第4話、球技大会
うちの高校で入学式の次に行われる大きな行事。
それは『球技大会』である。男女別々のクラス対抗戦で、今年は男子がサッカーとバスケットボール、女子はバレーボールとソフトボールでチームを作って競い合う事になっている。
俺はサッカーのチームに選出され、ユキはバレーボールに参加する事が決まった。
見知って間もない新入生達が親睦を深め、上級生達も新たに編成されたクラスに慣れる為、球技大会を通して協力し合う事で人間関係を育んでいく為のきっかけになって欲しいと、そういう目的があるらしい。
そして今、ちょうど俺のクラスのバレーの試合が行われているのだが、体育館は観客で溢れかえっていた。もちろん観客達のお目当てはユキだ。天使のように可愛らしくて、それでいて抜群の運動神経を持つ彼女の活躍に生徒達は見入っていた。
打ち込まれたサーブをレシーブする生徒、そのボールは綺麗にトスされ、浮かび上がったボール目掛けてユキが力強く跳び上がる。ポニーテールにまとめている白銀色の艶やかな髪が揺れ、たわわに実った胸元が大きく跳ねた。ユキのその姿に男子達の視線は釘付けになる。
対戦チームはネット越しに何枚ものブロックを重ねるが、華麗なフォームから繰り出されるユキのスパイクは、そのブロックを貫いて得点をもぎ取った。
体育館に歓声が沸き上がる。チームの仲間達と清々しい汗を流しながらハイタッチを交わす体操着姿のユキを、俺は観客席の隅っこから静かに眺めていた。
彼女の輝かしい活躍、それに見惚れる生徒達。
包帯を巻いていた時、ユキは体育の授業を全部見学していた。あの頃のユキが走り回って体を動かすというのは見た事がない。本当は彼女が運動神経抜群だったなんて俺ですら知らなかった事だ。
運動が得意なのに包帯を巻いている時は見ている事しか出来なかった――ユキは拍手する側だった。でも今はそうじゃない、体を動かし活躍して周りからの拍手を浴びる。やりたい事が出来るようになって、それはユキにとっても幸せな事に違いないだろう。
そして体育館の至る所からユキを褒め称える声が聞こえて優越感に浸る俺。
俺とユキは小学生の頃からの幼馴染。
学校のトップアイドルな超絶美少女と俺が同じ屋根の下で暮らしていて、学校に行く時も帰る時も一緒、そして毎日のようにユキの手作り料理を食べられる――そんな親密な関係であるのはこの世界で俺一人だけなのだ。
ユキが褒められる度にまるで俺まで褒められてくるような感覚があって、ユキの試合中は誇らしい気持ちで胸がいっぱいだった。
バレーの試合で2年生チームを相手に大差で勝った俺のクラス。次はもう決勝で女子バレー部のエースが率いる3年生のチームとの対決が待っている。
ユキがこのままチームを引っ張って、もしかしたら優勝だっていけちゃうんじゃないだろうかと、そんな期待がこみ上げてきた。さっきの試合でチームの勝利に貢献したユキへのご褒美と、次の決勝でも彼女が活躍する事を願って、自販機でスポーツドリンクを買って渡してやろうと思う。
俺は対戦チームと爽やかな握手を交わすユキの様子を見つめた後に体育館を後にした。向かうは自販機が並ぶ正面玄関。体操着姿の生徒達の横を足早に通り抜けた。
自販機の前に辿り着き、小銭を入れていく。
スポーツドリンクを選んだ後に、取り出し口へと手を伸ばしてペットボトルを取ろうとすると、隣の自販機でジュースを買っていた女子生徒の会話が聞こえてきた。
「ねえねえ聞いた~? 虻崎くんのチーム、もうすぐ決勝戦だって~」
「うん、さっきの試合も私見てたわ。凄いわよね、大活躍!」
「見に行かない~? もう他のみんな達も集まってるって~」
「いこいこ! 虻崎くんの活躍、目に焼き付けておかなきゃ!」
女子達の黄色い声と聞こえてくる虻崎という名前。
それは俺も知っている男子生徒だった、学年は2年で俺も何度か目にした事がある。成績優秀でサッカー部のエース、女子達から絶大な人気を誇る映画俳優さながらの美男子で、学校の王子様的な立ち位置に居る存在。そんな女子からの人気を集める虻崎のクラスと俺達のクラスがサッカーの試合で初戦から戦う事になった。
女子達の黄色い声援の中、彼女達の期待に応えてハットトリックを決めるイケメン王子虻崎。その一方で俺は虻崎率いる2年生チーム相手に翻弄され続けた。
小学生の頃は無鉄砲さを武器に喧嘩だけは強かったけど、俺の運動神経は割と平均な方だと思っている。そんな平均的な俺がサッカー部のエースを相手に、積み重ねられた練習量と研鑽された技術力を覆す事など出来るはずがなく得点差はみるみる内に開いていった。
それだけなら負けて悔しかった、で済む話だったのだが……あろう事か虻崎は試合中に俺へ何度もラフプレーをかましてきたのだ。
強烈なタックルで俺はふっ飛ばされて地面を転がって、それでも審判をしていたサッカー部の部員は虻崎に忖度して反則を取ろうとはしなかった。倒れた俺の姿を見て虻崎の奴め、鼻で笑いながら走り去っていったのを覚えている。
どうして俺が虻崎から執拗に狙われているのか、その理由は単純明快。俺とユキが仲良くしている様子が奴は気に入らない、あのラフプレーは俺へのやっかみというわけだ。
俺とユキの良好な関係は周知の事実だった。
けれど周りの生徒達はその様子を見ても、幼馴染という腐れ縁で仲良くしているだけで、どう考えても俺とユキでは釣り合っていないとか、そういう理由で恋仲にまで発展しているような関係ではないと決め付けている。
そして学校一のイケメンである虻崎は、どうやらユキをかなり気に入っているようで、俺がユキの近くにいる事を面白く思っていない。だからサッカーの試合で、その私怨を俺へとぶつけてきたんだろう。
ともかく、あの試合をユキが見ていなければ良いのだが。虻崎のラフプレーで俺が醜態を晒している様子を見て彼女が幻滅していたら……そんな不安がよぎってくるのだ。
俺は小さくため息をつきながらペットボトルを手に取った。後はこれをユキの所に持っていこうと振り向くと、首にタオルをかけた体操着姿のユキがすぐそこに立っていた。
「晴くん、やっほ」
そう言いながら彼女は俺に優しく微笑んで手を小さく振る。
「ユキ? 試合の方は大丈夫なのか?」
「次のバレーの試合はバスケの決勝戦をしてからだそうです。バレーの決勝が始まる時間はまだ先なので大丈夫ですよ」
「そうか。でもどうしてここに居るって分かったんだ?」
「晴くんが体育館から出ていったのは見ていたので、試合が終わった後にすぐ追いかけたら見つけられるかなあって思って」
「なるほどね。俺を探しに来てくれたのか」
俺は持っていたスポーツドリンクをユキへと差し出した。
「ほら、これ。さっきの試合も活躍してて凄かったから、俺からのプレゼント」
「あたしの為に買ってくれていたんですか? 嬉しい……ありがとうございます」
ユキはそれを受け取ると眩しい笑顔で答えてくれる。
スポーツドリンク一本でこんなに喜んでくれるなんて思ってなくて、ユキの嬉しがる様子を見ていると照れてしまう。それを誤魔化すように球技大会の話をしながら、俺とユキは移動し始める。
バレーの決勝戦が始まるまで人の居ない正面玄関の小さな階段で休む事にした。二人で階段に座り込んでさっきの試合の感想をユキに伝える。
「スパイクを打つ時のユキの姿には見惚れたよ。みんなも歓声を上げてたし、本当に輝いて見えたっていうか、俺も感動しちゃった」
「晴くんに良いところを見せようと思って張り切っちゃいました。そう言ってもらえて良かったです。晴くんからもらったこのスポーツドリンクをお守りにして、次の試合でも活躍しちゃいますね」
「頑張ってな。俺の方はもう応援しか出来ないから。ほら……俺が参加してたサッカーの方は初戦敗退しちゃったし」
「晴くんの試合見ていましたよ。負けちゃったけど晴くんとっても頑張ってましたよね」
「……見てた?」
見てたって、それじゃあユキは俺が虻崎のタックルでぶっ飛んでいた姿も見ていたという事になる。さっきの不安が現実になってしまいそうで、俺は地面に視線を落としていた。
「そ、そっか……ユキには、なんかかっこ悪い所を見せちゃったな」
「かっこ悪いところ? 何処がですか?」
「え」
ユキの言葉に思わず俺は顔を上げる。
サッカーの試合の様子を思い出しながら、彼女は俺を見つめて優しく微笑んだ。
「あたしが見ていた晴くんは全部カッコよかったです。晴くんがボールに向かって全力で走っていく姿を覚えています。他の方から体をぶつけられて倒れた時だって、すぐに立ち上がって決してめげずにボールを追いかけに行きました」
「ユキ……」
「晴くんがひたむきに頑張る姿を見て、あたしも頑張ろうって思えたんです。ねえ、晴くん。あたしにはあの試合で一番かっこ良くて輝いて見えたのは晴くんでしたよ。かっこ悪い所なんて一つもありませんでした」
お世辞を言っているわけじゃなかった。彼女は本気で言っていた。心の底から俺の事がカッコいいと、輝いて見えていたと、嘘偽りない本心を告げているのは彼女の透き通るような瞳を見て分かった。
「晴くんはあたしにカッコいいところをたくさん見せてくれました。あたしだって晴くんにたくさん良いところをお見せしたい、次の試合も応援していてくださいね」
「ああ。全力で応援するよ、ユキ」
「そうだ、試合中に良い活躍が出来たらピースしますね。あたし頑張ってるよって、晴くんだけに伝わる特別なメッセージです」
「俺だけに伝わるメッセージ……か。楽しみにしてる、観客席から見ているからさ」
「はい。晴くん、あたし頑張りますね」
ユキが笑顔でそう答えた後、スマホのバイブ音が聞こえた。
どうやらバレーに参加しているクラスの女子が、そろそろ集まるように連絡をくれたようだ。ユキはスマホを確認すると試合に行ってくる事を告げて立ち上がり、体育館へと向かっていく。
俺も体育館に戻ってユキの試合を見守る事にした。
球技大会の盛り上がりは最高潮だった。たくさんの生徒達が集まるなか、俺達のクラスとバレー部のエースがいる3年生クラスとの決勝戦が始まる。
その試合でも多大な活躍をするユキ。バレー部のエースが放つスパイクを華麗にさばき得点を与えない。そしてユキが浮き上げたボールをクラスメイト達が連携して得点へと繋げていく。ユキのファインプレーに生徒達は大いに盛り上がった。
そしてユキは観客席に向けて笑みを浮かべながら、可愛らしいピースサインを掲げる。
それに沸き立つ男子生徒達。
「白鳩さん、今オレに向かってピースしてたよな!?」
「いやいや僕だって僕にしてた!」
「んなわけねーじゃん! おれだっておれ!」
他の男子達はそれが誰に向けられているものなのか知らない。
でも俺は知っている。俺だけに伝わる『頑張っているよ』という彼女からのメッセージ。
ユキの姿を見ていて胸が熱くなってくる。観客席の隅で試合を眺めていた俺は、拳を握りしめて立ち上がって彼女を応援する為に声を張り上げた。
「ユキ、頑張れ!」
その声が彼女にも届いたのかもしれない。
浮き上がるボールに目掛けユキは跳躍する。美しく激しいフォームから繰り出される強烈な一撃、放たれたスパイクは相手チームのコートを貫いた。
そして女子バレー部のエースが率いる3年生チームを下し、ユキ達は初めての球技大会で有終の美を飾った。体育館に響く拍手の音、激戦を制したユキ達を体育館中の生徒達が褒め称える。それが自分の事のように嬉しかった。
彼女の眩いまでの活躍をしっかりと俺は目に焼き付けていた。
満面の笑みでピースサインを見せたユキの姿を俺は決して忘れないだろう。