第9話、本当に大切なもの②
俺とユキは屋上のベンチに座りながら昼食を共にしていた。食べるのはもちろんユキ特製の手作り弁当だ。いつもならその美味しさを堪能しながら二人で会話に花を咲かせるのだが、今日は虻崎との一件もあったので俺はユキを慰めようと優しく声をかけ続けていた。
ユキは浮かない様子で箸を進めながら、俺へと感謝の言葉を再び口にする。
「晴くん、さっきは本当にありがとうございました……」
「気にするなって。いつもユキには世話になってる、おあいこさ」
去り際に手を掴まれて、声を荒げた虻崎を前にして怖かっただろうな。今も箸を持つ手が少しだけ震えている。あんなに怖い思いをしたのはユキにとっても久しい事だったろう。
あれだけ拒絶の意思をユキは見せていたのに、それでも彼女を自分の思い通りにしようと強引な手段に出た虻崎の行動には腹立たしさしかない。女子生徒達から持て囃された事で増長しすぎた結果、あの男の中で膨れ上がった自尊心があの状況を招いたのだ。
ともかくあの場からユキを助け出す事が出来たのは不幸中の幸いだったと言えよう。
「普段、他の男子から告白される時もあんな感じなのか?」
「いえ……あんなふうにされたのは、初めてでした。丁寧にお断りすれば今までの方は皆、色々と言いたい事はあったでしょうが分かってくれたので」
「まあそれが普通なんだよな。好きな人に告白して断られても、本当に相手の事を大切に思うなら、しつこく食い下がるなんて真似はしないはずだ」
そうだ、ユキを大切に思っているならあんな乱暴な事なんて出来るはずがないのだ。彼はユキの見た目にしか興味がなかった、彼女の内面――心の方なんてどうでも良くて、彼女を怖がらせようが自分の言いなりに出来れば良いと、そんな最低な考えしか出来なかった。
ユキは箸を止めて俯き、小さく息をつく。
「包帯を巻いていた頃も外見を理由にいじめられていましたが、包帯を外した後でも外見を理由にこんな怖い思いをする事になるなんて思ってもいませんでした。難しいですね、色々と」
「さっきの虻崎みたいに自分の事しか考えていない危ない奴はいる。だから気を付けないと」
「そうですね……気を付けないと。でも、今日の一件で分かった事があるんです」
「分かった事?」
「はい」
ユキは俺の顔を見上げて、安堵するように顔をほころばせる。宝石のように透き通った瞳を潤ませながら、彼女は優しい声音で言った。
「包帯を巻いている時でも、それを外した後でも――晴くんはあたしを助けてくれる。怖かったけどそれを知れた事が、とっても嬉しいんです」
ユキは俺の制服の袖を掴み、ゆっくりと身体を寄せる。そのまま俺の肩に頭を乗せると甘えるように頬ずりをした。
「晴くんは小学生の頃から変わっていません。あたしの外見ではなく、内面を見て話をしてくれます。そしてあたしが困った時になったらいつでも駆けつけてくれる。さっきは本当に嬉しかったんです。ああ晴くんがまた助けに来てくれたって」
「俺は当たり前の事しかしてないよ。昔と一緒で困っているユキを放っておけないだけだ」
「そういう所ですよ、晴くんの良い所です。やっぱり変わっていませんね……小学生の頃からずっと変わらず、かっこいいままです」
ユキはうっとりとした表情を浮かべて熱っぽい視線を送ってくる。俺は彼女の頭を撫でながら、照れ隠しの為に目を逸らした。
彼女にとってのかっこいいは見た目の事ではなく、相手の内面や行動の部分を指している。虻崎のような美男子を前にしても、その外見に目が眩む事は決して無い。人にとって本当に大事なものが何なのかを、人の内面――心の大切さを知っているのだ。そして俺も同じようにユキの心を大切にしたからこそ、こうして彼女の傍に寄り添う事が出来る。
それを幸せに感じながら、俺はユキの特製手作り弁当を頬張る。ユキも続いて箸を動かし始めた。こうして話をして落ち着いたのだろう。手の震えも止まっていた。
「晴くん、今日の夕食は何が食べたいですか?」
「ん? 急だな。じゃあ今日はカレーが食べたいな」
「ふふ、分かりました。腕によりをかけて作りますから期待してくださいね」
「楽しみにしてるよ」
きっとこれはユキなりの感謝の気持ちなのだろう。助けてくれた恩を返したい、ご馳走を振る舞いたいと、そう思ってくれたに違いない。
いつもの調子を取り戻したユキ、彼女が笑顔を見せてくれた事が嬉しかった。俺も自然と笑みがこぼれる。
雲ひとつ無い晴天の下で、俺とユキは二人だけの幸せな時間を過ごすのだった。




