第12話、夏祭り①
何処からか聞こえる太鼓の音に笛の音色が鳴り響く。
ぶらさげられた提灯が明るくなって、商店街にはたくさんの屋台が立ち並ぶ。
夜が近づき涼しくなり始めた時間帯。多くの屋台の前にはたくさんの人が集まり、焼きそばやたこ焼きなどの美味しい匂いが漂ってくる。賑やかで綺羅びやかな夏祭りの空気に心を躍らせて、紺色の甚平姿の俺はユキと一緒に人混みの中にいた。
ユキは浴衣を着ている。白色の布地には大きな桜色の花がいくつも咲いていて、髪をお団子にまとめて可愛らしい青色のかんざしを挿している。赤いりんご飴を口元に寄せながら、彼女は俺の隣を歩いていた。
夏休みになり俺とユキは以前から予定していた夏祭りへとやってきた。
小学生の頃にもユキとは何度か来た事があるが、あの時は家族と一緒。母さんや父さん、それにユキの親との6人で遊びに来ていたを思い出す。こうしてユキと二人きりでの夏祭りというのは初めてだ。
「人がかなり増えてきたな。はぐれないようにしないと」
県内でも有名な夏祭りという事もあってとにかく人が多い。行き交う人に流されて離れ離れになってしまったら大変だと、俺はユキに手を差し伸べた。
「ほら、ユキ。手を貸して」
「は、はい……」
差し出された手をユキは手を握りしめる。
柔らかな手のひらの感触にどきりとしながらも、それを表に出さないように平静を装う俺と、俺の手を握ったユキはりんご飴みたいに頬を赤く染めながら俯いていた
初めての二人きりの夏祭り、普段は見られない浴衣姿と甚平姿。そんな二人が手を繋ぐとなれば、緊張してしまうのは仕方がないというものだ。ユキの手が少し汗ばんでいる事に気が付いて思わず口元が緩む。
「それじゃあ行こうか。今日はたくさん楽しもう」
「はい。いっぱい楽しみましょうね、晴くん」
会場に着いたばかりの俺達は屋台巡りを楽しむ事にした。
俺は満面の笑みを浮かべるユキの姿に見惚れている。浴衣姿のユキというのは抜群に可愛らしい。夏祭りの雰囲気に合っていて、普段とはまた違った魅力があるというものだ。
ユキは先にある屋台に向けてりんご飴を差した。
「ほら晴くん、ヨーヨー釣りがありますよ」
「ん? ほんとだな、行ってみるか」
「はい!」
ユキは見惚れる俺の手を引いて水槽の方へと歩いていく。
水槽の中には色とりどりのまん丸な水風船が浮かんでいて、その様子にユキは目をきらきらと輝かせていた。ユキは夏祭りが始まる前からヨーヨー釣りをやってみたいと言っていた。きっとここに来るまでずっと楽しみにしていたんだろう。
「どの水風船を取ろうか悩んじゃいますね」
「どれも綺麗な色だもんな。それじゃあやってくか」
俺とユキは店主に100円玉を渡して、クリップの付いた紙縒を渡してもらう。それから水槽の前にしゃがみこんで二人で一緒にヨーヨー釣りを遊び始めた。
まずはユキからだ。
俺はユキからりんご飴を受け取って、彼女がヨーヨーを釣る姿を見守った。水面に浮かぶ水風船を眺めながら狙いを定め、赤色の縞々模様な水風船に手を伸ばす。紙縒の先のクリップを浮いた輪ゴムに引っ掛ける――が、その水風船を引き上げようとした直後に紙縒は切れてしまう。
「あ……」
「紙の部分をちょっと濡らしすぎちゃったかもな」
「意外と難しいんですね」
「一回覚えてしまえば簡単さ。まあ見てろって」
次は俺の番だ。さっきユキが狙っていた縞々模様の水風船に狙いを定め、水面に浮いた輪ゴムにクリップをくぐらせる。それを引き上げて俺は無事にその縞々模様のヨーヨーを手に取った。続けて水玉模様のヨーヨーを釣り上げ、3つ目を引き上げた途中で紙縒はぷつりと切れてしまった。
「晴くん、すごいです! あっという間に二つも取っちゃうなんて!」
笑みを浮かべながらぱちぱちと拍手するユキ。俺がヨーヨーを上手く釣った事を、まるで自分の事のように喜んでいた。
俺はそんな彼女に向けて赤色の水風船を差し出した。
「ほらユキ。これが欲しかったんだろ?」
「え、良いんですか? 晴くんが取ったのに」
「ユキの為に取ったんだ」
ユキに水風船を渡すと、彼女はゴム輪っかを指に通して優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、晴くん。大切にしますね」
渡された水風船を手で弾いて遊ぶユキ。風船の中の水がぱしゃぱしゃと音を鳴らした。
その様子はまるで子供のようで、無邪気に遊ぶ姿には癒やされる。今日はめいっぱいユキと夏祭りを楽しもう、彼女の笑顔を見ながらそう思った。




