短編 週末召喚!
※この作品に登場する、人名、店名、商品名等々は、実在のものとは一切関係ありません。
この作品は想像の産物です。フィクションです。ご了解ください。
「まりい先生! 今日、どうですかあ?」
今日は、金曜日である。ここのところ、行事や補習で土曜日が続けて登校日になっていた峰山田小学校も、あしたは久しぶりの休業日だ。
教員室に集まった教師たちは、ようやく巡ってきた本当の週末に、午後4時前からわくわくしていた。
田中まりいあんじゅ、25歳。峰山田小学校に着任して4年。毎年新規採用者がやってきたため、教職について4年目にもかかわらず、中堅扱いとなっている。
「田中」という、日本の名字ランキング4位で、135万人はいるといわれる名字に生まれたため、「田中」だらけの環境に置かれたときも、埋もれない子どもになって欲しいと考えた両親は、彼女に「まりいあんじゅ」という個性的な名前をつけた。
名前を申告しなければならないときは、嫌な思いや面倒くささを感じたこともあったが、たいていは、「まり」または「まりい」、ときには「あんじゅ」と呼ばれるようになり、これまで、幸いにもこの名前で辛い経験をしたことはなかった。
幼稚園時代は、「お姫様みたい!」と、うらやましがる友だちすらいた。
マスメディアで活躍するような人以外にも、世の中には個性的な名前の人がたくさんいて、自分だけが特別でもないのかな、と最近は考えている。
「駅前にね、新しい店ができたんですよ! イタ・ヤキの専門店!」
「イタ・ヤキ? 何それ?」
「えぇ?! イタ・ヤキですよ! イタリアン・ヤキニク!! 知らないんですか?」
田中を誘ったのは、隣のクラスを担任する、是枝樹里亜である。世間一般の最新情報に詳しい人物で、田中にとっては貴重な流行の情報源となっている。
「それ、流行ってるの?」
「やだ、本当に知らないんですか? 今度、グルメランキングサイト見てくださいよ。すごいことになっているから」
たぶん、田中は見ない。この手の情報に関心がないわけではないが、近頃は、とにかく目まぐるしく流行が移り変わっていくので、追いかけないことにしているのである。
「ごめんね。今日は、ちょっと無理。いろいろ買わなきゃいけない物があって、『マ〇〇〇』と『ド〇〇〇〇〇』に寄ってから帰るから」
「わあ! 新しいギャグですか? それって、『スケキヨ』と『サンチョパンサ』のことですよね?
でも、子どもたちにはあまりウケナイかも?」
田中は、頭がクラクラしてきた。『スケキヨ』って何だ? 某名作推理小説の登場人物か? 『サンチョパンサ』とは? そんな従者がいたような?
しかし、結局、この後学校を出た田中は、「スケキヨ」と「サンチョパンサ」で、買いものをすることになった。先週まで、駅前にあったはずの「マ〇〇〇」と「ド〇〇〇〇〇」は、見つけることができなかったのだ。
田中は、自分のアパートのドアの鍵をあけた。一度、深呼吸をする。重い荷物を落とさないようにしっかり持ち、ドアをゆっくりと開いた。
「わっ! ゴキブリ!」
玄関に踏み込もうとした田中の足下を素早くすり抜けて、一匹のゴキブリが同時に玄関に入った。
その途端、玄関の床はなぞの光に包まれ、一人と一匹は姿を消した。
今週末も、「召喚陣」が、アパートの玄関で田中を待ち受けていたのだった。
「いらっしゃいませ! ……ではなくて、お帰りなさいませ! マリー=アンジュ様! お待ちしておりましたよ!」
田中が目を開くと、目の前にはいつもの男が立っていた。ここは、「執事喫茶」ではない。
男は、ファンタジー小説に登場する魔法使いそのもののような身なりをしていた。マントをはおり、手には杖を持っていた。ちょっと先のとがったブーツまで履いていた。もちろん、てっぺんが尖った帽子は言わずもがなである。だが、ここは、「魔法使い喫茶」というわけでもない。
彼は、正真正銘の魔法使いなのだ。少なくとも、本人はそう言っている。
「うわっ! 何か黒っぽい小さな生き物が、こそこそと棚の後ろへ逃げ込みましたよ!」
「ああ、ゴキブリ。ついてきてたんだ、やっぱり」
「ゴ・キ・ブ・リ?」
田中は、まずいものを持ち込んでしまったかもしれないと思った。まあ、単為生殖が可能とはいえ、オスの可能性もあるし、爆発的に繁殖することはないかな、とも考えた。
そういえば、学校の更衣室に置こうと思って、「スケキヨ」で「ゴキブリコロコロ」を買ったのだった。
田中は、エコバッグから「ゴキブリコロコロ」を一パック取り出し、魔法使いに渡した。
「ええと、『ゴキブリコロコロ』も買ってきたので、後で戸棚の陰にでも置いておいてね。ゴキブリは、増えすぎると厄介だからね」
「いつも、ありがとうございます!」
魔法使いは、「ゴキブリコロコロ」を押し頂いて、棚にしまった。棚の中には、これまでに田中が持ち込んだ様々な品物が、きちんと納められていた。
ナメクジ忌避剤の「ナメキエール」、ハエ取りリボン「ハエペットン」、蚊取り線香「モスキー・ドン」、猫よけ粒剤「バイバイニャー」など、マ〇〇〇やド〇〇〇〇〇だけでなく、通販も利用して、いろいろと買い揃え、田中は週末にここへ届けている。
「それで、前回お願いいたしました物は、手に入りましたでしょうか?」
「ああ、あれね。ええと、ちょっと待って……」
田中は、エコバッグの中から大きな箱を取り出した。除草剤「草殲滅プロ 2kg入」である。販売価格を比べたところ、「サンチョパンサ」の方が「スケキヨ」よりも少しだけ安かったので、そちらで買ってきた。
「助かります! これで、ノットバードの森に広がった、人食い植物バデド・ベダボは、一掃できると思います。バデド・ベダボさえ消えれば、ノットバードの森を抜け、王国軍は一気に魔王城へと近づくことができるでありましょう!」
魔法使いは、「草殲滅プロ 2kg入」の箱を抱きしめ、涙を浮かべていた。そして、愛おしげに箱に頬をすり寄せながら、テーブルの上に置いた。
田中は、休日の朝食用に買った、ベーグルの袋をどかしながら、エコバッグから、もう一つの箱を引っ張り出した。
「これは、わたしからの差し入れ。あなた、会うたびに疲労が増しているようだから、飲んだ方がいいと思うよ。わたしも、行事の後とかには、これ飲んで体力を回復してるの」
田中が魔法使いに渡したのは、「スケキヨ」で買った「ビタファイトAAAストロング」の半ダース入りの箱だ。一度は1ダース入りの箱を手に取ったのだが、あまりの重さに諦めたのだった。まあ、魔法使いは、1本だけ渡してもどうにかするのだろうけれど……。
「こ、これは、異界の回復薬ではありませんか?! マリー=アンジュ様が、これをわたしに? なんという喜び! なんという幸せ!」
魔法使いは、今度は「ビタファイトAAAストロング」の箱を頭上に掲げ、クルクル回りながら部屋を一周した。よろけることなく、ぴたりと止まり、「草殲滅プロ 2kg入」の箱の上に重ねたのは、さすが魔法使いというべきだろう。
「今日は、これだけよね? そうしたら、そろそろ戻してもらえるかな?」
「はい。その前に、次回のお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、まだ、欲しい物があるんだ?」
「ええ、実は、魔物との戦いとは関係がない物なのですが、その、王妃様からのご要望で――」
「王妃様?」
「『おまえの魔力なら、肌のしわを消す秘薬も創造できるであろう』と、おっしゃられまして――」
「肌のしわを消す化粧品かあ……。わかった。調べてみるよ」
「あ、ありがとうございます!」
田中自身は、まだそのタイプの化粧品の必要性は感じていない。だが、同じ職場の養護教諭である山越璃梨華が、「ノ・バース」とかいうそのタイプの新製品を、ボーナスで揃えたいと言っていたことを思い出した。「ボーナスで」というのが気になったが、山越は確かな情報をもっているはずである。田中は、週明けに山越から情報収集することにした。
「じゃあ、今度こそ――」
「そのう、マリー=アンジュ様、もう少しこの世界に長くいていただくわけにはいかないものでしょうか? 例えば、国王陛下にお会いいただくとか――」
「興味ないから。全部あなたの手柄にしていいわよ。『効能1万倍』という魔法が使える、あなたの!」
「おお、わたしの女神様! あなた様の広いお心に感謝いたします! では、いざ!」
魔法使いのかけ声と共に、このなぞの異世界のなぞの部屋に、光り輝く返還陣が煌めき、田中は元の世界へ帰って行った。
そして、月曜日。峰山田小学校の教員室には、朝から元気な声が響いていた。楽しい週末を過ごしたらしい、是枝樹利亜の声である。
「先生も来たら良かったのに! 最高でしたよ!」
「ああ、ええと、イタ・ヤキだっけ? イタリアン・ヤキニク?」
「えっ? イタ・ヤキ? 何、おかしなこと言ってんですか?! カナ・テツですよ! カナ・テツ!」
「カナ・テツ?」
「そう。カナディアン・テツナベ! もう、すごい煙で! アツアツで! メープルで!」
田中は、目眩がした。また、やられてしまったようだ。
あの魔法使いは、「効能1万倍」の魔法には長けているようだが、召喚術の方はヘッポコなのである。
山田は、元の世界へ返還された試しがないのだ。今回もまた、少しずれた世界へ戻されてしまったようだ。
何とか元々の世界へ戻りたい一心で、田中は、引っ越しもせず、グッズを用意し魔法使いの週末召喚に応じ続けている。あの魔法使いを出世させ、ポンコツから脱却させ、才能を開花させ、いつか、必ず戻るつもりだ。
「スケキヨ」と「サンチョパンサ」ではなく「マ〇〇〇」と「ド〇〇〇〇〇」がある世界へ。
「是枝樹利亜」ではなく「是枝由梨子」が同僚の世界へ。
「峰山田小学校」ではなく「谷山田小学校」に勤務する世界へ。
田中は、ズキズキする頭を抱え、何か頭痛薬でももらえないかと、養護教諭の山越璃梨華を探した。保健室のドアを開けると、山越璃梨華が見慣れた白衣姿で立っていた。ほっとして、山田が声をかけようとすると、彼女が先に声を上げた。
「あら、朝から顔色が悪いですね。絹子先生。大丈夫ですか?」
絹子?! 大丈夫じゃない!!
― おしまい ―
※最後までお読みいただきありがとうございました。




