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第11話、期末テスト①

 自慢じゃないが俺は勉強の成績があまり良くない方だ。


 中学の時の成績は下の中で、今通っている高校を第一志望にした時は担任から止められた。偏差値も高かったし、わざわざ学力に見合わない遠い学校へ通う必要もないだろうと、俺の学力に見合った地元の高校へ行くよう説得された。


 でも俺はどうしてもその高校に行きたかった。


 ユキとの約束を果たす為、今までろくに勉強をしていなかった俺が本気で勉強をした。中学の3年間は受験勉強に全てを捧げたくらいだ。友達とも遊ばず、時間があれば勉強に集中し、親は頑張る俺を後押しする為に家庭教師まで雇ってくれて受験勉強に時間を注いだ。


 親の元を離れて一人で暮らすのは大変だし、レベルの高い授業についていくのには苦労する。それに中学で仲良くしてくれた友達だって誰一人としていないのだ、わざわざこの高校を選ぶ必要はないと周りの友達からも言われた。


 でも俺はユキと一緒の学校に行きたかった。その想いだけは譲れなかった。そして無事に合格出来てユキと再会してから――今までの受験勉強の反動からか、勉強に対してはかなり自堕落な態度になってしまっていた。


 そしてもうすぐ期末考査がやってくる。


 このままでは赤点確実で、どうしたら良いのか困っている俺へと向けて、優しく手を差し伸べてくれる救世主様が居てくれた。


 ユキだ。学年トップの成績を誇る彼女が、俺に分かりやすくテストの範囲を教えてくれるのが救いだった。前回の中間考査の時も力になってくれていたが、今回の期末考査はかなり力が入っている。テストの結果次第では夏休みという貴重な時間が補習に使われてしまう。ユキと一緒の夏休みが奪われるのは絶対に避けたかった。


「晴くん、ここ数式の解き方が違います。ここはこうですよ」

「お……そうか。中学の時と違ってほんと複雑だよなあ……」


「そうですね。でもこれは高校数学での基本です。ここは理解が難しくて得点差も出やすい部分。しっかりと身につけていきましょう」

「ユキはもう全部完璧だもんな。ほんと見習わないと」


 俺とユキは今、テストに向けて最後の追い込みをかける為に、日曜日を使ってとある喫茶店で勉強会を開いている。


 俺達以外にも他校の生徒や大学生が勉強に勤しみ、ノートパソコンを前にするサラリーマンの姿もある。昨日も家で丸一日使って勉強していたのだが、ユキから気分を変えてみようという提案があったので、今日はマンションから少し離れたこの喫茶店にやってきた。


 冷暖房設備で快適な温度に保たれた店内には心の落ち着く静かなジャズが流れていた。テーブルに置かれた湯気のたつコーヒーから香ばしい良い匂いが漂ってくる。


 俺は数学の問題集を開きながら、ちらりと隣に座るユキを横目で見た。椅子の上で背筋をぴんと伸ばして、俺の解いた問題を見つめペンを握るユキの姿に、喫茶店にいる多くの人達の注目が集まっている事に俺は気付いていた。


 こうしてユキが注目を浴びてしまうのは当然の事だろう。


 窓から差し込む日差しで白銀色の長い髪が煌めく。フリルの付いた白いワンピースが彼女の清楚な姿を引き立てていた。それでいて彼女の整った顔付きは見る者全てを魅了する。その美しさには尊さすら感じる程だ。


 俺や他の生徒達が初めて抱いたものと同じものを、ここにいる多くの人達は感じているはず。彼女が耳にかかった長い髪をかきあげた時、ざわめきが一段と大きくなった気がした。


 ユキが包帯を巻いていた頃、周りの人達は怪訝な表情でユキを見ていたけど今は違う。この空間に居る誰しもが羨望の眼差しをユキに送っている。


 俺が再び解いた問題を見つめていたユキは頷くと顔を上げる。


「うんうん、晴くん。さっきの部分もすぐに覚えてくれたんですね。よく出来ていますよ、晴くんって飲み込みがとっても早いと思うんです」

「ユキの教え方が良いからな。出来れば学校の授業だってユキが先生になって、そのまま教えてもらいたいくらいさ」

「えへへ、そこまで言われちゃうなんて。とっても嬉しいです」


 ユキは照れたように笑いながら数学の問題集を閉じる。次は何を教えてくれるんだろうかと見ていると彼女は喫茶店のメニュー表に手を伸ばしていた。


「晴くん、数学の範囲はもうばっちりですし休憩しませんか? たくさん勉強しましたし、息抜きも大切です」

「そうだな。ずっと頭を使ってたらなんかお腹も空いたしちょうど良いよ」

「実はこのお店の季節限定メニューが食べたくて。ほらこのパンケーキです」


 ユキはメニュー表に書かれた写真を見せる。分厚いパンケーキの上に綺麗に切り分けられた大粒な真っ赤な苺と、薄いピンク色のストロベリークリームが乗ってとても美味しそうだった。


「へえ美味しそうだな。俺もこうやって写真を見てたらパンケーキが食べたくなってきた」

「晴くんも同じものを食べますか?」

「俺はこのマロンクリームが乗ってる方にしようか。ほら、別のやつを頼んでユキに分けてあげたらさ、一度に二つの味を楽しめるだろ?」


「良いんですか? 晴くんのパンケーキを頂いても」

「もちろん。その代わり俺もユキの選んだほう、ちょっとばかりもらったりするかもだけど」

「構いませんよ。それじゃあ早速パンケーキ頼みますね」


 ユキはボタンを押して店員を呼び、二人分のパンケーキを頼む。写真で見る限りはとても美味しそうだったが、実物はどんなものだろうとわくわくしながら、俺とユキは参考書や問題集を広げていたテーブルの上を一旦片付ける。


 しばらくして店員がお皿に盛り付けられた立派なパンケーキを持ってくる。その色とりどりな様子にユキは目をきらきらと輝かせていた。


「わあ。凄い美味しそうですね、晴くん」

「ほんとだな。それにボリュームも満点だ」


 鮮やかな盛り付けのされたパンケーキの見た目と、漂ってくる甘い香りが食欲をそそる。テスト勉強で疲れた頭と体には良い栄養補給にもなりそうだ。俺とユキはナイフとフォークに手を伸ばし、早速そのパンケーキを食べる事にした。


 円形で厚みがあって程良い焼色の付いたパンケーキを一口サイズにフォークで切って、上に乗ったマロンクリームを付けてから口の中へと運んだ。栗の持つ濃厚な味わいがそのまま詰まっている深みのある甘いクリームと、出来たてで温かくふんわりとしたパンケーキは舌触りがとても良い。クリームの上に散りばめられた甘露煮された栗とクルミが更に食感を与えてくれて口の中が幸福感で溢れてくる。


 ユキの方はどうだろうか。

 真っ赤な苺をふんだんに使った色鮮やかなパンケーキ。


 それを食べるユキの顔は、まるで花が咲いたかのようにほころんでいた。そんな彼女の表情を見ているだけで、俺の食べているパンケーキの方ももっと美味しく感じてしまうのだから不思議なものだ。


 ユキは俺の視線に気付いたのか、手を止めてこちらを見つめ返していた。


「そうだ、晴くん。さっきお互いのパンケーキを分けて食べさせるって言ってましたよね。苺クリームのパンケーキ食べますか?」

「お、早速か。ユキが美味しそうに食べてるから気になってたんだ、それじゃあもらおうかな」


 俺は切り分けたパンケーキをもらおうと小皿に手を伸ばすのだが、ユキはそんな俺を見つめながら首を傾げた。


「晴くん、どうしたんです?」

「え? 小皿に盛ってもらおうと思ったんだけど」

「その必要はないですよ晴くん。はい、あーん」


 ユキは一口サイズに切ったパンケーキに苺のクリームをたっぷり付けて、フォークで刺したそれに手を添えて俺の口元に差し出した。


「あーんって……ユキ、もしかして」

「えへへ。せっかくなので食べさせ合いっこしましょうね。ほら、お口を開けて」


 この光景、凄く恥ずかしいんだけど。周りからの視線が気になって仕方ないし、俺とユキのやり取りを見ている人達からひそひそと声も聞こえてくる。でもユキは全く気にしていない様子で、にこにこと笑みを浮かべながら俺が口を開けるのを待っていた。


 とりあえず食べないとこの状況は変わらないままなので、俺は大人しく口を開く事にした。するとユキは嬉しそうな表情で俺の口の中へパンケーキを運ぶ。


 うん、美味い。甘酸っぱいクリームの味とふんわりしっとりしたパンケーキが口の中で絶妙なハーモニーを奏でている。けどやっぱり照れるなこれ。恥ずかしくてパンケーキを味わい尽くす前に飲み込んでしまっていた。


「それじゃあ次は晴くんの番です」

「え、俺も今のを……するのか?」

「もちろんです」


 優しく微笑むユキ。まあ流れ的にはそういう事だよな。


 俺は照れながらも彼女がさっきしてくれたように、マロンクリームをたっぷりつけたパンケーキを一口サイズに切って、雛鳥のように大きく口を開けて待つユキの元へと運んでいく。


 彼女はぱくりとパンケーキを口にして、うっとりとした表情を浮かべながら、ゆっくりと味わうように舌の上で転がしていた。満面の笑みでパンケーキを味わうユキ、その顔がさっき食べていた時よりもずっと美味しそうに見えるのは、俺が食べさせてあげたからなのだろうか。


 俺とユキはこうして互いに食べさせ合って、ボリュームたっぷりなパンケーキが盛られていた皿は綺麗さっぱり空になっている。それから淹れたてのコーヒーを味わって二人での勉強会を再開した。

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― 新着の感想 ―
[一言] この二人のあ〜んを見てチョンガーの男達の 怨嗟が見えたら晴は死んでるよ? 人間頭使うと血糖値が減って来るので甘いお菓子の 処方は正しいです!人間の脳は糖の他に乳酸も 栄養に働くので文武両道は…
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