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第5話、二人の夕食①

 放課後の帰り道。

 細長い雲が茜色に色付いた空の下を、いつもより少しだけゆっくりとした足取りで歩く。その隣にはユキが居て、今日の球技大会の話をする度に穏やかで柔らかな笑みを浮かべて答えていた。


 今日は本当に楽しい一日だったのを思い出す。

 サッカーの試合は負けてしまったが、ユキの活躍によってバレーの試合では優勝し、彼女がクラスを代表して登壇しトロフィーを受け取る姿には感動した。


 そして何よりも――ユキが多くの人達から褒められる中で、俺と目が合った瞬間に彼女が浮かべた表情の変化。周りの人達に見せる清楚な笑みではなく、俺だけには包帯を巻いていたあの頃と同じ純粋無垢な満面の笑みを見せてくれる。それが何だか愛おしく思えて一番嬉しかった。


 俺はちらりと横目で、隣を歩くユキを見る。

 するとその視線に気が付いたのか、ユキもこちらを見て微笑んだ。夕焼けに照らされた白い肌はとても綺麗で、長いまつ毛が揺れる瞼の奥で青い瞳がきらきらと輝いているようだった。


「ねえ、晴くん。今日は何が食べたいですか? 今日は球技大会でしたし、美味しいものをと思ったのですが」

「そうだなあ……ユキが作ってくれる料理は何でも美味しいから、悩むな……」

「えへへ、何でも美味しいだなんて。晴くんにそう言ってもらえるのはとても嬉しいです」


 彼女の作る料理ははっきり言って俺好みの味付けだ。どれも美味しくて俺は既に胃袋を掴まれている。


 毎日作ってくれる健康的で彩り豊かな朝食に、弁当は飽きが決して来ないように違う料理が毎食ごとに詰められて、夕食になると豪華な食事がテーブルに並ぶ。それでいて俺の健康を気遣ってくれて、栄養が偏らないようにお肉から野菜からバランス良く食材を選んでくれていた。


 とても優しくて頼れる存在で、俺はユキにひたすら感謝した。


 二人で話をして今日の夕飯のメニューが決まる。内容はデミグラスソースをかけて食べる特製の手ごねハンバーグだ。と言っても冷蔵庫にはひき肉やら他の材料が無かった為、これから買いにスーパーへと向かう事になった。


 夕焼け空の道を進む。見えてきたのは全国チェーンの大きなスーパーだ。多くの人が集まる店の中に俺とユキは並んで入っていく。


 自動ドアをくぐると真っ先にユキが買い物カゴを持とうとしていた。その姿を見て俺は慌てて彼女の白くて小さな手を取った。


「晴くん、どうしました?」

「色々と買い物をしようと思ってるし、ユキに重たいものを持たせるわけにはいかないから」


「そんな。大丈夫ですよ、これも晴くんへの恩返しです。重いものなんて平気です」

「ユキに重いものを持たせる方が心苦しいっていうか、それくらい任せてくれよ。ユキみたいな可愛い女の子に重いものなんて持たせられないだろ?」

「は、はい……」

 

 ユキはそっぽを向きながら俺へとカゴを手渡した。

 どうして顔を逸してしまったのかと不思議に思っていると、彼女の髪の隙間から見えた耳に朱色が差していた。良く見てみれば頬も赤くなっている。


 ユキは俺に可愛いと言われて照れていた。包帯を巻いていた頃のユキも俺に褒められる度にこうして照れていた気がする。


 手が綺麗だとか、耳が小さくて可愛いとか、瞳が本当に素敵だとか、そんな言葉をユキに言った時も同じ反応をしていたな。今思えばかなり小っ恥ずかしいような内容だが、あの頃はまだ小学生。純粋無垢だからこそ真っ直ぐな気持ちをユキに伝えられていたんだろう。


 照れているユキはとても愛おしい。けれどこうしていると買い物が進まないわけで、俺は照れるユキを連れてスーパーの中へと進んでいった。


 今日はハンバーグの材料だけ買っていくつもりだったが、せっかくの機会なので他にも色々と買っていく事にする。俺はユキと明日以降のメニューの相談もしながら、食材を買い物カゴへと入れていく。


 その途中でユキはとある商品棚に向かって歩いていった。そこはお菓子のコーナーだ、チョコレートやらビスケットやら色んなお菓子が棚に敷き詰められている。その中に並べられていた知育菓子にユキは手を伸ばす。


「晴くん、ほらこれ見て下さい」

「ん?」


 ユキが持っているのは水を入れて練るとふわふわに膨らむお菓子。それを俺に見せながら彼女は目をきらきらと輝かせていた。


「晴くんって小さい頃、こういうお菓子が大好きでしたよね」

「懐かしいな。母さんに二人分買ってもらってさ、ユキといつも遊んでたっけ」

「はい。晴くんが練れば練るほど美味しくなるんだー、ってずっと練り続けていたの覚えています」


 小さい頃の俺は知育菓子が大好きで、水を入れたそのお菓子をずっと練って遊んでいた。ふんわりと膨らむ知育菓子をユキと一緒に良く食べていた。けれどユキと離れ離れになってから途端に興味が無くなってしまったのだ。


 俺はユキの持っている知育菓子に手を伸ばす。

 知育菓子を小学生の頃に良く食べていた理由を思い出していた。


 他にも美味しいお菓子はいくらでもあったのに。練るのは楽しかったけどさ、でもすぐに飽きてしまうよな。それなのに母さんの買い物に付いていく度にこればかり買ってもらっていた。飽きる事なんて決してなかった。


 その理由はユキが一緒だったからだ。

 ユキと一緒なら知育菓子だって遊園地のアトラクションよりも楽しい遊びに早変わり。彼女と笑い合いながらお菓子を練って膨らませて遊ぶのはとても楽しい事だった。


 懐かしい気分になってくる、久しぶりに食べてみようか。


「なんだか、ユキとこのお菓子の話をしてたら久しぶりに食べたくなったよ、買っていくか」

「はい。あたしも晴くんと久しぶりに食べてみたいです」

「それじゃあ食後のデザートにでもしよう」


 小学生の頃にたくさん遊んだ知育菓子。高校生になってもユキと二人なら、小学生だったあの頃と同じ気持ちで楽しめるんじゃないかなんて思いながら、俺は二人分の知育菓子をカゴへと入れた。

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