それでも
救急箱をとって、黒蘭の自室に戻ると葵は上着を脱ぐように指示された。一連の騒動の間、しっかり傷口を抑えていたせいで服が傷口に張り付きはがすのには痛みが伴った。
「すまない、私のせいだ」
「そんなこと・・・」
「少ししみるぞ」
「っつ・・・・!」
傷口に消毒液が掛けられ、じくじくとした痛みがひろがった。
「跡が残るかもしれない」
薬を塗り、包帯をまきながら黒蘭が悔しそうにつぶやいた。葵は傷口に目を向けないままだったが、かなりえぐれているのだろうと黒蘭の言葉で察する。
「僕のことは気にしないでください」
「怖かったろう、すまない。葵には知ってほしくなかった。いつも通り他愛無い会話をして、楽しく過ごせたらと思っていたのに・・・・本当に済まない」
「謝らないでください。結果的に義父さまは僕らを助けてくれました。確かに、怖くなかったと言えばうそになる。けど、義父さまは僕らの恩人です。李家は大きな家だから、こうしたことがあるのも理解できます。ただ、これからは隠さず僕にも話してほしい。僕では頼りないかもしれないけど、少しでも話してくれたら―――・・・僕は義父さまを頼られたい」
「今夜のことは本当に済まなかった。葵がそう言ってくれて嬉しいよ」
するりと黒蘭の大きな手が葵の頬を撫でた。とても寂しそうな表情を浮かべる黒蘭に葵は「まだだ」と感じた。
(まだ、今の僕では義父さまの助けになれない。もっと、もっと頑張らないと)
「今日はもう寝るといい。熱が出るかもしれないから、解熱剤を先に飲んでなさい。水をとってくる」
「義父さま、待って」
「どうした?」
部屋を出ていこうとする黒蘭を思わず引き留めたが、次の言葉が出てこない。ただ、このまま一人にしたらダメな気がして思わず引き留めたのだ。
「多分熱は出ません。なんとなくそんな気がします。それよりは、今は側にいてほしい」
「っ!・・・わかった。お前が寝るまで側にいよう」
葵に布団をかけてやると、そのままベッド脇に腰かけた。
「義父さまのベッドは大きいですね。大きくて、でも、あたたまるのに時間がかかる。義父さま、今日はもう一つ我儘を言っても?」
「ああ、どうした?」
「その・・・今晩だけ添い寝してほしい・・・です」」
「・・・はぁ、葵にはかなわないな」
困ったように笑った黒蘭に、いつもの姿が戻ってきたとほっと胸をなでおろす。ちょうどベッドの真ん中を陣取っていたので、少し横にずれて待つと、入ってきた黒蘭の懐に抱き寄せられた。ほっと安心したもつかの間、葵の心臓が再び跳ね上がった。近くなった距離で、いつも身に着けている黒蘭の香水が黒蘭自身の体臭と交わったラストノートの香りが鼻をぬけ、その匂いに安心を覚える。黒蘭の傍で生活するうちに、いつの間にかこの香りが安心できる匂いへと変わっていったことをこんなところで実感させられ、葵は思わずクスリと笑った。
「どうした?」
「ふふっ・・・いえ。義父さま、今晩はずっとこうしていてください」
「わかった、安心しなさい。次起きたときも、私の腕の中だ」
「・・・約束・・・ですよ」
あたたかな温もりと、心地よい香りが眠気をもたらす。
「・・・すまない。本当に、すまなかった」
薄れゆく意識の中で、聞こえた黒蘭の声。
(これ以上謝らないでください。今日のことは怖かったけど、それでも僕はあなたの新しい一面が知れて嬉しかった。だからっ・・・)
♦♦
「だから、ずっとお傍に―――・・・っは!」
いつの間にかうたた寝をしていたらしく、昔の夢でも見ていたのか思わず発した自分の声で目を覚ました。
「ずっと、・・・傍に・・?」
自分の言葉にドクリと心臓が大きく脈打つ。
(これでは、まるで・・・いや、やめよう。自覚したら、これまで築いてきた関係が全て崩れてしまう。それはダメだ)
言葉と言う形に起こさないように、自分の気持ちに蓋をする。いつまでも、そのままにはしておけないことは理解しているが、それでも一瞬でも先延ばしにすることが必要だと、言い聞かせるように大きくため息をついた。
時計に目をやるともう時刻は昼過ぎになっていた。無断欠席は初めてのことだ。普段の生活態度からは考えられないことだが、もはやどうでもよいというように再び枕に突っ伏した。あんな夢を見たせいか、だいぶ薄れてきた銃創につい手が伸びた。指を滑らせるとそこだけいびつにひきつっている。当時は痛かったが、今となってはその後の思い出の方が強く残り、思わず笑みがこぼれた。
「・・・・だめだだめだ!ご飯でも作ろう!」
そんな自分を叱咤して、起き上がる。今日はたるんでるな、と思いながらも自室を後にした。




