第6話、ホワイトデー②
『なるほどね~、ホワイトデーのお返しが決まらないって事ー?』
『そういう事。こういうの選ぶのがどうしても苦手で』
放課後になると立夏からメッセージが返ってくる。俺はすぐさま返事をして相談に乗ってもらう事にした。
立夏からの返信を見てみると、どうやら今日は生徒会の仕事もないので、学校が終わったら直接会おうという事になった。ユキには用事があるから先に帰っていて欲しい事を伝えると、彼女は特に気にせず了承してくれた。
立夏との待ち合わせ場所は学校近くのコンビニだ。俺は少し早めに着くように教室を出た。生徒玄関で靴に履き替え、昇降口から外へ出る。まだ春先の外気は肌寒く感じるが、一ヶ月前のバレンタインの日に比べるとずっと暖かい。
空を見上げると夕焼けに染まった雲が見えていて、それがなんだかとても綺麗だった。コンビニの前でしばらくぼうっとしていると不意に声をかけられる。
「やほやほ、雛倉くんおっまたせー!」
「立夏。俺も今来たところだ」
「ほんとー? なんかずっと待ってて寒そうに見える」
「そ、そうかな」
「それと顔色が学校で見た時より悪いなあ。もしかして悩み過ぎて顔面蒼白?」
「まあ……確かに、今日の授業中もずっと悩んでたな……」
「あはは、雛倉くんってば健気だよねー」
「それくらいしか取り柄がないというか……」
それが素敵な事なんだよーと言いつつ、立夏は俺の横に並んで歩き出した。
「それで、ホワイトデーの贈り物が決まらないって話だよねー?」
「ああ、どうすればいいと思う?」
「これ言ったら元も子もないかもしんないけどさー、雛倉くんの贈り物なら秋奈っちやユキっちならどんなのでも喜んでくれると思うよー。生徒会長は気にしてないからそれこそ何でもだいじょぶだし」
「せっかくみんな俺を喜ばせようってチョコレートをくれたんだから、そのみんなを俺は出来る限り喜ばせたくて……」
「へえ、雛倉くんって健気だねー。今どきそこまで言ってくれる男子って珍しい気がする」
「珍しいか? みんなそういうもんだと思ってた」
「ふふふー、ウブだね~。まっ、大船に乗った気持ちでいてよー! あたしにかかればホワイトデーのお返しなんてちょろいもんだからね~!」
立夏はにかっと笑った後にぽんと肩を叩く。
その頼もしさに思わずほっとした。やっぱり誰かに相談するのは良いものだ。一人で悩んでいた時よりもずっと心強い。
立夏は早速俺を連れて、ホワイトデーの贈り物について話をする為に移動を始めた。向かうは立夏がいつも行っている喫茶店で、そこで色々と話を聞いてくれるらしい。二人でその喫茶店に向かいながら歩いていると、立夏が俺の顔を見ている事に気が付いた。
「どうした、顔に何かついてるか?」
「べっつにー。面白い事もあるものだなーって」
「面白い事?」
「そそ。雛倉くんと二人きりになるなんて、思ってもいなかった事だからね~」
「確かにまあ……こういう時だけ頼って申し訳ないんだが」
「気にしないでよ。生徒会長はともかくさー。秋奈っちやユキっちが喜ぶ顔はわたしも見たいしねー。雛倉くんの手伝いをすれば間接的だけど、二人の笑顔が見られるってわけだよーん」
「立夏は本当にユキと秋奈の事が好きだよな」
「まあね~。秋奈っちは小学生の頃からの付き合いだし、ユキっちはやっぱり凄い子だもん。わたしも憧れている所は多々あるわけで」
「そういや立夏は二人にバレンタインの友チョコとかあげたのか?」
「ううん、わたしってば甘いものがあんまり好きじゃないから。友達はみんな知ってるからチョコとかも渡そうとはしないしー」
そう言えばそうだったな。
初めて会ったレストランでも食後は俺達がパフェを頼む中、一人だけブラックコーヒーで済ませていたし、バーベキューの時も食後のデザートには手をつけていなかった。
「バレンタインとか甘いものがメインでしょ。甘いものが好きじゃないのに、人に甘いものをあげるのはどうかなーって。ブラックのチョコとか贈られても喜ぶ人ってあんまりいないし。だったらあげない方が良いかなって、わたしはそういう性格だからね~」
「立夏は優しい奴なんだな」
「なんでそうなるの? 違うよ雛倉くん、これはただ単に面倒くさい性格なだけだから」
「いや、それでもだ。そうやって自分の好みと相手の喜びを考えれるってのは、なかなか出来ない事だと思うぞ」
「……なんか照れくさいんだけど。雛倉くんってば褒め上手だなー。秋奈っちやユキっちがいつも言ってる事、ほんとこうやって話すと納得しちゃうよね」
「いつも言ってる事?」
「ううーん、何でもないー。てゆかほら、着いたよー」
立夏に言われて前を見ると、いつの間にやら目的地である喫茶店に到着していた。
古びた外観だが内装はかなり綺麗で、落ち着いた雰囲気のある店だった。洒落たジャズが流れていて、カウンターには見るからにして老紳士といった風貌のマスターが立っている。
俺達は奥のテーブル席に案内され、俺達は面と向かって席についた。メニュー表を眺めていると立夏が話しかけてくる。
「ここのマスターが淹れてくれるコーヒーがめっちゃ美味しくてねー。おすすめだよ、おすすめー」
「そういや行きつけの店だって言ってたな。誰かと一緒に良く来るのか?」
「ううん、ここに来る時は基本一人かなー」
「一人?」
「そそ。ここすごく落ち着くでしょ。レトロでお洒落な感じがあって」
「確かに凄く落ち着くな」
「でしょでしょ? このテーブルとか椅子とか全体的な雰囲気が落ち着いてて好きなの。音楽もわたし好みだし、このお店でコーヒーを飲みながら小説を読むのが好きなんだよねー」
「へえ、良いな。ここなら集中出来そうだし、立夏が行きつけにする理由も良く分かるよ」
俺は店内を見渡して言った。アンティーク調の家具で統一されていて暖かみがある。それに音楽の雰囲気が合っていた。客はまばらで騒がしい連中の気配もない。こういう場所で本を読むのは最高だろう。立夏はここでどんなジャンルの小説を読んで幸せな時間を過ごすのだろうと思っていたら、立夏は怪訝な顔をして俺を見つめていた。
「あ、あのさ。それだけ?」
「それだけ、って……?」
何かもっと言うべき所があったのかと不安になって、店内を見回すがやはり落ち着いた良い雰囲気の喫茶店という感想しか出てこず、ますます困惑する。
「あのねー、お店の方じゃなくてさー。わたしが小説好きとか、意外に思わなかった?」
「意外とは思わなかったぞ。どんな本が好きなのかは気になったけど……」
「ミステリー」
「へえ、ミステリーか。確かにここでミステリー小説を読むと推理が捗りそうな気が――」
「――そうじゃなくてさー! 本当に他には何も出てこないの!?」
「す、すまん……気の利いたセリフは出てきそうにないな……」
知らず知らずのうちに立夏の地雷を踏んでしまっているのだと俺はそう思っていた。けれど――立夏はぷっと吹き出したと思うと軽快に笑い出した。
「あっはっは、ごめんごめん。ちょっと意地悪な言い方しちゃったね。あのさ、わたしが小説読むのが好きって言った時の反応がさ、他の人とあんまりにも違うから、つい」
「ま、周りはどういう反応するんだ?」
「わたしってさ、普段から結構ギャルっぽいって言われるんだよね―。見た目もそんな感じだし、だから読書とか全然似合わないって思われるみたいでさー。小説好きだって言うとみんなびっくりした顔になるんだよ。『マジで?』みたいな」
俺はどう答えるべきか分からなかった。
別に立夏は外見や言動がギャルっぽいからと言って、中身までそうとは限らないと思ったからだ。むしろ普段は明るい姿を見せている彼女だからこそ、息抜きとして小説を読んでまったりとした時間を過ごすのも似合っていると俺は思うのだが。
それをそのまま伝えると立夏は照れ臭そうにはにかんで、それから少しだけ真剣な眼差しを浮かべた。
「雛倉くんさあ、本当に面白いよねー。正直言って初めて会った時さ、秋奈っちやユキっちがどうしてそこまで仲良くしようと思うのかさっぱり分かんなかったんだ」
「俺もお前らの仲の良さには驚かされてばかりだぞ。三人ともいつも楽しそうだからな」
「でも今はなんとなく分かるかも。雛倉くんと話してるの楽しいもん。みんなが夢中になるのも当然だよ。ていうか本当に人の内面を見て話すんだね、今それがすっごい良く分かったよー。ずっとわたしの目を見て話してる、ふふふっ。感動しちゃったな~」
「感動したって、そこまで言われるような事は……」
俺としては普通にしているつもりなのだが、それを褒められるのはくすぐったい。
何とも言えないむず痒さに視線を逸らす。するとタイミング良くコーヒーの良い香りが漂ってきた。目の前に置かれたコーヒーカップからは湯気が立ち上り、辺りに漂う匂いが更に濃くなる
「機嫌が良いから今日は奢りにしてあげるー! ほら何でも頼んでよ―!」
「いや……ホワイトデーのプレゼント選びまで手伝ってもらってるのに、奢るならむしろ俺の方で――」
「良いから良いから、さあさあ」
立夏にメニュー表を渡される、にこにこと満面の笑みを浮かべる彼女を前にして、こうして奢ってくれると言っているのだから遠慮するのは失礼かもしれないと思い直し、俺は立夏からの好意を受け取る事に決めたのだった。




