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これは人形ですか?  作者: caizia
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滑稽な劇

厄介な男に関わったものだと思う。受話器を戻して、再び書類に目を戻す。内容はどれも事務的なものばかり。普段は面倒だと思うこれらも、あの一瞬のやり取りのあとだと、まだマシだと思えた。


「養父さま、まだお仕事?」

「ん、葵か。なんだ、まだ寝ていなかったのか」


ドアの側に寝間着に着替えた葵が立っていた。浩宇によく似た子供。いずれはもっと大きな仕事を任せることになるが、その時は王龍のような男との接点も増えるのかと思うと気がかりだ。いつまでも何も知らずに無垢に育ってくれたらいいのに、と黒蘭は葵を見つめてため息をついた。


「なにか心配事が?」

「いや、なんでもない。葵はよくやっているが、だからこそ心配になる」


手招きして近くに呼ぶと、うれしそうに寄ってくる。愛おしく感じておもわず抱きしめると、葵もそっと背中に手を回した。


「ずいぶんお疲れのようですね」

「ああ、だが心配はいらない」


頬に触れると、手に頬を摺り寄せる。そのしぐさに思わず黒蘭は困ったように顔をしかめた。葵がほのかな慕情をよせていることはわかっていた。年上の大人への憧れにも似たその感情は、かつて浩宇が白蘭に向けていたそれと同じもの出ることも。


()()はついぞ私に気を向けることはなかったが、もし白蘭に向けていた気のわずかでも私に向けられていたら、私は白蘭を殺すことはなかっただろうか。いや、私のことだ。事の顛末は変わらなかっただろう。


ほだされそうな心に杭を打ち、ふたたび葵をぎゅっと抱きしめた。浩宇と身長まで同じくらいな葵を抱きしめると、叶わなかった当時の願いをかなえられたような、それでいて違うのだと白蘭に嗤われたような気分になった。


「養父さま、僕は―――」

「もう寝なさい。明日は学校だろう。碧はまた寝坊するかもしれないから葵が起こしてやりなさい」


何か言いかけた葵の言葉を遮ると、葵はひどく寂しそうな顔をして「はい」と返事をし部屋を出ていった。


年頃なこともあるだろうが随分と熱っぽい視線を向けるようになったものだ、と黒蘭は深くため息をついて椅子の背もたれに背中を預けた。


葵が浩宇の代わりなら、黒蘭は白蘭の代わりだろう。白蘭のように優しく振舞い、面倒をみて、慈愛の精神で愛した。互いが異なる誰かの代わりをして、まるで劇をしているようだと黒蘭は思った。黒蘭が葵を通して浩宇を見ているように、葵は黒蘭を通して会ったことない白蘭に想いを寄せている。全てが皮肉で滑稽だ。自身が演技に磨きをかければかけるほど、観客席で白蘭が嗤っている気がした。


もし、浩宇にしたように手ひどく愛したら葵も逃げるだろうか。


柄にもなく子供のような思考が脳を支配した。時折こうして幼い自分が心の隅に現れる。それはきっと過去においてきた黒蘭自身だ。浩宇が白蘭の元へ行ってから、鬱々とした腹立たしい気分が続いた。そのときの状態によく似ている。白蘭が死んで葵が屋敷にやってきてからこの感情は静まりを見せていた。しかし、葵と自身の関係が滑稽ともいえる劇だと気が付いたとき、黒蘭は再びこの黒い感情に支配されるようになった。


白蘭を手にかけたことに罪悪感を覚えないわけではない。なにせ自分の半身だった男だ。ただ半身であるにはあまりにも質が異なった。ちょうど、名前のように。


黒蘭と白蘭を名付けたのは祖父だった。蘭の愛好家だった祖父の元に届いた二つの蘭。同じ形をとれど相反する色を持つ蘭に、ちょうどそのタイミングで息子夫婦の元に生まれた双子を重ねて名前を付けたという。


物心がつい6歳の誕生日に祖父から自身の名前の由来となった蘭の株が送られた。白と黒、それぞれ花をつけた株を前に、祖父は二人にこういった。


「阿蘭、好きな株を選びなさい。選んだ蘭が今日からお前たちの名前だ」


その時まで、二人の名前には区別はなかった。どちらにせよ蘭がつくのだということだけわかっていたので周りは阿蘭や、宝宝と呼んでいた。


はっきりと覚えている。祖父の言葉に顔を見合わせた二人は特別話し合うこともなく、黒蘭は黒の蘭を、白蘭は白い蘭を選び取った。


そんな二人の様子に祖父は大変満足げに笑った。


「その蘭はとても珍しい蘭でな、東南アジアの熱帯雨林で偶然見つけられたものだ。元は薄墨色の蘭だったが、培養実験を繰り返しているうちに白と黒の個体が生まれた。それを知り合いが贈り物として私に届けてきたんだ。ちょうどその時にお前たちが生まれて、私は運命を感じ二人にこの名前を与えることにした。


だが、どちらにどちらの色を与えるか悩んで、いっそお前たちに決めさせようと考えた。二人とも迷うことなく選び取ったのは驚きだったがな。


黒の蘭を選んだお前は黒蘭、白い蘭を選んだお前は白蘭。今日からそれがお前たちの名前だ。


お前たちの名前の由来となった蘭だ。後生大事に育てなさい」


今思えば大胆ともいえる名付け方だが、黒蘭はそれを気に入っていた。白蘭もそうだったと思う。その誕生日以降、黒蘭は黒を、白蘭は白を好んで身に着けるようになった。


あの日与えられた蘭はそれぞれの手元で大切に育てられた。祖父からの言葉と言うのもあったし、なにより蘭が自分自身のように思えたからだ。黒蘭はもらったその蘭を丁寧に育て、株分けに成功している。そうして気に入った人にその蘭を送るようにしている。


「あの日、お互い違う色を選んでいたらどうなっていたんだろうな」


部屋に飾ってあるひときわ大きな黒い蘭の株の前に立ち、黒蘭は一人つぶやいた。

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