第1話、包帯の下①
彼女は輝いて見えた。
入学式という晴れ舞台で、多くの生徒達が集まるその空間で、真新しい制服に身を包む彼女は誰よりも美しく一際輝いていた。
降り積もったばかりの新雪を思わせる白銀色の長い髪、透き通るような白い肌、柔らかな青色の瞳、整った長いまつ毛が印象的な少女だった。
日本人離れした美しい顔立ちでありながら、それでいて外国人特有の違和感は一切なく、そんな彼女の姿に魅せられた生徒達の視線が一点に集まっている。
彼女は新入生代表として挨拶を任され登壇する。背筋を真っ直ぐに伸ばして堂々と、清楚な笑みを浮かべながら明るい声ではっきりと話す。スピーチが終わる頃には全校生徒の心を掴んでいた。
俺も一瞬にして心を惹かれた。こんな素敵な女性がこの世界に存在するのかと本気で思ってしまった。同時に彼女が自分には縁のない存在で、俺とは住んでいる世界が違うと、実は彼女が天使なのではないかと感じる程の尊さすらあった。
入学式を終え新入生は皆、各教室に戻っていく。
偶然にも俺は彼女と同じクラスだった。
初めてのホームルームの時間。担任からの生徒への激励の言葉やら、生徒一人ひとりの自己紹介が始まって彼女の名前をそこで知る。
『白鳩ユキ』
それが学校中の生徒達を釘付けにした少女の名前。
彼女の周りには自然と人が集まり、彼女が笑うだけで周囲が華やかになる。
彼女の元に集まるクラスメイト達の様子を眺めながら、俺は小さくため息をついた。他の生徒達のように勇気を出せれば良かっただろうに。あいにく俺はそんな器用な人間じゃない。
小学生の時は無鉄砲で誰にでも話しかけるような性格だったのが、勉強に熱を出して中学の3年間を引きこもり気味に過ごした結果、その性格は随分と変わってしまった気がする。
眩すぎる白鳩ユキの姿に距離を感じて、同じクラスという地の利を活かす事も出来ず、俺は自分の席で静かに座ったままだった。彼女を囲む生徒達の楽しげな会話に耳を澄ましている。
「白鳩さんってすっごい綺麗ですね~間近で見るとほんとに天使みたい」
「新入生の挨拶も凄かったわ。全く緊張していない感じで立派っていうか」
「白鳩さんって彼氏とかいる? もし良かったらオレと連絡先交換しない?」
周りに集まった生徒へ白鳩ユキは丁寧に言葉を返していった。彼女が発する言葉の一つひとつから性格の良さがにじみ出る。
見た目だけじゃなく性格も良い。それに新入生代表を任されたという事は、中学の時の内申点がトップだったり、入試の成績が最も良かったり、学業の方でも優秀でなければ選ばれない。まさにこの世の理想を体現したような存在だ。
そして白鳩ユキは一通り返事をするとゆっくり席を立った。
「皆さんごめんなさい。お話したい人がいるんです」
入学初日から白鳩ユキから話をしたいと言われるような相手がこの学校に居たのかと、中学の時からの友達か、もしくはとんでもないイケメンが学校にいるんだとその時は思った。
クラスメイトは皆、白鳩ユキとは初対面。中学からの知人もそんなイケメンもいない。一体何処に行くつもりなんだろうかと考えていると、白鳩ユキは周りの生徒達の間を抜けて俺の方へと向かって歩いてくる。
意外だった。
彼女はこちらを見て微笑むと艶やかな髪を揺らして俺の隣に立った。
「えへへ、同じクラスになれましたね」
鈴の音のような声が耳に届く。その声を聞いただけで心臓が大きく跳ねた。
驚いて俺は思わず席から立ち上がる。
「……お、同じクラスだな」
動揺を隠して挨拶を返す。
少し見下ろす位置にある彼女の顔には可愛らしい笑みが浮かんでいた。
「ちょっと廊下でお話しませんか? 二人きりで話したい事があるんです」
「俺と話したい事……?」
こんな可憐で美しい少女が俺みたいなクラスのモブキャラに一体何の用があるというのか。不思議に思いながらも俺は廊下へと歩いていく彼女の背を追った。
廊下には俺と白鳩ユキ以外の姿はない。
二人きりでしたい話とは何だろう。不思議に思いながら彼女の話す内容に耳を傾ける。
「まさか同じクラスになれるだなんて。あたしとっても嬉しいです」
無邪気に笑う彼女を――俺は知らない。
彼女と何処かで会った記憶はない。こんな可憐な美少女と出会っていたら忘れるはずがない、会ったのは今日が初めてだ。間違いないはずだった。
「あの……俺と白鳩さんって初対面、だよな?」
「顔をお見せするのは初めてでしたよね、それに苗字も変わっちゃってますし」
「顔を見せるのは初めて……苗字?」
「思い出してくれました? あたしです、晴くんにいっぱい助けてもらった、ユキです」
彼女は俺の瞳を真っ直ぐに見て、その宝石のような青色の瞳を見つめて思い出す。
白鳩ユキ――旧姓は甘木ユキ。
小学生の頃、俺は彼女と仲が良かった。
彼女と俺は同じ学校で毎日のように遊んでいた。けれど俺は彼女の顔を一度も見たことがなかった。どうして彼女の顔を知らなかったのか、それには理由があったのだ。
小学生の頃、彼女は顔を包帯で覆っていた。
病気が原因だとか、子供の頃に負った怪我が理由だとか、詳しくは分からない。とにかく彼女は真っ白な包帯を顔に巻きつけて、その素顔を見る事は一度もなかった。
その包帯が原因でユキは陰湿ないじめを受けていた。
そんな彼女を助けようと手を差し伸べたのが――全ての始まりだった。
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