第9話、本当に大切なもの①
それは学校での昼休みの出来事だった。
俺とユキは一緒に屋上でお弁当を食べるのが日課だった。いつもなら二人で一緒に階段を登って向かうが、今日は俺が日直当番で色々と用事があって遅れてしまい、ユキは先に屋上で待っている事を伝えてくれた。
日直当番の仕事を済ませ、ユキと合流しようと急ぐ。階段を登るその途中で、屋上に続く階段の踊り場で何やら話し声が聞こえる事に気付いた。そのまま階段を登っても良かったのだが、何やら真剣な内容そうだったので俺は足を止めた。
足音を立てないように壁の方へと隠れ、踊り場の方をこっそり見上げてみると男子生徒が一人、そしてその奥に立っているのは女子生徒だろう。だろう、というのは下の階からは見えない位置にいるので、ちらりと制服のスカートが見えたからそう判断しただけだ。
屋上への階段は人通りがほぼ無い。生徒もこの階段はあまり使わないし、人目を気にして隠れて話すなら悪くない場所だった。
けれど屋上ではユキが待っているし、踊り場を占拠されては困るのだが……と思っていると聞き覚えのある声がした。鈴のように澄んでいて、天使を思わせる清らかな美声。間違いない、その声の主は――ユキだった。
「えと……あたしを呼び止めた理由ってじゃあ……」
「そういう事。なあユキちゃん、オレと付き合ってくれよ」
男子生徒がユキを前にして渾身の告白を行っている姿を目にしてしまう。見てしまってはいけないものを見ているような気がして後ずさった。そしてユキに告白している相手が誰なのかを知り、きゅっと胸を締め付けられるような感覚が襲う。
虻崎――成績優秀でサッカー部のエース、学校のイケメン王子とまで呼ばれるような男。俺がユキと仲良くするのを妬み、球技大会のあの日に俺へ何度もラフプレーをかましてきた奴だ。そんな男が今、ユキに告白している。
天使のような美貌を持つユキが男子から詰め寄られるのは自然な事だ。性格だってとても良くて、性別の壁を超えて誰をも惹き付ける。学力の高さは中間テストで全教科満点を出した事でも証明され、球技大会の比類なき活躍で彼女の運動神経の良さは知れ渡る事になった。
彼女が入学してから数多くの男子から告白された話は俺も聞いているし、けれど俺には今までの事もあって、ユキが他の男子からの告白に頷く事はないはずだと、今までずっとそんな自信を持っていた。
でも相手が学校一の美男子となってしまうと不安に思えてくる。奴は本当にかっこいいのだ、男の俺が素直に認めるほどのカッコよさ。噂じゃ彼に告白されて落ちなかった女子はいまだかつて一人もいないらしい。彼が爽やかなスマイルを振りまくだけで、女子一同は黄色い声を上げる程の人気ぶり。
そんな虻崎がユキを壁際の方へと追い込んでいた。今までの位置と違って、二人の様子が階下からでもよく見える。
虻崎はキザな笑みを浮かべていた。夜通し考えたであろうセリフと共にユキに向かって片手を壁に押し付ける。
あんな美男子に迫られたら、女子がしおらしくなって告白を受け取ってしまうのは当然の事のようにも思えた。このままじゃユキがまずい、雰囲気に押されて告白を了承してしまう可能性だって0じゃない。
でも、その心配は全くの杞憂で終わるのだった。
「ごめんなさい」
虻崎はユキの返答に固まっていた。
「ごめんなさいって……つまり?」
「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます」
「ど、どうして? オレの告白が受け入れられないって冗談だろ?」
「冗談ではありません。互いに話をしたのもこれが初めてなのに、関係も出来ていないような状態でお付き合いするというのは無理があります」
「オレが言ってるんだよ、付き合おうってさ! 他の女子ならこんなふうに言われたら大喜びなのに、ユキちゃんはそうじゃないの?」
「喜ぶも何も、あたしはあなたの事を良く知りません」
「知らないって本気で言ってる? 虻崎だよ、2年の」
「……? いえ良く分かりません」
「へえ初めて言われたよ。まさかオレを知らない女子が居たなんて」
「では虻崎先輩、一つ質問があります。どうしてあなたはあたしと付き合おうと思ったのですか?」
「そりゃ決まってるだろ。ユキちゃんみたいに可愛い子なんて見た事ない。オレに相応しいってそう思ったのさ」
「可愛いから相応しいと思った? 仰っている意味がよく分かりません」
「だからあ……オレとユキちゃんだったら釣り合いが取れるだろ?」
「釣り合いが取れるとは?」
「見た目の話だよ、見た目! 学校一の美男子のオレと、学校一の美少女のユキちゃんならさ、学校で最高のカップルになれると思うんだよね!」
「……? つまり虻崎先輩は外見だけであたしを好きになったと?」
「そうそう。ユキちゃんみたいな可愛い子をオレが放っておけるわけないじゃん。オレ達なら絶対に良いカップルになれるよ」
「良い交際が出来るかどうか、それを判別する程の親しい仲ではありませんよね。あたしはあなたを知りません、あなたもあたしの事をよく知らない。こういうものは互いの親交を深めてから行うものではありませんか?」
「あーもうっ、そんなの後からでも良いじゃん? オレはユキちゃんを大事にするぜ。大丈夫だって自信があるからさ!」
その言葉にユキは呆れたように息をつき、眉をひそめて淡々とした口調で言葉を返す。
「お付き合いとはそういうものではないと思います。ごめんなさい、あなたの告白はお受け出来ません」
「なんでだよ!?」
「だって……あなたはあたしを外見でしか見ていません。内面を知ろうとせず、ただ見た目に惹かれているだけだからです」
「そ、そんな事ないって……!」
「では一つ質問しましょう。あたしが周りからお化けだと言われるような顔をしていて、それを隠す為に包帯を顔に巻き付けていたとしても――それでも好きだと、あたしを大切にしようと思いますか?」
「お化けって、そんな例え話をされても……ははっ、何言ってんだ」
虻崎の目が泳ぐ。その答えは明らかだった。彼は自分の見た目に絶対の自信がある。そしてその見た目に釣り合うような外見を持つ女性を求めている。もしユキが小学生のあの頃のように包帯を巻いていたのなら、彼は決してユキに告白しようとは思わなかっただろう。ユキという人間を好きになったのではない、今の彼女の天使のような美貌を好きになっただけなのだ。
ユキは表情を変えずに続ける。
そして追い詰められていく虻崎の顔からは余裕が失われつつあった。
「何度も言うようで申し訳ありませんが、あたしはあなたとお付き合いする事は出来ません。そろそろ失礼します」
ユキは頭を下げてその場を立ち去ろうとするが、虻崎はまだ諦められないようだった。今まで一度も告白で失敗した事のなかった虻崎。恵まれた外見を持ち、女子から羨望の眼差しを向け続けられた自分が、告白した相手からフラれる事など信じられるものではなかったのだろう。彼の中で肥大化していた自尊心がユキに牙を剥いていた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「――きゃっ」
虻崎はユキの腕を掴み、強引に引き寄せていた。その時、ユキの顔が恐怖で強ばるのが見えた。そして俺はその顔に見覚えがある。小学生の頃、包帯を巻いていた彼女が周囲からいじめられていた時に見せていたあの表情だ。
「ここまで言って引き下がれるかよ……!」
「や、やめて……やめてください……」
「オレが付き合えって言ってんだから付き合えよ!!」
虻崎が声を荒げた瞬間、俺は咄嗟に階段を駆け上がり、ユキを守るように二人の間に割り込んだ。俺の顔を見てユキは目を見開いて、突然現れた俺の姿に虻崎は動揺して掴んでいた手を離していた。
怒りで拳が震えた、我慢の限界だった。これ以上黙って見ていられるわけがない。ユキの気持ちを無視して自分の思い通りにしようとする虻崎の、その傲慢な態度がどうしても許せなかった。
「虻崎。お前……ユキに何してるんだ?」
「っ!? 1年の雛倉か……?」
「何をしてるのかを聞いてるんだが」
「そ、それは……」
「早く答えろ」
俺は出来るだけ冷静な口調で言うが、感情が抑えられずに声が少し上擦った。ユキは俺の横顔を見るなり目を潤ませ、怯えたように身体を震わせる。その様子を見た俺は彼女の肩を抱き寄せて、そのまま背中の方へと隠した。
ユキに乱暴をするような奴は許さない。彼女の悲しむ顔は決して見たくない、小学生の頃に感じたあの気持ちがふつふつと湧いてくる。
「ちっ……何でもねえよっ!」
虻崎は俺を睨んだ後、逃げるように階段を駆け下りていく。
互いに手を出すような事にならなくて良かった。ほっと胸を撫で下ろしながらユキの方へと振り返る。彼女はまだ震えたままで、それでも俺をぎゅっと抱きしめる。そして顔を見上げて、溢れていた涙を拭いながら笑顔を浮かべる。
「助けてくれて……ありがとう……」
弱々しく呟くユキを見つめ返しながら、俺はそっと彼女の頭を優しく撫でた。
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