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第1話、包帯の下③

 あの日、俺はユキを自宅へと送り届けた。

 意外な事に彼女の家は俺の家の近くにあった。


 ユキの母親はとても美人でびっくりしたのを今でも覚えている。ユキは涙ながらに今日あった事を話して、俺がいじめられていたユキを助けた事を、初めての友達になってくれた事を伝えた。ユキの母親もその話を聞いて喜んでくれてさ。ありがとうございます、これからも仲良くして上げてください、と微笑んでいた。


 ユキは今まで学校に行く時は母親から送ってもらっていたそうだけど、その日を境に俺と一緒に歩いて通学する事になった。ランドセルを担ぎながら学校に行く時も帰る時も、肩を並べて登下校したっけか。


 ユキと同じクラスのいじめっこ共と学校で鉢合わせして、この前の仕返しだと喧嘩になったりもした。けれど腕っぷしが強かった事もあって、あのガキ大将を正面から返り討ちにしてやって声を荒げたものだ。


 そして休み時間になるとユキは必ず俺の教室にやってくる。


「晴くん、今日も来ちゃった……良いかな?」

「ユキ、やっほー。聞きたい事があったんだ」


「なに? 聞きたい事って?」

「土曜日って予定とかある? その日にさ、母さんと水族館にお出かけする予定なんだけど実はユキも誘いたいなって思ってて」


「ほんと? 土曜日は空いてるから……晴くんが連れて行ってくれるなら、あたしも行きたい……」

「やったー! それじゃあ母さんにも言っておくね!」

「う、うん! 楽しみにしてる……!」


 ユキは包帯の下で微笑む。


 俺は彼女がこうして笑ってくれる姿を見るのが好きだった。そして悲しんでいる姿は決して見たくない。だから学校でいじめられているユキを何度も助けて、家に帰って遊ぶ時もユキを喜ばせようと色々な事をしたのを覚えている。


 そうして仲良くなっていくなかで、ユキがどんな子なのかを知っていく。包帯に覆われているけれど、その包帯の下のユキは何処にでもいる普通の女の子で、口下手だけれど頑張って自分の気持ちを伝えようとする健気な子だという事を知った。


 ユキと仲良くするうちに、俺の家とユキの家は家族ぐるみの付き合いになっていって、学校が休みの時は一緒に色んな所に出かけた。水族館だったり、夏祭りだったり、冬は一緒にクリスマスパーティもしたっけか。初詣に行く時は家族総出で神社に行ったりもした。


 お賽銭を入れた後、ずっとユキは手を合わせて何かを祈り続ける。何をお願いしたのか聞くと耳を赤くしながら照れて誤魔化した。


 後でその内容を知る機会があった。

 その内容が、


『晴くんともっと仲良くなれますように』


 という願い事だったと知った時は、胸がいっぱいになってその願いが叶えられるようにユキの事をもっと大切にしようと思ったものだ。


 そして俺が初詣の時に手を合わせて願っていたのは、


『ユキともっと一緒にいられますように』


 そして4月になって進級した時、その願いは無事に叶った。


 4年生になるとユキとは同じクラスになって、俺達はもっと仲良くなれた。それから卒業式を迎えるまで、ユキとはずっと同じクラスだった。俺がいつも一緒にいる事で本格的にユキへのいじめもなくなって、彼女の学校生活は激変したと言っても良かった。俺の傍にいるユキは笑顔を絶やさない明るい子に変わっていった。


 そして俺の中には恋心が芽生えていく


 包帯を巻いた少女、素顔は一度も見た事がないけれど、仲良くするうちに彼女の優しくて素直な内面に惹かれていった。人間関係ではいつも俺を頼ってくれて、俺が苦手な勉強になると色々な事を教えてくれる。ユキはとても頭が良かった、小学生の時のテストは全部満点。俺とユキは足りないものを互いに補う関係だった。


 俺には包帯の下の彼女が、誰よりも輝いて見えていた。その優しい性格は天使のようにも思えて、俺達の間には確かな絆が生まれていく――けれどそれは中学へ上がる直前にぷつりと切れてしまったんだ。


 その理由。

 ユキが包帯を顔に巻く原因、それが病気なのか怪我なのかは分からないけれど、それを治す事が出来る病院が見つかって、その病院が遠い海外にある事を告げられた。


 ユキとの別れは悲しかった。

 ずっと傍にいたユキが居なくなる生活を想像する事すら苦しかった。何度も枕を濡らした。それはきっとユキも同じだったと思う。


 別れ際の空港で、ユキはそっと俺に寄り添った。


 包帯を外せるようになって日本へ帰ってきたら、またあなたと仲良くしたいと、一緒にいたいとユキは言ってくれた。


 その時に約束したんだ。

 桜並木の綺麗な高校に、一緒に行こうって、俺はユキと誓い合った。


 そこは県内でも有名な学校で中学に上がった当時の俺では学力が全く足りなかった。けれどユキと同じ高校に入りたいという強い想いを胸に、苦手な勉強に向かい合った。父さんも母さんも協力してくれた。帰ってきたユキにしっかりと顔見せ出来るような立派な男になりなさいって、協力を惜しまなかった。


 海の向こうでユキは包帯を外せるように頑張っている。だから俺も頑張らないと、そう思ったんだ。ユキとの誓いを胸に、彼女との再会を願って、俺は中学での3年間を全て勉強に捧げた。その努力は実った、俺はユキと約束した高校に合格する事が出来たのだ。


 そして知ってしまう、高校の合格者の中に『甘木ユキ』の名前はなかった。ユキはまだ包帯を外せていない、日本に帰ってきていないと、夢は叶えられなかったとそう思ったんだ。


 ――けれど、そうじゃなかった。

 

 彼女は今俺の前で、包帯の下の素顔で微笑んでいた。

 その天使のような微笑みを見て、彼女の青い瞳を見つめて感じていた。


 ああ、ユキだ。

 子供の頃、包帯を巻いた彼女が何度も見せてくれた笑顔と一緒だった。


 あの時と同じように、

 包帯の下のユキは輝いて見えた。

 

「ユキ、おかえり」

「晴くん、ただいま」


 屈託のない――眩い笑顔。

 初詣のあの時、二人で手を合わせて願った想い。


『晴くんともっと仲良くなれますように』

『ユキともっと一緒にいられますように』


 その願いが今、再び叶った事を知った。

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