第6話、思い出の場所へ②
潮の香りがする風の中、雲ひとつ無い青空を白いカモメの群れが舞っている。
俺達が向かった水族館は海のすぐ近くにあった。日本海側で最大級の規模として知られるその水族館は県内でも有数の観光名所。この前は開館30周年を記念してイベントをやっていたそうだ。
俺とユキは正面の入り口から中へと入り、まず初めにお土産などが買えるミュージアムショップに立ち寄った。海にちなんだ動物のぬいぐるみや地域の銘菓などがずらりと並んでいる。
「ここに来るのも懐かしいですね」
「そうだな。小学生の頃、ここで母さんからぬいぐるみを買ってもらった事があったな。確かペンギンのぬいぐるみだ。ユキの前だっていうのに駄々こねてさ」
「お母様から買ってもらった後、あたしが羨ましそうに見ていたらバスの中で晴くん、あたしにそのぬいぐるみをプレゼントしてくれましたよね」
「ああ。なんかあのペンギンもユキと一緒が良さそうな顔をしてたような気がしてさ」
本当は初めからユキにプレゼントするつもりで買ってもらった。ユキを喜ばせたくて、それを伝えるのが恥ずかしくて誤魔化したんだよな。本当に懐かしい。
「あのペンギン、今はどうなったんだ?」
「今も大切にしていますよ。あたしのお部屋に飾っています」
「そっか。やっぱりユキにあげて正解だった。ユキなら大切にしてくれるって、あいつもそれを分かってたのかもな」
「ふふ。でも晴くんにも会いたがっていたようなので、今度お部屋にお連れしますね」
「楽しみに待ってるよ」
こうして二人で話をしながら、お店に並んだ商品を一通り眺め終えた。
「帰りにお土産でも買っていこうか。母さんが今度マンションへ遊びにくるかもって言ってたし、その時に渡せるようにさ」
「そうですね。それでは買い物は後にして入場チケットを買いましょう」
俺とユキは二人で並んでチケットを買いに行く。
チケット売り場にはたくさんのお客さんが居てその殆どが親子連れか若いカップルだ。俺とユキも周りからすれば高校生カップルに見えただろう。ユキの事は好きだけど、まだ付き合っているわけじゃないし、もし同じ高校の生徒が居たら誤解されかねないな、なんて思っているとそっとユキが俺の手に触れた。
「ユ、ユキ……?」
「えへへ、せっかくだから手を繋ぎながら水族館を楽しみたいなって。駄目ですか?」
「い、いや……だ、駄目じゃないけど……」
駄目ではないが緊張してしまう。
彼女の白くて小さな手がそえられているだけで心臓がどきどきと高鳴ってくるのだ。恥ずかしいが同時に嬉しくもある、ユキと手を繋いでの水族館めぐりだなんて幸せそのものだから。
でも恥ずかしいものは恥ずかしい。けれどユキの手は握りたい。だから俺は目を逸しながらユキの手を取った。彼女も俺の手をぎゅっと握り返す。女の子の小さくて柔らかな手だった。
この3年間、海外にいた事でユキは大人になったものだ。こうして手を繋いで歩こうってそれを恥ずかしがらず、平然とした様子で言い出せるようになるだなんて。小学生の頃のユキなら今頃恥ずかしがって、耳を真っ赤にしていたに違いな――って?
降り積もったばかりの新雪を思わせる白銀色の長い髪、その隙間から見えたユキの小さな耳が真っ赤になっている事に気付いてしまう。
前言撤回だ、ユキは小学生の頃から殆ど変わっていない。素顔を見せるようになってからちょっとだけ大胆になったけど、包帯の下のユキは俺が知っているそのままのユキだった。
「そ、それじゃあ行きましょう。とっても楽しみです、晴くんと一緒の水族館」
「ユキ、一緒に楽しもうな」
入場チケットを買った俺達は中へと進んでいく。
思い出の残る水族館で、手を繋ぎながら薄暗い館内へと足を踏み入れた。




