第13話、停電とお風呂③
「晴くん……その、うっかりしていた事があるのですが……」
暗闇の中でのお風呂を終えた後、先にユキの着替えを済ませてもらおうと思っていたのだが、脱衣所の方から弱々しい声が聞こえたので顔を上げた。
「どうした?」
「え、えと……晴くん、バスタオルと着替えを用意するのを忘れてしまって……」
「あ……じゃあ、もしかして……」
「その、もしかして……です」
暗闇の中でユキは慌てている様子だった。いつもならお風呂に入る時は忘れずに着替えを持ってきている彼女だったが、今日は雷と停電に気を取られたせいか必要なものを持ってくるのを忘れたようだ。
「ユキ、いつもバスタオルを置いておく所には?」
「それが、大きいのも小さいのもリビングに畳んだまま……空っぽです」
タオルと着替えを忘れたという緊急事態。
体を拭く事が出来ないので、雫がぽたりと床に落ちていく。
「ユキの着替えとバスタオルは俺が取ってくる、お風呂に浸かって待っててな」
仕方ないので俺は苦肉の策として、一人でリビングに着替えとタオルを取りに急ごうと思った。濡れたままでも走って行けば大丈夫。だが、ユキは離れようとする俺の腕をぎゅっと掴む。
「ま、待って下さい、一人だと心細くて……」
「でも、このままじゃ風邪ひいちゃうぞ?」
「それは分かっています……ですが、一緒に……お願いします……」
消え入りそうな声で呟いた。暗闇の中で表情はよく見えないものの、きっと不安でいっぱいになっているのだろう。包帯を巻いていたあの頃、彼女が周囲からいじめられた時のトラウマがあるというのなら、彼女を守ってあげなければ。そう思った。
「お互い濡れてるし、一緒に行くなら急ごう。ほら、手を握ってやるから」
「はい……晴くん、ありがとう」
申し訳なさそうにしているユキの頭をぽんと撫でてから、彼女の小さな手を取った。
お互いに裸足だったのでぺたぺたと音を鳴らしながら廊下へ出る。体は濡れたままだし、湯冷めして風邪を引く前にユキの着替えとバスタオルを見つけようと、暗闇の中を二人で手を繋いだまま移動する。
「あの……スマホのライトは使わないのですか?」
「いや大丈夫。部屋の構造は覚えてるし、目も慣れてるからうっすら見えるだろ」
スマホのライトを使わないのは俺なりの配慮のつもりだった。ライトを使えば光が反射して、隣に歩くユキの裸が見えてしまう。実際、ライトに頼らなくとも壁にぶつかってしまうという事はない。
ただ明かりが無くとも、状況的にはかなり俺の本能を刺激するものだったと思う。
何も着ていない裸のユキを連れて室内をうろつくというのは背徳感があって、なんだかそれが妙な気分にさせる。暗闇の中とは言え既に目は慣れているので、俺の隣を歩くユキのぼんやりと浮かぶ白い肌がやけに艶めいて見えて、心臓はばくばくと激しく脈打っていた。
なるべく意識をしないように……これは緊急事態だから仕方ないのだと自分に言い聞かせて耐えていた。
そしてリビングに着いた俺達は、普段ユキが洗濯物を畳んで置く場所に近付いて確認する。綺麗に畳まれたバスタオルと衣服があって、それを見て胸を撫で下ろす。
バスタオルを手に取って、それをユキに手渡そうと振り向いた時だった。
「よし、体を拭いてすぐ――」
眩しいと感じたのはその直後、視界が真っ白に染まった。
じんわりと部屋が暗闇から本来の色を帯びていく。明るい光を放つ照明で部屋が満たされて、同時に俺は見てしまうのだ。
艶やかな唇を、ほんのりとした桜色の頬を、長いまつ毛に覆われた宝石のような青い瞳――雫の伝う白く透き通るような肌、たわわに実った2つの大きな膨らみが、彼女の大切な場所の全てが露わになって、俺は目の前に立つ無防備なユキの姿を見てしまう。暗闇の中で見た時よりも何倍もの美しさで映る彼女の姿に思わず息を飲む。
「あ……」
小さく声を上げるユキ。彼女も一瞬の事で何が起こったのか分からずにいたが、すぐに状況を整理出来たのか慌てふためくように両手で体を隠した。真っ赤に染まる頬と耳、瞼をぎゅっと閉じて小さく屈むユキの姿を見て、俺は咄嗟の判断で手に持っていたバスタオルを彼女に被せて、顔を逸しながら声を上げた。
まさかこのタイミングで停電から復旧するとは思ってもいなかった。
「ほ、本当にごめん! 見るつもりじゃなかったんだ!」
「こ、これは……不可抗力ですから、晴くんは……謝らないでください。それに、お互い様……ですから」
「お互い様?」
「は、晴くん……あ、あの……」
「ん?」
「か、隠して……ください、あたしだけじゃなく、晴くんだって……その、見えちゃってます……」
ユキは体を屈めたまま、目を開いて横目で俺の方を見ると、また慌てて目をぎゅっと閉じて俯く。こんなに顔を真っ赤にしているのは初めて見る程に、彼女は羞恥に震えているようだった。
そしてユキが何を言っているのかを、自分の体に視線を落として気付くのだ。そう、ユキだけじゃなかった。俺も彼女と同じ状況だった。
顔から煙が出てしまうくらいの恥ずかしさを感じて、慌ててバスタオルを取って体を隠す。明かりの下で互いに裸のままで、置かれている状況を理解した俺は急いでリビングを後にする。
脱衣所に戻った後、床に座り込みながら混乱する頭を整理した。
嵐から始まった今日。それから停電して真っ暗になって、雷に怯えるユキを連れてお風呂に入った事。そして電気が復旧した後も続いたハプニング、多分俺は一生今日の事を忘れないと思う。




