ横でユキは鼻歌交じりに手際よく調理を進めていく。邪魔にならないように出来る限りの手伝いをしていると、あっという間にテーブルの上には美味しそうな食事の数々が並んだ。
二人でテーブルについて手を合わせる。
いただきますの言葉と同時に箸を持ち、ユキの手作り料理を食べながら話に花を咲かせた。
「今年の夏休みはとても楽しい事がいっぱいです。毎日晴くんと一緒に居られるだけじゃなく、この前は一緒に夏祭り、これからはお友達とバーベキュー、それから海水浴に行く予定もありますもんね」
「それにしてもバーベキューか……。何処でやる予定なんだろうな。秋奈の話だと場所は詳しくは言ってなかったな、時間は夕方からだそうだけど」
「夕方からだと言うのなら、小学生の頃のようにバーベキューだけじゃなく天体観測も楽しみたいですね。今も覚えています、晴くんと一緒に瞬く星空を眺めていたのを」
「思い出すなあ。本当に綺麗な夜空だった。お肉も美味しかったし」
「ふふっ。今年は晴くん、お肉食べすぎないようにしてくださいね。満腹で動けない~ってあの時、地面に横になって晴くんのお母様から怒られていましたし」
「あ、あれはだな……初めてのバーベキューでテンションが上がり過ぎたから……! それに俺はもう高校生なんだから大丈夫だって!
「どうでしょう、高校生になった今も変わっていないかもしれませんよ? だってほら、今もご飯粒がほっぺたにくっついています」
「あ……」
ユキは悪戯っぽく笑いながら、俺の頬についたお米を取る。こういう何気ない仕草でもどきっとしてしまうから困るものだ。
そして、こんな風に彼女と何気無い会話を交わしているだけでも、心が落ち着くし癒やされる。俺達は美味しい食事を共にしながら、今日も会話を弾ませるのだった。
 




